◇◇◇
あまりの光量に、物質は影だけを残して視界から消えていった。
その空間を埋めるように白が世界を染め上げていく。眩い白光の中、リアとギルガメッシュだけがその姿を残している。
爆音と爆風。そして一瞬というには長すぎる空白を置いて、世界に色が戻る。
――だが二つの宝具はその発動を終えたわけではない。
今もリアは目の前で、ギルガメッシュのエアの一撃を後ろに逸らさず受け止めている。
振り下ろした状態で、体中の魔力を以ってエクスカリバーを維持し続けている。
狂乱したかのように大気は荒れ、放たれた熱は周囲へと撒き散らされている。
エクスカリバーの光を、エアが空間ごと歪曲させていく。ギルガメッシュには届かない。
エアによる空間の捻れを、エクスカリバーが膨大な熱量で力ずくで押し戻す。リアの宝具が発動していなかったなら、後ろにいる俺たちはエアから放たれる渦の狭間で捻じ切られていただろう。
リアでは……。セイバーだけでは、ギルガメッシュには勝つことが出来ない。
――知っている。大きな不安を抱えながら観た、その対決を。
セイバーがエクスカリバーを担い、ギルガメッシュのエアに対抗したことを。そしてその結末を。
「リアッ!」
――知っている。打ち負け、吹き飛び、倒れたセイバーを。消えゆくその姿を。無様な自分を。どうしようもない自分の力不足を。
「――――あああああああああっ!」
地を震わすようなリアの咆哮。呼応するエクスカリバー。放たれる光が、更に輝きを増す。
……同じ存在であるリアがエクスカリバーを使って、エアに勝てる道理はどこにもない。
そうさせない為にはギルガメッシュにエアを使わせる余裕を与えないか、リアと共にエクスカリバーを使えばいい。流石のエアとも云えど、相乗で宝具を使われたら打ち勝てないだろう。自分ひとりでは勝てなくても、リアひとりでは勝てなくてもふたりなら――――。
――――知っていた、つもりだったんだ。
「リア! 駄目だ、それ以上は――――!!」
力が、入らない。進めようとした足が、思ったように持ち上がらない。苦心して踏み出したその足も、地面についた矢先に膝から崩れそうになる。
両手のエクスカリバーは俺の意思に反して、かたかたと震えている。
俺の体を、先程の剣の呪いが蝕んでいた。肩に突き刺さったあの剣の情報を解析し、媒介になっている血を傷口から抜いたが遅かった。
剣に貫かれた左肩を右手で押さえて体を揺らす。傷はもう見当たらないが、痛みは残っている。でもそんな痛みなんかより、今、体に力が入らないことが悔しくて堪らない。
左手に引っ掛けるようにした不可視の剣が床の石と擦れて音を立てる。歯を食いしばる。体ごと引きずるように、リアの許へと一歩を踏み出した。
魔術に強いセイバーの体だからこそ呪いに耐性があり、この規格外の体力のお陰で大量の出血に耐え、今辛うじてでも動くことが出来ているということは理解できている。以前の俺ならその場で倒れ、生き死にの狭間を彷徨っているだろう。
逆を言えば今この瞬間も、大分希釈されたとはいえ死に至る呪いを身に受けているということになる。
だからといって、今俺が立ち止まるわけにはいかない。このままでは、リアは現界できなくなってしまう。
エクスカリバーに今も魔力を注ぎ込み、ただでさえ少ないリアの魔力は枯渇する寸前の筈だ。不足する魔力に拠るものか、エクスカリバーの輝きは次第に弱くなっていく。反して相対しているエアは未だ猛威を奮ったままだというのに。
破れたならば、エアの巻き起こす力の奔流はその矛先をリアへと向けるだろう。そして魔力を目一杯まで使ったリアではそれに耐えられない。それは既にわかっていること。事実、セイバーがそうだったのだから。
「はははははははは! セイバー、か弱いな! そんなものが貴様の全力か!」
――ギルガメッシュの高笑いが耳に障る。
二人の宝具が発動してからどれほど経ったのか、俺からは時間の感覚が無くなっていた。
その間進められた歩はたったの三。リアまではまだまだ距離が離れている。
声を張り上げ、ギルガメッシュに立ち向かうリア。彼女の足が、震えているのが目に留まる。その額に、大粒の汗が浮かんでいるのが見て取れる。
リアの震えたその足が崩れ落ちかけた瞬間、俺は振り向きざまに叫んでいた。
「――――士郎! 令呪だ!!」
頭の中にはエアに勝つだとか、そんな考えは既に微塵もない。どうすればリアが助かるのか、もうそれだけしか考えられなくなっていた。
「そ、そうか!」
「いいから、早くっ!! このままじゃ、リアが!!」
士郎もようやく事態を把握する。その瞳を己の左手に向けそのまま瞼を閉じた。
体が動かない今、彼女を助けられるのは士郎の持つ令呪しかない。俺も、祈るように目を閉じる。
「リアァァァーーー! あの野郎を、たたっきれぇぇぇぇぇええええええ!!」
士郎が叫び、その左手の令呪が赤い光を残して砕け散った。
瞬間、リアの体から溢れ出す光。枯渇寸前だったリアの魔力は満たされ、巻き起こるエーテルは唸る様な喜びの声を上げる。
巻き上がる魔力の渦。力強く地を踏みしめる両足。
「――――――!」
渾身の力を以って両手のエクスカリバーが振り抜かれる。
地響き。その強大すぎる力は地を揺るがして、光は世界を分断していく。
光の刃は地面に大きな裂け目を残す。その軌跡に沿って、大きな傷跡が城を分断するように出来上がっていた。
以前にはなかった令呪による魔力のブースト。もしかしたら、これならばエアごとギルガメッシュを――――。
「――――そん、なっ」
リアの呆然とした声。そのまま足から崩れ落ちる。
――――しかし、令呪を以ってしてもギルガメッシュのエアを貫くことは叶わなかった。
士郎が叫んだ瞬間、ギルガメッシュの顔色が変わり、エアの刀身の回転数が更に上がった。分たれた刀身からは魔力が溢れ出し、魔力の光でその渦の流れが目視できるほどに魔力の密度は充実していた。
大きく空間を捻り切り始めた力の奔流は、エクスカリバーの光の刃でも相殺するに留まらずにその力を衰えさせながらも突き抜けた。
リアは間もなく赤い光の渦に飲み込まれていった。暴風に翻弄され、体を攫われて捻られる。木の葉のように宙を舞う。砕ける鎧。流れ出た鮮血が渦の中に撒き散っていく。
「リアッ! ――――――ぐぅっ!!」
魔力を両足に固めて一気に暴発させ、一直線に飛ぶ。ぎし、と嫌な音が体中に響き、筋肉が裂かれていくような痛みが腿に走った。じわりと血が両足から滲む。
吹き飛ぶリアを、体勢を崩しながらも体ごと受け止める。少しでもリアのダメージを減らすべくそのまま強く抱きしめる。出来うる限り全身で包み込み、リアの魔力の消費を防がなくてはいけない。
「――あ、ぐっ!?」
リアの勢いに体ごと巻き込まれて、そのまま壁にぶち当たった。エアの一撃で脆くなった壁が崩れて頭上から降りかかり、それも間もなく前方からの暴風によって吹き飛んだ。
エアの力は消えてはいない。追って衣服が、刃物で裂かれたように風で切られていく。
目の前に迫った力の奔流から守るように、リアを覆いかぶさるようにして抱きしめる。眼をしっかと瞑り、ひたすら暴虐の嵐の中、伏せ耐える。
凛の高く短い悲鳴。士郎のくぐもった低い震え声。イリヤの、息を吸い込む音――。暴風に曝されている中、この両耳はそんな音を拾う。
あちらにも余波は及ぶかもしれない。けど、あの位置なら直撃ということはない筈だ。
ようやく、静寂がアインツベルンの城に戻ってくる。恐る恐る顔を上げ、辺りを確かめる。
前方、かなり離れたところにギルガメッシュ。エクスカリバーの余波か、先程見たときよりも後方に下がっている。必要ないと判断したのか、その手にはもうエアはない。
右後方、イリヤを抱える凛に、それに被さるように士郎。士郎の背を中心にかまいたちによる切り傷が見えるが、生き死にに関わるほどの大事ではなさそうだ。
そして、抱え込んでいるリアを正面から見据える。
――意識が、ない。
以前と比べ、傷はかなり少ない。だけど、その魔力は肉体の維持に一杯で傷の再生にまで充分に回っていない。
「…………リア?」
返事はない。荒い呼吸だけが聞こえてくる。
「ふん。セイバーよ。大口を叩いておいてこのざまか。せめて相殺ぐらいして見せろというのだ」
ギルガメッシュが何か言っているようだが、そんなものに気を裂く余裕はない。
フラッシュバックする。記憶。衝撃。感情。
砕けた鎧。溜まる血。虚ろな瞳。生気のない表情。物言わぬ唇。
いつかの光景が、目の前のリアと重なっていく。
「うああああぁぁっーーーー!!!」
ここ戻ってきて、表面だけ埋まっていた穴。地割れしたような傷跡がまた顔を覗かせる。
俺はまた同じ過ちを繰り返した。力は、この為にあったのに。
大事な人を、また護れなかった。その愚かさ。その情けなさ。悔しさ。――――怒り。
「ごめん。リア、ごめん。俺が、動かなかったから。また、君をこんな目に合わせた。セイバーを護ると、決めていたのに。ごめん――――」
大きく肺に空気を送り込む。――両手で抱えていたリアの体を、ゆっくりと床に下ろす。
大きく肺に空気を送り込む。――体を起こし、立ち上がる。
「もう約束は違えない。セイバー、君を――――俺が、俺の全てで護る」
まだ、間に合う。
リアの消耗は前ほどじゃない。ギルガメッシュさえ何とかすれば、凛が上手くしてくれる筈だ。
大きく、肺に空気を送り込む。――ギルガメッシュに向き直った。
エクスカリバーは両手にない。リアを抱えるのに邪魔だったから手放した。風の戒めで不可視だが、壁に突き刺さっているのが解る。
それを引き抜いて、改めて両手に構えた。
「ハハハハハハッ! 貴様如きがセイバーを護る、だと? 笑わせてくれる! 本物が負ける相手に、紛い物がどのような道理で勝てるというのだ?」
「…………」
笑うギルガメッシュ。だが、目は明らかな殺意を見せている。どうにも俺という存在自体が気に食わないらしい。
「ふん。ならばセイバーの贋作である貴様が、どれほどの力を持っているのか見せてもらおうか。セイバーのように口だけであってくれるなよ?」
「……凛。士郎、イリヤ。無事か?」
ギルガメッシュから視線を外し、後方に向ける。――――もう、撃鉄は落ちている。
「え、ええ。なんとかね」
「そっか。とりあえず良かった。士郎、リアを安全なところに頼む。流石に後ろを気にしながらじゃこいつは手に余る」
「あ、……ああ!」
士郎が走り寄ってくる。
――――二、四、八……。バチリ、と新たな路が三本開ける。
――――十一、十四、十九。視界が一時的にホワイトアウトする。だが、更に路が四本。
――――二十二、二十六――――二十七。最後に一本拓かれた。都合九つの路が今か今かと時を待つ。
リアをゆっくりと抱き上げ、その様子に息を飲みながらも黙って退く士郎を見送る。
凛の元に戻ったのを確認してからゆっくりと、ギルガメッシュへと振り返った。
「貴様! この我を――――」
「――――
その一言で俺の全身から魔力が迸る。魔力炉が魔力を生成し、そのまま回路に溢れんばかりに注ぎ込まれる。
回路が回る。回る。回る。背後に現れる二十七の宝具。九つの回路で九本の同時投影を、三回。
その全てはギルガメッシュの物。中には衛宮士郎の時に見た、このギルガメッシュが顕現していないものも含まれている。
「さあ。こいよ英雄王」
「き、貴様ァァァーー!!」
怒りに目を見開き、顔を赤く染めた金色の王。あの半神を下し、聖剣の輝きをも捻じ伏せる、この世のあらゆる財を手にした王。
これから俺が相手にするのは、古今東西の王の中でさえ傑出する覇業を成した規格外。
けれど――――
「お前が万の武器を持っていようとも。もう、一つもセイバーには届かない」
――――俺が紛い物だったとしても、贋作だったとしても。
お前に、二度と負けてやるものか――――!