俺が遠坂からのお叱りを数十分と受けている間にアルトが昼食を作ってくれていたようだった。
そして俺への説教をようやく終えてくれた遠坂は、今度は調理を終えたばかりのアルトの襟首を引っつかんで離れの洋室へと歩き出す。
どうやら、次に遠坂の説教を受けるのはアルトのようだ。
昼ぐらいには起きてくるだろう、と俺のことを昼も食べずに待ってくれていたみたいで、皆というか特にリアとアルトはお腹が減っていたんだと思う。作るだけ作って、黙って引きずられていくアルトの悲しそうな瞳が脳裏から離れない。リアに聞けば、満足に寝ていないのに起きたばかりでは辛いからと、朝も少々のパンを摘んだだけらしいし。
ごめん。本当にすまない、アルト。不用意な発言がアルトにまで飛び火してしまったんだから、完全に俺の落ち度だ。……せめてものお詫びに、こっそり戸棚に隠しておいた羊羹を後で進呈しよう。心の中でアルトに向かって合掌する。
遠坂とアルトが戻ってくるのを待ってから、既に出来上がっている昼食を配膳する。
香りで気づいていたけど、今日の昼食は和食だ。脂ののっているアジの干物が食欲をそそる。朝から煮ておいたのか、サトイモの煮物も味がしっかり滲みていて、だが形が崩れていない。
――アルトは洋食だけじゃなく、どういうわけか和食を作るのも上手い。居間で遠坂の言葉を受けとめながらも、台所から香ってくる匂いに意識の何割かが持っていかれていたのを素直に認めようと思う。
この頃は桜に洋食で水をあけられているし、中華で遠坂に敵う気がしない。今となっては唯一の得意分野の和食だけど、ほんの一歩分だがアルトに届いていない。
普段、アルトが俺の料理を食べている時の様子から見るに口に合わないということはないんだろうけど、俺自身が彼女に届いてないと感じている。
悔しく思う気持ちは確かにある。食事に優劣をつけるのはどうかとは思うけど、いつか彼女に心底「美味しい」と言わせる料理を作ってみたい。得意分野で負けておいてあまり落ち込まないでいられる俺は、どうやら悔しさより明確な目標が出来たことを嬉しく思っているのかも知れない。
里芋を口に頬張りながらそんなことを思う。
その調理者であるアルトを見ると、おでこを赤くしてリアの茶碗に二杯目をよそっているところだった。……遠坂の奴にでこぴんでもされたのだろうか?
食事を終えて、迷惑をかけたせめてものお詫びにと食器を洗おうとするがどうにも手の反応が鈍い。右腕は少し違和感がある程度だけど、左腕は二の腕から下の感覚がほとんど残っていない。
それでも無理を言って食器洗いを請け負ったんだからと洗い物を始めるが、皿を一枚割ってしまったところで遠坂が代わると言い出した。
大丈夫だから、と遠慮してみるが、
「調子が悪いなら、悪いって素直に言いなさい」
そう言ってエプロンをつける遠坂に、俺は見惚れて声を出せなくなってしまう。
やることがなくなり、居間に戻ってから気づく。遠坂の態度、口調に多少の申し訳なさが含まれていたことに。
俺の不調の原因が投影魔術だと勘付いてしまったのだろう。……気づかせないように振舞っていたつもりだったんだけどな。
洗い物が終わってから改めて今後のことを話し合うことになったが、遠坂により俺の両手の不調がリアとアルトにも伝えられてしまう。
動かないわけじゃないから大丈夫だと思うんだけど、「せめて今日一日は休みなさい」と念を押されてしまった。俺の腕のこと、遠坂も昨日の戦闘で魔力を大分消費してしまったこともあって、今日はおとなしく安静にしていることになった。
明日以降どうするかだけど、イリヤの住処の大まかな位置を掴んでいるので街外れの森を偵察しに行くことになるだろう。相手の位置を正確に捉えておくだけでも色々とやりようがある、とは遠坂の弁。
残るは慎二の処遇だが、本人がいないことには希望を聞くことも出来ないので、その話題は慎二が帰ってきてからということになった。――あいつ、いったいどこに行ったんだろうか?
「士郎。少し付き合ってもらえますか?」
アルトが声を掛けてきたのは、話し合いが終わってすぐのこと。掛けられた声に顔を上げるとアルトと共にリアもまるで戦場にいるかのように気を張り詰めて立っていた。
「ど、どうしたんだ? もしかして敵のサーヴァントか!?」
「まさかっ!」
その様子に俺も思わず立ち上がり、周囲を見渡す。一拍遅れるように、遠坂も立ち上がって居間から見える門の付近に気を巡らせ始める。
「いえ! そ、そうではありません」
両手を所在無さ気にうろうろと胸の前で遊ばせ、俺と遠坂を静めようと声を上げるアルト。困ったような雰囲気が声から溢れている。
リアも自分たちの様子が勘違いを引き起こしたと気づいたらしく、軽く相好を崩した。その様子をみて、俺と遠坂もようやく警戒を解くことが出来る。
「ええと、これです」
そう言って、居間の片隅に置かれたままの干将・莫耶を手に取った。遠坂が「傍目にはわからない」と言っていた俺の投影したものではなく、アルトが現界させている方を迷わずに。
意図を図りかねる。アルトの所持していた物を投影したことに対して、言いたいことでもあるのだろうか。先程の殺気立った様子からして、自分の所有物であったものの贋作を作り出されたことに何か不快に思うことがあったのかもしれない。
しかし、当のアルトにはそんな様子もなく、微笑を浮かべて立っている。
「以前、言ったでしょう? 『リアの剣術よりも双剣のほうが士郎には合っているのではないか?』と。私もまだまだですが、模擬戦闘でも見てもらえればと思いまして」
「あ、でもアルトって双剣は使ったことないって言ってなかったか?」
「ええ。しかし、付け焼刃ながら動きの参考程度にはなると思います。士郎の両手もまだ満足には動かないようですので、せめて動きのイメージだけでも感じられたらと」
なるほど。だから『干将・莫耶』なのか。会得がいった俺は「頼む」と一言だけ返し、立ち上がる。なにか思いついたのか笑みを浮かべた遠坂も、アルトと何事か話し合いながら道場へと歩いていく。
遠坂とアルトが歩いていく中、俺は居間でただ、両手を確かめるように握っている。
――――俺としては、実際に立ち会いたい。昨日投影して得た技術がリアやアルトにどこまで通じるのか試してみたい、という思いがある。サーヴァント相手に、防戦一方だとしても以前よりも耐えられるかもしれない。もしかしたら俺に、少しでも戦えるだけの力がついているのかもしれない。
そうすれば彼女たちの負担を減らすことが出来るかも知れない、そんな気持ちが逸ってしまう。
何とか動くようにならないかと左手を握り開いてみるが、動くものの感覚は鈍い。
これではあの重量の剣を持ち上げることも出来ないだろう。もし構えることが出来たとしても、左腕の反応の鈍さで普段よりもお粗末な結果に終わることは目に見えている。
――くそ。心の中で、自分に向かって悪態をついた。
「シロウ、凛やアルトは先に向かってしまいましたが」
「ああ、悪い。直ぐ行くよ」
リアの声に意識が思考から浮上してくる。先に歩いているリアに追いつくべく、道場へと向かって歩き出した。
道場の端に座る。ここなら二人の動きが良く見えるだろう。横では遠坂が既に正座して、視線を道場の中央に向けている。
その視線を追っていくと、リア、アルトの姿。向かい合って、お互い目を逸らすことも口を開くこともしない。
リアの手にはまだ竹刀は握られていない。対してアルトの手には、居間から持ち出した干将・莫耶が――――って、二人とも鎧を着込んでる!?
「ちょっと待ってくれ! 何で二人とも鎧を着てるんだ? この前手合わせしていた時は私服だったじゃないか」
以前模擬戦をした時は二人とも私服で、道場に置いてある竹刀を使っていた。
今回は、一から十まで違う。戦う前からリアもアルトも殺気立っていたし、今実際に目の当たりにしているように鎧を着込んでいる。その上アルトが握る双剣はもちろん、刃を潰してある模擬刀というわけではない。
「シロウ。今回私とアルトは互いが両手剣というわけではない。……訓練なら兎も角、模範の動きを見せるのなら双剣の特性もわかる実戦のほうがいいでしょう」
いつもより硬い口調でそう言い放った瞬間、リアの両手辺りから風が巻き起こり始めた。
――リアも、本気だ。バーサーカーやライダー、キャスター相手に使っていた不可視の剣を構えている。
「遠坂、これは洒落にならないんじゃないか!?」
「リアー! アルトー! 出来るだけ建物を傷つけないようにねー!」
って、いいのかそれで!? 二人を止めないのか? 出来るだけってことは、少なからず建物が傷つくぐらいには派手にやれってことか!?
というよりここ、俺の家の道場だよな? 間違ってないよな?
色々と突っ込みどころがあったが、リアとアルトの周りが張り詰めていくのがわかって飲み込むしかなかった。
リアの体からは魔力が間欠泉のように溢れ出ている。魔力の流れや察知に鈍い俺でもわかる、その膨大な量。これで魔力不足というのだから、やはりサーヴァントは魔術師とは桁が違う。
対して、アルトの体には静かに魔力が留まっていく。以前見た、そして今アルトに相対しているリアのような暴風を巻き起こすような放出ではない。リアを荒れ狂う嵐と例えるならば、アルトはまるで力を溜め込む渦のようだ。
研ぎ澄まされていく。今まで見たアルトの戦い方とは、明らかに違う。
時間が停滞したかのように、二人に動きがない。
だがしかし、いつもとは違うアルトの戦闘スタイルに、リアが攻めあぐねているのがわかる。前回のように、アルトから攻め込む様子が見受けられない。
両腕を下げ、その双眸は瞬きする間も逃さんばかりにリアを射詰めている。
意識を集中してアルトを観察すると、その魔力を部分部分に固めているのが見えてきた。いまいち自信はないが、脚部、腕部を優先的に。次点で目、そして耳などの感覚器官へと。
ある意味、リアとは逆のアプローチ。魔力を放出することによって動きに瞬間的な恩恵を与えるのではなく、留めることによって放出する程の効果は出ずとも効率良く力を得る。
不意に、空気が流れる。リアが、アルトへと切りかかったのだろう。その瞬間、視界に変化はあったが俺の目では追いきれない。青色がアルトへと伸びていったようにしか見えなかった。
そんな俺とは違い、相対しているアルトは動き出している。ぎりぎり視認できる程の速度で、腰溜めに構えて手に持つ双剣を頭上で重ね合わせるように振り上げる。
アルトが干将・莫耶を振り上げた瞬間、響く高い金属音。
二刀が重なっていたというのに干将は砕かれ、その鉄片が空気に溶け込んでいく。殺し切れなかったその重みは、アルトの重心を若干引き下げる。
傍から見ていて分かるほどの衝撃。俺が同じものを受けていたなら例え防御が間に合ったとしても受け切れずに体を分断されている。
――――それが、英雄と呼ばれる存在の力量なのか。
アルトは受けて尚吹き飛ばされてもおかしくない衝撃を地面へと流し、左手に残る莫耶をリアへと袈裟に振り下ろす。
その動きに硬直はない。見惚れてしまうほど防御から攻撃へと綺麗に移り変わっていた。
しかし、アルトだけではなくリアの動きもまた次の攻撃へと移っていた。
リアには元より受ける気などない。剣での立会いならば、ただ自らが攻め、打倒するのみ。踏み込みの勢いに体を任せたまま、振り下ろした剣を今度は斬り上げる。
それは敵の首に絶つ一撃――図らずも、アルトが袈裟に振り下ろした軌跡と真っ向から対立する形で放たれる。
莫耶も、干将と同じく砕かれた。二刀で受けてその内の一刀を破壊する一撃はもちろん、莫耶一刀では受け切れる訳がない。
勢いこそ落としたものの、剣の軌跡は未だアルトの首へと狙いを定めている。
これで終わり。リアは確信しただろう。もちろん傍で見ていた俺も、そう思った。
いや、思う思わないに関わらず、もう勝敗は決定している。相手の得物を破壊した時点で、勝ちは確定している筈なのだから。
しかしこの耳に聞こえるのは、道場を満たす鉄と鉄とを打ち合わせた残響。
砕かれた筈の干将は、またもアルトの右手に握られてリアの不可視の剣と刃を合わせている。
――受けられる筈のない一撃を受けられたことによる、リアに生まれる一瞬の空白。
かち合ったことによる反動でアルトの干将とリアの不可視の剣は、逆方向へと弾け合う。
リアの踏み込み――その、前へと進んでいたベクトルは両手に握る剣を後ろに流されたことで0になった。
同じく剣を弾かれたアルトはその右手を大きく後方へと投げ出した代わりに、逆の左手を内から外へと振り切った。またも、相手の力を次の動作のエネルギーへと変えていた。
得物を砕かれて無手である筈のその手には、既に握られている白の剣――莫耶。
リアは堪らず、後ろへと飛び退いた。それは前へ進み出ていくリアの戦法からして、間違いようのない隙。
それを見逃さず、退いた空間に身を投げ出してすかさず追い詰めていくアルト。
「ふ――――うぅっ……!」
アルトの連撃は止まらない。圧倒的な手数でありながら、僅かな隙を見つけては巧みに距離を図って攻め立てている。
一撃を与えては更に床を踏み切り、まるで舞を踊るかのように両手の剣を代わる代わるリアへと繰り出していく。
――道場内には絶えず金属音が響き渡る。
両手に握られている双剣は、時に耳に障る甲高い音と共に砕けて消える。
だが次に腕が振られれば、何事もなかったかのように剣が握られていた。
腕ごと弾かれようと、その衝撃をも変換して体捌きに組み込み、次の一撃への流れを作っている。
攻勢に出るアルトに対してリアは自然と受けに徹することになる。以前のとはがらりと違うアルトの剣術に、剣の英霊をしても防戦一方にならざるをえない。
しかし、それでもアルトの息つく間もないその無数の斬撃を、一太刀とも逃すことなく打ち返している。一秒に三回は繰り出されているだろうその手数を、全て受け切っている。
ただ、それは同時にリアの得意とする『全身を使い、膨大な魔力をも乗せた必殺の一撃』を、初めの突進から先、放てないことを示していた。
前に、進めていない。
時折、剣を受ける刹那の間を縫って反撃するが受けられてしまい、前に出れずに放つ一撃は良くて一刀を砕くに終わる。
「――――っ!!」
じり、と。ほんの少し、錯覚かと思うくらいだが確かにリアが退いた。次の瞬間、空いたその空間をアルトの莫耶が振り抜かれていく。
アルトの速度が初めに比べて上がっている。新たな剣をその手に掴むたびに、その動きは速さを、鋭さを増していく。
体が勝手に息を呑む。あまりの緊張感に、頭が狂いそうだ。遠坂も目の前の戦闘に目を見張っている。
リア、アルト。二人は互いに、相手を倒すつもりで剣を打ち込んでいる。
以前見た立ち合いは、二人とも己と相手の力量を測るように剣を振るっていた。相手を尊重したような戦い――いや、あれは文字通りの手合わせだった。
以前のような心構えで戦っているのなら、アルトの双剣が折られた時点でお互いが剣を収めただろう。
今回は違う。どちらの剣が上なのか。どちらが強いのか。ただひたすらにそれを求めているように俺には見える。
アルトは自分の能力であるという武器を出現させる能力を惜しみなく使っているし、リアの剣も狙い違わず致命傷となる一撃を放っている。
紛れもない実戦の空気だった。研ぎ澄まされた二人の意識がぶつかり合っている。
そんな感覚を肌で感じながらも、俺は目の前の戦いを凝視している。
以前のとはまるで違った、けれどもやっぱり美しく見える二人の戦闘から目を離せないでいる。
アルトの猛攻は、休む間もなく続けられている。戦いの中でその動きは更に洗練されていっているように見える。
リアはそれを全て受ける。否、――受けていた。耐え切れず、思わず退がったかのように見えた先のあの後退は、アルトの剣閃を見切った上での回避だったのだろう。
双剣が繰り出される速度は未だ上がり続けている。しかし、その体捌きで放たれた攻撃も五に一、次第に四に一を回避するようになっていた。
紙一重で回避しているリアのその姿を見て、ようやく気付く。
圧倒的に押しているように見えたアルトの攻撃はしかし、一撃もリアに有効な打撃、斬撃を与えていない。
衣服を掠らせることはあれど、その一撃は必ずリアの視えない剣に阻まれ、もしくは空を切っている。
そうしてどれほどが経っただろうか。連撃の僅かな隙間を縫って、リアが動きを見せた。
距離にして五メートル程。アルトの干将を首の皮一枚という差でかわし、大きく後ろに飛び退いた。
一方、一気に間合いの外に逃げられてしまったアルトはすかさずに踏み込み、追撃せんと床を蹴る。
その踏み込みの速度は先のリアほどではない。だがしかし、人間が出しうる速度を超えた加速でリアへと接近していく。
そうして加速し始めたアルトに、目に追えぬ速さで青い影が突き刺さる。
辛うじてその青い像が網膜に残る、リアの残像。攻めかかってくるアルトを待つまでもなく、リアは飛び退き地面に着地した瞬間にも斬りかかるためのエネルギーを蓄積していたのだろう。
木材が折れる音が響いたのは、リアの残像を確認したその時だった。
瞬間の交差。リアとアルトがどう動き、剣を合わせたのか俺にはわからない。
ただ結果から言うなら、吹き飛ばされたアルトが壁に空いた穴の中で仰向けに倒れているという光景が広がっているだけ。
遅れて、真っ二つになった干将・莫耶の刀身が床の間に突き刺さり、一秒と立たずにその存在を大気に還していった。
決着がついたのだろう。リアは大きく息を吐き、弾んでいる息を整え終えると、その手に持っているだろう不可視の剣と白銀の鎧を還した。
アルトは動かず、「う……」と小さな呻きが聞こえてくる。
「アルトっ、大丈夫?」
いつの間にか立ち上がっていた遠坂が慌てたように倒れたアルトに駆け寄っていく。
とりあえずはアルトの無事を確かめるのが先決だろう。アルトが倒れている姿をじっと見下ろしているリアを一目見、俺も遠坂に続くように駆けていく。
一足先に駆け寄った遠坂の側に辿り着く前に、がら、と壁材が崩れる音がした。
アルトが起き上がり、頭を振って立ち上がった。立ち上がった拍子に体に積もっていた壁材の欠片がぱらぱらと落ちる。
「っつーー! っちくしょう、これでも駄目か。今回は結構いい線いってたと思ったんだけどな」
憮然とした表情でそう言い放つアルト。口調がおかしいのが気になるけど、見た感じでは体には傷一つないようだ。
干将・莫耶を折られつつも、咄嗟に両腕の篭手で受けたのだろう。――アルトの左腕の篭手に大きな裂傷が、右腕の篭手には大きく陥没痕がついていた。
俺にはリアの振るった太刀筋がどんな軌跡を描いていたのかは見えなかったが、その篭手に刻まれた傷跡から二人の攻防を推察できた。
あの手数には追いつかないリアは一度下がって仕切りなおした後、アルトに向かって防御不能の一撃を繰り出したんだろう。
干将・莫耶を折り、篭手を破損させたとはいえ受けられてしまったが、僅かな間と言えど行動不能にさせたのだから追い討ちをかければ倒せた筈だ。
「あれを受けますか……。倒せないまでも、しばらく動けなくなるように放ったつもりなのですが」
表情を変えないまま呟くリア。
その言葉を聞いて、ちょっと背筋が寒くなる。首を折られても修復できるサーヴァントが、動けない程の一撃って……。
「っ。どうやら、気付かれていたようですね」
両手を見、顔を上げてアルトがリアに問いかける。あの一撃で少し痺れているらしく、両手を小さく振っている。
「ええ。――決定打がないのでしょう。あの速度、手数共に厄介ではありましたが、受けきれるのならそれほど脅威にはならない。それに、やはりアルトは攻めるのに不慣れな印象を受けます」
「む」
口を横一文字にしてどこか拗ねるようにリアを見たアルトは、「はぁ」と息を吐き出してから武装を解除する。
というか、あれでも双剣に慣れてないとか言うのか。いや、さっきも『付け焼刃』とか言ってたことだし、それは紛れもない事実なんだろう。
「他の手を混ぜたならこの勝負もわかりませんでした。ですが、その双剣だけでしたらなんら問題なく対応できます」
「……手厳しいですね。戦えていたと思ったのですが」
「まだ改良の余地があるのはアルト自身、気付いているのでしょう? ――確かに、予想していた技量を遥かに上回ってはいましたが」
苦笑しながらそう呟くアルトに、口元を綻ばせ答えるリア。その言葉にアルトは「ふふ……」と小さく笑う。
「どうやら、まだまだリアには敵わないようですね」
「おや、アルトはそんな簡単に私から勝利を奪えると思っていたのですか」
それは冗談なのだろう。返答を聞いたアルトは耐え切れない、というように大きく笑った。
「ふふっ! そうですね、ちょっと自信過剰でした」
その笑い声を聞いて、ようやく俺も体から力が抜けてきた。遠坂も「この二人は……」なんて呟きながら安心したように見ている。
「なぁ。思ってたんだけど、なんでアルトはあの視えない剣を使わなかったんだ? リアの言葉じゃないけど、使っていればもっと戦えていたんじゃないか?」
かねてから思っていたことをアルトに聞いてみる。それを聞いたアルトは、呆れたような顔をして俺を見た。
な、なんでさ?
「士郎、この立ち合いの前に話したことを覚えていますか? 貴方に双剣の戦い方を見せるというのが今回の手合わせの目的だったでしょう」
「あ、そうか。そうだった」
余りに白熱した戦いだったから、すっぽりそのことが抜け落ちていた。
「――それで、どうでしたか? 私の動きは参考になりましたか?」
「ああ。たぶんあそこまでの速さは再現できないと思うけど、立ち回り方とかはかなり役に立つと思う」
「それに士郎が投影を使いこなせるようになれば、武器が破壊されてもアルトみたいに立ち回れそうね。あ、でも無理はしないこと。鍛錬とかされて動けなくなるんじゃ本末転倒なんだから」
今まで口をつむんでいた遠坂が横から合いの手を入れた。その目は俺の左手を見ている。わかっているから、と頷いて返した。
「確かに、そうだよな。投影がしっかり使えればああいう使い方も出来そうだ」
そう言うと、アルトはそこまで考えていたのかこくりと頷いた。
――――立ち回り方が役に立つとは言ったが、再現しろと言われても無理だ。サーヴァント相手に戦えるかも、と自惚れていたけれど、とんだ思い違いだった。あのアルトでもまだまだと言われるんじゃ、俺なんかじゃ最初の一合で終わっていた。
けれども、俺が目指すべき道は見えた。明日からでもアルトに立ち合ってもらおう。まずはアルトの動きを倣う事から始めていこう。
どうやら、アルトには教えてもらうことが沢山ありそうだ。