Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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8日目④

 

 道場の真ん中で大の字になって呼吸を整える。

 仰向けに勢いよく倒れると、かしゃりと金属が擦れる音が室内に響いた。稽古に熱中しているうちに二人とも戦闘武装をしていたようだ。

 

 荒く息を吐き出すと、室内だというのに息が薄く白くなった。今日は結構寒いのかもしれない。弓道場にも通っていたが、道場というのは温度の変化が極端だ。夏はこれでもかというほど暑いのに、冬になると外にいるのとかわらないほどに寒い。だけど今の俺の体は火照ってしまっていて、いまいち寒気を掴めない。

 

 ああ、床が冷たくて心地がよい。体から地面に向かって熱が逃げていく。

 気温はわからないのに、床の冷たさは何故感じ取れるのだろう――――。

 

「全然、駄目ですね」

 

 ――――現実逃避失敗。

 

 立っているリアがこちらを見ているのが視界の上部に見える。立ち位置の関係でスカートの中も目に映る。

 俺も同じ格好をしているわけだから服の構造は理解している。スカートの下にはショートパンツを穿いているのでそんな騒ぐことでもないことも、まぁわかっている。だから恥ずかしがることは何もない――――と頭では理解しているものの、どうも気恥ずかしくなる。きっと、その覗くという行為自体が何か背徳的な意味を持っているのだろう。

 理屈を並べた所で結果は変わらないわけで。ええ。なにやら恥ずかしくなって目を逸らしました。

 

 リアは俺を見ていたが、ふう、と一つため息をついて正座する。

 本当にリアは遠慮してくれなかった。それはもう、完膚無きまでにやられた。手甲と鎧のお陰で手や胸、腹はなんともない。だけど生地だけで覆われている腕や肩、それに頭は守りようが無く、クッション無しの衝撃を受ける。

 思い出すと、上半身を中心にひりひりと痛んできた。傍から見てセイバーが剣術でぼっこぼこにやられているところなんて滑稽だろうな。見てみたい気もするけど。

 こちらをじっと覗き込んでいるリアに気がついた。視線がぶつかる。俺を見据えて、微笑んだ。

 

「アルトでこの様子では、シロウではこれ以下ということになりますね」

「む」

「これでは習得するまえに聖杯戦争が終わってしまいます」

「むむむ」

「何が『むむむ』ですか!」

 

 ぴしゃりと言い放たれた。それも全部本当の事ばかり。

 リアの言うとおり、全然全く駄目の駄目駄目だった。左で打撃を受けると竹刀ごと弾かれて、右で反撃を返すとあっけなく避けられる。上半身と下半身の連携が上手くいかずにたたらを踏んでは、その隙に剣を受ける。

 打撃を受けること数十回。持っている竹刀を叩き落されて手放すことも一回や二回どころか、片手では数えられない。

 

 まぁ、それでも鍛えていけばそれなりの形になる予感はある。肉体的にどうのではなく、なんとなくだけどしっくりくる。

 だけど、これを戦えるレベルまで鍛えるには時間が圧倒的に足りない。これならリアに教わっていたほうが単純な戦闘技術としての伸びはいいと思う。

 

 やはり師の存在は大きかった。身近に模範がいるのといないのとでは完全に体に動きを覚えさせていくしかないわけで。元々、本格的な剣の経験の無い俺では覚えさせることも侭ならない。

 まぁ、短剣二刀流の使い手でもいれば結果は変わるかもしれないのだけれど、無いものねだりしてもどうしようもないわけだし。この様子では士郎に教えるというのも少し考え直さなければいけないかもしれない。

 

「まったく。ほら、アルト。いつまでも倒れていないで。そろそろシロウと凛も終わる頃でしょう。次は実戦ですよ」

 

 リアはきっと、柳洞寺に乗り込むことを言っているのだろう。そうして上方を見ると、いつの間にかリアが鎧姿から普段着になっていた。

 

「そうですね」

 

 のそり、と緩慢な動作で上半身だけ起き上がる。乱れた前髪を手で軽く払って直し、立ち上がった。

 武装解除。瞬く間に鎧が粒子となって消え、その下に稽古前に着ていた普段着が表れた。

 格好が普段着に変わっただけで気が落ち着いてくる。きっと、武装するっていうことはそれだけで自分を戦闘の状態に切り替えるという意味もあるのだと思う。

 

「それでは、居間に向かいましょうか」

「ええ」

 

 持っている竹刀を壁に立て掛けて、道場を後にする。

 扉を閉めて、外で待ってくれていたリアと共に、士郎や凛が既に待っているであろう居間に向かった。

 

 

 

 

「いい? それじゃこれからのこと、確認するわよ」

「ああ。頼む」

 

 そう士郎が返事をして、俺とリアは頷きを持って返す。慎二もとりあえず話は聞いているようだ。

 食事が終わり、居間でこれからの予定の最終確認をしている。今日は藤ねえが来ない分、静かに食事を終えて茶を啜り、そしてそのまま話し合いとなった。

 

「十二時……今から二時間後。日付が変わってからすぐに柳洞寺に向かうわ。ちょっと時間的に早いかもしれないけど、この頃は事件だ何だで遅くまで出歩いてる馬鹿なんてそういないでしょう。向かうのはここにいる全員。普通に考えれば間桐くんは残っていたほうが良いんだろうけど、相手がキャスターだと安全だとも言い切れないしね」

 

 うん、確かにそうだろうな。あんな魔力弾を詠唱ひとつで放てるくらいだ。遠距離からでも慎二を殺す手段を持っているかもしれない。

 ましてや慎二は魔術師でもなんでもないのだから抵抗することすらできない。それだったらついてきてもらったほうがまだ守りやすいだろう。

 そうして凛は俺たちを見回し、異論がないとみると続けて口を開く。

 

「それで門に居るっていうアサシン……。リアとアルト、どちらかが引きつけてくれたらと思っているんだけど」

「それでは私がアサシンを受け持ちましょう」

 

 そういって手を挙げたのはリア。昨夜の俺の話を聞いて、アサシンと手合わせしてみたいのだろう。

 佐々木小次郎を名乗る相手では、俺よりも剣技の優れるリアのほうが相性はいい筈。それはわかる。だけど……

 

「いえ、……アサシンは私が引き受けます」

「アルト? 何か考えでもあるのですか?」

「ええ、まぁ」

 

 ……以前セイバーがアサシンの事を、技を磨き続け、『多重次元屈折現象』を為し得た偉大な騎士――厳密に言えば剣士なのだけど――だと言っていた。

 いまいちその『多重次元屈折現象』が何なのかよくわからないけど、あのセイバーが手放しに褒め称えるくらいだからものすごい事なのだろう。そのように考えていくと、俺がアサシンに勝てる確率はリアと比べて格段に落ちる。

 

 ただ、剣技で負けていたかどうかはわからないが、セイバーもインビジブルエアを使おうとしていたようだから結局は宝具を使うことになるのだろう。

 だとしたら、魔力を満足に供給されている俺が担当したほうがいい筈だ。キャスターの件にしても、昨日はなんとか魔力弾を防ぐことはできたけど、今回も俺がうまく立ち回れるとは限らないわけだし。

 

「……わかったわ、それじゃあアルトに任せる。さっさと倒してこっちに合流しなさいよ」

 

 そういって凛は俺ににやりと笑みを向ける。きっと俺を発奮させようとしてくれているのだろう。

 

「ええ、わかりました」

 

 だったら俺はそれに応えられるように邁進するだけだ。

 

 

 

「――それじゃあその後だけど、リアを先頭にして敷地内に突入。もちろんリアはキャスターを担当ね。葛木先生は…………悪いけどガンドで眠ってもらいましょう」

 

 そうして右手の人差し指を見つめ、フッと笑う凛。

 ――――うん。怖い。

 

「えっと、俺は何をすればいい?」

 

 そう、不安げに声を上げたのは士郎。確かに当事者の一人だというのに役割が何も無かった。

 

「何をすればって……」

 

 そういうなり考え込む凛。『何も無い』とは言わない。きっと、そんなことを言えば士郎からの反論があるとわかっているのだろう。

 短い付き合いとはいえ、既に士郎の性質をおおまか理解しているみたいだ。外から見ているとわかってしまう。自分のことなので複雑な心境だけど。

 

「そう、そうね。間桐くんの護衛をお願い。狙いは間桐くんなんだから仕掛けてくるかもしれないし」

「わかった、任せてくれ。慎二は俺が守る」

 

 今回の目的なんだからね、と凛に念を押されて、士郎は力強く頷く。

 

 なんていうか、上手く乗せられているなぁ、士郎。今の凛の台詞なんか、『今思いつきました』って言っているようにしか聞こえない。

 ま、下手に動いてもらうよりかはそのほうが俺としても安心だ。士郎が飛び出しても、前回のように上手く助けられるとは限らないんだから。

 

「ええと、――あと一時間ね。それじゃ何にもなければこのままいくけど、いい?」

「ああ、構わない」

『私も構いません』

 

 

 そうして各人が服を着替えに部屋に向かっていく。

 寒いから何か羽織っていったほうがいいということで、ベージュのカーディガンを凛から借りることになった。リアの方は問題なさそうな様子だけど、体は冷やさないほうがいいと凛に言われて同じ型の白いカーディガンを羽織っている。

 前にも思ったけどなんで凛は似た服を何着も持っているんだろう。日ごろから着ているっていうわけでもないようだし、あまり白やベージュとかの落ち着いた色の服を着ている凛が想像できない。

 あくまで先入観だから、実は似合うのかもしれないけどさ。

 

 居間に戻ると既に慎二と士郎が着替えて待っていた。

 士郎のほうは紺色のGパンに袖が青い長袖のTシャツ、その上に皮のジャンパーを着ている。

 並んで慎二は茶のコーデュロイパンツと学校指定の白いYシャツの上にセーター、そして黒いジャケットを着ていた。

 ちなみに慎二が着ている服はほとんど士郎のものだ。慎二が来た時は学校帰りだったから学生服しかなかった。流石に狙われている身でわざわざ自分の住処に服を取りに帰るわけにもいかないだろう。

 俺はあまり格好に頓着しないほうなので、持っていた服もあんまりセンスがいいとは言えない。それでも慎二が着ると、それなりに似合って見えるから不思議だ。

 

 とかなんとか考えているうちにもう11時45分。そろそろ外に出なければならない時間になっていた。

 誰も話さず、そのまま玄関へ向かっていく。靴を履き替え、全員揃った所で門をくぐって、柳洞寺に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 夜更けの来訪者たちに鳥がざわめき、飛び立っていく。五人の足音が響くが、寺を囲む木々に吸い込まれていった。

 

「……」

 

 凛が全員を見渡す。士郎が頷きをもって返し、慎二はその横でポケットに手を入れて階段の上を見上げている。

 リアと俺も戦闘武装を済ませて、それぞれのマスターを見た。

 

 長い、長い階段を上る。罠に注意し、数分に渡って続けられていたそれはようやく終わりが見えてきた。視界の大半を占めていた木々たちが開け、夜空が目の前に広がる。

 サーヴァントの気配は未だに感じ取れない。もしや、なんらかの理由で召喚されなかったか、それとも他のサーヴァントに倒されてしまったのだろうか。そこまで考えてしまう程、周囲に気配や殺気がなかったのだ。

 

 

 頂上まであと十数段。罠が仕掛けてなかったことに不気味さを覚えながら、足を伸ばした所でその男は現れた。

 するり、と風が流れるような自然さで月を背にして立つ長身の侍――――。

 いつ現れたのか、見えていた筈なのにいきなり現れたかのように錯覚してしまうほど、そこにいるのがさも当然のように佇んでいた。

 

「ほう、よくぞいらっしゃった。――と言いたい所ではあるがただの参拝客ではあるまい?」

 

 五尺を尚越える長刀を肩に担ぎ、男はにやりと唇を吊り上げた。

 

 ――戦慄する。あまりにその在り方が異様。

 サーヴァントの気配の大小というのは大方そのまま強さに比例する。勝てるかどうかというと話は変わるが、総合的な強さを測る為には信頼の置ける目安となってくれている。それは今までのサーヴァントから、俺自らが学び取った数少ない経験の一つでもあったのだ。

 それが覆されようとしている。気配は薄く、その得物の長さも注意するものではあるが、宝具というわけでもない。ならば即座に切り捨てていける相手の筈。確かに直感はそう告げていた。

 なのに――――この相手を侮ってはいけないと、本能が警鐘を鳴らして止まらない。

 

 それでも――――

 

「退け、と言って退く相手ではないな。貴方は――」

 

 一歩踏み出す。アサシンが長刀を下ろし、目を細めて俺を見た。

 凛にはすぐ合流すると豪語してしまったのだ。こんなところで怖気ついている暇はない。

 

「無論。私の役割は門番なのでな。生きては通さんし、生きては帰さん」

 

 長刀をすっと俺に向ける。俺の額に向けられたその刀は長く、鋭く、そして美しい。

 

「されど――――」

 

 そこで言葉を止め、俺に向けた刀を下ろし、月を見ながら愉しげに笑う。

 

 凛やリアが息をのむのがわかる。この男は敵に囲まれているというのに、自然体のままで居続けている。

 

「如何に私といえど一度にサーヴァントを二体も相手には出来ぬのでな」

 

 そう言ってアサシンは俺に向き直る。――――アサシンは俺の担当だ。

 そう意気込んでいる俺の気配を察知したのか、アサシンも俺を相手と定めたようだ。

 

 後ろにいる凛に向かって頷き、手に不可視のエクスカリバーを発現させた。

 

「では、私がお相手を致しましょうか」

「ふ、願ってもない」

 

 睨み合う俺とアサシンの横を、士郎たちが駆け上っていく。わき目も振らず上っていく凛と対象に、リアは心配を含んだ視線を俺に送るが、そのまま門の奥に消えていった。

 士郎たちを見届けて、改めて俺とアサシンは対峙する。

 

 

 

 

 

 

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