Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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9日目③

 

◇◇◇

 

 剣を合わせ、その反動で弾かれ宙を舞う。飛ばされた先のコンクリートの壁を蹴り、また昇る。

 景色が、上から下へと凄まじい速度で流れていく。空気の層が体に当たり分散され、だがしかし上昇する己の速度は衰えない。

 

 地は見下ろすほどに遥か下。数少ない人の影は、もう蟻のようなサイズでしか確認できない。

 だが、それでもまだ上へ。壁を駆け上がるように上へと。

 私はもう一つの影と時折ぶつかり、弾けながら頂上を目指す。そこには敵のマスターがいる筈だ。

 

 そも、人とは地を駆けるモノであり、己の体で空を飛べるように出来ていない。

 翼を失い地に墜落したイカロスのように、大空へと挑んだ者は例外無く地面へ落ちていく。

 だが目の前の相手はそんな訓話をものともせず、擬似的にだが自在に空を駆けていた。

 

 

 足場のない状態では、幾多の兵を破ってきたこの剣技も鈍る。

 かつて圧倒していた相手。だが今は打ち合うのが精一杯だ。一つでもミスをすれば、重力に逆らえず地へと落とされることになるだろう。

 意を決して相手に飛び込むも、相手は受け流すだけでまた空へと飛び上がっていく。壁を蹴り先を行く相手に追随し、いつしか、ビルの端に到着していた。

 

 先に到着していたはずの敵――ライダーの姿は屋上には見えない。

 だが……気配は確かに近い。辺りを見回す間もなく、体を全速力で上空へと投げ出した。

 

 瞬間、今まで自分がいた場所を白い何かがなぎ払う。

 体に衝撃の余波が襲い掛かる。強烈な熱量で、コンクリートの地面が焼かれていく。

 通り過ぎたそれは、数十mのこの高さを超え、上空で翼を羽ばたかせていた。

 

 ライダーの姿を目で確認し、驚愕する。彼女の跨っているそれは――

 

「天馬……!」

 

 呟きは闇に消えていく。

 ライダーの名を冠している以上、何かしらの幻想種を伴うだろうとは思っていたが。目の前の天馬は、自分が知っている同種の物とは魔力の桁が別物だった。

 

 天馬に跨っているライダーは何を言うわけでもない。

 高く舞い上がり、その身を矢に変えながら敵を粉砕せんと空気を穿ちながら飛来してくる。

 

 

「ハァ……ハァ……、ァ――」

 

 休みなく迫る光の矢。

 その全てを回避し、その回数だけ吹き飛ばされて地面を転がる。

 

 巨大な質量に、回避しても尚体が吹き飛ばされる。

 堅固なはずの対魔力も上回るそれに貫かれてしまう。

 風王結界で防壁を重ねても、少々の緩和にすらならない。

 体を起こし、剣を構える。弾かれ続けた体が悲鳴を上げる。

 

 だが、それでも勝機がないわけではなかった。

 相手の宝具を受けきれば、無防備なライダーを切り伏せることができる。

 

 

 何度目だろうか、ひたすら耐え機を待っていたが、ライダーが不意に停止した。

 怪訝に思うが、そんな疑問も屋上に踏み入る人物を見つけて霧散する。

 

「セイバー!」

「シロウ!? どうしてここに――――!」

 

 入り口で佇んでいるシロウ。

 

 この場にくれば、否応無しに巻き込まれてしまうというのに!

 怒りと、そして同量ほどのなんともいえない感情が湧き上がる。

 それはきっと。その瞳が、これ以上ないほどの心配の色で染められていたから。

 

 騎士である自分を、そのように扱わなかった彼――――

 

「どうやら余興はここまでのようね、セイバー」

 

 言うや、ライダーは大きく天馬の翼を羽ばたかせる。そしてその手に形成されていく黄金の縄。

 天馬は高く迂回しながら飛行する。小さくなっていくライダー。だが、その魔力による輝きは増し、ライダー、天馬と一体となった光点は大きくなっていく。

 

 次にくるのは、ライダーの持ちうる最大の攻撃だ。その気迫から紛れもない必殺の意思を感じ取る。

 目的は私だろうが、その威力はビルの屋上ごと吹き飛ばして余りある。

 

 振り返り、シロウを視界に収める。ここで私がライダーの攻撃を防がねば、シロウも巻き込まれて絶命することになるだろう。

 シロウはライダーの放つ魔力の猛りに戦慄しながらも、マスターとしての役割を果たさんと歯を食いしばり耐えている。

 

 ――――そんな彼を手助けしたいと、思ってしまったから。

 

 覚悟は決まった。

 真名の秘匿、魔力の残量、時間……様々な問題を振り切って、両手に収まる剣を握りなおす。

 大きく息を吸い込み魔力を生成。静かに吐きながらそれを圧縮。魔力を送り、剣に纏われている風の戒めを解く。

 

 手には視覚化された黄金の剣。

 私は主の剣となり、私の剣はその刃になる。剣は、主の道を立ち塞がるその全てを断ち切る。

 目の前に迫る、神秘の具現。光の彗星となったライダーも例外にはなりえない。

 

 眩い星の光の中、私は剣を振り下ろし

 空間を、世界を、ライダーを光で両断して

 ……私の視界は闇に包まれた。

 

 

 

 ――――場面が切り替わる。気がつけば、私は光の下にいた。

 己の意識を確認した途端、体重が二倍にも三倍にもなったような、そんな重圧と。まるで自分が消えていってしまうような無力感が体を襲っていた。

 

 だが、体にかかる負担がこれ以上ないくらいに大きくても。手は膝をしっかりと掴んでいるし、風は確かに頬を撫でている。

 頭に泥のような重みもあるし、覚束なくではあるものの両足は地面を踏みしめている。

 

 それでも。理解って、いる。

 

 目の前で絢爛な絨毯が重戦士の着地でえぐられていく。

 階上にはこの城の持ち主である少女。無邪気な笑顔とは裏腹に、彼女が放つは命を摘む言葉。

 

「ああ。時間を稼ぐのはいいが――――別にアレを倒してしまってもかまわんのだろう?」

 

 絶望的な状況。凛やシロウではバーサーカーを傷つけることも出来ず、戦力であるべき私は魔力不足。

 そんな中、アーチャーが凛の言葉を受け足止めを引き受けた挙句、そんなことを口にした。

 「命をかけて盾になれ」と凛は命じているというのに、アーチャーは口元を吊り上げ相変わらずの口調。追い詰められた様子は一片もない。

 

 バーサーカーを相手にしてはアーチャーは勝てない。

 いや、アレを一対一で相手にして勝てるサーヴァントがいるのだろうか。……少なくともアーチャーはそれではない。

 

 凛にもそれがわかっている。だから、彼女の拳は今も固く握られたまま。

 凛が、私が城を後にするために走り出す。――彼女も私も、無力な自分に打ちひしがれながら。

 

 

 突然、目の前の凛が後ろを振り返った。習うように立ち止まり後ろについてきている筈のシロウを見る。

 アーチャーがシロウに何かを語りかけている。

 

 体の魔力が足らない所為で五感に靄がかかっているようだ。その影響か、アーチャーの言葉が聞き取れない。

 だけど、その内容を知っている。私には聞こえない。でも、知っている。

 

 

 シロウを伴い、城の外へと走り出す。

 魔力の迸りと激しい破壊音を背に、私たちは森を駆けていく。

 視界はぼやけ、轟音が遠くに聞こえる。酷い風邪にかかったような気だるさは体を苛み、高熱が出たときのように意識もはっきりとしない。

 そんな体を引きずりながら、目の前の凛とシロウの背を追いかける。

 

 ――いけない。そう思ったときには私の膝は崩れ落ちていた。

 倒れる体を何とか持ちこたえようとするものの、足が前に出ない。

 暗闇が降りてくる。意識が落ちていく。倒れこんだはずなのに、その衝撃は体まで届いてこなかった。

 

 

 

 

 アサシン――――。

 正確な振り。押せば引く柳のような戦闘技術。得物の特性。

 そしてその全てに覚えた既視感(デジャ・ヴ)。

 

 覚えるのは当たり前だったのだ。

 それを目の前で見ていたのだから。一度、彼と戦ったのだから。

 その鋭い一撃も、彼の持つ秘技もこの目で見、直感での回避も既に体験していたのだ。

 

 思えば彼と剣士として戦いたいと思ったのは当然のことだったんだと思う。

 夢で受けた感覚、彼女が思ったこと全てを、私は同調(トレース) していた。

 彼女は、アサシンを剣を使う者として認めていた。私は、あの戦いを心の奥で楽しんでいた。

 

 それに引きずられ剣のみで彼を打倒しようとした。彼女がそうであったように、自分のどこかもアサシンと剣のみで戦いたいと思っていた。

 経験だけじゃなく、彼女の意識や考え方に塗りつぶされてきている。

 こうして狂戦士から逃げている今だって、意識していないと私が『衛宮士郎』であることを忘れそうになっている。

 

 

 

 凛とシロウが、私の……いやセイバーの名を叫んだ。

 離れかけていた意識がなんとか持ち直していくのを感じる。

 けれど相変わらず足に力が入らないままで、走ることはおろか歩くことも一人で満足にこなせない。

 

 守るべき主に抱かれ、迎え撃つべき敵に背を向ける。

 そのなんと情けないことか。なんと申し訳ないことか。

 

 己の力不足を感じ、恥じ、憤慨する。

 せめて負担にならないようにと体に鞭を入れても、活力は依然戻らない。

 

 

 

 アインツベルンの城、いやバーサーカーから結構な距離をとる事ができた。

 それもこれも彼、アーチャーの奮戦あって…………、いや、彼はまだ戦っている。

 己のマスターを守るために、あの暴力の塊に挑んでいるのだ。勝敗を決めつけるなど、彼に対する侮辱であろう。

 

 そうだな。謎の多い彼のことだ。もしかしたらヘラクレス殺しを成してしまうかもしれない。

 私に出来ることは、少しでも魔力を回復することだけだ。

 

 

 いつしか、目の前に寂れた小屋が見えてきた。木々に覆われ、侵食され、一階は森の一部になろうとしている。

 

 シロウに抱かれたままの私は、現界こそ出来ているものの張り詰めた糸のような状態であった。

 己の足で歩けないほど魔力が枯渇していた。意識が朦朧としている。

 いつの間にか二階に上がっていた凛とシロウは、ゆっくりとベットの上に私を下ろした。

 

   …………待て。

   そういえば、この後は……?

 

 凛の言葉にセイバーがこくり、と頷く。

 

   ここにきて、俺とセイバーの意識は完全に分かたれた。

   思考も、感情も九割がた同一化していたものが、真っ二つに割れた。

 

   凛、勘弁してください。お願い……です、だから。

   誰か、助けてくださ……助けてくれ!

 

   だが、反してセイバーの体は動かず、俺の意思で動くところは一つとしてない。

 

 凛が近づいてくる。瞳が妖しく輝いている。上気した肌。

 これから起こることに僅かならず期待しているのか、この体も火照ってきている。

 

 視界の端にはシロウ(士郎)。胸の辺りがキュウ、と切なく締め付けられる。

 おどおどした様子と真っ赤にしたその顔は、私の胸の奥を刺激する。

 

   やめろ。やめてくれ凛。

   そんな、俺は……! いやだ……!

 

 伸びてくる、凛のほっそりとした手。ゆっくりと頬に触れられた。

 途端、ぴりっと静電気が走ったような衝撃が体に走る。

 撫でるようにその手はブラウスに。むず痒い、疼きのような感覚が手と共に移動していく。

 視界がチカチカする。緑に囲まれているというのに酸素が薄い。

 体の奥が熱い。満足に体が動かないというのに、いてもたってもいられない。

 

   うああああぁぁぁぁぁあ!

   俺は、自分に抱かれる趣味なんて――――

 

「持ち合わせちゃいねぇーーーーーー!!」

 

 上半身を無理やり起こす。

 重くのしかかるモノを弾き飛ばし、飛び退く。

 蹴り飛ばされたそれは、ぼふっ、と鈍い音を立てて壁に当たり、ずりずりと落ちていく。

 

 …………布団?

 

 辺りを見渡す。

 かちっ、こちっ、と壁掛け時計が規則正しく音を立てている。

 その他には、息を荒くした自分の呼吸だけ。

 まだ暗い。時計を見ると、短針は四時と五時の間を指している。

 

「……はっ、はっ、……はぁ、……はぁ…………え?」

 

 ……夢から、醒めた?

 醒めてくれたのか……。

 

「よ、よかったぁぁー」

 

 飛び退き、中腰に構えていた両足が崩れ落ちる。

 思わず、ぼすっと音を立てて顔から枕に倒れこんだ。うつぶせのまま、停止する。

 

 良かった…………本当に、よかったぁ。

 もう想像しただけで……くそっ、涙が出る。

 自分にこんな屈辱を覚えるなんてっ! 衛宮士郎の馬鹿野郎!

 

「どうしたの、アルト?」

「え?」

 

 顔を上げると、ドアの先には凛の顔が。

 ――妖しく輝く瞳。伸ばされた手。瞬間、さっきの夢がフラッシュバックして――――

 

「うわぁぁぁ!」

 

 反射的に、枕を投げつけていた。

 

「あ」

 

 俺は、ただ呆然と投げつけた枕の先を見つめることしか出来なかった。

 

 それを顔面に受けた凛は、微動だにしない。きっかり一秒後、どさっ、と音を立てて床に落ちる枕。

 一秒前まで枕の張り付いていたそこには、恐ろしい笑顔を浮かべた夜叉がいた。

 

 

 

 

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