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腹に響く重い音と共に、柳洞寺に続く門が開かれた。
アサシンだろうサーヴァントと対峙しているアルトを残して、俺たち四人は柳洞寺に踏み込んでいく。
門をくぐった途端、生気の乏しかった門外と比べて異常なまでに濃密なマナの為に息が詰まり、無意識の内に顔を顰めてしまう。
魔術回路のない慎二でさえその空気に気圧され顔を青くしているようで、俺たちを包む空気は確かに固くなり始めていた。
護身用にと家から持ってきている木刀を右手で力一杯に握り締めて、止まりかけた足を前に進ませる。弱気になりかけた自分を奮い起こすように、ただひたすら先に向かう。
俺の進む先には怯む様子もないリアの背中。リアは最後までアルトを心配そうに見ていたがそれも柳洞寺に入るまでのこと。門を開けてからは先陣を切り、鎧をかち鳴らしながら突き進んでいる。俺も負けじと速度を上げて、リアを追走する。
身体を動かしながらも、俺はリアの行動について考えていた。一体リアは何をそんなにも心配しているのだろうかと。
あの侍然としたサーヴァントは不気味だった。俺でもその異常さは感じ取れる。
だが剣技という点で劣るとはいえ、アルトとて
……しかし、そのアルトよりも強いリアが
そんな考えを打ち払うように頭を振る。
アルトを信じないでどうする。俺たちは、俺たちにできることをやらなきゃならない。そう自分に言い聞かせて、無理矢理に思考を切り替える。
近付くにつれて本堂の細部が見えてくる。一番前を走るリアが、そして続くように遠坂が立ち止まった。俺もリアの斜め後ろで立ち止まり、背後に慎二が居るのを確認して前に向き直る。
向き直ったとき、風が吹きすさぶ中に一人、キャスターがいつの間にか立っていた。
「あのアサシンでも足止めくらいは出来るもの、と思ったのだけれど……。所詮は土地に居ついただけの亡霊に過ぎなかったのかしら」
朗々と響く声。目の前のキャスターから発されたものだ。俺たちはその一言一言に身構える。相手はクラス
とは言っても、相殺すら不可能である魔術使いの俺には、全力で軌道上から離れるぐらいしかできないのだけれど、それでも、と手にした木刀に魔力を通し、より堅固なものへ作り変える。
魔術回路に火を入れる。いちいち回路を作り上げることをしない所為かどうかはわからないが、スムーズに強化し終わった。魔術師であるキャスター相手にこの木刀が役に立つかどうかは疑問だが、ないよりはいい筈だ。
「まぁ、でも一体押さえられただけでも御の字といったところね。高い対魔力を持つサーヴァント二体が相手では、キャスターである私は手も出せないもの」
ふふ、と微かに笑みを漏らすキャスター。言葉と様子を見るに、アルトがいないことに気がついたのだろう。
……でもその言葉には疑問点が残る。キャスターとアサシンはやはり共同戦線を張っている。いくら俺でもその発言から読み取れる。だが……対等な条件で付き合っている感じではないような気がする。
「貴女のマスターと、あの門にいたサーヴァントのマスターは同盟でも結んでいるのかしら?」
俺がそこまで考えると同時に、遠坂がキャスターに問いを投げかけた。先ほどのキャスターの発言に遠坂も疑問を感じているのがわかる。
その発言は、予想はついているものの決して確たるものを持って発したものではなく、単純に疑問をぶつけただけのもののようだ。
――――アサシンのマスターと、キャスターのマスターは協力しあっている。遠坂も、俺も、アサシンの存在を感じていたアルトでさえも同じ結論を持っていた。何せ自分たちがそうなのだから。逆に言えば二体のサーヴァントが拠を同じくしていることに説明がつかない。
だが、先の発言でわからなくなった。単純に相性が良くないだけだとも思えるが、それを差し引いてもキャスターは完全にアサシンを見下している。その言い振りは、アサシンの実力を信用していないようにさえとれる。仮にも同盟を組む者が、その相手を見下し、信用していないという状況に耐えられるのだろうか。
そういう認識をしている相手と組むキャスターのメリット、俺には考えがつかない。マスター同士の話し合いという可能性も残ってはいるけど、それでも一方を見下す同盟なんて考えにくい。
問うた遠坂本人も真っ当に答えが返ってくると考えてはいないのだろう。戦闘に入るまでの軽い牽制というところだろうか。だが反して、その問いに対してキャスターから反応があった。
「ふふ、同盟? あの男に対して、そんな回りくどいことは必要ないわ。あの男にはマスターなんていないのだから」
口元に当てられるほっそりとした左手。青白いとさえ見えるそれは、黒い塊にしか見えなかったローブの中で一際目立つ。その左手の下に隠された口は微笑んでいるように見える。
マスターがいない。俺がその発言を確りと理解する前に、キャスターは口を開く。
「――――あれは、私が呼び出したのよ」
そうして堪えきれないように笑みを漏らした。
キャスターが呼び出した? それにマスターがいない、だって? それはキャスターがマスターの役割を果たしているという意味なのだろうか?
しかし、キャスターは確かに「アサシンにはマスターがいない」と言った。額面通りの意味だとすれば、呼び出しただけでマスターもなしに現界しているということになる。
聖杯戦争の『魔術師がサーヴァントを呼び出してマスターとなる』というルールを覆してしまっているんじゃないだろうか?
「貴女、聖杯戦争の理を破ったのね!」
キャスターに対して叩きつけるように吠える遠坂。
……キャスターのアサシン召喚は反則、間違いない。眉根を寄せた遠坂の顔とその言葉が何よりもそれを物語っている。
それがどれだけ重大なことなのかどうか、俺にはいまいち理解できない。けれど、遠坂をここまで憤慨させるということは、キャスターは相応の禁忌を犯しているのだろう。
「ふふ、私が何を破ったと言うの? 魔術師がサーヴァントを呼び出す、何も問題はないことでしょう?」
ぎり、と歯が鳴る。遠坂だろう。対してキャスターは悪びれた様子もなく笑みを浮かべたまま。
しかし遠坂は数秒後には何か思い直したように薄っすらと笑みを浮かべて、キャスターを見据えた。
「キャスター、貴女のマスターはそれを知っているのかしらね?」
「……」
「私が言うのもなんだけれど、魔術師って云う生き物は自分よりも優れた存在を排斥するのがほとんど。ましてや使い魔が自分よりはるかに優れた魔術師だった場合、鬱憤は相当なものの筈よ。大抵のヤツは魔術師としてのプライドが貴女の独断を許さないのではないかしら?」
「…………ふふふ、あははははははは!!」
大きく高笑いするキャスター。いったい何がおかしいのだろうか? キャスターにとってそれは都合の悪いことなのではないのか?
何事かと遠坂が息を飲み、身構えると、キャスターは笑いを止めてこちらを睨みつける。
「ええ、そうね。確かに私は宗一郎様に黙って行動していたわ。町から生気を吸い取り続けたのも、アサシンを召喚したこともね」
「じゃ、じゃあ……」
「そうよ。宗一郎様はもう知っていらっしゃるわ。貴方たちが攻めてくるだろうことをお伝えする時、私がおこなっていたことを全て話さなければならなくなった。気が気じゃなかったわ。場合によってはこの聖杯戦争をあきらめなければならなかったのですから。でもね……宗一郎様は私がこの戦争に勝利するためならばそれも構わない、とおっしゃってくれたわ」
今となったら貴方たちに感謝をしたいくらいよ、と微笑むキャスター。
……構わない、だって? 葛木先生は他人を無差別に襲うことを容認したっていうのか!?
しかしそのキャスターのマスターである葛木先生はどこにも見えない。
「葛木……いや、あんたのマスターはどこだ!」
「そう簡単に教えるわけがないでしょう? それに、それを知ってどうしようっていうの? ボウヤ」
「決まってる! そんな馬鹿なことやめさせてやる!」
「……ふん、言ってくれるわね。そちらはどうなの? 私としては用があるのはそこの男だけ。元々ボウヤたちと無闇に争う気はないわ。でも、そこの男を明け渡しに来た、そういうわけではないのでしょう?」
後ろで慎二が息を呑み、たじろいている。
大丈夫。そう慎二に伝わるように、庇うように一歩踏み出した。
「ああ。何度でも言わせて貰う。慎二に危害を加えるなら、俺が全力で阻止してやる」
キャスターに向かってはっきりと言い放つ。迷いはない。
この問答はつい先日もしたことだ。一度救うと決めた。掴んだその手を振りほどく気は毛頭無い。
「そう。残念ね」
キャスターは本当に名残惜しそうに呟くと、手を空に掲げる。
それに反応して身構えるリアと遠坂。俺は慎二を守るという役割があるから、慎二の前――遠坂の真後ろでいつでも反応できるように気を張る。
「私も宗一郎様の為――いえ、私自身の為に譲るわけにはいかないのよ!」
腕を振るうキャスター。それを契機に、全方位から響いてくる音。俺たちを囲むように地面から湧き出てくる骨、骨、骨――――。頭が無く、顎から下だけの骸(むくろ)。その骨の兵士たちの手には西洋の剣。その剣自体も切れ味があまり良いとはいえそうにない。
使い魔の類だろう、その一体一体の持つ存在感はそう大したものではない。これなら俺でも倒せる。脅威と呼ぶ程の敵ではない。
だが異常なのはその数。目に見えるもの全てが湧き出る骨で埋まっていく。
「このような小細工ッ!」
怒声と共に、リアが剣を振るう。疾風のような一撃に、その先にいた十数もの骸骨の騎士どもが砕け散って元の土へと還っていく。
しかし次の呼吸をするころには、その一撃によって空いた空間を周りの骸骨が即座に塞ぐ。いまだ生産され続けているのか、その数は一向に減っているようには見えない。
「ふうっ!」
ぐらぐらと不気味に歩み寄ってくる骸骨どもを強化した木刀を振るう。
流石にリアのようにはいかないが、それでも手前にいる二、三体を相手にできるようだ。すでに戦闘態勢に入っていたため、なんとか対処できている。
「く、くそっ! こいつら、何だってんだ!」
俺の後ろでは慎二が、骸骨の振る剣を必死にかわしている。慎二も伊達に運動部の副部長を務めてはいない。その身のこなしはしっかりとしたものだ。
慣れ親しんでいるだろう弓と矢でもあればいいのだが、生憎ここにそんな気の利いた物はない。俺は振り向き、慎二に斬りかろうとしていた骸骨を力任せに叩き折った。
「慎二、無事か!?」
「なんだよ、くそっ! もっと早く助けろよな!」
……これだけ憎まれ口を叩ければ大丈夫だな。
えっと――――遠坂は大丈夫だろうか?
そこに思い当たると、近くで勇ましい声が聞こえてくることに気がついた。
「はっ! ふっ、せえっ!」
遠坂は中国拳法か何かの武術でも習っているのだろうか。近づいた敵は掌底を当てて弾き飛ばし、離れた敵にはガンドという簡易呪術で牽制もこなしている。
そちらを見やると、遠坂の周りは大きく空間が出来ていた。……接近戦だけとっても俺より強いのではないだろうか?
周りが囲まれてしまっているので、自然と俺たちは一箇所に集まって互いに背中を預けながら戦うようになる。慎二を囲み、リア、遠坂、俺で円形に陣を組み、回るように迎え撃ち始めた。
もう何体、何十体を倒したのだろう。身体を動かし続けている所為か、時間の間隔が掴めない。冷えていた体はいつの間にか温まり、汗が吹き出てくる。それでも休む事も出来ずに、ただひたすらに目の前の敵を打倒する。
やはり感じていたとおり、こいつら自体は大したことはない。隙だらけで、おまけに確りと統制も取れていないようなので打ってくれと云っているようなもの。強度もそれほどではないらしく、強化した木刀でも明らかに優位に立てるほど。ある程度数で押されても、立ち位置を変えてリアが外に弾き出し、円を崩さないように保てている。
だが、これでは多勢に無勢。相当数を倒したというのに、敵の数は一向に減らない。明らかにキャスターはこちらの消耗を狙っている。
そして遠坂と俺は見事その術中に嵌ってしまっているようだ。俺はまだ多少の余裕があるが、それでも疲労がないわけではない。遠坂に至っては肩で息をしている。流石にこれだけの格闘はきついのだろう。
「リア、キャスターを頼む。ここは何とか持たしてみるから」
「シロウ……」
そう話す間にも迫ってきた一体を薙ぎ払う。遠坂の負担を減らす為にも俺がここで頑張らないと。
「わかりました。それではシンジやリンは頼みます」
リアもこのままでは埒が明かないと感じたのか。それだけ言うと、リアはキャスターのいる方向へと飛び込んでいく。
道を塞ぐ骨どもはリアにとって物の数にもならないのだろう。苦も無く一刀の下に切り開き、その後ろには道が出来ていく。そして割れた海が元の姿を取り戻すように、その道も骸骨の兵士によって塞がっていく。
「くそっ! とはいえ限が無いな!」
力任せに木刀を振るう。
リアと戦力が分散された所為だろうか、辺りの骸骨の兵士が減ってきている気がする。気がつけば、その個々も牽制するように囲むだけで、攻め入ってくる様子がなくなった。
これは……まさか俺たちとリアを切り離す事が目的か!?
すぐにリアの向かった方向に目をやると、そちらが光を発しているのに気づいた。意識した途端、キャスターがマナを集めているのか、周りの空気がそちらに流れていくように錯覚する。
そして轟音。
射線上のあらゆるものを吹き飛ばし、土を巻き上げ、地面を陥没させていく。ショットガンのようにばら撒かれた魔力の塊は、味方である筈の骸骨をも吹き飛ばしていく。
「……私の魔術を防ぐほどの対魔力!? …………そんな!!」
キャスターの声が、未だ視界の晴れない中から聞こえてくる。
どうやら先日、慎二に放ち、アルトに防がれた魔術はそれでも手加減をしていたらしい。だが、本気になったキャスターの魔術ですら、リアには届かなかったようだ。
土煙が薄れ、目の前が開けた。周りを見渡す。遠坂も慎二も無事。俺にも怪我はない。狙いはあくまでリアだったらしく、こちらには被害はなかったようだ。
いつの間にか俺たちを囲んでいた骸骨は、リアからキャスターへの道を塞ぐように集結している。
そしてその骸骨も、リアの一振りで一瞬のうちに吹き飛ばされていく。先ほど、俺たちを守るように戦っていたときとは比べようがない。爆発的な突進から繰り出される一撃。十単位で骸骨が、形を留めることなく崩れ落ちていく。
思えばランサーの時も、ライダーの時もひたすら前に出ていた。並大抵の敵では、攻めに回ったリアを止めることも出来ずに敗れ去るだろう。
一直線に突き進む。リアは蛇行するでも、横に逸れてやり過ごすでもなく、愚直なまでに進んでいく。そしてその進攻は止まることない。十を数える間もなくリアはキャスターに迫ろうとしている。
そしてそのキャスターは、笑っていた。
「――――Ατλασ」
骸骨を弾き飛ばしながら突進するリアに、投げかけられるキャスターの声。聞き取れない言葉。しかしその意味は直接脳に伝わってくる。『圧迫(アトラス)』、と。
次の瞬間には、リアの周囲だけが上から何か押し付けられたかのように陥没していく。そして続くように空間ごと、上からの圧力をかけられたまま切り離される。地面に縫い付けられていたリアは、その動きを完全に止めて空間ごと固定された。
「なによあれ!?」
遠坂が驚いている。だが、それも当然のこと。
「――まさか!?」
キャスター自身にとっても会心の出来だったのだろう。そしてその異常を的確に感じ取れるのもキャスターに他ならない。
その言葉に困惑する俺。遠坂は状況を把握しているのか、先ほどの驚愕を一片も残さぬ笑みを浮かべている。魔術に掛けられたと認識してからほんの数秒。その大魔術を掛けられたリアは一歩たりとも動かず、しかし。
「……こんなものですか」
それも彼女がこともなげに呟けば、幾重に重ねられた魔術は一息で無効化された。
無防備なキャスターに、目にも留まらぬ速度で間を詰めるリア。残る骸骨に対して剣を振るうこともせず、その勢いのまま肩から当たり弾き飛ばしても、リアの速度は衰えない。
「このままここで散れ、キャスター!」
とった! 俺の隣にいる遠坂が勝利の声を上げる。俺も同じく、そう思っていた。
キャスターは動けない。動けたとしてもセイバーであるリアの剣を防ぐ術は魔術師であるキャスターにはないだろう、と。
だけど、見てしまった。偶然にも視界にそれが入ってしまったのだ。キャスターの影から――リアの死角からゆらり、と長身痩躯の男が現れたのを。
他の人間が現れたのなら、リアの勝ちだという確信は揺るがなかっただろう。だが、この男にはそれを思わせない何かがあった。
「キャスター、下がれ」
キャスターにそれだけ告げたこの男――葛木は、生身でリアの前に躍り出たのだった。