Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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10日目⑦

 

◆◆◆

 

「アルトっ!」

 

 荒く息を吐きながら立ち尽くす彼女に呼びかけ、一も二もなく駆け寄っていく。

 彼女の両手に握られている干将・莫耶。戦闘時に纏われている筈の鎧はいまだ修復されておらず、衣服は切り裂かれてそこから赤黒く滲んでいる。固い意思の篭った瞳は時折定まらずに苦痛によって歪み、額に浮かぶ汗が弱音を吐かぬ彼女の疲れを如実に物語っている。

 

「士郎、出来る限りでいい。サポート頼む」

「……どうするつもりなんだ?」

「アイツに接近する。至近距離から、宝具(全力)を叩き込む」

 

 俺に向かって言葉少なに要請を投げかけると、アルトは眉根を寄せた。歯噛みし、憎憎しく睨みつけられたその先にはギルガメッシュと呼ばれる男がいる。あの男と彼女にどんな因縁があるのか、俺にはわからない。

 しかし最古の王の名を持つ英霊が、俺たちの敵であるという事実は変わらない。強大な力が弱者を蹂躙する――まるで道端の石を蹴飛ばすように、人の命を消せるヤツだと理解している。

 だから――

 

「わかった」

 

 衛宮士郎は、アイツを許せそうにない。

 いや、許してはいけない。見逃せるわけがない。そんなこと、出来る筈がない。

 

 小さく答えた俺を、アルトは流し目に見る。一つだけ頷き返し、その視線を真正面から受けとめる。

 一拍の後、両手に握られていた二振りの中華刀を地面に突き立て、弾けるようにアルトが飛び出した。そして、俺も倣うように走りだす。今しがた突き刺さった彼女の干将・莫耶を引き抜き、風と共に駆けるアルトに追随していく。

 

 

 ばら撒かれた剣弾が打ち落とされていく。同じようにギルガメッシュが放った武器もまた弾けて飛んだ。

 不可視の剣を携え突き進むアルトは、剣の現出能力を『打ち落とす』より『ばら撒く』といった質よりも量を優先させるものに変化させている。

 宛がう剣も初めに背後に現出してみせた27、それを重複に関係なく撃ち放ち続けている。ギルガメッシュにはない『同じものを幾つでも現出できる』という利点を活かした攻撃法。

 手順を省き、現れたと同時にばら撒かれる無数の剣弾は視認すら難しい。線の軌道を描いて駆けるそのいずれもが、切っ先を金色の男へと向けていた。

 

 中空だというのに空間を占める宝具の密度は大きく、放たれた剣は中途で財宝と衝突し勢いを殺されるが、その中には間を縫うようにギルガメッシュへと疾駆するものも現れる。

 迎撃を無視するが故、こちらに突き抜けてくる財宝は先に比べ増えている。だが、突き抜けていく剣弾もまた僅かながら存在し始めた。

 

 その光景を目の当たりにし、俺は自らの未熟さを痛感する。

 俺の投影とは、桁が違う。同じ方向の能力を持ちながら、今の俺には到底為し得ない奇蹟。

 アルトは多くを持っている。莫大な魔力を体内に保有し、一度に顕現できる数は多く、その全てを操作しながら自ら立ち向かえるだけの力を。

 俺はその多くを満たせていない。己で作り出す魔力は足らず、処理し切る程の回路は無く、無茶に耐えうるだけの身体能力も技術も持ち合わせていない。

 

 俺は進みを止めそうになる脚を叱咤する。

 急がなければならない。なぜなら、それほどの現象を起こしているアルトでさえ戦えているだけであり、決してギルガメッシュに対して優位に立てているわけではないのだから。

 

 

 ――ギルガメッシュに接近するには、豪雨のように飛来する財宝を抜けていかなければならない。

 しかし、それは不可能だ。今も真名も確立していない宝具が牙を剥いて地面に突き立ち続けて、その事実を俺に顕示している。

 

 ギルガメッシュを倒すという結果のみを求めるなら、邂逅直後より死を覚悟して臨み、リアやランサーの宝具等を用いればその可能性を残せるかもしれない。

 しかし、都合よく事が運んだと仮定しても、恐らく代償として聖杯戦争を脱落せざるを得ない損耗を背負わされるだろう。

 

 真正面からの宝具戦であのエアを破る事は難しい。リアの宝具があの、世に名高いエクスカリバーだとするならば、エアを超越出来るような宝具が存在するかも疑わしい。

 遠距離での戦闘において『財宝』を凌駕する物は俺の知る限り存在しない。用いられる弾は宝具であり、人に対しては言うまでも無く、英霊にとっても直撃すれば一振りで致命傷である。

 残るは近接戦闘になるが、挙げた様にあの宝具の雨では近づくことも叶わない。事実先の戦闘ではリアやアルト二人掛りでもギルガメッシュに近づくことすら成し得なかった。

 

 考える限りでは付け入る隙のないギルガメッシュの戦法は、『多量の武器を顕現する』同タイプの能力を持つ例外を相手にして拮抗する事になる。

 厳密に云うならば、撃ち合いではアルトが押されているだろう。財宝の射出の全てを抑え切ろうとするならば、アルトの能力を以ってしても賄い切れない。数の差は覆せない。

 その差は向かってくる財宝を打ち払うことで、埋めること自体は可能だ。けれど、それでは後退せずに戦うことは出来ても接近するまでは叶わない。

 更に、アルトの能力はギルガメッシュの『王の財宝』に比べて魔力を必要とするようだ。少なくとも、遠坂の魔力をして使い切る程の消費になる。

 このままでは、この拮抗状態もずるずると押し切られていく事になる。

 

 

 状況を変えることは難しくない。

 一対一だから勝てないのだ。アルトに手が足りないなら、貸せばいい。幸い似たような能力(ちから)を持つ人間は、もう一人いる。

 本来、この戦いに対して真っ向から介入できる実力は、俺にはない。その証拠にギルガメッシュの視界に俺は敵とすら映っていない。精々的がいいところか。

 どちらにせよ、俺に対して微塵も脅威を感じていない――――だからこそ好機。俺を邪魔するものは無く、確実に動く事が出来る。

 

 気を落ち着かせてしっかりと双眸を開く。――視界は良好。

 体中が脈動するような奇妙な焦燥感。両の手の平に吹き出す汗。薄れた緊張と深い集中に、体の芯に通った回路が熱を上げ思考の熱が下りていく。

 

 リアとギルガメッシュの宝具は、絨毯を剥ぎ、床を削り、内装を壁とともに崩し、中央にそびえていた階段を中ほどから消し飛ばした。

 城内は建材が落ちて雑然としながらも、どこか空虚な雰囲気を感じさせる。そこに現れ続ける異物。無数の凶器が視界を埋めていく。

 俺はアルトを視界の中心に置き、前方から扇状に迫りくる剣をひたすら把握する。

 

 

 不可視の剣を以って放たれる一撃に、群をなしていた脅威は薙ぎ倒されていく。

 飽和していた空間に生まれる空白は、そこへと殺到していく財宝によって再び埋められる。

 空白の先にはアルトがいる。だが、彼女は迫る剣など眼中に無いかのように身を踊らせ飛び込んでいく。

 それは俺が打ち落とすという信頼によるものか、それとも形振り構うだけの余裕がないだけなのか。

 

 飛来する財宝の軌跡は、既に全て頭に叩き込まれている。

 意識を絞り込む。ただ一点に焦点を絞る。――――中る。放つと同時に理解。目線を切り、次の目標へ。

 即座に単発式のシリンダーは回る。次弾の装填が終わる。――――会心の手応え。結果は確認するまでもない。

 

 最中にも意識に霞がかかるが、歯を食いしばり持ちこたえる。まだ何もしていない俺が倒れることなど出来るはずもない。

 進行方向を潰していた二つを撃ち落すと、アルトはその僅かな隙間へと潜り込んでいった。

 ふっ、と一つ息を吐いて気を引き締める。まだ、これからだ。アルトやギルガメッシュと呼ばれた男がしているように、投影を繰り返して直様にでも迎撃できるように備えさせる。

 

 

 突然の俺からの横槍にあってもギルガメッシュの意識はこちらへ逸れる事がない。この程度は誤差の範囲内ということなのか、若しくはアルトをそれほど危険視しているということなのだろうか。

 だがそのお陰で財宝の軌道は読み易く、俺が防ぐべきその数もアルトの放つ剣弾にぶち当たり、加えて彼女が放つ不可視の一撃でまた少なくなっている。

 

 ある程度までアルトが近づけたなら、俺の援護は逆に邪魔になりかねない。

 視界に残っている凶弾は――七。アルトの進行速度を考慮して四、か。――新たな装填は必要ない。背後に控えさせていた四つを、描いた道筋に乗せるように射出する。

 駄目押しに、残っている二つを、先に放った四の影になるように打ち込んだ。

 

 疼くように痛む頭を無理やり働かせ、次取るべき手を模索する。既に男とアルトとの距離は縮まっており、アルトの行動次第では投影射は味方撃ちになってしまう。

 ならば、と両手の二つを握り締める。異様なまでに手に馴染む、アルトの干将・莫耶。それを左右に投擲、円となった二振りは大地と平行に弧を描いていく。

 

 

 突如巻き上がる石材。そして地を伝わる振動。

 潜り込ませるように放った過剰分の二つの剣は、見通していると言うかのように放たれた巨大な戦斧に弾き飛ばされていた。

 そしてそれは俺のすぐ目の前に着弾し、進みを止める以外の選択肢を潰してくれる。

 舞う瓦礫に対し反射的に顔を腕で覆った時、アルトの背中はもう遠く――俺の手には届かないところで声を張り上げていた。

 

 

 ギルガメッシュの双眸は、常にアルトを射続けている。消えている表情の中、ほんの僅かながら引き攣るように口の端が持ち上がっているよう見えるのは俺の目の錯覚なのか。

 一度アルトと剣を打ち合わせて吹き飛ばされた筈のギルガメッシュは、先と同じく驚異的な速度で迫るアルトに向かって駆け出していた。

 この展開では先ほどの焼き直しだというのに、ギルガメッシュは意にも介さずアルトを迎え撃つ。

 逃げ道を塞ぐよう左右から襲いかからせた干将・莫耶は、一切の役目も果たさないままギルガメッシュの背後の空間へと消えていく。予測と違えた事に、内心で己に悪態をつきながらも、静かに次の呪文を呟いた。

 

 

 衝突し、弾けた剣弾が次々に床に突き立った。

 其れらは役目を終え墓標となり、彼女と男を大きく囲む歪な舞台を造りだす。

 

 突如、濃密な魔力を含んだ暴風がアルトを中心に巻き上がり始めた。リアの持つ宝具と同じ、神の造りし兵器(つるぎ)。それが姿を現し、風を纏ったまま魔力を吸い上げている。

 アルト自身も魔力の補填とともに加速する。先の言葉の通り、宝具を叩き込むつもりなのだろう。しかし、ギルガメッシュは易々と接近を許さない。

 

「そ、んな……馬鹿な」

 

 その異様な様子に狼狽し、知らずに俺は声を上げてしまった。篭め続けていた力を抜きそうになる。

 宝具の掃射を前にして立ち止まる事の無かったアルトが、立ち止まっていた。彼女の周囲の空間が一斉に歪み、瞬きの間に全方位を囲まれていた。

 

 ――正面、迫るは銀で設えられた、桁を外す神性を持つ大振りな槍。

 ――左方からは雷を纏う光に包まれた槍。右からは同じく輝きを放ち続ける両手剣。

 ――後方には大英雄ジークフリートの所有する龍殺しの魔剣グラムと、同じく龍殺しの伝説を持つ聖ジョージの剣、アスカロン。

 ――頭上よりは、蓮より生まれし太子翁の投擲仙術武具、乾坤圏。更にはインド神話の雷神インドラの象徴である射出神具、ヴァジュラが控えている。

 

 現れたのは、神々や大英雄の象徴に似通った宝具。

 特に正面左右を塞ぐ三つは解析した性能を参照するに、それこそ神族の王や主神が持つとされるものに酷似している。

 もちろん、彼らが持っていたものではないだろう。武器の系統樹を根に辿り神の所有している物に非常に近しいところまで行き着いたのか。

 ギルガメッシュがこれまで撃ち出してきたものとは、次元からして分かたれている。これほどの業物が一同に会し、その姿を並べている様を見ることはこれからの人生では起こり得ない。

 そんな貴重な瞬間が、今の俺には絶望としか感じられなかった。

 

 だが、アルトは違った。彼女は呆けている俺とは違い、その光景を前にして既に攻撃の準備を終えていた。

 腕を引き、肩を前に向け、胴を捻り、腰を落とし、そして大きく開かれた脚が力を溜めていた。肩越しに覗く眼光。溢れ出る魔力。輝きながら舞い上がるエーテル。

 

「だああああああああっっ!!」

 

 全てが、咆哮と共に爆発した。可視状態になり風を纏ったエクスカリバーが、そしてその持ち主であるアルトが吼える。

 圧迫された力が、その行き先を前方に定めて暴れ出す。まるでいつか見たバーサーカーの豪腕を彷彿とさせるような、純粋に力だけを求めた一振り。

 

 

 

 

 風の塊を纏った一撃は全てを吹き飛ばした。

 龍殺しの加護を持つ魔剣も、貫く特性を備えた槍も何もかもを力任せに叩き潰した。

 剣を覆っていた風は霧消していき、はためいていた赤い布地は落ち着きを――――取り戻す事はなかった。

 

 先と同じく再び風が城内を支配し始める。

 異なるのはその発生源。アルトに対面する金色のサーヴァントから放たれていた。

 

「日に二度。それも貴様のような者に使うという屈辱を、この我に与えるか。座に戻り、精々誇りに思うがいい。我が直接手を下したことを。我の乖離剣をその身に受けた事を」

 

 朗々と語るギルガメッシュの手には聖剣の輝きをも捻り切る力を持つ、乖離剣エア。

 視界に収めた途端に脳が理解を拒否する。その理念も、構造も読み取れない。それが唸りを上げて力を溜めている。回転する刀身が魔力を吐き出し始めている。

 

 アルトも『風王結界』を纏った一撃の後、間髪を入れずにエクスカリバーへと魔力を送り始めていた。

 だが、遅れているのは財宝を弾き飛ばす為の力を貯めていた僅かな間。その時間は必要不可欠であり、どうしようもなく命取りだった。

 だからアルトは動けない。最善をこなし、その上でどうしようもないことを理解しているから、悔しげに眉根を寄せて歯噛みしている。

 

 『どうしようもない』?

      ――――いや。そんなことはないさ。

 

 何故なら既に、俺は構えを終えている。必要な魔力の補填も、今しがた終えた。

 

「――――同調、開始(トレースオン)

 

 昨日までの俺では、例え()てたとしても何の役にも立つことができなかった。撃ち出せる矢の中で、それだけの脅威を誇るものは俺の中には存在していなかったからだ。

 今、(つが)える矢は、選択する余地が生まれる程大幅に増えている。

 

 選択も、その構造の把握も疾うに終えている。件の矢は、当たり前だが矢として放つようには出来ていない。右手に構えたモノの形状を正確に頭の中に叩き込み、空気抵抗による速度の減少、命中するまでの軌道の変化を算出する。

 視界に浮かぶ軌跡。――――絶対に、中てる。

 

「――――『赤原猟犬(フルンディング)』」

 

 近しいものの名を、静かに告げる。

 原典は原典であり、写しだせる担い手がいない――正確な真名の存在しないこの剣に対し、名を告げること自体に大きな意味はない。

 ただ、本来辿る道筋で得る『裏切ることない剣』という名に願を込めて、仮初の担い手としてその名を呼んだ。

 

 名を告げると体中が虚脱感を訴える。俺のありったけの魔力を奪っていったのか。

 ――上等だ。どっちにしても、もう投影も打ち止め。残っていた魔力にしたって精々残り滓、使えるなら持っていけ。次弾を撃つ魔力は逆立ちしたって出てこない。

 空気を貫いていく赤い光を眺めながら、止めていた呼吸を再開させて大きく息を吐いた。左手から黒塗りの弓がぼやけるようにして消えていった。

 

 

 赤い光が暴風の中を疾駆する。弓につがえこの手で狙いを定めた剣ならば、この悪条件でも標的を射抜くだろう。

 その予想は正しく、魔力の尾を引きながら突き進む猟犬はその速度を衰えさせる事はない。

 

「――ッ! 雑種、貴様ァッ!!」

 

 魔力を感知したのか、逸早く俺の行動に気づき、ギルガメッシュの両眼が放たれたモノを捉えた。

 それが己の財宝の贋作であること、通常の射出による速度を遥かに超えることに気づき、初めて俺に意識を向けた。

 

 フルンディングの速度は、財宝の射出では追いきれない。結果、ギルガメッシュは思考する間もなく半ば反射的にその手のエアによって切り払う。

 猟犬は呆気なく弾かれる。双方が纏う赤い光は火花と共に宙に消え、エアに溜められていた魔力を僅かながら削り落とす。俺は、フルンディングが課せられた役目を終えるのをこの目で確認すると片膝をついた。

 

 無茶が、過ぎた。しかし、無茶しただけの結果は出せた。

 財宝六本の投影、フルンディング、長時間の視力強化、魔力注入、威力上昇を図った腕部強化と、俺のキャパシティを超えている。

 そして投影時特有の疼くような頭痛。慣れた、と言いたい所だけど今回は膨大な情報による過負荷が上乗せされている。加えて、魔力が空だと体の反応も鈍る。事実、立ち上がることも億劫だ。

 

 エアから僅かに弾かれた魔力、中断せざるをえなかった魔力補填は、ギルガメッシュの時間的優勢を相殺した。

 つまり、俺の放った矢はアルトのエクスカリバーを間に合わせるという役目を無事に終えたのだ。

 

 

約束された(エクス)――――」

「おのれッ! 天地乖離す(エヌマ)――――」

 

        「――――勝利の剣(カリバー)

           「――――開闢の星(エリシュ)

 

 

 

 

「どう、なった……?」

 

 真っ白な世界が色を取り戻し始める。光が収まる頃には、宝具による魔力の残滓は残っていなかった。

 エクスカリバーによって生まれた熱は、エアが作り出した歪みに巻き込まれ、勢いを失ったエアの魔力の奔流は行き場をなくして空へと消えていく。

 大気中のマナも弾け飛び、皆無といっていいだろう。音もなく生気の薄れた雰囲気は深夜の柳洞寺に似通っている。

 リアとアルトのエクスカリバーによって天井には十字の裂け目が出来、時折大きな壁材が落下する。ギルガメッシュのエアによって、二階程の高さの壁に螺旋の跡を残した穴が穿たれていた。

 

 宝具の反動か、離れたところに、軽くよろめいているギルガメッシュが見える。流石の最古の王も、二度の宝具戦は堪えたようだ。

 焦りや疲れなどの様子をあからさまには見せなかったあの男が、額に汗を浮かばせ、目を見開いている。急激な魔力の喪失が、不動の王であったギルガメッシュを追い詰めている。よく見ると右肩の肩当からは白い煙が上がっている。エクスカリバーの余波を掠めていたのか。

 だが、アルトの現出能力の連射、遠坂というマスター、俺の投影による援護射撃。そして二発目のエクスカリバー。ここまでの条件を以ってして、ギルガメッシュは討ち果たせない。押し切れない。

 

 ――そもそも、ギルガメッシュの魔力はどこから供給されているのか。近くにマスターの姿は見えない。だというのに長時間の戦闘に宝具を二発放つほどの魔力を保有している。

 保有できる魔力量は多いようだが、アルトのように桁が外れているような膨大な魔力を自ら生成するモノを持っている、というわけでもなさそうだ。優秀な魔術師である遠坂でさえ弱音を漏らす程の消費量を、どこから賄っているのか。

 

「う……ぐ、ハ……ァ」

 

 空耳か、馬の(いなな)きが聞こえる。無意識に行っていた現実逃避のような思考は、その幻聴とアルトの苦悶の声によって中断させられる。

 ガシャ、と金属を擦り合わせる乾いた音が響き、その音に顔を向けると先程より大きく後退したところでアルトの体が揺れていた。

 傾いていく体が、倒れる直前で持ち堪えられる。溢れるほどであった魔力は最早見る影もなく、何時リアと同じように意識が落ちてもおかしくはない。

 

「クッ! これは…………幾人かを使い潰したか。――まぁ、いい。まだ、『王の財宝』を展開する余裕はある」

 

 ギルガメッシュは何事かを呟き、その指が乾いた音を鳴らす。それを契機に再び現れ始める財宝。格が高いものは回収できなかったのか、財宝から放たれる威圧は著しく弱まっている。

 しかし、今それは何の慰めにもならない。対するアルトは足取りも危なく、可視状態となったエクスカリバーを握る事で精一杯なのだから。

 

 咄嗟に、躓きそうになりながらもアルトとギルガメッシュとの間に割り込む。途中拾い上げた片手剣を右手に。得物を求めて無意識に拾い上げたものなので、アルトのものなのかギルガメッシュのものなのかもわからない。

 魔力の枯渇した体では、片手剣といえど扱うには厳しく、両手で握りなおす。そうして、俺は凍りついた。

 

「う、あ……」

 

 改めてギルガメッシュへと構えて、目の前の光景は、常人には絶望が広がっている様子でしかないということを思い知る。

 前方だけでなく左右、いや頭上にも。いったいどこから飛んでくる。この数を両手の剣で弾くとして何時まで保つ。何時まで続ければ終わりがくる。こちらは一撃で終わる。後ろにはアルト。避けられない。

 恐怖に染まった思考が、一斉に結果を導き出す――魔力もない俺では、アルトを守れない。

 

 ……けれど。

 恐怖を抑えるように歯を食いしばって、俺は立ち向かう。

 勝利は既に存在しない。敗北は決まったようなもの。後は、どれだけ足掻けるか。

 

 浮かんだ財宝は、ゆっくりと動き始めた。

 

 

「ライダー! 衛宮を助けろッ!」

「了解です、マスター」

 

 不意に、裂けた天井からの光が遮られる。響く、第三者の声。

 裂け目からは羽を生やした白馬が急降下してくる。まさかあれは天馬(ペガサス)……!? その背には慎二とライダーの姿が見える。……慎二?

 ライダーは慎二の言葉を受けペガサスの背から跳躍し、壁を駆けつつその手に握られた釘剣でギルガメッシュへと牽制を仕掛ける。

 

「おい、逃げるぞ! 衛宮! 遠坂! おまえ、何呆けてやがるんだ! さっさと青いのを連れて来い!」

「あ、ああ……!」

 

 ペガサスから飛び降りた慎二は必死の形相で喚き散らす。その勢いのまま走り出すと、ふらつくアルトを引き摺りながらペガサスの元へと戻っていく。

 俺は、何故慎二がここにいるのか、逃走したはずのライダーが何故慎二に従っているのかわからず困惑しながらも、リアを運ぶため遠坂の元へと駆け出していた。

 

 リアを抱え上げる。魔力が切れたのか鎧はいつの間にか消え去っていて、その姿は青いドレスのようになっていた。

 そして、軽い。見た目からして小柄だが、あれほどの膂力を持つリアがこれほどまでに軽いという事実に驚く。

 そんな彼女をこのような目に合わせた自分は何をしていたのか。情けなさで胸を痛めながら、慎二の元へと移動を始める。遠坂もイリヤの肩を抱きながら先を走るが、魔力量が心許ないのか動きに力がない。

 

 ペガサスの背で、意識の無いリアが落ちないように後ろから抱きしめる。後ろには虚ろな瞳をしたアルト。さらに後ろに、俺と同じような体勢のイリヤと遠坂。

 通常の馬よりもその体躯は一回以上大きく、小柄な少女ばかりが乗っているとはいえ、この人数では多すぎる。

 

「ライダー、もういい! 退くぞ! おい、何をやって……!?」

 

 一番前に座る慎二の呼び掛けた声が、途絶えた。

 

「……ッ!」

 

 金属がかち合う音が一際大きく響き、ライダーの声にならない息を吐く音が届く。いつの間にかライダーは財宝の中に埋もれていた。周囲を囲まれ、逃げ道を絶たれ、翻弄されている。

 リアやアルトとは違い、一撃を与えては退くという素早い身のこなしで戦うライダーにとっては、雨のように降る財宝は特に不得手となっていた。圧倒的物量に避ける余地を削られてしまい、為す術がない。

 ライダー単騎での脱出は最早絶望的だった。

 

「マスター! サクラを、頼みます! ……ペガサス! 行きなさい!」

 

 ライダーの声が響き渡る。そしてその声を受け、一つ(いなな)くと空へと駆け出すペガサス。

 視界が、地が離れていく。間もなく、ライダーを上から眺める高さまで上昇する。もう、ライダーはペガサスには届かない。

 

「逃がすものか! 天馬よ、翼を失い地へと堕ちろ!」

 

 ギルガメッシュの放つ財宝が、ペガサスへと迫り来る。

 多くの荷物を抱えるペガサスに回避運動を行うだけの余裕は存在しない。背に乗る者たちに、其れらを迎撃する力を持つ者はもういない。

 

 

 迫り来る回避不可能の筈の財宝が、突如甲高い音を立てて横殴りに吹き飛ばされた。

 超重量の、黒い塊が視界に映る。風を唸らせながら地へと落下していく。巻き添えを喰うと直感的に判断し、ライダーはその場より飛び退いた。

 

 ライダーのすぐ側にそれが『着弾』。衝撃に大地が揺れる。ギルガメッシュは仁王立ちのまま、落ちてきた其れを苛立たしげに眺めている。

 その先には、こちらに背中を向け、右手には岩を削り出したような斧剣を下げた狂戦士。周囲にバラバラと力を失った財宝が降って来る。

 

「バーサーカー!」

「■■■■■■■――――!!」

 

 イリヤの呼びかけに対し、返答は言葉にもならない大気を震わす咆哮。傷は塞がっている。あれだけ突き刺さっていた剣や槍は全て引き抜かれている。

 

「木偶が! 醜く生き恥を晒すな!」

 

 迫る財宝を相手に、甦ったバーサーカーは豪腕を惜しげなく振るう。上空から確認できるクレーターのように開けた空白は、バーサーカーを中心に更にその範囲を広めていく。

 

「バーサーカー! もう『十二の試練』は……」

 

 イリヤの呟きが耳に届いた。

 ……これが最後の命なのだろう。しかし、最初の、墓地での戦いの時のように、バーサーカーの体からは力が溢れんばかりに猛っていた。

 

「お、のれぇぇぇぇぇぇーーーー! 貴様ら、(ことごと)く王の道を塞ぐかっ!!」

 

 怨嗟の声を上げるギルガメッシュ。

 金属音を残しながら遥か眼下に争う三騎を後ろに、ペガサスは主の命を受けて空を駆け始めた。

 

 

 

 

 

 

 既に城は遠く。森を抜け、住宅が見えたところでペガサスは地へと降り立った。

 

 突然、イリヤの体が震え、瞳からはとめどなく涙が零れ始める。次いで、慎二の持つ偽臣の書が燃え上がった。――ペガサスは、光が砕けるように姿を消していく。

 それらが、ライダー、バーサーカーの二騎が逝ったことを知らせていた。

 

 魔力の枯渇で顔を真っ青にさせている遠坂。

 偽臣の書の灰を、複雑な表情で眺める慎二。

 緊張の糸が切れたのか、ついに崩れ落ちるアルト。

 俺に抱きついて涙を流すイリヤ。

 そして、未だ目覚めないリア。

 

 俺たちは、負けた。

 ギルガメッシュとの戦いで喪ったものは、あまりにも多かった。

 

 

 

 

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