Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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8日目⑥

 

◇◇◇

 

 風が俺とアサシンの間を通り抜け、木の葉を舞い上げる。見上げる階段の先――門の上では雲がゆっくりと、目に見える速度で流れていく。

 

 アサシンは俺を見つめたまま微動だにしない。

 リアの気配が山門から中に抜けて行ったのを確認して改めて目の前の敵を睨む。

 

「さて、一戦交える前に。其方について少しばかり思量させていただいた」

「……?」

 

 何を言い出すのだろうか。アサシンはまたも刀を肩に担ぎ、そう言い放つ。すぐに仕掛けてくるという気配はない。

 リアに話したアサシンもセイバーからの聞いたものなので、実際に対峙しその姿をしっかりと収めたのは初めてである。そういうこともあり、俺はいまだに目の前のサーヴァントがどのような気質であるかは掴みかねていた。

 

 アサシンは何も答えない俺を見、何かを確信したように微かに笑う。

 

「さてはセイバーではあるまい? 先程私の横を通り過ぎたサーヴァント……あちらがそうであろう」

「――――!」

 

 僅かにたじろいだ俺を察知したアサシンは、ふむ、と小さく言葉を漏らして少し思案する。

 

「姿形で見当をつけるということは如何なものかと思ったがその姿は思うに西洋の剣士のもの。それ故、どちらと士合ってもよいと思ったのだが……どうやら少しばかり浅慮であったようだ。其方からは剣に生きた者が持つ剣気があまりに稀薄」

 

 ――見破られている。

 

 まさか剣を合わす前に看破されるなんて。気づかれてしまった以上しらばっくれても仕方がない、か。

 

「その通りだ。俺はセイバーじゃあない。それにしても、気配を感じるならともかく、読み取るだなんて思ってもいなかった」

「……なに、特別な技能ではない。ただただ体に染み付いているといったところか。気配を機敏に感じ取れぬようではあの戦乱を生き抜くことなど敵わん」

 

 ――――その技能はおそらく全ての剣士が持っていたものではない。

 名が売れれば奇襲、闇討ちもあっただろう。膂力が、剣の技量が優れていても骸となり、人知れず消えていった者もいた筈だ。幾度もの死線をくぐり抜け、乗り越えてきた者だけが感じ取れる生存するための必須能力。それを目の前の相手は持っている。

 アサシンに対する警戒を更に強める。この男はやはり、相当に強い。

 

「ふむ――――いささか駄弁が過ぎたようだ。よもや相手がこのような見目麗しいご婦人だとは慮外のことでな。気を悪くしたのなら詫び言を述べよう」

 

 そうして微かに唇を吊り上げてアサシンは一歩こちらに踏み出す。

 一歩、また一歩。ゆっくりと歩み寄る彼とは裏腹に、空気は急速に塗りつぶされていく。糸を限界まで張りつめたような、息苦しさを覚えるような殺気。

 

 隙はない。歯を食いしばり、相手の動きを見逃さないように目を見開く。

 

「我が名はアサシン、佐々木小次郎。そちらは…………。何、いずれにせよ切り伏せてしまえばなんであろうと構うまい――――」

 

 一閃。

 

 なんの構えもなく放たれる。セイバーの動体視力をもってしてようやく捉えたその初太刀は、暗闇を分け隔てるように鋭く、そして美しい弧の軌跡。

 俺の首と胴体を両断せんとする太刀筋。間合いの外から放たれた一刀を己が最速の一撃で迎え撃つ――――!

 

 鉄と鉄とが火花を散らす。金属がかち合い響く音はやはり周りの木々に飲み込まれていった。しかし、それだけでは終わらない。

 感じ(わか) る。さらに追撃があることが。気を抜いたらその瞬間にでも首が落とされることが。迫ってくる銀色の軌道の変化、そしてその速度が。

 セイバーの直感ではない、アサシンの挙動から読み取ったわけでもない。だが、この目は一度見てきたかのようにアサシンの長刀の流れを先読みする。

 

 アサシンの弧を描いた柔の太刀筋を、セイバーの力強い剛の剣で受ける。

 さらに数合。目が、体が勝手に先読みしているお陰で、なんとか致命傷は負わずに済んでいる

 

 ――が、圧倒的に不利な状況は続いている。あちらからの一撃は届くが、こちらはあと二歩ほど近寄らなければ掠り傷を負わすことも敵わない。

 剣技の差、射程距離(リーチ) の差。おまけに立ち位置すらも不利になる要因である。下に位置するというだけでもこんなにも戦い難いものなのか。高低差のある場での戦いは初めて。なんとか渡り合えているのは奇蹟かもしれない。

 

 こちらの射程の外から振るわれ続ける無数の剣閃。既に剣の経験――セイバーの剣技に同調(トレース) している。リアとの稽古で以前よりも本物に近い動きが出来ている筈だ。

 それでも俺は、距離を縮める事すら出来ずにいた。

 

 剣と刀が交差する。視えない剣と、余りに長い刀。迎撃した一撃はいなされ、間髪入れずに反撃が返ってくる。

 それでも、進もうとする俺を押し返すアサシンは圧倒的に優位に立っているのに不用意にこちらに攻め入ることがない。

 

 アサシンは俺が山門を突破しないことを第一に戦っている。

 

 ――――「無論。私の役割は門番なのでな。生きては通さんし、生きては帰さん」

 

 どうやらこの言葉に偽りはないようだ。だが、このままではいつまでも埒が明かない。

 凛や士郎に追いつくどころか、リアがキャスターが倒しても、俺はまだアサシンを打倒できずにいるだろう。

 

 絶え間なく襲ってくる銀の閃きを最小限の動きで受ける。頬に、腕に小さな切り傷がつけられていく。

 都合、優に数十合。もしかしたならもう百に届いたかもしれない。

 

 どちらにせよこのままではジリ貧。こちらの傷ばかり増えていく。

 だけど、まだ。今不用意に攻めても昼に見た士郎の二の舞になる。

 集中。緊張している余裕はない。

 

 

 肩から心臓にかけて袈裟に狙う線。――――駄目だ。下から振り上げて弾き返す。

 

 息つく間もなく下段から顔面を目掛けて切り上げてくる銀光。――――これも違う。素早く上段から打ち返す。

 

 腕を切り落とさんとする縦の線。――――…………不可。剣を横にして受ける。

 

 外から大きく巻き込んでくる、空間をも断つような一刀。狙いはこの首。――――これ、だ!

 その軌道を見極めるが早いか、素早く息を吸い込み、魔力を引き出す。

 

「ふぅっ!」

 

 掛け声と共に外に弾き出し、脚部に圧縮した魔力を爆発させるように体をその内側に潜り込ませて――――

 

 前頭部にちりちりとした、軽い痛みが走った。

 

「え?」

 

 目を見開く。眼前にいる男の唇は吊り上っていた。そして間もなくその異常に気づく。

 

 外に大きく弾かれていたその長刀は、

 

 流れるように迂回して、

 

 いつの間にかに目の前に迫っていた。

 

「なっ!」

 

 いまだ先程の剣戟の音が残る中、考えるよりも早く体を無理矢理に横に捻り、後ろに退く。頭部がその軌道から外れる。

 

「づっ!!!」

 

 瞬間、左肩から縦に大きく広がる焼き(ごて) を当てられたような熱と、そしてそれに遅れてやってくる激痛。

 盛大に吹き出す赤い液体。どこか現実から離れた光景。

 

 それもすぐに引き戻される。距離を詰めながらの突き。狙いは、咽喉。

 右で握り直したエクスカリバーで叩き落すが、勢いは衰えずに左太腿に突き刺さる。

 

「くっ……あ……!」

 

 そして、間髪入れずに視界の右端には銀色の光。月を反射しながら返す刀の切っ先。またちりちりと痛む。今度は首の右。

 咄嗟に右腕で剣を立てて受けようと試みるが失敗。その刀は右肩を切り裂いた。

 

「ぁ……」

 

 赤い衣を黒が染めていく。流れ出る液体とともに体の熱が、魔力が流れ出ていく。

 吐き気を伴う倦怠感が、活力が失われていくのを知らせている。

 

 左は鎖骨、そしてその下の肋骨を三本切断されている。筋肉が絶たれたか左腕は動かない。

 呼吸に支障をきたしている。肺まで傷が達している所為だろう。

 右肩の傷は無意識に魔力を通したお陰か、骨の中ほどで止まっているものの筋肉がやられた。無論、右腕は上がらない。

 左足、骨に異常はなく、動けるだろうが機動力が格段に落ちてしまう。

 

 機械にチェックさせているかのように、身体の異常が脳に届く。

 ここは退かなければならない。なのに、体がまるで糸の切れたマリオネットのようで言う事を聞いてくれない。

 がくんと膝が落ち、地面が近づいてくる。重力に逆らえない。必死に抗うも体から力が抜けていく。

 

「ふむ。些か距離が足らなかったようだ。退かねば今頃一刀の下に切り伏せていただろう」

「……ごふっ…………ぅ……ぁ……」

 

 アサシンの声が聞こえるが、石段しか見えない。その石段も肺から逆流した赤い液体で濡れた。

 ざっ、と細かい砂利の擦れる音。アサシンが近づいてきている。

 

「私の攻めの(ことごと) くを防いだ様は見事ではあったが、呼吸を読まれるようではまだまだ。それでは攻めに転じることを相手に知らせているようなもの」

 

 そう、か。呼吸を読まれていたのか。道理で俺の突然の動きにも冷静に対応できたわけだ。

 

「さて、その刀疵では抵抗も出来ぬとは思うが、慢心して命を刀下に落としては割に合わぬ。止めを刺させていただこうか」

 

 じゃり、じゃり、と足音が近づいてくる。アサシンの刀が俺の首に届く距離まで、あと数歩。

 

「荒くはあったが、真っ直ぐないい剣であった。機会があるならば、もう一度士合いたいものよ」

 

 そうアサシンは俺に手向けの言葉を紡ぐ。

 

 

 こんなところで終わるのか。

 

 まだ、俺は何もしていない。何も守れていない、誰も救えていない。凛との約束も、慎二も、セイバーも。

 終わるわけにはいかない。俺はまだ、死んでいない。

 

 ――――動け!

 

 体をずらし、倒れたまま階段を転がり落ちる。

 がつん、ごつんと衝撃に体が軋む。傷が疼くが、背に腹は代えられない。

 

 

 これで、いくらかはアサシンとの距離も開いたことだろう。む、とアサシンが呟いているようだが生憎そちらは見えない。

 下半身に力を入れて、よろつきながらも立ち上がる。

 

「その傷、いくらサーヴァントと言えど命に至ろう。挫折せぬことは素晴らしいが、生き汚いのは、さて美点であるのかどうか……?」

 

 勝手に言っててくれ。何と言われても、俺はまだ終われない。

 右手を握る。エクスカリバーがある。幸い、手放してはいなかったようだ。左手も合わせて握る。

 

「がっ、げほっ……ぐ」

 

 口内に残る血を吐き捨てて、立ち止まっているアサシンに向き直る。

 歩み寄って来ていたアサシンは、立ち上がった俺を見て立ち止まった。図らずも先程剣を打ち合わせていた距離と同程度だ。そして、何故かその顔には驚きが見える。

 

「――――面妖な。それほどの傷を刹那の間に修復するとは……」

「なん、だって?」

 

 ぎゅ、と音がするほどに剣の柄を握りこむ。そうして、俺はようやくアサシンの言わんとすることに気がついた。

 動く。骨ごと断ち切られて動かない筈の左腕が、その末端である左手が。

 筋肉が断たれた筈の右腕が上がる。貫かれた左足も、いつの間にか傷が塞がっている。

 左手を胸の前で開いて確かめてみるが、どうやら力も大分戻っているようだ。

 

 血とともに流れ出てしまった魔力の消失はある。流石に痛みまでは消えてくれなかったのか、動かすたびにぶり返す。

 だが血に染まり、切り傷のついた衣を除くと、傷を負う前――戦闘前の姿に戻っていた。

 

「どうやら一筋縄ではいかぬ相手のようだな」

 

 なんだかわからないが、とりあえず傷が治ったというならそれでいい。他の奴ならともかく、こんなことは俺が衛宮士郎だった時から慣れっこだ。

 

 構えを取る。それを見てアサシンは、ゆらりと進み出でて距離を縮めてくる。

 

「そのような再生能力があっても、首を撥ねられれば黄泉返りもすまいな」

 

 高低差がなくなる。アサシンは真横に降り立った。距離もない。セイバーの体なら一足で踏み込める距離。

 

 アサシンが初めて型をとった。目線まで上げ横に構えた刀が月を映す。俺に背を向け、巻き込むように刀を引く。すっ、と細められた瞳は俺を射抜いたまま鋭さを衰えさせない。

 そして放たれる澄んだ殺気。胃がきりきりと痛むような緊張感。

 

 アサシンは、勝負をつけにきた。俺の息の根を、確実に止めにきている。

 そして俺は殺気をぶつけられながらも、その構えに既視感を覚えている。

 

「さて、其の方は果たして燕よりも早いのか――――」

 

 ――――ッ! 駄目だ、嫌な予感が拭えない。このままでは負けると、脳のどこかが必死に訴えている。

 エクスカリバーとセイバーの剣術を以ってしてもこれは防げない。直感に促されるまま、俺は手の中のエクスカリバーを手放した。

 

「秘剣――――」

 

 軌道、太刀筋を幻視する。

 迫る刀。それはセイバーのものよりも尚早い。だがそれだけでは脅威となり得ない。

 

 逃げ道を塞ぐ、囲むような二の太刀。

 いや、それは二の太刀、ではない。それではセイバーが防げなかった理由にはならない。

 

 

「――――投影(トレース)

 

 そんなことを考えながらも、別の思考が始まっている。

 この局面を乗り切れる『何か』を探している。

 

       「――――燕返し」

 

 音もなく振るわれる刀。

 描かれる美しい曲線。

 

 

 ――――見えた。迫る一刀とは別に、別方向からももう一刀。

 同時。そう、同時に発生する剣閃。一振りが多重に存在する斬撃、ありえない筈の現象。それが、佐々木小次郎の持つ究極の剣技。

 

 迫るは二閃。逃げ道などは既になく、そして、俺がこの剣閃を防ぐには二刀を用いる他はない。

 だが、サーヴァントの渾身の一撃であれば、凡庸な刀剣では受ける事すらも不可能。それこそ、宝具でもなければ俺は得物と一緒に真っ二つになるだろう。

 

 検索が終了する。ならば、該当する刀剣は俺の中に一対しかない――――

 

「――――完了(オフ)

 

 右手の黒の剣、陽剣が襲う太刀を迎撃し。

 

        左手の白の剣、陰剣が囲む太刀を押し返す。

 

「な、に……?」

「――――是、干将・莫耶」

 

 そう、この両手に佇む夫婦剣のみ。

 

 

 

 

 

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