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半壊し、崩れかかる城の中――。
エントランスの中央には、多くの武器に刺し貫かれ沈黙しているバーサーカー。そのマスターであるイリヤは、己のサーヴァントに寄り添おうと駆け出していた。
金の鎧を身に着けた男が鼻を鳴らすと、その横から細剣が二本射出される。イリヤの背後から迫ると、間もなくその細い肩に突き刺さった。
その衝撃に、走り出していたイリヤはもんどりうって倒れた。距離は取れた。――だが、倒れた拍子に打ったのか、頭からは血が流れ出ている。
肩が貫かれた為に、地面に手を付いても直ぐに倒れてしまう。倒れたままのイリヤから聞こえてきた声はやはり、「誰か、たすけて」と、救いを求めてのものだった。
男はイリヤに歩み寄る。少女の声を意にも返さず、笑みを浮かべたままで。
頭が、がんがんと痛みを訴える。
体を満たしているのは焦燥感。そして大きな怒りと嫌悪。それは全て、目の前の光景が原因だった。
――倒れているのは弱者、迫るのは暴虐。弱者は助けを求め、其れを蹂躙しようと歩み寄るは命の終局。
全身が灼熱し脈を打つ。その構図は、十年前に俺が免れることができたもの。
思考は塗り潰される。視界は少女と男のみを捉え、体は勝手に動き出す。
音が、色が剥離していく。世界に微かに残った残滓は、後ろから何かを呼びかけている雑音。
助けろ弱きを。救え命を。護れ他人を。庇え少女を。生かせこの手で。――――この状況、動かずしてお前は何を名乗るのか。
『衛宮士郎』として生きた年月が、俺を突き動かしている。
『衛宮士郎』の名を受けた決意が、俺を走らせる。
死ぬかもしれない。いや、死ぬだろう。
あの男の前に立てば、俺は殺される。俺が立ったとしても、少女は殺される。ああ、そうだろう。きっと、殺される。
――知ったことか。そんな結果は、今は関係ない。助けなければならない。誰かが助けを求めて手を伸ばすなら俺はそれを握ってやる。
あの赤い世界。消し飛ばされた多くの命、磨り潰された多くの幸せ。
呻き。叫び。喚き。
観念。諦念。絶望。
その中でただ一人、拾い上げられた俺。死の足跡を聞き、死の中で手を伸ばし、それがたまたま拾い上げられた。
ああ――ならば。今度は俺が、拾い上げよう。
「イリヤから離れろ、てめえ――――!」
体から溢れ出しそうな怒りを、音にして放つ。大した距離を駆けた訳ではないが、呼吸は乱れていた。
幸い、イリヤとあの男とは僅かながら距離が開いている。
「イリヤ、大丈夫か?」
そのまま駆け寄り、イリヤを抱き起こす。
貫かれた両肩は血に染まり、紫色だった服の生地を黒く変色させていた。傷口からは血が流れ続けている。傷が傷だけに出血量は多いが、どうやら致命傷というわけではないようだ。
イリヤの傷を観察しながらも、視界の端にあの男を収めたまま決して警戒は緩めない。
「え――お、兄ちゃん?」
何故シロウがここにいるのかと、都合の良い幻ではないかと、満足に動かないその右腕で俺に触れようとする。
イリヤの右腕は震えるだけで持ち上がることは無く、俺はそれを制して頬を親指で拭ってやる。恐怖か、それとも安堵によるものか瞳からは涙が零れだしていた。
「もう大丈夫だ。イリヤは、俺が護る」
口を吊り上げ、笑みを形どる。正直、上手く笑えたかは分からない。でもそれを見たイリヤも笑みを浮かべてくれた。
――よかった。彼女を見捨てないで。手を握り返すことが出来て、本当に良かった。
金色の鎧を身に着けた男は、俺もイリヤも眼中にないとばかりに俺の後方を凝視している。
憮然とした表情が、次第に隠し切れないと云った様に笑みへと変わっていく。
「ほう! 騎士王か! このような場で相見えるとはな。まぁそれはいい。そんなことよりも、我の決定を受諾する心算は――――む?」
騎士王とは、リアとアルトのことだろうか。その中途で途切れた言葉に、思わず背後へと振り向いた。
そこには、同一の武装の二人が立っていた。姿形は同じでも、違うのはその色と強張った表情。リアはその顔に警戒と敵意を。アルトは怒りと殺意を。
――あのようなアルトの表情に見覚えがない。
当たり前だ。アルトは戦意は見せても、敵を殺さんばかりに睨みつけることなど一度たりとも無かった。
「――――何だ、貴様は?」
男の視線はアルトを捉えたまま離さない。一方アルトも、身動ぎもせず男の視線を受け止めている。
若干の間の後、男の左眉がぴくりと持ち上がった。次第に目を見開いていき、両腕をわなわなと震わせている。
「貴様、誰に断って王の姿を真似ているッ!!」
何故か侮蔑されたかのように怒り狂う、金色の男。
怒号に、腕の中のイリヤが震えている。その撒き散らされる殺気は竦みあがりそうになるものだが、それをぶつけられたアルトには気に留めた様子も無い。
「俺が何であろうとお前には関係のない。そんなことより――――貴様こそ、誰に断ってイリヤを狙ってやがる」
激昂する男に対し、凍てつくような殺気をアルトは返す。刺々しい、なんてものではない。仇に相対したかのように、体中からは殺意が沸きあがっている。
背筋に寒気が走った。アルトの声に込められた怒りが、俺がこの男に対して感じていた怒りを一瞬忘れさせた。
「下郎っ! 王に向かって何たる言い草か、セイバーの紛い物如きが!」
「アーチャー!! それ以上彼女を侮辱するのならば、我が全力を以って貴様を打倒させてもらう!!」
横からこれに答えたのはリア。
不可視の剣を両手に、金属製のグリーブが音を鳴らす。今にも飛び掛らんとしたその姿は、ぎりぎりまでしなった竹を思わせる。
「憤るな、セイバー。そうか――――其れはお前の影武者か何かか。クッ……ハハハハハハッ! だとするなら見た目は兎も角、随分と誤った人選をしたものだな! 王が持つものを、何一つとして持っていないではないか! 滑稽! 道化でしかないぞ、紛い物!」
「ッ!」
突如、つむじ風が巻き起こったかのような風が吹き抜けた。
空気を突き抜けてリアが疾駆していく。昨日道場で見た驚異的な速度を更に超え、風を切り裂きながらアーチャーと呼ばれた男に迫る。
アルトも、リアに続いて駆けていた。その両手にはリアと同じ剣が握られているのだろう。深く前傾に構えながら地に沿う様に進んでいく姿は小柄ながらも力強く、
鉄が弾ける音が城のエントランスに響く。
いつの間にか、先の再現のようにアーチャーと呼ばれた男の背後には幾多の武器が待ち構えていた。
リアはいきなり目の前に現れた其れらを両手の剣で弾き飛ばすが、体勢を崩したそこに更に剣が迫り、受け切れずに倒れる。
それでも、降り注ぐ剣は止まらない。床に倒れたまま転がり、後続のそれらを紙一重でかわしていく。
「リア、後ろへ!」
「ッ、アルト!」
替わるようにアルトがリアの前面に立った。リアに迫る一つ一つが必殺の武器を、目に見えるほどに魔力を凝縮した一撃で薙ぎ払う。爆発したかのような魔力の猛り。その破壊力はリアの放つ其れを超えている。
「くぅ……!」
だが、数が多すぎるのか、アルトもまた後方へとじりじりと下がっていく。あの男には、目の前の武器の雨を突破しなければ届かない。
――あのバーサーカーを圧倒するような相手に、果たしてリアやアルトは勝てるのだろうか?
俺には、あの男に勝つ構図が想像できない。あれだけの質量を相手に対抗する術など考えもつかない。
けれどあのリアやアルトが負ける筈がないと固く信じている俺もいる。その矛盾した考えが、俺の不安を更に煽る。
せめて二人の邪魔にならないようにと、イリヤを抱えて立ち上がり後方へと避難を済ませた。遠坂の位置まで下がる余裕はない。下手に動けば巻き添えになることは目に見えている。
「アルトッ! 左は任せます!」
「わかった……!」
立ち上がったリアが合流すると、アルトの構えが右半身を前にするものへとシフトする。
背中を合わせるように、飛来する剣を打ち落とし、弾き返す。背を面として、反射しているように互いを補完している。
時折ぐるり、と立ち位置を入れ替えて、片側の死角を埋めていく。互いが互いの隙を埋めていく。
――あれは、同じ剣術を使っている者同士でしか出来ない芸当だろう。
同じ体捌きだからこそ次の動きを察知することができるのだろうし、同じ剣術だからこそ生まれる隙を理解できる。
以前アルトがやっていたように魔力を瞳に集めて視覚を強化し観察すると、いくらかの遅れがアルトに見られるが充分に揃った動きをしている。
今までリアとアルトが共に戦った相手はバーサーカーだけだったが、あの時にはない連携が今出来ている。
二人にどのような変化があったのか。アルトは以前よりも動きがリアに近いように見えるし、リアもアルトの動きを完全に理解しているようだ。
しかし二人のその見事な連携を以ってしても、宝具の弾幕の前に足止めされる。
それどころかアーチャーと呼ばれた男にはまだ余裕があるように思える。現に先程から放たれる武器は数を増し、男の笑みは崩れることが無い。
その凄まじい攻防を、俺はただ見ていることしか出来ずにいた。
腕の中のイリヤは目の前の恐怖にがたがたと震え、何らかの魔術が働いたのか肩は止血されているようだが顔色は悪い。俺は、彼女が少しでも安心出来るように、背中に回した手に力を込めた。
突然に、剣戟の其れに紛れて、ドン、と拳銃を撃ったような音が三度、響いたのが耳に聞こえてくる。
俺の背後から高速で飛来していく光弾。迫る武器の合間を縫うように紅い弾丸が三つ抜けていく。
後ろを見る余裕はない。だが、間違いなく遠坂の援護射撃だろう。
以前慎二に喰らわせたあのガンドとは比べられないほどの魔力の塊。キャスター相手に放ったほどの輝きはないものの、アレを喰らったらその部分は吹き飛ぶか貫かれるか。当たれば、常人ならそれだけで死に至るような鮮やかな赤の銃弾。
リアとアルトに集中していたのか、遠坂の放った魔力弾は間もなく男の肩、腕、顔にと全発着弾した。
着弾する度に軽い衝撃が男を襲う。だが、それほどのダメージはないのか間髪入れずに紅い瞳が射手を射抜く。
「小賢しいぞ! 雑種如きが我の邪魔を、するな!」
リアとアルトに武器を放ち続けながらも、男は遠坂へも剣を三本射出する。
視認。三本といえど、どの剣も神話、伝説に登場するような力を持っていることを理解する。人の身どころか、サーヴァントであっても致命傷になりかねない力が篭っている。
その概念の前では、魔術師が張れる防壁では勢いを弱めることも難しいだろう。物理的に弾き飛ばしでもしないと、助かる術はない。
思わず走り出そうとするも、腕にはイリヤがいる。遠坂は回避運動に入っているようだが、内の一振りからはどうしても逃れられそうに無い。
「遠坂っ!! ――――
一か八か、干将・莫耶を投影して投擲しようと思い当たったところで、俺の視界に赤い影が混ざる。
「リア! 少しの間持ち堪えててくれ!」
横から割り込むように、アルトが射線上に割り込んだ。しかしあの位置からでは全てを無効化する時間がない。遠坂に向かっていた一本は弾き返すが残りの内、一本がアルトの左腕に突き刺さる。
「ぎっ――――!」
すぐさま刺さった剣を引き抜くと、鮮血が左腕から流れ落ちていく。
「つぅっ、あ――――! はあっ、はあっ……凛っ、大丈夫か!?」
「ご、ごめん、アルト」
尻餅をついた遠坂の顔は、青くなっていた。
怪我が無いことを確認すると、流れ出る血もそのままにアルトは踵を返す。
「なっ!? これ、は、ぁ……!?」
「アルトッ!?」
リアの元へと取って返そうとしたアルトが膝から崩れた。アルトの両手がふるふると震えている。
その傍らに落ちている、血がついた剣が視界に入る。
「あれは――――!」
肩の傷からの血が止まったイリヤを抱えて、二人の元へと走る。痛みを堪えたくぐもった声が腕の中から聞こえてくるも、俺は止まれない。
「悪い! イリヤ、少し辛抱しててくれ」
アルトが退いた今、このままここに居たら流れ弾がこちらにも飛んでくる。せめて対応できるぐらいの距離――――遠坂の辺りまで戻らないと。
それに、魔術ではあの剣を防ぐことは難しい。遠坂の魔力弾ならば逸らすくらいは出来るかもしれないがあの数には歯も立たない。……やってみないとわからないが、干将・莫耶を使えば二、三本なら受けられるかもしれない。
そうでなくとも、いざという時の為にまとまっていたほうがいいだろう。
アルトと遠坂の元に走り寄り、イリヤを遠坂に預ける。いきなり膝を突いたアルトに困惑していた遠坂だったが、イリヤの傷を見て頷くとすぐさま詠唱を始める。
その様子を見て一つ息を吐くと、アルトに向かって駆けた。
彼女の傍らには引き抜かれ、血に濡れた剣がその姿を消滅させようとしていた。
アルトの様子がおかしいのはこれが原因だろう――――解析。
蛇が刻まれた波打つ刀身を持つ剣、麻痺を付加する呪いが掛けられている。傷口から血を媒介に、蛇の神経毒のような効果を広めるもののようだ。その毒性は強く、人間ならば数分で死に至る。
「アルト、この剣は――――!」
「ぐぅっ、わかってる! 下がってろっ!!」
アルトは言葉と共に、右手になんとか握り直した不可視の剣を、左腕に深く突き立て引き抜いた。
どばっ、と血が噴出し、アルトからは苦悶の声が漏れる。真っ赤な血が、彼女の足元に血溜りを作っていく。
間もなくして、傷口からの血の流れが細くなっていく。これでは毒は抜け切らない筈なのだが――――サーヴァントだからなのか、それともアルト自身に毒への耐性があるのか。
アルトは若干ふらつきながらも立ち上がる。その時には、既に腕の血は止まっていた。
「調子に乗るなよ、セイバー!」
その声に、全員の視線がリアの方へと向かった。気づけば剣と鉄がぶつかる音はいつしか止んでいる。
いくつか剣を掠めたらしいリアは、荒く息を吐きながら剣を構えている。離れたところに佇んでいる男は機嫌を損ねたような顔で右手を虚空へ。そこには男の手に収まるように、武器の柄が伸び始めていた。
ず、と引き抜かれたそれは、三つの円筒が連なったような構造をしている。其れから放たれる威圧感。全てを捻じ伏せるような印象を受けるあれは剣、なのか?
――――読み取れない。
理解が及ばない。あの剣は、人の頭で知覚できるものじゃない。
「乖離剣、エア」
低く、声が響く。その声で火が点ったように、三つの分たれた刀身が乱回転していく。エアと呼ばれた剣が、その主に呼ばれたことを喜ぶようにその回転数を上げていく。
ありえない。その隙間から漏れる程度の魔力、だが膨大すぎるその量に現実を直視できない。白昼夢を見ているような錯覚に陥る。
「リア!」
俺の隣でアルトが、男に相対しているリアに呼びかける。
歯が砕けるばかりに噛み締めた顔は、焦りに満ちている。アルトは走り寄ろうと足を踏み出すが、エアと呼ばれた剣から発される暴風の前に膝から砕け落ちている。
毒が抜け切っていないのだろう。それでも尚、彼女の元へと足を進めていく。
「……シロウ、宝具を使います!」
その言葉と共に、リアに握られた剣から風が巻き起こり始めた。バーサーカー相手に放った時とは違い、風は剣に巻きつかずに周囲へ散っていく。
風の鞘に納まり、今まで視ることの叶わなかった剣はついにその姿を現した。
全てを断ち切る星の輝き。人間が作り得ない伝説の一振り。
清廉な、美しいその聖剣に膨大な魔力が満ちていく。
「見せてみろ、騎士王! 貴様の全力を! 世界の王たる我が受け止め、そのことごとくを踏み潰してやろう!」
「吼えるな、英雄王! 貴様の傲慢を! そのような思い上がりが民を苦しませ、己が国を滅びに追いやったのだろうに!」
「
「
「――――
「――――
瞬間。世界からは音が消えていた。