Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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8日目⑧

 

◆◆◆

 

「宗一郎さまッ!!」

 

 葛木が躍り出ると同時に、キャスターが叫ぶ。

 

 突然の乱入者にもリアの勢いは衰えることがない。葛木の登場などを意に介した様子も無く、左足で大きく踏み込んでいる。

 リアの視えない剣は、キャスターを両断せんと綺麗に軌跡を描いているだろう。

 

 そうして――――予想だにもしていなかった、がつん、という鈍く響く音が聞こえてきた。

 

「なっ!?」

 

 その音と、続く驚愕を隠せないリアの声。そして、目の前に広がっている不思議な光景。

 リアが、横殴りに吹き飛ばされて地面を滑る。葛木は剣を振るうリアに向かって、横から裸拳で突きを繰り出したのだ。その本人は、今も表情すら変えずに倒れたリアを睨みつけている。

 

 確かに葛木は、何かを仕掛ける雰囲気を持っていた。

 だが、人間が素手でサーヴァントを吹き飛ばすなどと一体誰が予想することができるのか。あの華奢に見えるリアは、地に根を張ったように安定していて生半可な衝撃じゃ重心をずらすことすら難しいというのに。

 

 驚愕に目を見開く俺の前で、葛木は静かに動く。流れるように、それでいてすばやく葛木の腕が、立ち上がったリアを襲う。

 拳打は曲がり、(すす)み、そしてまた曲がる。その動きに淀みは一切ない。修練、反復を一日も欠かすことなく続けた型の動き。

 だが、肩幅に足を開き、体を斜に構えた体勢から放たれたその拳は、俺の知っている武術の常識を逸したものだった。

 外側からえぐるように放てば、リアの胸部に潜り込み打撃を与える。肩を真っ直ぐ打ち抜く筈の一撃も、途中で角度を変えて弧を描き、リアの首に狙いをつけている。防ごうとするリアの腕を、まるで蛇のようにくぐり抜けていく。

 

 この動きは傍から見ていても、とても対応できるものではない。あのリアをして防戦一方、それにしても攻撃を捌き切れているわけではない。

 予測できない攻撃に対処できず、確実に削られている。軌道を認識してかわすではなく、持ち前の直感で葛木の狙いを感知して回避しているために構えも何もあったものではない。

 だが、リアとて人知を超越している英雄だった。初見であろう奇怪な武術を相手に、致命傷を避けている。

 

 

 葛木のその両腕には魔力が停滞していて、強化されている。それ自体には、一撃目から気づいていた。魔力の流れに疎い俺だけど、葛木の動きに気づき、意識を張っていたから気づいたのだと思う。

 しかしそれにしても、身体能力を無理矢理引き出しているというわけではなく、あくまで剣と打ち合えるまでに硬度に引き上げるだけのものでしかない。故に、この体術は葛木宗一郎自身が持つ技能。手甲などを用いて強度を持てば、魔術が介入せずともセイバーと打ち合えるということに他ならない。

 

 

 リアは見慣れない動きに苦戦し、次第に避けきれなくなってきている。腕、肩、脇腹とダメージ部位が体の末端から中心へと移っていく。あのリアが、一方的にやられている。様々な角度から打ち抜いていく葛木には傷一つもない。

 俺と遠坂、慎二はそれをただただ眺める事しか出来ずにいる。あの高度な攻防に、俺たちの介入する余地はない。

 

 せめて葛木の気を逸らせれば……!

 だがこちらに矛先を向けられた途端に、俺などでは一撃で命を刈り取られてしまうだろう。

 ぎり、と歯が鳴る。

 

 

 突然遠坂が、はっと気づいたように視線を上方にやる。

 視線を追っていくと、その先にはいつの間にか離脱していたのか、キャスターが宙に浮いて杖を天に翳していた。――フードに隠れているキャスターの視線と、俺の視線が交差した気がした。

 

「……、…………!」

 

 キャスターが杖を振るう。その杖の先には、俺達がいる。何か呪文を唱えていたようだけど、その声はここまで届かない。

 魔方陣が宙に七。現れたと同時に光を放つ。光は今にも飛び出てきそうなまでに膨らんで、視認できるほど魔力が濃密に圧縮されている。

 

 ――――マズイ!

 

 大量の魔力弾が俺たちの下へと降り注ぐ。それは、数秒後には確実に起こる出来事。

 必死に辺りを見回すが――――俺たちがいる場所では逃げる事すらできない。身を隠そうにも遮蔽物がない。走って逃げようにも、門までは距離がありすぎる。

 それでもと、反射的に回避運動を取ろうと目の前の遠坂に向かって腕を伸ばす。だけど俺は、その場から動かない遠坂を見て、伸ばしかけていた手を止めてしまった。

 

 キャスターの放つ魔力弾が、閃光と轟音ともに辺り一帯を吹き飛ばす。

 

「――――Sieben(七番) ……!」

 

 吹き飛ばされていく土。えぐれる地面。立っていられないような地響き。キャスターを中心に放たれている光が辺りを照らしている。

 真っ白く染まった視界の中、遠坂だけが地面にしっかりと足をつけて、キャスターに対峙していた。

 

「――――Acht(八番)……!」

 

 叫ぶような遠坂の詠唱。そこに膨大な魔力を込めたキャスターの砲撃が迫る。

 人を容易に覆えてしまえそうな巨大な砲弾に、遠坂が投げつけるようにして放った石の礫ほどの魔弾がぶつかった。もちろんあっさりと砕けて、霧散していく。

 だが俺たちの下に一向に砲撃は落ちては来ない。遠坂は無理に相殺させず、最低限の力を以ってキャスターの攻撃を軌道を四方に逸らしていた。

 

 それでも、止まらない。上手く魔力を逸らす遠坂を気にした様子も無く、切れ間なく魔力を叩きつける。無尽蔵かと錯覚するほどに、魔力弾を魔方陣から吐き出させていく。これでは逃げた所で、やられていただろう。

 後ろにいる慎二に振り返る。その顔は青ざめていて、唇を噛み、脂汗を流している。――慎二だけでも逃がせればいいのだが、遠坂が散らした流れ弾が俺達を囲むように着弾している。下手に動いたなら直撃しなくとも流れ弾にやられてしまう。

 

 

 俺達の周りに着弾した魔力弾が地面をえぐったために、土煙が上がる。それが俺達の姿を隠していく。

 次第にこちらからキャスターの姿が見えないほどに濃くなった。あちらも同じだったのだろう、キャスターからの砲撃も止んだ。

 鳴り響いていた音が止み、辺りに静寂が戻ってようやく土煙が晴れていく。

 

 

 

 晴れた先には、キャスターが先と変わらず宙に浮いたまま、俺たちを見下ろしていた。

 

「あら……? お嬢ちゃん一人くらいは生き残っているかもとは思ったけど」

「……はぁ、はぁっ」

「頑張るわね……でも、そろそろ魔力切れが起こっているんじゃなくて?」

「はっ! この程度で余裕を気取るだなんて。キャスター、もしかして貴女、私に勝てる気でいるわけ?」

 

 遠坂のその言葉も完全に虚勢。後ろから見ていても分かる。このまま攻撃を受け続ければキャスターよりも遠坂が先に潰れるのは明白だ。

 そして俺は、一人立ち向かっている遠坂の背中を見るだけで何もできないでいる。

 

 俺は何のためにここにいるのか?

 慎二を守るんじゃなかったのか?

 遠坂の負担を減らすと誓ったのはどこの誰だ!?

 減らすどころか、完全に足手まといになっているじゃないか!

 それでも……それでも俺は、俺じゃ何も出来ない……!

 

「口が減らないわね……! いいわ、まとめて死になさい!!」

 

 魔力がキャスターに向かって収束し、七つの魔方陣が束ねられて大きな一つへと変わる。

 柳洞寺に充満している生命力が片っ端から魔力へと換算されていく。キャスターの言葉に偽りなく、その大きさは俺たちをまとめて殺して、余りある物だった。

 

「――――Funf(五番) ……!」

 

 すかさず叫ぶ遠坂。右手に乗せられた宝石が光を放つが、明らかにキャスターの魔力に負けている。

 

「つっ! (三番)Drei ,Vier(四番) ……! Der Riese und brennt das ein Ende(終局、炎の剣、相乗)――――!」

 

 額に汗を浮かばせながら、宝石を足し、魔術を重ねる遠坂。舌打ちをして、握っていた左手を開くと同時に、光が漏れた。

 

 

 放たれるキャスターの魔術。投げつけられた3つの宝石。

 

 ぶつかる魔力と魔力。

 

 遠坂の繰り出した宝石は、それでもキャスターのそれには及ばずに力負けしていく。キャスターの魔力弾を逸らし、あっけなく弾け飛んでしまった。

 

「きゃああ!」

「遠坂っ!」

 

 それは遠坂の足元に着弾し、遠坂が俺のところに吹き飛ばされてきた。急いで、遠坂を抱え起こす。

 

「遠坂、大丈夫か!」

「――――つぅ」

「遠坂っ!」

「そんなに叫ばなくても聞こえてる。……大丈夫。でも……」

 

 目を逸らす遠坂。激しく息を切らし、その度に肩が上下する。

 

「キャスターの言うとおりよ。このままじゃ、こっちの宝石が先に尽きちゃう。今ので後一回、最初のやつでも後二回が限度……」

「――――くっ!」

 

 後一回は耐えられるなんていってるけど、目の前の彼女を見てはそう思えない。これ以上遠坂に無理をさせるなんて、俺には出来ない。

 

「ふふふっ、やるわね……あの質量を弾くなんて……。でも、流石に限界でしょう?」

 

 上から声が降ってくる。見上げると、キャスターが哂いながらこちらを見下ろしている。歯を噛み締めて、キャスターを睨み返す。

 

 せめて、遠坂と慎二だけでも逃がさなければ――――

 

 不意に、ぼくんっ、という気味の悪い音が聞こえてくる。

 聞き慣れない、不吉な音の出所を探そうとする俺の行動は声によって遮られる。

 

「――――キャスター。とりあえず首の骨を砕いておいたが、どうする?」

 

 葛木の低い声。声の方を見やると、スーツの乱れも、傷の一つもなく佇んでいる葛木。

 そして、仰向けに倒れたまま動かないリアがいた。

 

「リアッ!?」

「宗一郎さま…………。それでは、こちらの二人をお願いしてもよろしいですか?」

「構わん」

 

 キャスターはしばらく逡巡した後、懐から短剣を取り出して地面に降り立ち、リアへと向かっていく。

 禍々しい色彩。その存在感。何らかの能力が付加されているのは見ただけでも分かった。――――そして、あの短剣は、決してリアに使わせてはならないと俺のドコカが告げている。

 

「慎二っ! 遠坂を頼むっ!!」

「私はだい、じょうぶよ!」

 

 気丈にそう言いながら、遠坂はゆっくり立ち上がる。俺はそれを確認して、傍に置いてあった木刀を握ってリアへと駆け出す。

 

 リアに近付いていくキャスターに、全速力で走り寄る。

 我武者羅に走る俺の目の前に、影が割り込んだ。ソイツが誰だか知らない。けど、邪魔をするっていうなら……!

 

「うあああぁぁあっ!!」

 

 全力で木刀を振るう。その障害物を弾き飛ばすため、力いっぱいに振りかぶって振り落とす。

 音もなく、目に映ることもなく振るわれる拳。それは偶然にも、振り落とした木刀と衝突した。

 

「ぐっぁ!」

 

 凄い勢いで視界が後ろへと下がっていく。その視界には、鉄の棒と化した筈の木刀がフタツ舞っていた。

 

 息が出来ない。痛い。

 胸が。木槌を打ち込まれたような衝撃。何だ?

 どうして空しか見えない?

 

 そこでようやく俺は自分が倒れていることに気がついた。

 

「っ!」

 

 満足に呼吸できない身体を起こし、再び前を見る。その障害物は――葛木は、俺に目もくれずに遠坂へと歩みだす。

 

「く、そっ、させる、かっ!」

 

 遠坂の前に立って、せめて盾になろうと走り出す。得物も持たずにアイツの進路を塞いで、俺に何が出来るか、それはわからない。

 でも、でも――――!!

 

 

「む……」

 

 俺が必死に走るその間にも葛木は遠坂に向かうが、その歩みは白い飛来物によって遮られた。葛木が肩越しにそれを視認し、危なげなく後ろへと跳んでソレをかわす。

 

「きゃ!」

 

 同じくして、キャスターの声。

 そちらを見ると、同じような飛来物がキャスターの進路を遮るように、いや弧を描いて飛んできたソレをキャスターは後ろに引いて避けたのだろう。ただ、その飛来物は、葛木に向かったソレとは違って黒い。

 

 そうして、乾いた音を立てて落下したその白と黒は、円の回転面を見せながら俺の足元に滑ってきた。

 

 

 遠く、砂利が擦れる音。疾風のようにその人物が現れたのを、大気が揺れ動いて知らせてくれる。

 そんな乱入者をキャスターが憎しみを込めて、葛木は何の感慨もなく、遠坂は微笑を浮かべ、慎二は呆然と、俺は驚き――浮かんだ感情は違えど、そこにいる皆が、一人の少女を凝視する。

 

「遅いわよ。まったく……」

「ええ、遅くなりました」

 

 俺たち見つめる先には、血に塗れた衣服、切り裂かれた鎧を身に纏うボロボロな騎士の姿。

 けれども、その足取りは揺るいでいない。苦戦を伺わせつつも、門番を下してきたことを示していた。

 

「登場のタイミング、見計らってたんじゃないでしょうね」

 

 憎まれ口を叩く遠坂の表情も明るい。

 劣勢を覆す、俺たちにとっての唯一の逆転の目――――アルトが、いた。彼女は遠坂と同じく軽く微笑みながら、こちらへと駆け寄る。

 

「……士郎、リアは?」

「――――あそこだ」

 

 視線を送ってその場所を知らせる。相変わらず倒れたままのリアと、アルトが現れたことによる焦りか、あの短剣をリアの胸に突き立てようと急いで近寄るキャスターの姿がある。その様子を見るなり、アルトの顔色ががらりと変わった。

 

「士郎! 凛たちは頼みます!」

「っ、ああ! 分かった!」

 

 そうして弾丸のように駆け出すアルトは、迷わずキャスターへと向かっていった。

 俺は何とか返事を返したものの、目前の葛木に対抗しうる得物がなく、辺りを見回す。その視線は、俺の足元で止まった。

 

「悪い、アルト。借りるぞ……!」

 

 地面に落ちた双剣を急いで拾い、葛木に向かって構える。両の手に握ったその剣は、まるで俺にあつらえた様に納まった。

 

 その手を伝わって、その骨組みが、構造が、創造理念が俺に入ってくる。

 

 これが英霊が使う剣――――!

 すごい力を持っている。けれど……未完成だ。いや、未完成なんかじゃない? でも違う――――?

 

 その骨組みや構造の強固さ、その創造理念を表すための基盤は――この剣を作るに至る理念は、既に完成されている。

 作りが甘い? だけど、その辺りにあるような剣ではコレに太刀打ちすらもできないだろう。

 この基盤に見合う限界強度まで、引き出す作り方をされていない、のか?

 

 ……わからない。剣として完成されているのに、未完成品。まるで、レプリカ。

 それも、創造の理念を忠実に理解し、基本となる骨子を同一に組み、構成された材質と同じものを使いながら、違う鍛冶師が打ったような――――。

 だけどこれには確かに長年使われていた”経験”が存在している。それこそ、宝剣と呼ばれるようなモノが持つ存在感を確かに持っている。

 解析を終える。干将・莫耶。この双剣の名前。手に馴染む。この剣なら……。

 

 

 迫る葛木の腕。視界に影が蠢いていく。頭で理解する前に腕が――いや、剣が動く。

 ひたすらに相手の拳を双剣で受ける。リアに言われたように、自分から攻めず、防御と回避に徹する。

 

 顔の直ぐ横を突風がすり抜ける。頬が切れた。

 後ろから後頭部を狙って戻ってくる拳を、干将で受ける。

 間髪入れずに、懐に潜りこむ葛木の左拳を、莫耶が受ける。

 止まることない葛木の連打、連打、連打――――。

 干将が受ける、莫耶が受ける、干将が、莫耶が、干将が、莫耶が――

 

 その全てが綱渡りのような攻防。一瞬でも手を抜いたなら、次の瞬間には葛木の蛇は俺の身体を喰らい尽くしているだろう。

 

 受けろ、受けろ、受けろ、受けろ、受けろ――――!

 受け、切れーーー!!

 

 五合、十合、二十合、三十合――――。

 五十を回った辺りで、干将が綻び始めてしまった。

 そうなると早かった。どうにかする前に、強度を保てなくなった干将は真っ二つに折れてしまった。運命を共にするように、莫耶も消えていく。

 

 

 どうするか、そう思う前に俺は、己の内に埋没していた。

 それがまるで、当然であるかのように。そうすることがまるで、俺であることの証明なように。

 

 撃鉄が落ちた。

 

「――――投影、開始(トレースオン)

 

 手には干将・莫耶。その見た目は変わらない。でも――

 甘い。さっきの未完成みたいなものとでも、比べるのがおこがましいほどに。

 これと、さっきのが同じ剣だとは思えない。

 

 頭が真っ白になる。こんな無理をした所為だろうか。

 それも構わず、葛木の拳を弾く。

 

 ――崩壊。

 

 両方で二回。

 つまり、一度の衝撃でさっきのと同じように消えていく。

 

「――――投影、開始(トレースオン)

 

 次を。

 今度は想定をさら深く。骨組みをより強固に。

 脳が軋みを上げる。

 

 五合。粉砕。

 

「――――投影、開始(トレースオン)

 

 さらに強く、さらに奥に。

 実際にはそんなことはないのに、視界に靄がかかるような感覚。

 

 六合。決壊。

 

「――――投影(トレース) ……」

「そこまでです。キャスターのマスター」

 

 アルトの声に反応し、葛木がキャスターを見る。

 注意がこちらからキャスターに向いた事を確認して、遠坂と慎二の前まで下がる。

 そこでようやく視線をそちらに向かわすと、リアとアルトがキャスターに前後から視えない剣を突きつけていた。

 

「……キャスター」

「宗一郎様……ごめんなさい……」

 

 遠坂が俺に近寄る。なにやら遠坂からもの凄い視線を感じるが、とりあえずはこっちが先だ。

 軽くふらつく足に無理矢理力を入れて、しっかりと立った。

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしますか?」

 

 アルトが遠坂と俺に問いかける。

 

「わざわざ問うまでもないでしょ」

「ええ、何をわかりきったことを言っているのですか。アルトは」

 

 対するリアと遠坂の言葉。それは、ここで倒してしまえ、ということなのだろう。

 確かに第三者に危害を加えたキャスターは、ここで倒してしまったほうがいいのだけれど……。

 

「…………あの」

 

 キャスターの声。その声は震えている。

 

「何よ? 命乞い?」

「私はどうなっても構いません。だから、宗一郎様だけはっ!」

「……は?」

 

 遠坂の信じられないものを見るような顔。

 

「生命力を吸い取っていたのも、全て独断で私が行っていたこと。宗一郎様は関係ありません」

「そりゃ……そうでしょうけど、あんたのマスターはそれを容認したんでしょ?」

 

 遠坂の歯切れの悪い言葉。彼女もキャスターの意図が読めないらしい。

 

「それは私が行っていたから、宗一郎様は仕方ないと仰られただけ。私がいなければ、自らそんなことをするお方ではありませんわ!」

「待て、キャスター。聖杯を得る、その手助けをすると私は言った。お前が消えては意味がない」

「そ、宗一郎様……?」

 

 つまり……なんだ? キャスターがいないのなら、葛木は自分が死んでも構わないっていうことなのか?

 

「……」

 

 葛木は黙ったままキャスターを見据える。キャスターは、そんな葛木に見つめられて狼狽している。

 

「でもね、あんたらを倒さない事には……!」

「……もう、いいんじゃないか? 遠坂」

「シロウ?」「士郎!?」

 

 何を言い出すんだ、と言わんばかりに俺を睨みつけるリアと遠坂。

 

「ええと、キャスター?」

「……何かしら?」

「あんたは、聖杯を手に入れて何をするつもりなんだ?」

 

 キャスターは口を開きかけ、数秒の間の後、また閉ざしてしまう。何か口に出せない理由でもあるのかと、キャスターを見る。

 

〈――聖杯を使って……実際のところ、そんな望みは私にはないわ〉

 

 頭に響く声。うっ、と額を手で押さえると、リアが俺を訝しげに見る。

 遠坂にも同じことが起こっているらしい。目を見開いてキャスターを凝視している。

 

〈それじゃあ、一体、どういうことなんだ?〉

〈――私はただ……宗一郎様と一緒にいたい、それだけなのよ〉

〈――…………なによ、それ〉

 

 頭に湧いた疑問に、キャスターの返答。思ったことがそのままキャスターに伝わっているようだ。

 それよりも……

 

〈それじゃあ、聖杯は必要ないんじゃないか?〉

〈でも、そうでもしないと私と宗一郎様が一緒にいられる理由がないもの〉

〈……はぁ〉

 

 どうでもいいけど、さっきから最後にやる気が削がれた声を出しているのは遠坂だろう。

 まぁ、でもわかった。これ、案外簡単な事なんじゃないか?

 

「……わかった」

「シロウ? 何がわかったのです?」

 

 リアの不思議そうな声。ただ、成り行きを見守るようにしているアルト。

 そして、ちら、と慎二を見る。あいつもいつの間にか持ち直したみたいだ。

 

「ええと、後で説明するよ。あのさ、キャスター」

「なにかしら?」

「慎二の命を狙わない、これ以上聖杯戦争に関与しない、それと町の人から生命力を吸い取らないっていうなら……。とりあえず俺たちはあんたたちに手を出さないよ。遠坂もそれでいいよな?」

「……えっ?」

「ちょっと、士郎。何を勝手に……」

 

 呆気に取られるキャスター。俺は、いつものように、があー、と遠坂に捲くし立てられる前に葛木へと向き直る。

 

「後さ、葛木先生にもお願いがあるんだ」

「……なんだ?」

「キャスターを守ってあげてくれないか? 他のサーヴァントが攻めて来た時、キャスターだけじゃ危ないだろ?」

「……。キャスター、お前はそれでいいのか?」

「ええっ! お願いしますっ!」

 

 喜色満面のキャスターと、表情すら変えない葛木。キャスターにはもう俺たちのことなんて見えていない。二人の世界に入ってしまったみたいだ。

 

 

 

 

 

「……とことん甘いのね、ボウヤは」

「全くよ」

 

 数分経ってキャスターが落ち着いたのを見計らって声をかけたら、いきなりこの言葉。

 そんなにまずい提案だっただろうか? 俺にしては結構いい案だと思ったんだけどな。

 いつの間にやら軽く意気投合し始めている遠坂とキャスターを見て、一人不安になったりする。

 

「あ、繰り返すけど、町の人たちから生命力を吸い取ったりしたら黙ってないからな」

「ええ、わかってる。この土地のマナだけでも現界には問題ないから、搾取はしないわ。……そうね。メディアの名に誓って守りましょう」

「そっか。メディアさんっていうのか。遠坂、リア、アルト、慎二。一応の決着はついたことだし、帰ろう」

 

 真名だろうその名に誓ったのであれば、念を押したりしなくても大丈夫だろう。

 キャスターの真名を聞き、驚く遠坂と、納得をし切れないリアを連れて、柳洞寺の門へと歩き出す。

 

 アルトはどこか満足いった顔で俺の横を歩いている。

 慎二も強がってはいたもののやっぱり不安だったに違いない。命が危険にさらされる事もなくなって、その顔には安心が見える。

 

 

 

 

 これで、ようやく一件落着だな。そう胸を撫で下ろし、階段を下り始める。そんな安心しきった俺の背中に、寒々しい声が突き刺さった。

 

「衛宮くん。帰り際、お話がありますから」

 

 ……どうやら今日という一日は、まだ終わってくれないらしい。

 

 

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