Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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9日目⑧

 

 俺が洗面器を片つけて、ついでに顔を洗い終わって戻る頃にはほぼいつもの居間の様子に戻っていた。

 あれだけあった剣はどこに消えたのだろうか? そんな疑問も横に置いて、とりあえずはいつもの位置に腰を下ろした。

 

「悪いわね、衛宮くん。アルトの能力の確認も貴方が起きるまでに終わらせるつもりだったんだけど」

「いや、元はといえば倒れた俺が悪いんだから、その辺りはあんまり気にしないでくれ。えーと。それで遠坂、いったいどうしたんだ?」

 

 唇の端だけ吊り上げて笑う遠坂だけど、もちろん唇だけだから目は笑ってない。

 葛木先生と打ち合っていた辺りから記憶がかなり曖昧で、あんまりあの後のこと覚えてないから何で遠坂がピリピリしているのかわからない。

 

「……昨日のこと、覚えてないの?」

「昨日のことって、柳洞寺のキャスターにもう慎二を襲わないことと、地域の人から生気を搾取しないようにって言ってきたことか?」

 

 真名はメディアだったよな。……よし、しっかりと覚えてる。

 でも、なんでそんなこと言いだしたんだ? 遠坂とキャスターに呆れられはしたものの、お互いの目的も果たせたことだし結果的には悪くない案だと思ったんだが。

 

「まぁ、それ自体は間違ってないけど、何だかその言い方じゃ私たち自警団みたいじゃない」

 

 「冬木のセカンドオーナーの行動としては間違ってはいないんだけど」そう続けた遠坂に、俺は口をつぐんだ。

 自警団……聖杯戦争による被害者をなくすことを目的にしている俺としてはまさしくそのつもりだ。けど、これは言わないほうがいいな。睨まれそうだ。

 

「はぁ、――もういいわ。私が聞きたいのは昨日、貴方が使ってた投影魔術のことなんだけど」

 

 そう言って遠坂は、先の出来事の唯一の残滓である、机の上の干将・莫耶を手に取る。と言っても、女性の腕では片手に一本ずつは重たすぎたのか、干将を置いて、莫耶を両手で握り直した。

 険が取れてくれた、というよりも気が抜けたという表現が適切だろうか。問い詰めようとしていた意気は失せて、いつものような調子で話し始める遠坂。ただ単に呆れられてるだけかもしれないけど。

 

「どうせだし貴方の投影、見せてもらっていいかしら? ここにオリジナルがある訳だし、貴方の投影がどれくらいまでの精度を出せているのか見せてもらいたいのだけど。もちろん体調が良くないようだったら、無理にとは言わない」

「いや。俺は別に構わない。体のほうも問題なさそうだしな。……どうせなら遠坂。ちょっとそれ、貸して貰ってもいいか?」

「これ? アルト、貸しちゃっていい?」

 

 莫耶を手に、問いかける遠坂。アルトは若干の間の後、頷いてくれた。それを確認した遠坂は、柄をこちらに向けて机の上に置く。

 

 昨日幾度となく解析したから投影するだけなら別に手に取る必要はないんだけど、やっぱり見本が手元にあるんだったら時間をかけて確りと解析しておきたい。

 昨日はいきなりの戦闘で、この剣をゆっくりと解析している暇なんてなかったしな。投影は確固としたイメージが必要だし、前回よりは質の良い物が出来るだろう。

 

「――――同調、開始(トレース・オン)

 

 確かめるように握り締めた、干将・莫耶に潜り込む。

 情報が頭の中を駆け巡る。昨日読み取った情報と同系の物もあったが、どういった訳なのかその幾つかが補強されてより上位な物へと作りかえられている。

 理論的な部分――強度を引き出す基盤は完成されている、確かに昨日はそう思ったけど、あれはまだ通過点に過ぎなかったのか。

 否、理解に及ばなかった。製作者の、剣への執念(おもい)を読み間違えていた。昨日見た時点でも既存の剣と比類するまでもない名刀だったが……おそらく、これでさえまだ完全じゃない筈だ。

 まだ、上がある。基盤も、より強固になる筈。強度もまだまだ上がる筈だ。その全ては刀身にある空白が起因していると思う。

 

 ――――しかし俺には、この二刀の刀身に埋めるもの。つまりこれ以上の完成形が見えてこない。恐らく俺がこれを投影しても、この不完全な状態の、更に劣化品しかできないだろう。

 でも、無駄じゃなかった。理由はわからない。けど、見本はさらに洗練され、さらなる高みへと昇っている。なら、俺も――――!

 

「――――同調、完了(トレース・オフ)

 

 軽く息を吐き、干将・莫耶を机に置く。

 頭の中の感覚が消えないように、ゆっくりと息を吸いながら己に埋没していく。

 

投影、開始(トレース・オン)――――」

 

 ――昨日の投影は、一旦忘れる。また一から、今手に入れた知識と情報を使って組み直す。

 今、俺が目指すべきはさっきの二刀だ。昨日のデータはもう役に立たない。

 

 ……………………

 

「――――投影、完了(トレース・オフ)

 

 両手には既に現れている、無骨な二振り。重みが急に腕にのしかかる。

 

「――ぐ、っ」

 

 視界がかすみ、軽く白ずむ。思わず額に手を当てて、俯いてしまう。脳髄が過熱する。手足の感覚が、ふっと消えていった。

 

「シロウ、大丈夫ですか!?」

「あ、あ。ちょっと……」

 

 目を瞑り、頭を振る。

 昨日の投影で俺の中のナニカが造り変わったのか。前回よりも高精度の投影を行ったというのに、負担は同程度に落ち着いている。

 いや、一度投影しただけで体がこの負荷に慣れるわけが無い。この負担の軽さには説明が付かない。俺の寝ている間に何かあったのか。魔術回路を開いてから、燻るような熱さが体の奥に眠っているのを知覚する。

 

 ……目を開ける頃には視界は元に戻っていた。誤差があるのか、足はともかく手のほうの感覚が中々戻らない。

 

「もう大丈夫。っと、遠坂、これでいいのか?」

 

 ま、感覚がないだけで動かそうと思えば動くし問題ない。たぶん時間が経てば元に戻るだろう。事実足のほうはもう問題ないようだし。

 

 手にある干将・莫耶を、アルトが出したものと混ざらないように机の上に並べて置く。

 並べると、やっぱり俺が投影したものは粗が目立つ。それでも葛木先生と打ち合った、昨日投影した中でも一番出来の良かった最後のやつに比べれば全然いい。これならば受けきれる。昨日のようにただ受けるためだけの張りぼてじゃない。人を倒すために磨き上げられた、一つの妄執の結晶だ。

 オリジナルを一から十まで読み取ったが、その全ての複製は出来なかった。それでもおおよそ八割程度の完成度は出せている筈。

 

「……すごい完成度じゃない。中身もしっかり再現されてる。これなら葛木先生の一撃を受けたっていうのもあり得ない話じゃないわね」

「――――なるほど」

 

 遠坂に続くように呟いたのはリア。その言葉の後ろに続くのは、なんだろう。

 「これならば受けることが出来たのも納得が行く」? ……何故か、其れとは違う言葉のような気がする。

 

「衛宮くん、これって常時魔力を送り続けて維持しているの? これだけの物を展開し続けてそんなに余裕があるなら、魔力量は人並み以上……いえ、並の魔術師の二倍はありそうだけど」

「へ?」

「え?」

 

 一瞬、遠坂の言う意味がわからず聞き返してしまう。それに遠坂から返ってきたのは、同じような疑問の声。

 

「一般的な投影って、常時魔力を送り続けるものなのか?」

「ううん、そんなことない。大抵は形成するときに魔力を使って、その魔力も時間と共に分散して投影したものも消えちゃうものなんだけど」

「そういうものなのか」

「私は投影魔術は使えないから、詳しくはわからないけど……。って、何? ちょっと待って。おかしいとは思ったけど、これしっかり物質化してない?」

 

 物質化って……当たり前なことだと思うけど。それが出来てなければ、こうして手に持つなんて出来ないだろう。

 

「何、これ? 普通の投影でも物質化はすると思うけど……。エーテルじゃないわよね、もしかして実在してるの? というより、衛宮くんからラインが……」

「何言ってるんだよ、遠坂。実在も、物質化もしなきゃあの拳と打ち合えるわけないだろ? 強化した木刀が叩き折られるくらいなんだから、あやふやなものじゃ一合だって耐えられない」

「知ってるわよ! あんたの強化した木刀が葛木先生に折られたのも、その拳と中国刀で打ち合ってたのも見てたんだから! 私が言ってるのは……ああ、もう!」

 

 そういって頭を掻き毟る遠坂。しかし、どうにも遠坂が言ってることがわからない。というのも、投影の説明からして俺の知っているものとはどうやら違うようだ。

 

「なぁ、遠坂」

「衛宮くん!」

「……なにさ?」

 

 仕切り直しなのか、姿勢を正してこちらを挑むように睨む遠坂。遮られる形になったが、とりあえず俺も倣うように背筋を伸ばした。

 

「この投影した中国刀、いったいいつまで現界させられるの?」

「いったいいつまでって……たぶん折れたり、砕けたりしない限りこのままだと思う。あ、たぶん俺の意思で消すことも出来るとは思うけど」

 

 昨日投影した時に、少しだけ投影の仕方のコツを掴めた。

 投影っていうのは自分の中に対象を映し出して、それから外にカタチを作る。葛木先生の拳を受けて投影した干将・莫耶が壊れた時、そのイメージも弱いところから崩壊していくのがわかった。

 大切なのは俺が思い描いたイメージ。しっかりとイメージを固め、組み上げ、その通りに作り上げれば、それだけ本物に近くなる。

 逆に、頭の中のイメージを俺が否定すれば連動して、投影した剣もその存在を消滅させるだろう。

 

「つまり衛宮くんが自分から消そうとせず、壊れるほどの衝撃を受けなければこのまま存在しているってこと?」

「ああ、たぶんだけどな。土蔵にあるやつなんかは何年か前に投影したやつだけど、まだ残ってるし」

 

 机にコトリ、と湯飲みが置かれる。それに気づいて視線をやると、リアと視線が合った。

 リアがお茶を淹れるというあまり見ない事態に、いつもならその役目を買って出る人を目で探すと直ぐに見つかった。

 どうやらやはり、アルトがお茶を淹れていてくれたようだ。急須を手に、すっかり愛用となっているリアとアルトの湯飲みにお茶を淹れている。リアはお茶を運ぶ役目をアルトより仰せつかった模様である。

 ちょっとリアとアルトの関係に思うところがあるけど、思うだけに留めておこう。とりあえずリアに目で礼を伝え、お茶を一口啜る。目の前には、相変わらずまじまじと俺の投影した干将・莫耶を検分している遠坂。

 

「……衛宮くん、間違っても他の魔術師にこの投影魔術を見せないようにね」

「まぁ、わざわざ見せようって気は無いけど……」

「それならいいけど、あんた自分の魔術がどれだけ特異な物だって理解してる? 正味な話、この精度まで引き上げられたら解析を専門に修めている魔術師でもわかるかどうか。私だってこうして目の前で魔術を行うところを見てなければこんな出鱈目なこと信じられないわよ」

 

 それは、すごいことなんだろうか?

 

「へえ、遠坂でもわかんないのか」

「――――む」

 

 俺が何となしに呟いた言葉に、何故か不満げに反応する遠坂。……俺としては率直な感想を口にしただけなんだけど、どうやら遠坂にはそう聞こえなかったらしい。

 

「あのね、あんたの魔術、下手すると封印指定を受けるかもしんないのよ。そうなったら人としても魔術師としても、もう二度と日の目を見ることは無いと思いなさい」

 

 封印指定ってあれか。生きた状態で『保存』されるっていう……。

 

「わ、わかった。理解した。ところで遠坂。俺の魔術はいいとして、今後どうするかの話をしないと指針も立てられないぞ」

「そうね、それじゃ話し合いましょうか」

 

 

 

 改めて、四人で今ある情報を整理する。

 アサシンはアルトが倒したらしい。キャスターも、もう危険は無いと見ていいだろう。とすると、残っているサーヴァントは『ライダー』『バーサーカー』『ランサー』の三騎ということになる。

 

「このうち、マスターがわかってるのはバーサーカーだけね」

「ライダーのマスターは慎二じゃないのか?」

「一昨日言ったでしょ? 慎二は命令権を本来のマスターから借り受けていただけよ」

「ってことはライダーもそのマスターもまだ健在なのか」

 

 俺はてっきり令呪を消したからライダーもその内に消滅するものかと思ってたんだけど、そんなには甘くないってことか。

 

「そのマスターがわかっているっていうバーサーカーも何処を根城にしているかわかっていないし。さて、どうしたものかしらね……」

 

 キャスターのように居場所がわからないと攻めることも出来ない。……ん、バーサーカーの根城……? 城……。

 

「遠坂、バーサーカーだけど、正確な場所はわからないけど、大まかな位置ならわかる」

「あ、士郎、それは……!」

「バーサーカーのマスターのイリヤに聞いたんだけど、街外れの森に城があるらしい。そこにイリヤは滞在しているって聞いた」

 

 一通りを喋ってから、遅れて声を上げたアルトに気づく。目を見開いて、首を何度か横に振っている。

 ……あれ? 何かまずったか、俺。

 

「街外れの森……かなり重要な情報ね。さて、それはそうと衛宮くん。イリヤスフィールに聞いたって言うけども、いったいいつイリヤスフィールと会っていたのかしら?」

「……」

 

 二の句が告げない。ようやく俺は失敗を自覚した。

 そんな俺を見て、アルトは片手で顔を覆っている。横では、アルトも関与していると勘付いたリアが射るような視線を彼女に向けていた。

 俺の目の前には、真正面から睨みつけてくる遠坂がいる。

 

「あー、アルトが風呂でのぼせて倒れた時、買い物に行ったろ? あの時に偶然出会ってさ、イリヤもバーサーカーを連れてないみたいだったから少し世間話をしただけだよ」

 

 ここまで言ってしまったらもう隠せないだろう。追求が及ぶ前に率先して自白を選択。しらばっくれるよりは、情状酌量で減刑の目が生まれるかもしれない。

 

「……それを黙ってたのは、どういう訳?」

「いや、遠坂が知ったら問答無用で攻め入る気がしたから……ってもしかして俺、また地雷踏んでる?」

 

 遠坂に答える途中で気づき、アルトに問いかけてみると「恐らく」と返された。その隣でリアは気の毒そうな顔を俺に向けている。

 恐る恐る正面に向き直ると、遠坂はそれはもう綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 は、はは。俺ってこの前から遠坂のこと怒らせてばっかりだな。

 

 

 

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