Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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10日目②

 

□□□

 

 ――何が、起こっているの?

 少女は目の前で繰り広げられる光景に、恐慌し、狼狽し、ただ呆然としていた。

 

 こんなのは、ありえない。認められない。そんな言葉だけで頭の中が敷き詰められている。

 目前の光景は、今までの自分の価値観を全否定している。

 最も強いと思っていた者が、一方的に蹂躙されていく。最強のサーヴァントである筈のバーサーカーが、目の前で為す術なく串刺しにされていく。

 

 どく、とラインを通じて伝わる喪失感。

 ひとつ、またひとつとその命が消されていくのがわかる。その感覚も既に四回目――――四つの命がバーサーカーから剥がれていた。

 

 

 侵入者を森全体に張った結界が感知し、使い魔の鳥と視覚を繋げるとそこには派手な格好をした金髪の青年が歩いていた。

 しかし、次の瞬間には『目』にしていた使い魔の存在が消され、視界が強制的に自分に戻される。

 フィードバックで瞳から涙が零れ落ちるが気にする余裕も無い。今の映像、そこから得られた少ない情報を元に金髪の青年について考えをまとめていく。

 

 あれは、魔術師なんかではない。魔術師ならば結界に気付き何らかの対策を講じるだろう。それだけでは断定は出来ないが、あの人物はそうではないと魔術師の自分が告げていた。

 この体がその魂を引き込もうと反応しないのだから、この聖杯戦争のサーヴァントでもない。見るからに実体化していたし、マスターも連れ歩いていないどころか、彼ただ一人だということもわかった。

 使い魔と繋げた視覚でわかったのは、このことだけだ。

 

 使い魔は潰されたが、結界は生きている。異物の動きを辿ると、迷い無くナニカはこの城に向かっている。

 得体の知れない不安。其れを振り切るように、バーサーカーを伴って迎撃に向かった。

 知らず、口元には笑みが浮かんでいる――――其れが何であろうとも、このバーサーカーの敵ではないのだから。

 

 

 だが、違った。存在感が、人間とは違う。

 出会った時、そのナニカは先ほど見た格好ではなく金色の甲冑を着込み、不敵に笑みを浮かべていた。目の前のナニカの背後には、いつの間にか数十の武器がこちらに刃を向けて射出されるのを待っていた。

 

 そして今、敵と遭遇してまだ二十分程しか経っていないというのにあのバーサーカーが四度も殺されている。

 それでもバーサーカーは一度も地に伏すことなく、膝を折ることなく、主の前に立つ。

 前進はその豪雨のような掃射で止められるが、腕を振るい、群がる武器を吹き飛ばす。

 降り注ぐ武器により、またはバーサーカーが振るう剣により地面はえぐれ、木々が倒されていく。

 

「誰!? 何なの、貴方っ! あっ!? だ、だめ、バーサーカー! 退いて!」

 

 しかし、死から修復する前にその傷ついた体には、新たな剣が、槍が、斧が生える。増える傷とともに命は削られ易く、剥がされ易くなっていく。イリヤが叫ぶ間にも、また一つ消えていった。

 

 バーサーカーはイリヤの声に答える様に、大地を震わさんばかりに咆哮し渾身の力を以ってその手の斧剣を振り下ろす。

 指向性を持って飛来する武器が、向かうべき方向を見失い、四方へと彷徨い落ちていく。一撃の余波が、向かってくる武器の大群に一時的に空白を作る。

 深く踏み込むと、己が主の命令を護るべく後方へと飛び退いた。

 

 己が主を抱えると、木々を薙ぎ倒しながら城へと向かっていく。

 向かってくる剣、斧、槍、矛――様々な武器を、空いている右手の斧剣で迎撃しながらも。

 左腕に抱えた、震える小さなマスターを護りながらも。

 ……背に、新たな剣を生やしながらも。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 初めに感じたのは、異様な雰囲気だった。

 森の入り口から結界の魔術式が敷かれているが、今は起動していないようだ。術者が何らかの理由で継続するだけの余裕がないのか。それを象徴するように、ぴりぴりと肌が粟立つような緊張感が森全体に蔓延している。

 

 遠くで鳥が飛び立った。大きな物音こそしないものの、地面が微かに揺れていると感覚が訴えている。

 ――誰かがバーサーカーと戦闘して、いる?

 

「シロウ、リン。どうにも殺気がこの森に溢れている。これは恐らく……」

「……バーサーカーが戦闘しているのね」

 

 俺がそれを告げる前に、リアが声に出して告げていた。凛も何か異常を感じ取っていたのか、眉間に険が寄っている。

 

「でも、いったい誰? ランサー……? ライダーだったら、そのマスターは……私――」

 

 そして、隣で何かを呟いているこれは凛の癖なのだろう。情報を整理するように、小さく口の中で声に出して思考する。その声はこの優れた聴覚でも端々にしか聞き取れなかった。

 

「どうしますか? 他のサーヴァントとの戦闘中だとするならば、バーサーカーのマスターも過敏になっているでしょう。気付かれる可能性も……」

「当初の予定通りいきましょう。――いえ、もしかしたら。戦っているのがランサーか、それともライダーかはわからないけど、上手くやればここでバーサーカーを倒せるかもしれない」

「―――」

 

 リアには珍しく、何か紡ごうとした言葉を噛み殺す。

 しかし、凛の様子もどこかおかしい。……何かに焦っているように俺には見える。

 四人の間で言葉が途切れる。どこか、噛み合わない。

 

「……行こう」

 

 この雰囲気に耐えられなくなったのか、そう言うなり士郎が歩き出す。続くようにリアが士郎を追う。

 

「――凛」

「ええ、わかってる」

 

 声を掛けたと同時に凛も歩き出した。後ろで歩く凛を気にしながら、俺も前に歩くリアの後に続く。

 

 

 

「これ、は――――」

 

 目に映るものは、まるで別世界だった。

 背の高い枯れた木々、生い茂った跡の植物。人の手がまるで加えられていない荒れた森を歩き続けた先にあったのは、一言で表すなら『荒野』だった。

 

 地面は陥没し、ところによっては盛り上がり、地面を覆っているはずの枯葉は掘り起こされた土の下に埋没してしまっている。

 木々は辺り一帯薙ぎ倒され、その無残な屍を晒している。風が強い。風を多少なりとも防いでいた木が、軒並み倒されているからだろう。

 

 何かその跡から戦っている相手を読み取れないかと、圧し折られた木に近づき眺めてみる。

 折ったのはバーサーカーだろう。まるで巨大な鉄球をぶつけられたみたいに、あからさまな圧力が加えられたのが判る。

 ――その木に、ところどころについた切り傷や何かが刺さったような穴。思い当たり、辺りをよく観察すると同じような跡が倒れた木々や地面にもついていた。

 

 既に聞かされていたからか、リアがこちらにも目配せしてくる。それに、頷きで答える。

 

 これは――――間違いない。

 いつかの出来事を思い出し、ぎゅ、と拳を握る。

 

「なぁ、この倒された跡ってあっちに続いて――――って、あれは城か?」

 

 士郎の声に顔を向けると、確かに木々はある一方に倒されていっている。

 作られた空白。その方向にだけ視界が開けていた。視界を遮るものが無い道。その道の先には巨大な城が見える。

 

「とりあえず、この方向に進んでいきましょう。何かがあるのは間違いないわ」

 

 凛の言葉に士郎が頷き、俺とリアは極力気配を絶って先頭を進んでいく。

 俺の予想が正しければあの城には――――ギルガメッシュがいる。

 

 

 

 城に近づくにつれて、いつしか破壊音が聞こえていたことに気が付く。大きくなっていくその音は、まるで城が悲鳴を上げているように聞こえてきた。

 城の外壁に崩された部分を見つけ、その傍に壁を背にするようにして身を隠す。バーサーカーの咆哮、腹に響くような爆音が壁越しにびりびりと聞こえてくる。

 

 隙間から中を覗くと、かたかたと震えるイリヤと、前進するバーサーカーが確認できた。

 しかし、立っているとはいえバーサーカーは死に体だった。――――いや、事実、何度も『殺された』のだろう。

 

 無事な部分など見当たらず、貫いている剣や槍は両手ではとても足りない。

 その貫いている武器も一つ一つが必殺の其れ。再生能力を抑えるもの、呪いを注入するもの、麻痺を与えるもの――――世界中の伝説に残る武器の原型はここに、一体の半神を滅ぼさんと集っている。

 

 あれだけの数を受けて尚、命を使い切っていないのはその強靭な肉体故か、宝具の恩恵か、それともその豪腕から繰り出される一撃があるからか。

 いや、その全てを以ってしてもこの結果なのか。

 バーサーカーはそれでもまだ、主を護ろうと足を進ませる。ここより後はない。前に進むしか、道はないのだ。

 

「半神とはいえこの程度か。つまらん――――所詮は戦うだけの畜生」

 

 聞こえてくる声。高らかな声色は城内に反響している。台詞とは裏腹に、言葉には喜悦が浮かんでいるのが聞き取れた。

 

 不意に、ぱちん、と指を鳴らす乾いた音。

 先陣を切るかのように長柄の矛がバーサーカーの腿を貫き、地面へと突き刺さる。

 そこに、形も、材質も、国も違う数多の刀剣が殺到した。

 

 対してバーサーカーは手に持つ斧剣を振るう、振るう、振るう――――。

 だが、その行為は川の流れを一人で堰き止めようとするようなものだ。バーサーカーでもその多くを受けきれず、降り注ぐ武器の的になっていた。

 細剣はこめかみを貫き、長剣は五体を切りつけ、槍は心臓を抜ける。

 

 ……あまりの凄惨さに、一拍身動きが取れなくなった。

 遅れるように、その一方的な暴虐を行ったであろうギルガメッシュに腹の底から怒りがこみ上げてくる。

 その姿は建物の影になって確認できない。だがあいつは間違いなく、傷一つも無く立っていることだろう。

 

 主を護ろうとするバーサーカーをあざ笑うような態度が、癇に障る。そのバーサーカーの立ち向かう姿は、いつかのセイバーと同じだったから。

 

〈……凛〉

 

 湧き上がり続ける怒りを噛み殺し、凛に問いかける。目を見張って覗き込んでいた凛は、視線をこちらに向けた。

 名を呼んだだけだが、その意図は掴んでくれたようだ。

 

〈――そうね……。私たちが取れる選択じゃ、撤退……これが最善な選択でしょうけど。今は良くても今後あの高笑いしている奴が攻めてきたら、それで終わりね。アルト、貴女とリアで連携してアイツに勝てそうな算段はある?〉

〈どうだろうな。結果はわからないが、分の悪い賭けには違いない〉

〈――二人掛りで挑んだあのバーサーカーが為す術もないものね……〉

 

 そういって、視線をまたバーサーカーに向ける凛。

 

 今まで姿を確認できなかったギルガメッシュが、悠然と歩いていた。あの金色の甲冑を着込んでいる。ギルガメッシュが歩みを進めるその先にはイリヤがへたり込んでいた。

 しかし、体を振るい、突き刺さった武器を弾き飛ばしたバーサーカーがその歩を止める。

 

「――ち」

 

 軽く舌打ちをしたギルガメッシュが飛び退き、またもバーサーカーと相対する形になる。再び、城内からはバーサーカーの大型の猛獣のような雄叫びが響いてくる。

 凛が何かに気付いたように、またこちらに視線を戻す。

 

〈どうした、凛?〉

〈――やっぱり。貴女、話し方が今までにないくらいおかしいわよ。話し方といっても、思念だけど。どうかしたの?〉

〈ああ。アイツには因縁めいたものがあるからな。意識して自分を落ち着かせないと、どうにかなりかねない〉

〈――あの金ぴかのこと知ってるの?〉

〈…………アイツは、前回の聖杯戦争のアーチャーだ〉

 

 失言に、しまった、と思わないでもなかったが、リアも知っていることなら話してもかまわないだろう。

 

〈――は? ってことは何? あんた、前回の聖杯戦争にも召喚されていた訳?〉

〈いや。……前回の聖杯戦争には『アーサー王』が召喚されてる〉

〈――う……、その返しだと混乱するわね〉

〈それは後で。とりあえず、だ。この後はどうするんだ? バーサーカーに助太刀するのか?〉

 

 ここで凛が、『退く』と判断すれば俺はどうすればいいのか。凛に頼んで、せめてイリヤだけでも助けられないかと進言してみるつもりではある。

 でも、それも却下された場合、俺は……?

 

 

 考えながらも、目の前の戦闘は動き、流れていく。

 バーサーカーは、ギルガメッシュに後数歩というところまで辿り着いていた。

 払った代償は大きい、なんて言葉では言い表せないほどに、己を削って得た結果。残りの命も、そう残っていないだろう。それでも前への勢いを殺さず、宝具の暴雨の中を前進する。

 

「調子に乗るな――――! 我を煩わせるなよ、木偶が!」

 

 その止まらない進みが気に障ったのか、ギルガメッシュは吐き棄てた。右手を振り上げ、バーサーカーへと向ける。

 

「――――天の鎖よ――!」

 

 虚空から現れたのは、鎖。鎖はバーサーカーを絡め取り、縛り、締め上げる。

 あの巨体が、鎖で縛られ身動きを強制的に阻害されている。バーサーカーと直接打ち合った俺には、尚更その光景は信じられることではない。

 

「だ、駄目! バーサーカー戻って! 戻りなさい!」

「無駄だ」

 

 そこに降り注ぐ、宝具の雨。

 絡め取られたまま、その雨を一身に受けることになったバーサーカーは遂に沈黙した。多くの剣が突き刺さったその姿に、イリヤは甲高い声で彼の名を叫ぶ。

 

「そこで何も出来ずに、貴様のマスターが殺される様を見ているがいい」

 

 動かなくなった其れを一瞥し声を投げかけると、ギルガメッシュはイリヤへと足を向ける。

 

 イリヤは近づいて来るギルガメッシュから逃れるように後ずさる。しかし悲しいかな、その小さな体では男と歩幅に差がありすぎた。彼女が必死に後ろに下がっても、互いの距離はどんどん狭まっていくばかり。

 目の前の男から離れようと必死に逃げ道を探すも、すぐ目の前には金色の鎧を纏った男が迫って来ている。

 迫った死に怯え、イリヤの口はうわごとのように何度も何度も「たすけて……たすけて……」と形作っていた。

 

 不意に、がしゃん、と何らかの金属が落下し音を立てる。その音にギルガメッシュの歩みが止まる。顔を向けた先には、バーサーカーから抜け落ちた剣が落ちていた。

 偶然かどうかはわからない。だが生まれたその隙にイリヤは走り出す。ギルガメッシュの脇を抜け、何よりも信頼できる自分のサーヴァントの下へ。

 

 ふん、とギルガメッシュが鼻を鳴らすとその横から、エストックのような細剣が一本、同じく細剣だがレイピアに近い長めの細剣が一本射出された。

 その二本がイリヤの背後から迫り、間もなくその細い肩に突き刺さる。

 

 その衝撃に、走り出していたイリヤはもんどりうって倒れた。距離は取れた。――だが、倒れた拍子に打ったのか、頭からは血が流れ出ている。

 肩が貫かれた為に、地面に手を付いても直ぐに倒れてしまう。倒れたままのイリヤから聞こえてきた声はやはり、「誰か、たすけて」と、救いを求めてのものだった。

 

〈凛っ――!〉

〈――アルト駄目! ……駄目よ。このまま戦っても勝ち目がない。ただの犬死にしかならない。きっとあの武器の雨から私たちが逃げるのも一か八か。助けて逃げるのも……無理よ〉

〈くっ!!〉

 

 俺が提案しようと思っていたことも既にシミュレートしていたのか、沈んだ顔で答える凛。自分の余りの不甲斐なさに、ぎり、と歯が鳴る。

 

 俺は何のためにここにいるのか。

 言うまでもない、助けるためだ。助けを求める人を救うために、ここにいる。今現実に、目の前に助けを求めている人がいる。ならば簡単だ。救うべきだ。

 

 ――――だが。救うために飛び出せばどうなるか。

 最悪、イリヤが助けられないだけでなくリアや士郎、凛も殺されるかもしれない。それを考えてしまうと、迂闊には飛び出せない。

 人を救うと決めた。――でも、みんなを護りたいとも確かに思ったし、願ったんだ。

 

 だが、俺の躊躇とは別に、体はいつでも飛び出せるように構えたまま。

 そんなことは関係ない――、と『俺』が告げている。根底を間違えるな、お前は何だ。何のために生きているのか、と。

 

「シロウっ!? 駄目だ!!」

「っ!! あの、馬鹿!!」

 

 突如響く、リアの制止の声。続く凛の叱咤。

 リアは目の前の人物を追うため走り出していた。瞬間、それが引き金になって俺も駆け出す。既に、俺たちの目の前には城の中に侵入した奴がいる。

 

「イリヤから離れろ、てめえ――――!」

 

 

 

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