◇◇◇
俺は先の出来事を思いながら歩いていた。
話は半刻程遡る。あれはキャスターと別れ、リアと俺が武装解除した後すぐのことだった――――
柳洞寺の門をくぐり、階段を半分も下りただろうか。凛が突如足を止め、腕を組んで士郎を数段上から見下ろした。
俺はその様子に、凛の数段下で立ち止まって凛を見る。慎二が気にせず凛の直ぐ横を通り過ぎるのが視界の端に映った。
「……衛宮くん。そろそろ教えてもらいましょうか?」
その言葉に、先頭をきって階段を下りていた士郎が足を止め、振り返る。
どこか虚ろに凛を見やる士郎は、疲れているのだろうか、恐らく無意識に「ふう」と一つ息を吐いた。
さて凛の様子だけど、表面上は笑みを作っているもののきっと今にも怒鳴り散らしたいのだろう。よく見ると顔は上気しているし、気の所為かその瞳には炎が見える。
対して士郎は、何やらぼーっとしていて何について問われているのかわかってはいないようで、
「教えるって、何をさ?」
なんて凛の様子にも気づかず、抜けぬけと答えたのだ。
……凛の問いだけど、俺には見当がついている。間違いなく葛木相手に使っていた投影魔術のことだろう。
士郎の鈍感振りに呆れる俺だけど、前回で遠坂本人から指摘されなければ自分の魔術の特異さには気づかなかったから、人のことは言えない。
いや、今もそれほどには異様だという認識はないんだけど、聞くところによれば真っ当な魔術師なら解剖しようとしてもおかしくないという話だし。
俺がそんなことを考えていると、見当違いの答えを聞いた凛は顔を真っ赤にしてふるふると震えだしていた。
「アルトが使ってたあの白と黒の剣をどっからか持ってきて何度も何度も顕現させていたこと! あれはいったいどういうことなのよっ!」
凛、大爆発。
あまりの大声にびりびりと空気が震える。リアと俺は思わず耳を押さえた。なまじ聴力が良くなってるだけに、鼓膜がキーンと痺れてくる。
「っく……いきなり大声出さないでくれよ遠坂。いくら辺りに民家がないからって迷惑だろ……。あ、うん。あの剣のことだったよな。わかった。わかったから、遠坂、あんまり睨まないでくれ」
大声に、更にふらふらしていた士郎だったが、ぎろりと凛に睨みつけられて背筋に棒を入れられた様に直立不動になる。
ううむ。それにしても憤慨している凛に向かってあそこまでマイペースだとは……大物だな、士郎。
そしてそのやりとりの横で、マイペースな士郎に感心する(マイペースな)俺。
「えーっと、でも、遠坂には言った事があるだろ? 俺、強化の魔術を覚える前に投影魔術を覚えたんだ、って」
「……ってことは何? あれは何の変哲も無い、只の投影魔術っていいたいわけ?」
「あ、ああ……?」
キッと士郎を睨みつける凛。あまりのことに怒りのメーターが振り切れたのか、一瞬呆然としていたが、直ぐに顔を険しくしていく。赤くなる顔色に比例して、殺気が天井知らずに増加している。
「あ、あれが投影ですって? ……ふ、ふふふ」
凛が笑っている。殺気を撒き散らしながら声を上げている。
うん。これはやばいな。凛の笑い声を聞いていると背筋が寒くなるばかりだ。
来るだろう怒声に備えて耳を押さえ、目を瞑り体を縮ませる。
すまん士郎、成仏してくれ。俺には助けられない。――まぁ、凛が本気で士郎を殺したりはしないって確信しているから傍観に徹していられるんだけども。
凛の笑声だけが場を満たす。俺はただひたすら、嵐が過ぎ去るのを待つことしかできない。
「ぅあ……」
士郎の突然の小さな悲鳴とともに、士郎の気配が揺らぐ。
思わず目を開けると、鈍い音をたてながら士郎が階段を転がり落ちる様が目に映った。
「へ? ……士郎?」
「シ、シロウッ!!」
凛の戸惑う声が、リアの焦った声に掻き消された。
リアは階段を飛び下りて、踊り場でようやく止まった士郎の体を抱き起こす。その士郎は「はっ、はっ」と荒く息を吐き出している上に意識は無く、転がり落ちる時に頭でも打ったのか額からは血が流れて出していた。
俺も慌てて側まで駆け寄って、スカートのポケットに入れてあったハンカチを士郎の額に当てる。……よかった。どうやらそんなに深い傷ではないようだ。
「え? ちょ、ちょっと士郎?」
「り、凛。いくら士郎の行ったことが気に食わないとしても魔眼を使うのはどうかと思うのですが」
恐る恐る凛に、怒りが俺に向かってこないように言葉を選んで投げかける。
さすがあかいあくま。やる時はやるということか。恐ろしい。凛はなにやらオロオロとしているようだけど、やりすぎたとでも思っていると見た。
「そ、そんなの使ってないわよ!」
「ということはガンドですか。どちらにしても怒りに任せて魔術行使というのはどうかと……」
魔力は感知できなかったけど、凛ならそれぐらいの芸当やってのけるのかもしれない。理論的根拠は一切ないが……むう。ありえないと言えないのがまた恐ろしい。
「使ってないって言ってるでしょアルト!!」
ぎらっと睨みつけられ、無理矢理閉口させられる。
凛がその顔のまま視線を動かすものだから、後ろにいた慎二が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。あの顔で睨まれると本能が感じるのだ。「殺られる」、と。
――――回想、終了。
そんなわけで士郎が倒れた事によってその話題は流れ、俺たちは明らかに不機嫌な凛を先頭に柳洞寺からの帰り道を歩いている。
ただ、問題を先延ばしにしているだけなので、士郎が起きたら凛の追求は再開されるだろう。顔を後ろに向けて、背負われている士郎に「ご愁傷様」と同情の念を送っておいた。俺も一度通った道だしな。
そして俺は今日のことを振り返る。
……今回は反省すべき事が山ほどあった。アサシンとの戦い方もそうだけど、その後のキャスターと葛木の対応も拙かった。葛木を士郎と凛に任せて、サーヴァントである俺とリアがキャスターにかかりっきりになってしまったのは痛恨だ。普通に考えて、リアを圧倒する葛木を相手に士郎が持ち堪えられる筈がなかった。今回は士郎が上手く投影を使って持ち堪えてくれたからいいものの、下手したら凛と士郎を捕らえられて立場が逆転していたかもしれないのだ。
……だけど、あそこでリアのほうに向かわなければルールブレイカーを使われてリアを失う事になっただろう。どっちを選んでも拙かったけど、結果を見ればこの行動を取る方が全員が無事な可能性が多少なりともあったようだ。
そんなことを考えていると、いつの間にか凛が俺をじっと見つめていることに気がついた。
……嫌な予感がする。いや、していた。
「アルト、あのキャスターと葛木先生に向かって投げた武器は何?」
「……何といわれましても、短刀ですけれども」
――ああ、やっぱり。
セイバーの体になってから、変な予感というか、悪寒を以前より敏感に感じるようになった。以前から違和感は感じていたんだけど、瞬間的なものだったので勘違いかと思っていた。
それが、これからのことを示唆していると気づいたのは最近になってから。ともかく、嫌な感じがすると間違いなくよろしくない事態になる。
聞くだけだと便利そうな能力だけど、既に回避不能な状況になっていちゃどうしようもない。
「そんなことを訊いているじゃないわ。なんで、あんな中国刀をあんたが持っているのかって訊いてるのよ」
「え、ええと……」
えーっと、あの剣について問い詰められるのはともかく、何で怒られているんだろう? と、そんなことよりも、何か、何か理由を……!
…………な、何も思いつかない!
なにか良い言い訳が無いかときょろきょろと視線を彷徨わせると、俺のすぐ横にいるリアがこちらを見ていることに気がついた。
助けを求めて、必死に視線をリアに向ける。「たすけてくださいおねがいします」という意思を、これでもかと込めた視線を。
リアは「はぁ」と小さく嘆息すると、仕方がないという風に凛に視線を向ける。
どうやらしっかり通じてくれたらしい。……助かった。
「リン」
「何、リア。私は今、アルトと話しているんだけど」
「いえ、その中国剣についてです」
へ? と不思議そうな顔をリアに向ける凛。
「リンもご存知の通り、私たちは生前は王でした。もちろん、私の国も他国との交流がありました」
「ええ、知っているわ。でも、それがどうかしたの?」
いきなり語り始めたリアに、俺と凛は何事かと視線を向ける。
「簡単に言えば、その中には中国などの諸国も含まれていたということです。これで何となく察してもらえると思いますが」
「……なるほどね。生前、貢物やらで手にしたことがあるって言いたいわけね。でも、サーヴァントが使うのは、慣れ親しんだ武器なんでしょ?」
「ええ。その通りです。アルトが投げたような中国剣は、私には使うことができません」
え? ちょっと待ってくれ、リア。それじゃ結局、俺が干将・莫耶を使えるのはおかしいって説明しているだけじゃないか。
一人焦る俺を置いて、リアと凛の話は進められている。
「それじゃやっぱりアルトが持っているのは不自然じゃない」
「ええ。しかし、推測できることがあります。アルトに限れば、生前手に入れた武器を今回の聖杯戦争で使用できるのではないでしょうか? 私にはセイバーの適正しかなく、クラスもセイバーですが、アルトは違います」
「つまり、アーチャーとしての特性か、それともイレギュラー故に、ってこと?」
「ええ、あくまで推測の域は出ませんが……」
な、なるほど。そういう手があったか!
時代的に見ても干将・莫耶はアーサー王の存命していた時代には既に存在してたから、有り得ない話じゃない。凛にはあの二振りの中国剣が『干将・莫耶』だとは気づかないだろうけど、辻褄のほうも合わなくは無い。
「アルト、そうなの?」
「え、ええ。どうやらそのようです」
凛がじっと俺を見つめてくる。俺は、リアの用意してくれた言い訳をありがたく頂戴して、凛の言葉に頷いた。
「まぁ、それはいいわ。それじゃ改めて訊くけど、何で今までそのことを私に教えなかったワケ?」
「……私も今回初めてこの能力を認識したものですから。リアがキャスターに襲われているのを見て、咄嗟に」
僅かに考えて、答えを返す。『アルト』になってから嘘が上手くなったなぁ、と思い知る。全然嬉しくないけど。
「――そう」
納得し切れていない訝しげな瞳を俺とリアに向けた凛だったが、「ふう」と小さく息を吐くと気を取り直したように俺に向き直る。自然と俺も体に力が入ってしまう。
「まぁいいわ。それより……あれって宝具かそれに準じたものよね? 私見では、結構なもんだと感じたんだけど。それこそ現存していたらどこぞの博物館か、どっかの名家の家宝とかになってるくらいの」
「そ、そうですね。あれほどの業物はそう見られるものではないかと」
「……王に贈られるくらいの物でしょうしね。まぁいいのよ、それは。それどころかこっちの手持ちカードが増えてラッキーってなもんよ。剣技で負けているアルトに、リアよりも有利な点が判明したんだもの。問題はね……」
一息にそこまで言うと、今度は音が聞こえるくらい息を目一杯に吸いこんだ。
「問題はっ! なんでそんな宝具とも呼べる剣を、この、このバカが投影で作り出せるかっつーことよっ!!」
うわ……口調がどんどんすごいことになってるぞ。そんな感想は出てくるくらい「があー」と吠える凛。今日一日で確実に血圧が上がったことだろう。
……しかし。士郎のフォローをしてやりたいのは山々だけど、俺には流石にそこまでは誤魔化せない。っていうか、言い訳がまったく思いつかない。
「……私にはわかりかねます。私ではなく、どうぞ士郎本人を問い詰めてください」
「アルト……」
士郎をあっさり見捨てた俺に、リアから冷たい視線が突き刺さる。
「わかってます。わかってますから……」
でも、仕方がないじゃないか。どうやって、衛宮士郎とアーサー王を繋げろっていうのさ。
「お、おい! お前等少しは後ろを気にしろよな! こいつを背負ってここまで歩いてきてんだからさ!」
気がつけば、はるか後方を歩いていた慎二が喚き散らしている。
問題は、何故慎二がそんなに遅れを取っているのか。……というのもどういう気の吹き回しか、「仕方ないから、衛宮くらい背負ってやる」とあの慎二が申し出たのだ。
「慎二。だから、私が背負いましょう、と言っているではないですか」
「……っ! うるさいな! 赤いほう! 僕が背負ってやるって言ってるんだから、お前等が合わせて歩けばいいだろ!」
むう。流石は慎二。我侭っぷりも並じゃない。
「間桐くん、口の利き方、気をつけなさいね。私は士郎みたいに、あんたのこと許したつもりもないんだから」
「はんっ!」
「…………」
無言で左手を慎二に向ける凛。その左腕には魔術刻印が輝いている。今度こそやる気か。
流石にそれはどうかと思ったのか、リアが凛の腕を押さえて慎二との間に入った。
「リン、押さえてください!」
「リア、放しなさい! 一度このバカに自分の立場ってもんをわからせてやるんだからっ!」
どうやら凛は冷静さを欠いているらしい。
対して慎二の方も、先ほどの眼光を思い出したのか口とは逆に態度は正直だった。何気に俺の後ろに回って凛の視線から逃れている。アルトシールド展開。
「は、青いのも赤いのを見習えよな。お前、衛宮のサーヴァントなんだろうが。赤いのの方がよっぽど衛宮のサーヴァントらしいぞ」
だが、それでも口は減らないらしい。俺の影から今度はリアに向かって言い放つ。
それにしても「赤いの」「青いの」という呼称はどうにかならないものか。
「……」
無言で戦闘武装を終えるリア。何故か俺ごと射竦められる。
殺気に反応したのか、慎二の背中で士郎が「う、ううう……」とうなされ始めた。
「はぁ……リアも落ち着いてください」
止める者がいなくなっては仕方が無いので、今度は俺がリアをなだめに回る。
「まったく。慎二はもうマスターという訳でもないのですから、リアも凛も少しは打ち解けてもいいんじゃないですか?」
二人に言葉を向けると、いっせいに視線が俺へと集中した。
「このバカとは打ち解けるとかいう問題じゃないわ! 一回その腐った根性を叩き直してやる!」
「そもそもです、何故アルトはシンジを擁護しているのですかっ!」
「そうよアルト! あんた、いったいどっちの味方なのよ!」
あれ? えっと……なんで俺が責められてるの?