Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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3日目①

 

 身の危険をひしひしと感じた夜が過ぎ去った。サーヴァントとして警戒していたとか、そういった真面目な理由とは残念ながら違う。

 

 こんなに疲弊した原因のひとつは、マスターである凛だ。

 昨夜、俺が入浴中に何かと理由をつけて風呂場の扉を開けようとしてきた。曰く、置いてあるものの使い方はわかるか。その髪は何か手入れをしているのか。スリーサイズはいくつなのか。何か不便はないか等々……。

 凛は、現代の風呂周りがわからないだろうと気を遣ってくれていたのだろう。投げかけられた言葉に、風呂と無関係なものが混ざっていたとしてもそういうことにしておきたい。

 純粋な親切心だとしても、女の人に、女の子の体を洗っているところを見られるのは流石に御免被りたい。その女の子の体が、どういう因果か今は自分の体になってしまっているけどさ。

 そういうわけで入浴していた間は意識を張り、直感を最大限に働かせてなんとか事前に察知。そして何を問いかけられてもひたすらに「大丈夫です」「問題ありません」を連呼していた。

 お陰で何とか風呂場の扉は閉め切ったまま、事無きを得ることが出来た。

 

 夜中もそう、霊体になれないから人目に付いてしまう為に寝るしかないんだけど、深くは眠れなかった。物音がするたびに飛び起きてしまう。

 何度か繰り返していると、今度は完全に眠れなくなっていた。そのまま眠気もないのに布団に潜っていると、有体もないことばかりが浮かんでくる。

 

 例えば、昨夜のうねうねと動いていた手。凛の手。

 時間潰しがてら、本当に凛はノーマルなのだろうか、と考えていた。親切心だけじゃあの時の邪な目つきは説明がつかない気がする。もしも凛にそちらの気があったらどうするべきなのか。この体はセイバーのものなのだから易々と凛の手を許すわけにはいかない。

 

 ……そういえば、先ほどから聞こえてくる物音は俺以外のもの。この屋敷には凛と俺しかいないのだから、自然と凛が立てた音だと思う。となるとトイレにでも行っているのだろうか。

 今思えば俺、召喚されてからまだトイレには行っていない。飲み食いしていた割には、アーチャーになってからそっちの生理現象を覚えたことはない。

 おそらく食事を摂らなくていいのと同じように、トイレに行く必要もないのだろう。戦闘を目的としたサーヴァントなのだからそういった機能は省かれてしまっているのかもしれない。

 セイバーも同じだったと考えるとなんだか酷く寂しいけれど、今の俺は正直助かっている。そんな場面を想像しただけで赤面してしまう。実際にセイバーの体でトイレなんて行こうものなら、どうなるかわかったものじゃない。

 

 そんなことを延々と考えていたものだから、朝を迎える頃には精神がとてつもなく磨耗していた。

 

 

 それはそれとして、朝食を作り始めなくては。

 作ることは構わないんだけど、問題は何を作るかだ。なにせ得意の和食が作れない。

 セイバーの見た目から、作れるものは洋食以外にはない。けれど、朝なのであまり油っ気が強いものは胃が受け付けないだろうし。豊富とはいえない洋食のレパートリーを思い出し、吟味する。

 ……よし。今朝はフレンチトーストとカフェオレでいこう。セイバーがいる時代にはもちろんなかっただろうけど、和食を作るよりはマシだろう。

 かなり簡単だけど、あんまり重いものを作っても凛が食べられないかもしれない。もっと凝った料理が作りたいんだけど、とりあえずはこれで満足しておこう。

 

 食事の配膳をしていると、凛が起きた気配がする。

 その数分後、昨日と同じように髪の毛ぼさぼさで現れた。女同士と安心しているのか、今回はパジャマ姿での登場だ。色っぽいと言っていいのか、なんというのか。

 

「アーチャー、牛乳とって」

「どうぞ」

 

 昨日もしたように牛乳をコップに注ぎ、渡す。凛はそれをグイッ、と一気に飲み干すと、半目のまま歩いて洗面所に向かっていった。

 

 

 

 食事が終わり、洗い物も終える。

 テーブルには二組のティーセット。カップの中から紅茶がゆらゆらと湯気と香りを上げている。紅茶は慣れないながら、俺が淹れたものだ。

 凛が言うには「まぁ及第点ね」だそうである。しっかりと手順は踏んであるけれど、温度が違うようだ。ついつい緑茶のように扱ってしまうな。

 

 さて、今日も情報収集に出ると言っていたので、出かけるまでソファーに座って『世界の儀礼宝剣』なる本を読む。名前の通り、中身は儀礼的なものが多く、名前の割には英霊が使っていそうな宝具(宝剣)のようなものはどこにもない。

 だからといってつまらないかというとそうではなくて、元々剣を見るのが好きな俺としては色々と思うところがある。まぁ、でも写真を見ただけでは何だか盛り上がらないっていうのが本音なのだけれど。

 

「アーチャー、そろそろ行くわよ」

 

 一息つこうとカップに口をつけたところで凛から声がかかる。

 見れば凛は既に紅茶の入っていたカップを片づけて、かけてあるコートを手に取ろうとしているところだった。

 

「わかりました」

 

 俺は片手でパタンと本を閉じ、返事をしてから口をつけていた紅茶を飲み干す。本を本棚の元の場所に戻すため、俺もソファーから立ち上がった。

 

 

 

 街中を練り歩く。昨日は寄らなかった町外れのほうまで出てみるがマスターの影も形もなく、結局徒労に終わることになる。

 俺はその間、今後のことについて考えていた。

 

 果たして、セイバーは呼び出されるのだろうか。

 ――――もし呼び出されるのだとしたら、今度こそ守りたい。

 

 今度こそは彼女を死なせたくない。これは、願いじゃない。誓いだ。

 一度は果たせなかった。今でもそのことを想うと胸が痛む。体中が後悔で一杯になり、心がずたずたになる。

 もしかしたら今回は助けられるかもしれない。いや、助けられるかも、じゃない。助けるんだ。

 

 そこで、さし当たっての問題はサーヴァント戦になる。

 凛の話によると、近戦闘では手助け自体が邪魔になってしまう場合もあるらしい。ということはやはり基本は一対一になるのだろう。

 

 目下としては、俺が校庭で見かけたランサーだ。単純な能力ならひけはとっていない、と思う。ならば、残るは俺の技量次第。

 しっかりと対処を考えなければいけないのは、土蔵の前で見たランサーの宝具、『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』。

 あれはセイバーの身体能力を持ってしてもかわすことができないものだ。因果律を操作し、当たるという事実が先に作られ、結果に沿う様過程が修正されている。つまり、かわすには素早く動けること、ましてや対槍の技術が重要なんじゃない。必要とされるのは【因果を覆すほどの要因】か、すさまじい【幸運】だ。

 この体は確かにセイバーのものだから、対魔力や神がかり的な直感などは備わっているだろう。だけど今の俺の【幸運】の部分に関してはわからない。衛宮士郎は、決して運がいいということはなかった。じゃなきゃ一日に二度も殺されそうになったりなんてしないだろう。

 

 本物のセイバーでさえ、直感と運を駆使してあの怪我に抑えたのだ。そう考えると俺がかわせるとは思えない。いや、セイバーと同じ程度の怪我に抑える、それすらも見上げるほどにハードルが高い。

 『ゲイボルク』を使われたらどうしようもない。使われる前に戦闘を終わらせるか、因果を覆せそうな要因――俺の持っている手札では唯一だろう『エクスカリバー』で、一か八か迎撃を試みるしか俺に選べる選択肢はない。凛と俺、二人分の命を掛け金にするには、どう考えても分が悪い。

 

 

 帰り際に学校の近くに寄る。

 特に重点的に見て回るつもりはなかった。そもそも、帰り道に付近を通ったからついでに見に来ただけだ。

 しかし、何気なく寄ったこの学校で、今日唯一といっていい手がかりと遭遇することになる。

 

「どうもここに結界を作ろうとしてるやつがいるみたいね」

 

 無言で凛の言葉に頷いた。確かに学校全体に魔力の”淀み”のようなものを感じとれる。

 完成はしていないのか、淀みはあるが周りから吸い上げているということではないようだ。

 

 

 魔力を同調させて分析しようとするが、サーヴァントの気配が感じられたのですぐに淀みを無視して向き直る。

 そちらに目を向けると、どんどん気配が濃くなっているのがわかる。相当なスピードで近づいているのだろう。これは相手側も俺に気づいたとみて間違いない。

 凛は俺から相槌がないのに気がついて、何事かと俺の顔を見て読み取ろうとしている。

 

「サーヴァントがすごい勢いでこちらに向かってきています。あと数十秒で接触というところでしょう。結界のことは後程。とりあえずはサーヴァントを!」

「そこの学校に入って! もう下校時間は過ぎてるから少なくとも生徒はいない筈!」

「わかりました! 失礼します」

 

 凛を抱えて、一足で敷地を隔てる塀を乗り越えた。

 

 

 

 広い場所の方が戦いやすいだろうとそのまま校庭まで移動すると、十数秒ほど遅れて蒼い男が跳んでくる。目の前数メートルに立つそいつは、いつの間にか赤い槍を右手に持っていた。

 

「ランサー……」

 

 口の中で呟く。同時に、『風王結界(インビジブルエア)』を手に顕現させた。出来るだけ自然に、徒手空拳であるように見せかける。

 凛を背に庇う様に立ち塞がり、ランサーと対峙する。 

 

「はん、こりゃ可愛い嬢ちゃんたちだ」

 

 ランサーは威圧感をそのままに、軽い口調で話しかけてくる。その間も、じり、と距離を測りながら隙を探すが糸口も掴めない。

 自然体でいながら、隙はない。――これが、英雄と呼ばれる者。セイバーの身を借りて、ようやく彼の持つ強さを知ることができる。

 

「何用だ? ランサー」

「こっちのクラスはバレバレか。ま、槍持ってちゃ仕方がねえな。……マスターからの命令でな。全てのサーヴァントと闘ってこいってさ。いわば偵察だ」

 

 肩をすくめ、演技くさい仕草でやれやれ、と首を振るランサー。赤い槍を肩に担ぎ、気だるそうに俺を見た。

 

「……それではここで決着をつける気はないんだな?」

「いーや、それとこれとは話が別だ。俺は強いヤツと闘いたくてサーヴァントになったようなもんだからな。そっちも戦闘目的で歩き回ってたわけじゃなさそうだが、あきらめろ。何が何でも相手をしてもらうぜ」

 

 偵察に来たのなら総合的に及ばなくても、なんとか戦力的に拮抗すれば撤退してくれるのだが。

 相手が本気で来るというなら、実力で撃退するまでランサーは撤退してくれないだろう。

 

「――――そうか、仕方がない。やる気ならば、そちらから掛かってきてくれないか?」

 

 俺はそう、ランサーに向かってぶっきらぼうに言い捨てた。

 それを受け、ランサーは表情をがらりと変えて俺を睨み付ける。その形相に一瞬、体が硬直してしまう。

 

「サーヴァントと殺り合おうってのに無手のままとは。てめえ、舐めているのか? 得物を出す間ぐらいは待ってやる。さっさと構えろ」

 

 暴力的な殺気を叩きつけられる。思わず、喉が上下する。背後にいる凛も、心なしか震えているようだ。

 ――――落ち着け、冷静になれ。衛宮士郎。本質的な技量で負けている分、相手をなんとか乱さなければ俺の実力では勝ち目は薄い。効果があるかどうかはわからない。それでも、出来ることはしておかないと。

 

「かかって来いと言っているだろう。貴様こそ殺り合おうという場になって、試合でもするつもりなのか?」

 

 俺の言葉遣いがアーチャー――俺ではなく、前の世界のアイツのようだ。危機を目の前にして、精神的に魔術束縛を上回っているんだろう。

 それにしても挑発しようとすると口調がアイツそっくりになってしまう。あまり気分はよくないが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

「――――ああ、そうかい。久しぶりに頭に来たぜ。いいだろう、殺してやる」

 

 指向性のなかった殺気が俺に向けて集中する。心を強く持って殺気に対抗する。

 殺気を感じ、その重圧に耐えるのは、体ではなく感覚――精神だ。肉体はともかく、精神的には常人に毛が生えた程度。俺はちょっと前まで英霊でもなんでもない魔術使い、しかもそれすら半人前だったんだ。

 

 もちろん、いくつかの修羅場は潜り抜けてきたけどサーヴァントと完全な一対一という状況はなかった。……これがサーヴァントなのか。知らずに手に汗を掻く。

 

 予備動作なしで槍が迫り来る。それはまるで一筋の赤い光。

 

 速、い……っ!  芸術的なまでの速さの所為で、槍の軌道が見切れない。

 いや、辛うじて視えてはいるが『衛宮士郎』としての感覚がセイバーの身体能力に追いついてきていない。

 なんとか剣で槍を逸らし、直撃を避けた。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が校庭に響く。

 

「チッ! 既に武器は持ってたってことか。舐めてたのは俺のほうだったみたいだな」

「――――っ!」

 

 そういってランサーは槍を握りなおし、体を前傾させる。口元に笑みを浮かべ、実力や得物を読み取らんと視線を俺全体に集中させる。

 考えが甘かった。ランサーは全然熱くなんてなっていない。確かに精神的に昂揚しているようだが、戦う者としての意識か、いたって冷静だ。俺がやった心理戦なんてまったく意味を持っていなかった。

 

 槍が迫る。何とか槍の横を叩いて、軌道を――――逸らす。

 

 赤い残像を残して次々と放たれる。ひたすら剣で受けに回るが、反撃を返す隙が作れない。

 完全に防戦一方。一撃目から空白無しに繰り出される槍。その軌道を逸らすのに精一杯で、相手に言葉を返す余裕もない。やっぱり俺の技量では、セイバーの身体能力を引き出しきれていない。

 しかし、相手に俺の底を見せてはいけない。苦戦していることを出さないように、なんとか装わないと。

 

 腹部に迫る一撃に体を入れ替えて回避に回るが、槍が鎧の脇を削る。

 落ち着く間もなく、槍が迫る。必死に逸らすが肩の横を槍が走り、生地が切り裂かれた。

 

「……っ!」

 

 くそっ! セイバーがランサーと戦っていた時、こんな無様な立ち回りはしなかった!

 彼女は、逸らすんじゃなく槍を弾いていた。体を前傾に、槍の軌道を見切って魔力を乗せた一撃で打ち返す。攻め込み、圧倒的な威力で相手から戦いの主導権を奪い取る。

 セイバーの性能を活かした戦い方。だがしかし、それを見様見真似で、しかも一朝一夕で出来る芸当だとは到底思えない。

 

 …………今の俺じゃ、剣の経験に倣って、体に直接覚えさせるしかない。

 エクスカリバーの経験を前面に、剣の動きを束縛しないように心がける。

 

「はっ!」

 

 セイバーにこそ劣るが、それとほぼ同じ動きでランサーの槍を弾き返す。

 大きく弾かれ、後方に流れかけた槍を契機にランサーは一足下がり、ひゅう、と口笛を吹いた。

 

「ほお、その得物はおそらく剣だな? 長さなんぞの正確な判断がつかねえけどな。……貴様、セイバーか?」

 

 ……得物が読まれてしまったが、仕方ない。形振りを構っていれば乗り切れなかった。

 槍を逸らした時にこちらの武器の幅は読まれ、最後にランサーを弾いた一撃も経験通りに槍を剣の中ほどで打ったものだから、他の武器の可能性が消えたのだろう。

 『武器が視えない』という優位性が早々に消えようとしている。驚くべきはあの速度で槍を振るいながら、こちらの戦力を測っていたことか。ということは、ランサーの本当の実力はこんなものじゃないのだろう。まだまだ底がある筈だ。じりじりと精神が緊迫していく。

 

「さて、どうだろうな。セイバーかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

 

 ランサーの実力に戦慄しながらも、それでも軽口を叩く。

 衛宮士郎としては実力以上、驚嘆するほどの結果を出せているが限界と感づかせては駄目だ。

 知られればランサーは偵察の必要もないと、ここで俺と凛は倒れることになるかもしれない。

 

「ハッ! いまさら隠したところでしょうがねえだろうが。得物が剣で、その体捌き。その戦闘技術を持っていてセイバーじゃなかったらなんだってんだ?」

「……ふっ。残る三騎士――アーチャーかもな」

「そりゃあ、笑えねえ冗談だっ!!」

 

 言うなりランサーは残像を残しながら、飛び込んでくる。槍も更に速度が上がり、最早その軌道は線というより点。

 しかし、セイバーもどきの動きでも偵察目的で槍を振るうランサーなら抑えることはできる。

 

 衛宮士郎の体ならばともかく、

   ――――この体は元々セイバーのものなのだから。

 

 瀑布の如き攻撃を逸らし、いなし、弾く。

 狙いの甘いもの――おそらく目くらましの弾幕――は半身ずらして回避する。

 

 剣の反応に体が応え、自然に動く。この体捌きを覚えているかのように、全身が活性化していくのがわかる。

 先ほどの劣勢が嘘のように盛り返していく。攻める側は全て攻撃を封じられ、受け側が圧倒していく。

 ランサーも手数で勝負するが、こちらはそれを先回りし、それらを叩き落す。

 体が面白いほどに動く。さっきは逸らすだけで精一杯だったものが、今は槍を避け、打ち落としながらも前進できる。

 

 

 だが、こちらとしても手詰まりだった。

 経験に頼れるのは反応の時のみ、自分が攻撃に転じたらそれは意味をなくしてしまう。

 剣は持ち手である俺に迫ってくるものに反応して打ち返してくれるだけ。

 簡潔に言うと、受けるのはセイバーを模倣した技術であり、攻めるのは衛宮士郎の付け焼刃の技術ということだ。

 今俺に出来ることは、セイバーの動きをできるだけ自分の物にすること。ひたすら受け手に回り、ランサーの攻撃を無効化することに専念する。

 

 

 

 しばらくの膠着の後、このままでは埒が明かないと判断したのか。

 ランサーは数十メートルほど後退し、この付近一帯から魔力を枯渇させるが如く急速に吸い取っていく。

 

「セイバー、貴様。手を抜いていたな? 口惜しいが、今の攻防を見る限り貴様の方が一枚、上。手の内を隠すつもりだったのかも知れんが―――この俺相手にその慢心、命につながることを身を持って知らせてやろう」

 

 『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』か!

 

 直ぐ様、俺も『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を発動するため魔力の充填を始める。

 だが、ランサーは宝具発動に足る魔力充填が終わったようで体を低く構えている。ランサーの周りにすさまじい魔力が纏われ、赤い炎のように揺らぎはじめる。

 

 駄目だ、発動に間に合わない!

 必死で体に魔力を充填させていくが、先手を打つどころか迎撃にすら届かない。

 

 空気が張り詰めていく。準備を終えたランサーは今にも俺に向かって駆けようとして

 ――――――不意に、どこかで微かな呼吸音が聞こえた。

 

「誰だ―――!」

 

 ランサーが反射的に向き直る。

 その先、かなり遠くに、背を向け走っている人影が見える。魔力で強化された視力で人物の特定はできた。

 必死になって走っているのは、士郎。過去の、この世界の、衛宮士郎だった。

 

「ちっ、目撃者を出しちまったか!」

 

 言うなり、ランサーが弾丸のように士郎に迫る。

 

「アーチャー、追って!」

「わかりました!」

 

 凛の声が耳に届く前に、俺はランサーの後を追うべく走り出していた。

 

 

 

 セイバーの身体能力を持ってしても、サーヴァント中最速と呼ばれたランサーに追いつくことは敵わなかった。校庭に凛の姿を確認した後、昇降口から校舎に入っていく。

 校舎に入って感じたのは血の匂い。そして、ここから離れていくサーヴァントの気配。

 既に士郎はランサーによって心臓を貫かれてしまったのだろうか。急いで彼の元に向かう。

 

 やはり、予想は当たっていた。倒れ伏す男――士郎の胸は穿たれていて、傷の割には出血が少ない。

 『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)』が持つ呪い。腕を取ると脈こそあるが、血の流れが強制的に止められようとしている。

 このままではもう数分もしないうちに生命活動を停止するだろう……いくら自分だからといって人が殺されたのなら気分が悪い。

 

 俺は、周りが幸せならそれでよかった。だけど第三者として見て初めて、『士郎』が死ぬということに苛立ちを覚える。

 ……俺はこの世界では、衛宮士郎でも、セイバーでもないのだろう。

 アーチャーとして、この世界に呼び出されたサーヴァントとして。士郎を含めたみんなが幸せであれば、と思う。――そう思う。

 

「―――っ!」

 

 少し遅れた凛が追いついて来て、倒れている士郎の顔を確認して息をのんだ。極力それに気づかない様子を装い、凛へと向き直る。

 

「凛、どうしますか?」

「……あなたはランサーを追って。その先にマスターがいるはずだから!」

「わかりました」

 

 壁に寄りかからせて、俯いている男の腕を放す。何かこの体と士郎との間につながりでもあるのだろうか。

 お互いの体の中の”なにか”が活性化し、触れた箇所を通して活力が士郎に流れ込んでいく感覚を覚えていた。

 

 けれど、それを振り切るようにして駆け出した。

 今俺がすべきことは、別にある。ランサーの気配が消えていった方向に向かって、未だ見ぬそのマスターを睨み付けていた。

 

 

 

 

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