Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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8日目②

 

 

 俺の正体の件は一応の決着がついたが、リアと話さなければならないことはまだいくつもある。そういう訳で二人とも道場の真ん中で正座で向き合っているんだけど、二月の、それも深夜ともなれば冬真っ只中とまではいわないにしてもかなり寒い。出来れば居間や俺の部屋――士郎の部屋じゃなく、アルトとしての俺の部屋――で話したいんだけど、そうもいかないからな。

 それでも先ほどのようにお互いの腹の内を探り合うようなことがなくなったから俺としては大分気が軽くなっているのだけど。

 

「さて、それでは数点聞いておきたいことがあるのですが、まずはアルトのことです。シロウは兎も角、凛すら真実の貴方を知らないのでしょう?」

「ええ」

 

 確かにマスターである凛にすら俺のことを知らせていない。

 ――それにしても何故、士郎は兎も角なのか。少し引っかかるけど、まぁそこは問題にしていないので頭の片隅に追いやっておく。

 

「貴方は、凛やシロウたちにはどうするつもりでいるのですか?」

「私は……黙っていようと思っています」

「そうですか……」

 

 そうだけ言うとリアは俺を見つめた後、目を瞑る。そのまま数秒間、俺も、リアも口を開かない。

 こういう沈黙は結構堪える。凛や士郎には話しておかなければならないと言われたらどうするのか、なんていうことが頭の中で堂々巡りして止まらない。

 

「わかりました」

「え?」

 

 リアはそれだけ言うと俺をしっかりと見つめて更に口を開く。

 

「私もそのように振舞いましょう。貴方が望まないことを無理強いする気は私にはありませんから」

「……ありがとう、リア。助かります」

 

 リアのその言葉に、俺は思わず頭を下げた。

 どんな理由があるにせよ、騙していたのには変わりがないっていうのに。本当、リアには頭が上がらない。

 

「そういえばその口調はどうしたのですか? 先ほどのはまさにシロウそのものでしたが、今は私に近い。演技とは思えなかった。そう、全く違和感はありませんでした。……もしや、私の体の影響ですか?」

 

 その言葉に勢いよく顔を上げるが、目の前のリアの顔を見た俺は胸が締めつけられているような感覚に襲われ、言葉がすぐに出てこない。

 セイバーを縛り付けているのは、俺だっていうのに。本当ならば詫びなければならないのは俺のほうなのに。頼むからリアに……セイバーにそんな顔、俺はしてほしくない。

 そう、リアは俯き、その顔は申し訳なさそうに曇っていた。

 

「……いえ。これは凛の令呪によるものです。格好に合った口調ならば真名を感付かれることもないだろう、と。それまでは先ほどの――士郎の時のままの口調でしたから」

 

 自分を指す言葉を士郎、と表現して、だったら今は衛宮士郎ではないのかと無性に不安に駆られる。

 俺が俺であることに自信が持てないなんて……。いや、そんなことよりも。

 

「強く思ったり、気が高ぶるとどうやら元の口調に戻ってしまうようですね」

 

 必死になってリアに弁解する。少なくともリアが気に病む必要などどこにもないのだと。

 そうですか、と軽く息を吐いた後、リアは顔を上げてくれた。表情を見るにどうやら納得してくれたようで、俺もようやく安心できる。

 リアのことだ。他の世界とはいえセイバーたる自分がマスターを守れなかったことを悔やんでいるのかもしれないから。

 

「ああ、なるほど。ですから凛は貴方に令呪をどうしてくれるのかと問い詰めていたのですね」

 

 会得がいった、と大仰に頷くリア。俺はそれに笑って返したつもりだったが、苦笑いにしかなっていなかっただろう。

 うん。確かにそんなこともあった。ただ、問い詰めていたっていうより俺は八つ当たりされたとしか認識してなかったが。

 

 ……ふと思ったんだけど。何で俺は「口調を改めなさい」という命令に対して、セイバーの口調という形で受けたんだろうか?

 女の子の口調っていうと「~ですわ」なんて話し方――実際に話している女の子なんてそういないだろうが――が思い浮かぶんだけど。

 

 ――――考えてみると、優等生の猫を被った凛の口調に当てはまるような……。普通に「ごきげんよう、衛宮くん」なんて言っていた気がするし……。

 頭を振って無理矢理に思考を払う。実際の凛とのギャップがありすぎてどうにもぞっとしない。でも、逆鱗に触れてしまった時なんかにもこんな口調が出てくることもあるから、あながち間違ってないのかもしれない。

 

 

 話を戻すと、俺の口調がこうなった理由、なんとなくだけど予想はついた。根拠なんて無いけど、きっと、女の子っていうと第一にセイバーが思い浮かぶからだろう。

 元々異性との付き合いが希薄だった俺が、真っ当に女性として触れ合ったのはセイバーだけだったし。……って、こんな時に何考えているんだか、俺は。

 

 ふと顔を上げると、リアが俺を不思議そうに見ているのに気がついた。

 

「な、何ですか?」

「いえ、特には何も。ただ、強いて言うならばアルトの観察を」

「か、観察……ですか?」

「ええ。なにやら難しい顔をしたかと思えばため息をつき、頭を振ったら今度は赤い顔をしているようでしたので。それは非常に興味深い行動でした」

 

 うわ、全部顔どころか行動にまで出ていたらしい。隠し事が出来ないって遠坂に言われていたのはこういうことからだったのかもしれない。自分じゃ全然気がつかなかった。なんだか色々と生活に支障をきたしそうなので対策を考えておかないと。うん。

 

「そ、それはそれとして……他に聞くべきことはありませんか?」

「では、他のサーヴァントとマスターの情報を。答案の盗み見のようで気は引けますが、そうも言ってられませんから」

「はい。それでは――――」

 

 知っている限りのマスターとサーヴァントの情報を伝えていく。

 そう、俺はこういう真剣な雰囲気を望んでいたんだ。――俺が勝手に脱線している気がしないでもないけど。

 

 

 

「――――と、私が知っているのは以上です。キャスターのマスターは前回ではわかりませんでしたが、昨日の学校の件で判明しました。アサシン、ランサーのマスターは依然として判っていません」

 

 マスターの居所から、サーヴァントの真名、そしてその宝具の特徴まで全部話した。全部っていっても知らないこともあるけれど。

 本当なら宝具の投影もできればいいのだけど、カリバーンの投影で凛に気づかれたかもしれないのに、これ以上の魔力消費はちょっと難しい。

 それに、ルールブレイカーやゲイ・ボルクはなんとか投影できるけど、その他のサーヴァントの宝具って投影できるようなものじゃないし。

 

「……なるほど」

 

「どうでしょうか? 聞きたいことがあれば判る範囲で答えますが」

 

 ふむ、と視線を横に逸らし、一考するリア。

 

「……。いえ、とりあえず戦う上でこれだけわかっていれば充分でしょう。後は己の眼で確かめることにしましょう」

「そう、ですね。そろそろ士郎が起きてきてしまうかもしれませんし、お開きにしましょうか」

 

 道場の壁にかかった丸い時計を目を凝らしてみると四時半を少し過ぎていた。

 早いときなら俺は五時半ごろには起きたりしていたから、流石に危うい時間かもしれない。

 

「では、詳しい話はまた今度聞かせてください」

「ええ。私もリアには是非聞いておいて欲しい」

 

 そう言って立ち上がり、道場の入り口に向かって歩き出す。

 

「しかし……その話し方だと本当に私を見ているみたいです。とてもシロウだと思えない。まぁ、先の救う救わないの頑なさは、私の口調であっても士郎そのものでしたが」

「ふふ、そうですね。何故だか食欲も増していますし。まさか私もここまで似るとは思っていませんでした」

「し、失礼な! 食事を摂ることは重要なことなのですよ!?」

「わかっていますよ。この体になってから文字通り体感していますから」

「それこそ私の体が大食らいのようではないですかっ!」

「そんなつもりでは……」

 

 そんなことを話しながら、二人でそれぞれの部屋に向かっていった。久々に、心から笑えた気がした。

 

 

 

 

 

 隣の部屋から物音がして目が覚める。物音といってもそんな物々しいようなものではなく、目覚まし時計のベルや引き出しを開ける音だったりする。凛が起きたのだろう、時計を見ると六時を指している。

 軽く目をこすり、立ち上がって伸びをする。一時間しか寝ていないのに睡眠不足特有の倦怠感は体にはない。どうやら本当にサーヴァントは睡眠をとらなくても問題が無いみたいだ。それも充分な魔力が凛から供給されているお陰なのだろうけど。

 極力体を見ないように着替えて、髪を結い、洗面所に向かう。部屋を出る前に時間を確認すると、四十分が経っていた。いくら慣れたといっても、セイバーの髪型を短時間で編み上げるにはまだまだらしい。

 

「おはようアルト」

「おはようございます、凛」

 

 途中、居間には既に凛が澄まして座っていた。机の端のほうに胡坐(あぐら)で居辛そうに座っているのは慎二。

 

「慎二も、おはようございます」

「……ああ」

 

 慎二は俺を一瞥すると、手を支えに顎を乗せて顔を逸らす。まぁ、挨拶は期待してなかったから、返事が返ってきただけでも良かったとしよう。

 それにしても慎二は災難だった。いきなりサーヴァントがいなくなって、しかもマスターから降ろされたのに命を狙われるとは思わなかっただろう。

 でも、死ぬ筈だった慎二が生きている。それだけで俺がここにいる意味があると思うから。

 せめて最後――この聖杯戦争が終わるまで、俺はその責任を果たそうと思う。慎二には今回の責任を果たさせなければならないから。

 

 それにしても凛は慎二と本当に反りが合わないようで、慎二をいないものとしている。

 慎二も気にしないようにしているんだろうけど、凛の発する雰囲気からか、やっぱり居辛そうだ。

 まぁ、昨日まで敵だった相手の本拠地に居候させられたらそうもなるか。

 

 軽く挨拶を交わして居間を横切ると、台所の奥に士郎がいるのが見える。味噌汁の香りがするってことは朝食は大方できあがっているらしい。

 俺も支度を終えるべく、立ち止まらずに足を進めると洗面所ではリアが顔をタオルで拭いていた。自然とリアの髪の毛が目に留まる。

 

 うーん。何だろうか。やっぱり俺が結ったのとはなんだか違う。こう、言い表しにくいけどスマートっていうか、すっきりしている。リアはいったいどうやっているのだろう。今度髪の結い方を教わってみようか。

 

「おはようございます、アルト」

「リア、おはようございます」

 

 俺に気づいたリアが挨拶をしながら静かに微笑む。その挨拶に俺も微笑んで返した。

 何気無い朝の挨拶のようだけど、全然違う。仲が悪いどころか、どちらかと言えばサーヴァント同士にしては仲が良すぎるくらいだったが、リアの俺を見る目はどこかいぶかしんでいた様に思う。

 対して俺もばれないようにとしていたので、お互いに一線引いた状態だったんだろう。少なくともこんな風に自然に笑いあうことはなかった。

 

 

 確かに今考えればリア視点の俺は不審な点ばかりだった。死んでいない筈のアーサーは伝承の違いで左右される存在ではなかったのに、俺という存在(変わり種)がいたのだから。

 もしかしたら望みを果たしたアーサーが英霊になったということも考えられなくもないけど、それにしても変わりすぎだと俺でも思う。むしろよく今までリアが俺にアクションを起こさなかったな、と不思議なくらいだ。

 

 まぁ、前向きに考えれば、俺が一人で頑張るよりもリアと二人で頑張ったほうが良い結果が生まれるだろうし。そう考えたら俺の失敗もそう悪いものじゃなかったのかもしれない――

 ――何よりも、リアの信頼を得られたのだから。

 

「そろそろ朝食の用意も終わるようですよ」

「では先に向かいます」

「わかりました。私もすぐに向かいましょう」

 

 そう言って、リアは傍目から分かるほど急いで居間へと歩き出す。俺は笑って送り出し、プラスチックの蛇口を捻って冷たい水で顔を洗うと、掛かっていたタオルで顔を拭いてみんなの揃う居間へ向かった。

 

「おはよう、アルト。今日は珍しく最後だな」

 

 俺が食卓に着くのと同時に、お盆に味噌汁をのせて、エプロンをした士郎が台所から出てくる。

 

「おはようございます、士郎。そうですね、少し寝過ごしましたか」

「ん、いや。そんなことはないんじゃないかな。いつものアルトが早かったからちょっと新鮮なだけだと思う」

 

 言って士郎も席に着く。

 

 そういえば、学校はどうやら言峰が上手く手回しをしてくれたみたいで、大事にはなっていないようだ。あれだけの被害が出ていて、それで済ませることができるっていうのはいったいどのような手段を使ったのか。

 大半の生徒が学校からそのまま病院に搬送され、入院している。美綴のように衰弱が軽い生徒は一時的な麻痺、逆に重い生徒は後一歩で体の器官が一生駄目になってしまうところだったようだ。

 決して楽観視はできないけれど、とりあえず命に別状はないらしい。結局前回と変わらない結果になってしまった。

 壁の穴やらは言峰がなんとか直したって言ってたけど、生徒数がいない以上学校が機能しなくなってしまったので今日からしばらく臨時休校ってことになっている。藤ねえも自宅で休養しているからしばらく朝食を食べに来ることもないようだ。

 そういうわけで、この居間にいるのは士郎、凛、慎二、リアと俺。

 

「それじゃ、みんな揃ったことだし温かいうちに食べようか」

 

 士郎の言葉に続いて各々がいただきます、と口に出し、食事が開始される。かちゃかちゃという食器音が響く。

 ん、やっぱり自分で作るより士郎が作った料理のほうが舌に合う。なんでだろうか、士郎と凛は俺の料理のほうが美味いというけど自分で作ったのには感動のようなものがない。

 ぼんやりと煮物に箸をつけていたら、いつの間にかなくなっていた。どうやら一人で食べてしまったようだ。

 

「アルト! 煮物ばかり……卑劣なっ!」

「すいません、つい……。ですが、そういうリアこそ先ほどから大皿料理にばかり箸を伸ばしているのを私が知らないとでも?」

 

 意識を思考に沈めていても、いつの間にか食卓を的確に洞察していたらしい。くそ、俺は食事に対する洞察力なんて欲しくはなかったのだが。

 

 

 

 

◆◆◆

 

「なぁ、遠坂」

「何よ?」

 

 遠坂のやつ、何だか昨日慎二を連れて帰ってからあまり話さなくなったけど、とりあえず返事はしてくれるらしい。やっぱり原因は慎二なんだろう。

 

「何だかあの二人、以前より更に仲良くなってないか?」

 

 もちろん、あの二人とはリアとアルトのことだ。以前から仲は良かったように思うが、それ以上に仲良くなっている気がする。

 

「……確かに言われてみれば二人とも遠慮しなくなったわね。何かあったのかしら」

 

 それだけを言うと遠坂は味噌汁をすすった。しかし二人のことを見続けたままだ。

 

「あ、慎二も遠慮せずに食べてくれよ」

 

 慎二が呆然と周囲の様子を見ていたので、声をかける。よく見ると慎二の前の食事にはあまり箸をつけられていない。

 

「なぁ、衛宮たちっていつもこんななのか?」

「うーん、今日は人が少ないからいくらか静かな方だけど、大抵こんな物だと思う」

 

 人が少ないから静かだと曖昧にはしておいたが、原因は明らか。騒動の元である藤ねえがいないからだ。

 慎二が何を聞きたいのかはわからないけど、姉貴分の恥を晒すのは避けておきたい。

 

「……ふぅん」

 

 慎二は相槌を一つ打って、食事を再開した。俺もそれに続いて味噌汁に口をつけると、思い出したように遠坂がこちらへと顔を向ける。

 

「あ。そんなことより士郎。そろそろ着替えてきたら? 趣味ってんなら余計なお世話だけど、エプロンつけたままよ」

 

 ……遠坂、気づいてたのならもっと早く言ってくれ。

 

 

 

 

 

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