振るわれる褐色の豪腕。おぞましいほどの速度で己に迫る斧剣。
それに魔力を起爆剤にして、真っ向から打ち合う。
体からはこれでもかというほど魔力を引き出し迎撃しているというのに、打ち勝つことはおろか、剣を握る手が麻痺してきてしまう。
歴代の英雄たちと戦うようになった今も単純な白兵戦で競り負けるということはそうなかった。その自分が、相手の圧倒的な力に押されている。
かといってその動きが鈍重かといえば、そうではない。巨体にそぐわぬその威力と、巨体に似合わぬ身のこなし。目の前の狂戦士は。例え自分が万全の状態で戦ったとしても、苦戦するであろう。
できることならば一人の騎士として万全な状態で戦いたい。
だが、ここで退くわけにはいかない。
自分はマスターの剣。サーヴァントとして、我がマスターをなんとしても聖杯へと導かなければならない。
またも振るわれる斧剣。技巧もなく、練武されたわけでもない。だが、それは紛れも無い必殺。
まともに受けてしまえば、人はもちろん、サーヴァントさえも一撃で砕け散るだろうその威力。
魔力を腕に通し圧縮、剣を打ち返す。軌道は逸らせたが打ち負ける。体が後方に流れる。両の手が痺れる。
視界に入る斧剣を打ち負かすべく剣を返す。敵の剣の勢いは衰えない。
もちろん体勢を崩した状態で放つこちらの剣が、相手の上をいくわけもない。
打ち合いの衝撃が胸の傷を開かせる。サーヴァントの再生能力をも遅延させる呪い。それがこの苦戦に拍車をかけていた。
剣戟を繰り返す度、悪くなっていく戦況。圧倒的な一撃を受け続け、足が地に沈んでいく。
「駄目だ……逃げろ! セイバー!!」
マスターの声が聞こえる。直後、横に一閃。
衝撃を殺せずに地に伏す。腹部からは灼熱。
暗転。私の手から意識が離れていく。
(くっ!!)
セイバーは無意識のうちに立ち上がる。
腹部と胸部が立ち上がった振動の余波で痛み、思わず俺は心の中でうめく。
俺はセイバーの感覚を共有していた。
視点の持ち主であるセイバーを守るようにあがこうとするが、体はぴくりとも動かない。
動画を見せられるように場面が流れていき、体は勝手に動いていく。
セイバーの思考が俺に流れ込み、しまいには俺の考えなのか、セイバーの考えなのかわからなくなってくる。
加えて、体に流れる魔力、かかる負担、力み、痛覚。
自分で動かすことができないものの、すべてが身に起こったことのようで、これは現実的なんて言葉じゃ生ぬるい。
……そう、今まさに俺は、夢の中でセイバーの過去を体感していた。
この体感夢の始まりは昨日。
夢はランサー戦から始まった。
魔力を上乗せした剣撃で迫る槍を打ち落とし、攻撃を見事な体捌きで避ける。
そして、「
胸に迫る悪寒。咄嗟に空中で体を入れ替えるセイバー。的中しなかったセイバーに驚嘆し、立ち去るランサー。
俺の思惑とは裏腹に記憶どおりに進んでいく。
セイバーが『俺』との話を一方的に打ち切り、門を出て行ったところで双剣を構えたアーチャーを斬り伏せて目が覚めた。
……俺の時とは違って『あっち』のアーチャーはやっぱり無防備だったのだけど。
これを思い出したのは今日の夢を見始めた直後。
明らかに俺の記憶じゃない。
アーチャーを斬り伏せた状況なんて、その場にいなかった俺が知るわけがない。
セイバーの考えなんて俺が知る由もないし、その考えが夢に出てくるなんてありえない。
「いいわよ、バーサーカー。そいつ、再生するから首をはねてから犯しなさい」
迫るバーサーカー。私としたことが、寸閑、気を失っていたようだ。
剣を何とか握りなおす。だが、魔力は体の補修にかかっていて引出せる状態ではない。
横に払おうとする、剣というには無骨すぎる剣。狙いは私の首。
「こ――――のぉおお…………!!」
“誰か”が狂戦士と私の間に立ちふさがった。
小気味の悪い音とともに、私の顔に降りかかる赤の飛沫。ゆっくりと倒れていく“誰か”。
……何故、あなたがここにいて、腹部を“無”くしているのか。
「が――はっ! ――あ、れ」
シロウが、何故マスターがサーヴァントである私をかばっているのか。
――――わからない。
「そうか。なんて、間抜け」
言って、シロウは血を吐いた。それを見て白い少女が何事か喋って、巨体とともに帰っていく。
シロウは、マスターは大丈夫なのか!?
ふらつきながら、シロウの横に向かう。リンもこちらに駆けつけていた。
辿り着いたところで、横たわったシロウの目蓋がゆっくりと閉じていく。閉じられるまでに見た彼の瞳は、じわりと濁り始めていた。地面はシロウを中心に、花が開いたように赤黒さがぶちまけられている。
これは、あまりに酷すぎる……。
腹部がごっそりと持っていかれていて、中身が周囲に散らばっている。これほど臓器を破壊されていては、それこそ名の知れたメイガスでも修復は不可能ではないのか。
(本当に、こんな傷から治るのか……?)
目の前の『俺』は腹部をかなり失っており、もう少しで下半身と上半身が分断されそうだ。
俺がこうしている以上、この場で命が絶たれるということはない筈だ。だけど、この状況を見ればわかる。
いくら魔術があろうとも、『助かるほうがおかしい』。
「リン! シロウを治すことはできますか!?」
「――――無理、ね。ここまでだと流石に……。一応治療の魔術はかけてみるけど、期待は……」
「お願いします」
リンが詠唱をはじめ、左腕が淡く輝いていく。魔力が指向性を与えられ、シロウへと注がれていく。
「――――Anfang. Wiederherstellung des ……」
ぼんやりとした魔力の光が傷口へと集まっていく。
(なんだ? 傷口から見えるものは、鉄、なのか?)
傷口に隠れるようにして鈍く煌めくもの。
それは確かに金属の光沢を放っている。
傷がなんともいえない動きをして治っていく。これならば、シロウは助かるかもしれない!
(セイバーには見えていないのか……?)
視界を共有している筈のだが、彼女の思考には金属に関しての一切が混ざらない。
しばらくするとリンの呪文が止んだ。不思議に思い、彼女に問いかける。
「リン、どうしたのですか? 早く治癒しなければ……」
「これ、どういうこと」
「なに、を……」
リンの視線の先――シロウの傷口を見る。呪文の詠唱は既に止まっている。だというのに傷口が勝手に動き、他の部分とを繋げていく。
もしや自分に蘇生魔術でも掛けていたのか。しかし、傷の治療などは出来ないと彼は言っていた。いったい、シロウはどうなっているのだろうか……。
(っ!)
感覚がセイバーから切り離されていく。
夢が終わるのだろう。
「リンが……治、の魔術……のでは……か?」
「い、ら私……できな……」
――目が、覚める。おもむろに時計に目をやると午前四時をちょっと過ぎたところ。
あれ? 何か夢を見ていたと思っていたんだけど……。
思い出そうと頭に残っている記憶の断片を必死で掘り起こすが、もう少しというところでぼやけてしまう。両手ですくった砂を何とかその手に留めようとするけど、指の間から零れ落ちるように。時間が経つにつれて薄れていって、次第に見失う。
……駄目だ。何かが引っかかるけど、それがわからない。
俺は未だはっきりしない頭を振りながら、顔を洗うために洗面所に向かった。
洗面所の扉を開けると、そこには既に先客がいた。
「凛?」
「……あー、アルト?」
凛も顔を洗っていたらしい。洗顔時に水が撥ねたのか、髪の数房が濡れて顔にくっついている。もちろん髪は結わっていない。
「どうしたのですか? 凛がこんな時間に起きているなんて珍しいですね」
俺たち四人の中でも凛が一番起きるの遅いんだよな。まぁ、それでも学校に向かうには充分な時間なんだけどさ。
「ん~、どうも夢を見ていたらしいんだけど思い出せないのよね。寝なおそうと思ってたんだけど、なんだかすっきりしなくて」
「そうなのですか? 実は私も夢を見たようなのですが、思い出せなくて……」
半目のまま考えに耽る凛。
「――――へえ、サーヴァントは夢を見ないっていうけど。あー、サーヴァントとマスターのラインが繋がって夢を見ることもあるらしいから、もしかしたら同じ夢を見ていたのかもしれないわね」
そっか。凛の夢を共有して見ていたのかな? ……う~ん、でもなんか違う気がするんだけど。元々俺は夢を見るほうじゃないから自信はないけどさ。
「そうですね。そうかもしれませんね」
「まー、思い出せもしないんじゃ確認のしようもないか。あ、アルトも顔洗うの?」
「はい、そのつもりで来ました」
「それじゃ、私は顔洗ったら頭もすっきりしたし、寝なおすわ」
「わかりました。凛、お休みなさい」
「はい、おやすみ。あ、今日は結界消すために学校に行くから。いつでも動けるようにお願いねー」
「はい。それでは」
それだけ言って凛は離れへと足を向けた。すっきりしたという割には幽鬼のようにゆらゆらと、気配を残さず立ち去って行った。
今からまた寝なおすっていうのもあれだし、朝食の当番は俺じゃないから調理で時間も潰せそうにない。本当はやってしまいたいんだけど、一応順番決まってるから無視は出来ない。
リアに倣って道場で精神統一でもしていようか。
そんなことを考えながら、冷水で顔を洗う。
春というにはまだ早い二月の朝の冷たい水で、頭はこれ以上ないくらいにすっきりした。洗い終わる頃には、引っかかっていた夢のことなどは完全に忘却していた。