Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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7日目⑥

 

 慎二にはもう、俺たちから逃げる術は残されていない。あいつのサーヴァントであり頼みの綱であるライダーもリアに吹き飛ばされ、崩れた壁の中で剣を突きつけられている。

 

 何故かはわからないが結界の効果は明らかに弱まっている。けれども、肝心の結界そのものは健在のようだ。

 体に纏わりつく不快感は消えていない。未だに生徒たちから生気が吸い取られて続けていることには変わりが無い。

 

「くそっ……くそっ!」

 

 見下ろすと悪態をつく慎二の背中が目に入る。必死に立ち上がろうとしているがどうやっても足に力が入らないらしく、体を起こすたびに足から崩れ落ちている。

 そんな慎二の側に近づいて、学生服の襟を両手で掴んで力ずくで持ち上げた。

 

「慎二、さっさと結界を止めろ」

 

 俺から出たとは思えないほどに低い声だった。力を籠めると、慎二の体が宙に浮いた。

 

「はぁ? な、なんで僕がお前なんかに、命令されなきゃ」

「慎二」

 

 さっき見た限りではかなり危険な状態の生徒もいた。こんな問答を続けている余裕は一切ない。それに……何より俺が我慢できそうにない。

 

「結界を、止めろ」

 

 ドン、と鈍い音が響く。慎二を力任せに廊下の壁に叩きつけ、そのまま押し付けた。

 

「っ――――がっ、っげほ……。そ……そうまでして止めたいってんなら僕を殺せばいいだろう!」

 

 背を壁に打ちつけて尚、弱弱しいながらも抵抗の意を示す慎二。遠坂が放った赤い弾丸を受けた所為かどうかはわからないが、その顔は上気している。

 慎二はさも俺には人殺しなんてできないだろうと、口を意地悪く歪めながら濁った瞳で俺を見下している。

 それで、俺の決意は固まった。

 

「……そっか」

 

 襟から手を外し、首を掴む。左腕は穴が穿たれている所為で力が入らないが、右腕なら問題ない。

 慎二の体がそのまま崩れ落ちようとするが、俺の右手がそれを許さずそのまま壁に縫いとめる。

 必死に己の首にかかる縛めを解こうと俺の手に爪を立てているが、か弱い。抵抗になっていない。

 

 細い。これなら、折れる。

 

 何の罪もない一般人、それも知り合いのいる学校を巻き込んだ慎二。それに、こいつは桜に決してやってはならないことをやってしまった。

 こうして渋っている間にも被害は増え続けている――――もうこれ以上、躊躇ってはいられない。

 

 ひゅ、と慎二の咽喉から空気が漏れた。構わず力を籠めていく。

 

「ゎ、わ、かった、結界……を止、っ! すぐ、止めさせ、だ、か……ら――――」

 

 …………。

 

「…………え、み……」

「ちょ、ちょっと! 何やってんのよ、士郎! 慎二の奴、結界を止めるって言ってるじゃない! あんたらしくないわよ!?」

 

 遠坂が駆け寄り、俺の顔を覗き込んできた。そして驚きをその顔に貼り付けた。

 

 何をそんなに慌てているのか。

 何をそんなに驚いているのか。

 

 疑問に思い、そこでようやく頭から血が降りてきた。同時に力を抜ける。慎二が重力に従い壁をずり落ち、 咽返(むせかえ)っている。

 

「ラ、ライダー、早く結界を止めろ」

「……いいのですか?」

「早くしろよ! お前がぐずぐずしている所為で僕が死んだりしたらどうするんだよ!?」

「……わかりました、マスター」

 

 廊下のめり込んだ壁の中で前屈の状態のままのライダーが軽く首肯し、何事か呟いた瞬間、視界が元に戻った。

 視界の端で慎二は声を立てず、存在感を極力殺しながら床を這いずり、階段に向かって逃げようとしている。

 

「どこに行くんだ? 慎二」

 

 まだ、終わった訳じゃない。慎二の着ている学生服の襟首の部分を掴み、こちらに引き寄せ床に投げ捨てる。

 

「な、なんだよ……結界を止めてやったじゃないか。この結界はもうここには張れない、それでいいじゃないかよ」

「それでもお前はまだマスターだろ。さっさと令呪を全部使うなり、腕を斬り落とすなりしてサーヴァントを放棄しろ。教会にかけこめば後は保護してくれる」

「腕を斬り落とす?」

「いいから、さっさと契約を破棄しろ」

「何をそんなに怒っているんだよ? 学校のやつらはまだ誰も死んでない、ちょっとずつ生気をいただいただけだろ」

 

 その言葉にまた頭に血が上る。俺が怒っているのはそれだけじゃない。

 妹である桜への仕打ち。慎二に何があってそんなことをしたのかは知らないが、許されることではないし、許せない。

 それ以上ふざけたことを言うようだったら、本当に慎二を殺してしまう。

 

「そ、それともさっきの桜の話のことか! あれは嘘だ! ちょっとしたジョークだよ!」

「――――ハ」

 

 何を言った、慎二は。

 

「あ、アイツには今回何もしてない! ただ、お前を焚き付けたかっただけだったんだ。遠坂のやつがすぐにくるだろうとは思っていたから、衛宮から仕掛けてくるように挑発しなきゃこっちが不利になる。だから……二対一にならないようにするには止むを得なかったんだよ、わかるだろ!?」

 

 俺は、慎二の頬に右拳を思い切り突き立てていた。殴った右拳の先端が痛み、血が流れ出てくる。

 床に這いつくばっていた慎二は、今度は廊下の壁に体を打ち付ける。ライダーがマスターである慎二を助けるべく動こうとするも、リアがいるためにそれも出来ずにいる。

 

 世の中にはついていい嘘と悪い嘘がある。慎二は、そんなことまでわからなくなってしまったのだろうか?

 倒れた慎二の胸倉を再び掴んで無理矢理上体を起こしてやる。

 

「本当に、本当に何もしていないんだな?」

「ぐっ、何もしていない。僕は、今回、あいつに何もしていない。――桜のやつも家で御爺様と二人でいる筈だ」

 

 鼻の詰まったような声。どうやら止まっていた鼻血がまた出てきたらしい。

 

「…………」

 

 慎二の瞳の奥の真意を読み取ろうと覗き込む。……何か含むことこそあるようだが、まるっきりの嘘は言っていないようだ。

 ……そっか。何にせよ、よかった。とりあえず桜は無事ということらしい。下らない嘘をついた慎二のバカヤロウには特大のお灸が必要だろうが、とりあえずはほっとした。

 

「……どういうことよ、衛宮くん。桜がどうしたの? 聞いている限りじゃ、慎二のバカがあの子に何かしたとしか聞こえないんだけど」

 

 慎二の奥に控えていた遠坂が慎二を睨みつけながら冷たく問い詰めてくる。その様子を見るに綺麗にすっぱりキレていらっしゃる。俺のことを衛宮くんなんて呼んでいるのがいい証拠だ。

 

「慎二が桜に酷い暴力を振るったって挑発してきたんだよ。まぁ、どうやら俺のことを挑発するための嘘だったみたいだけどさ」

 

 嘘だったとはいえ、よりによって強姦したなんてことはわざわざ遠坂に話すこともないだろう。またなんで遠坂が桜に何かあるとキレるのかはわからないが、相当に怒っているみたいだ。この怒りようでそんなことまで言うと慎二が遠坂のやつに殺されかねない。

 遠坂のあまりの怒りに慎二は蛇に睨まれた蛙のように動けず、身じろぎ一つしない。いや、出来ないでいる。

 

「覚えておきなさい。口は災いのもと。今度ふざけた事言うようだったら……問答無用であんたのこと殺すからね」

「ひ……づぅ!?」

 

 先ほどまでの俺と同じように慎二の胸倉を掴み、だが、言い放つと慎二を突き放して後頭部を床に打ち付けさせた。

 

「さて、慎二。話を戻すけど、令呪を今すぐに破棄しろ。しないのならお前の腕を令呪ごと斬り落とす」

「さ、さっきからいってるけど、何で腕を斬り落とすんだよ? ……ですか?」

 

 頭を抱えながら、遠坂と俺に睨まれて敬語に言い直す慎二。相当に遠坂が恐ろしいのだろう。恐れられているのはたぶん、俺じゃないはずだ。

 

 それにしても慎二のやつはいったい何を言っているんだ? 令呪を渡すために誤魔化そうとしているのかと考えたけど、慎二は本当にわからないって顔をしている。

 

「慎二、あんたの令呪を出しなさい」

「ふ、ふざけるなよ! そんなことしたら僕がサーヴァントを従えなくなるだろ!」

「間桐くん、自分の立場ってものを理解してる? 負けた時点であんたに選択の権利なんて存在しないの。なんだったら直接息の根を止めてやってもいいのよ」

「――――くっ!」

 

 遠坂の言葉に反論するも、自分の命と引き換えにされ、仕方無しにズボンの後から一冊の本を取り出した。

 それを受け取り、遠坂が顎に手を当ててボソボソと何事か呟いている。俺はどうしていいかわからず、遠坂の決断を待つことしか出来ない。

 

「これは、サーヴァントへの命令の譲渡書みたいなものね。専門外だから詳しくは分からないけど、どうやら彼の令呪はこれが代用している、と」

「ってことは……えーと、どうすればいいんだ?」

「こういう契約書物関係は大抵なら燃やしてしまえば大丈夫な筈だけど」

 

 呪い関係だと注意が必要だけどね、そう言って呪文を呟くと、令呪の代用をしているという本が一気に燃え上がった。ぱちぱちという音を立てて本は形を崩していく。

 

「あ、あああぁ」

 

 慎二はそれが燃え上がる様をひたすら悔しそうに眺め続けている。

 

 

 そうして本が半分も炭化したころだろうか。突如、腹に響く重たい音と、校舎に振動が走った。

 

「ライダー!?」

 

 逸早くその行動に気づいた慎二がその名を呼ぶが、既に彼女は校舎外へと跳躍していた。

 ライダーは慎二を護る理由を失った為か、躊躇せずに後方の壁を突き破って教室に飛び込み、その勢いのまま外に飛び出していった。

 

「くそっ! くそくそくそくそくそぉっ!!!」

 

 置いていかれる形になった慎二は頭を掻き毟り、ライダーに対する苛立ちをそのまま罵言に変えて叫ぶ。そんな慎二を放って俺は遠坂に問いかけた。

 

「遠坂、ライダーはどうする?」

「……逃げたのなら、しょうがないわ。アルトがいれば追わせることもできたんだけどね!!」

 

 いや、頼む遠坂。俺に怒ってくれるな。

 

「なぁ、慎二。さっきも言ったけど、教会に保護してもらえ。そうすれば最悪、生き延びることは出来る筈だから」

 

 茫然自失の体になった慎二に呼びかける。もうマスターではないので大丈夫だとは思うが、この聖杯戦争中は身柄を預けておいたほうが安全だろう。

 

「……っ!」

 

 慎二は壁に手をかけて立ち上がり、俺たちを睨みつけるとそのままのろのろと階段に向かって歩き始めた。

 顔に屈辱を貼り付け、ぶつぶつと何かを呟きながら。

 

 そんな時、突然リアが俺の前に飛び出て、窓の外のある一点を睨みつける。

 

「どうしたんだ? リア」

「そこにいるのはわかっています。出てきなさい」

「何を――?」

 

 そこでようやく、俺は異常に気づいた。いつの間にか黒いローブが窓の外から十メートルほどのところで浮いて留まっている。

 ここは三階、風が吹き上げローブがここまで上ってきたとしても、同じ位置に留まって浮いていることはありえない。

 

 リアが護りやすいように、隣にいる遠坂が俺の側に駆け寄ってくる。

 魔術師である遠坂にはそのローブに何か感じることがあるのだろう。険しい顔をして、リアと共に窓の外のローブを睨みつけている。

 リアがここまで反応するアレは、きっとサーヴァントに違いない。

 

 リアが視えない剣を構える。それと同時に、外に浮いている黒いローブからこちらに向かって手が伸びた。白く、細い指。おそらくは女性の手。

 

 現実感がない。黒いローブが浮いていること。中身がないように見えるローブから手が伸びていること。そして何よりも、俺にもわかるほどの凄まじい魔力がその手を中心に渦巻いていることに。

 瞬間、轟音が響く。それはまるで爆撃のように周囲に轟き渡り、聴覚を麻痺させる。

 魔力の塊が飛瀑のように止まることなくこちらに吐き出されていた。その一つ一つにもの凄い量の魔力が圧縮されている。コンクリートが砕け、鉄骨を吹き飛ばす。壁の断片が吹き飛び、ガラスの破片が宙を舞っている。

 

 嵐のような攻撃が止み、体を向きかえると校舎と外とを隔てる壁が見渡す限り取り払われるのが目に映る。

 そして背中に痛みが走った。刺されたような鋭いものから、鈍器で強打されたようなものまで隙間なく埋まっている。

 顔を腕で覆い、咄嗟に遠坂の壁になるように抱え込んだので、被害が俺の背中に集中していた。

 

 でも、その甲斐あって遠坂は無事だ。見る限り怪我もない。見れば慎二も生きている。頭を抱え込んでうずくまり、震えている。

 俺たちの辺りはリアが護ってくれたので無事だったが、廊下のところどころにきれいな円形に刳り抜かれていて、、慎二のいるすぐ傍にもぽっかりと穴が空いている。

 

「……っ!」

 

 リアは攻めかかろうと一歩踏み出したが、後の俺たちを見て躊躇する。

 ほとんどの魔術は、リアやアルトに効果を及ぼさないと本人達から聞いている。ならば圧倒的に優位なのはリアということになるのだけど、その術者は空中。リアなら一足で飛び掛ることができるだろうが、もしもかわされた際に無防備になるのは俺と遠坂だ。

 遠坂ならばいくらか打ち消すことが出来るかもしれないが、それでもあの量を捌き切ることは不可能だろう。この場ではマスターである俺たちが足かせになってしまっているのは明白だった。

 

「残念だけど、あなたたちに構っている暇はないの」

 

 黒いローブが、喋った?

 俺の視線の先でローブから伸びている手の向きが変えられ、ある方向で固定される。

 その先にいるのは怯え、震えている慎二。

 

「我がマスターに危害を加えたものは、排除します」

「ひ、やめ、やめろ……」

「慎二っ!!」

 

 慎二は腰を抜かしたのか、動けない。顔を真っ青にしながら首を振って後ずさるが後は壁。

 

(くそっ!)

 

 走る。慎二を射線上からどかすために全力を振り絞る。あんな魔力の塊を生身で浴びたらひとたまりもない。間違いなく死んでしまう。

 けれど、魔術が発動する前に慎二を逃がすことが出来れば、或るいは。

 

「――Αερο

 

 なんて言ったのか、俺にはその言語を聞き取ることは出来なかった。

 聞き取れない、その一言。その、たった一言で先ほどと同等の魔術式が完成される。

 

 駆けながら、俺の全身には鳥肌が立っていた。あまりに詠唱が早すぎる。一工程(シングルアクション) で成り立つ、ここまでの威力を誇る魔術なんて聞いたことが無い。その上、その猛る魔力は俺が総身で持っている魔力量の二倍、三倍なんてレベルではない。

 

 言葉と共に、魔力の塊が慎二に向けて放たれた。

 

 慎二を掴み、立たせ、走り抜けるには、到底、間に合わない。

 立たせるまでは可能だが、共に走り抜けるには時間が足らない。慎二の前に立ち、相殺するほどの術も、魔力もない。

 

 力が、足りない。こんなことでは、俺が目指すものには届かない。

 

 遠坂が顔を歪め、何かを叫んでいる。

 もしも、遠坂のように魔力を形に変えて打ち消せれば。――――毎晩魔術鍛錬をしていても、俺は強化しか持ち得ない。

 

 リアが俺の予想外の行動に驚いたようにこちらを見、駆け寄ろうとするがいくらリアでもこの距離は遠すぎた。

 もしも、リアのように慎二を連れて逃げるだけの身体能力があれば。――――欠かさず体の鍛錬をしていても、俺はサーヴァントには到底敵わない。

 

 無いもの強請りだって、わかってる。それでも、自分の力不足を呪ってしまう。

 

 慎二の腕を引いて立たせ、その勢いのまま引き寄せて体を入れ替える。

 とりあえず、これで慎二は大丈夫な筈だ。その慎二は俺を信じられないようなものを見る目で呆然としたままだ。

 

 

 あぁ、本当の正義の味方だったなら、こんな格好悪い助け方はしないんだろうな。

 

 

 薄紫の魔力の光が迫りながらも、そんなことが頭に浮かぶ。

 体は反射的に、迫る危険に備えて腕を顔の前で交差させていた。しかし、腕があろうとなかろうと、結果は変わらないだろう。

 目の前に迫る死に、目を瞑る。

 

 ――――――

 

 だが、何時までそれは経ってもやってこない。そして、周囲からは息を呑む様子が伝わってくる。

 おそるおそる目を開けると、俺の目の前には、砕け、霧散していく魔力の霧の中でローブと対峙する赤い騎士の後ろ姿があった。

 

「遅れてすいません。――――ですが。注意しろと言ったというのに無茶をするのですから。士郎は」

 

 凛とした声が耳に届く。リアに良く似た姿の少女。

 けれど、リアじゃない。いくらリアでもあの位置からじゃ間に合わないし、俺を呼ぶ『士郎』のアクセントが彼女とは異なる。言葉にまっすぐな、固い意志を感じさせる声音。

 

 

 ――――俺の夢。こうありたい、正義の味方。

 もしかしたら目の前に、目指すべき理想がいるのかもしれない。

 

 

 

 

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