Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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10日目⑧

 

 

 意識のないリアとアルト、応急手当はしてあるとはいえ両肩を剣で貫かれたイリヤ。

 魔力の枯渇で足元も覚束ない遠坂と俺では彼女達を抱えての移動は困難な為、慎二に頼んでタクシーを呼んでもらう。

 逃走すらも侭ならない今、ギルガメッシュに追撃をかけられたら間違えようなく終わりだった。背後を警戒しながら、郊外の森から離れていく。

 

 ――結果から言うと、ギルガメッシュの姿は確認できなかった。見慣れた町並みの中に自分の家を見つけて、思わず安堵の息が漏れる。

 しかし、俺を含めて皆が満身創痍であり、リアとアルトに至っては家に着いた今も目を覚まさないでいる。唯一無事である慎二もライダーを喪ったことからか張り詰めた表情を崩さない。

 気は抜けない。危機は脱したとはいえ事態が好転したわけではないのだから。

 

 

 体は鉛になったかのように重く、その疲労の度合いの割に俺の家に辿り着いたのはまだ午後の三時過ぎといったところだった。

 空は明るく、日が落ちるにも猶予がある。道を歩く人もまだまだ多い。

 あの怒号と死の匂いに溢れた空間での戦闘は終わりが見えないほどに長く感じたけど、城についてから実質一時間も戦っていないだろう。まるで、時間が凝縮されていたみたいだ。そうじゃなかったら、それこそ一日の持つ時間数が増えたかのようだ。

 取り止めもないことを考えながら、玄関へと続く門をくぐる。

 

 

 重度の疲労からくる眠気に苛まれながらも魔力切れで重たくなった体を引き摺り、並べた布団にリアとアルトを寝かせる。

 何かあった時に対応できるよう居間の隣にある和室に二人分の布団を敷いたが、リアは変わらず息を荒くしたままだ。対してアルトだが、倒れた直後こそリアと同じような様子であったものの遠坂の顔色が戻る頃には呼吸も大分落ち着いていた。

 

 ――――やはり、魔力の供給がないのが原因なのか。遠坂の魔力量が微量ながら戻っているから、アルトも快方に向かっているのだろう。

 リアには、不完全な召喚が原因で本来のラインが繋がっていない。……言い知れない不安が、体の中で暴れている。

 

 

 救急箱を戸棚から引っ張り出し、居間へと足を運ぶ。とりあえず、リアやアルトよりも視覚的に酷いことになっているイリヤの手当てを優先させる。

 ただ、相手が女の子では俺よりも遠坂に任せた方がいいだろう。その間に俺は台所でやかんを火にかけお湯の用意をしておく。

 

 タクシーに乗るのに傷を曝したままでは都合が悪いのでジャンパーを掛けたその時の様子を思い返す。イリヤの肩の大きな傷は、小柄な体との対比でとても痛ましく見えた。

 上等な生地の服が赤黒く染まっていて、側から見てその出血の様子だけでも犯罪やその類の厄介事だと思われただろう。事実帰りに使ったタクシーの運転手も、意識のない少女三人を抱えている俺たちに懐疑の視線を浴びせていたのだから充分に考え得る。

 

 お湯と予備の新品のガーゼをこちらを覗いてきた遠坂に渡す。乾いた血は冷たい水では落ちにくい。

 本来こんな大怪我であれば病院に行くべきなんだが、俺たちの状況がそれを許してくれない。聖杯戦争の参加者というのも一つの理由だけど、それ以上にギルガメッシュと呼ばれた男はどうやらイリヤを狙っている様子だった。サーヴァントを失ったイリヤを放り出せば結果は火を見るより明らか。

 教会に保護してもらったとしてもあの馬鹿げた力が相手ではイリヤを護りきれるとは思えない。なら、まだ俺たちが匿っていた方が奴から護ってやれる、筈だ。

 

 イリヤが自身にかけただろう止血の魔術と、遠坂による治癒の魔術のお陰か血は完全に止まり傷口にはかさぶたが出来始めているらしい。とりあえずの危機を脱した安心感によるものか、イリヤは遠坂と話し込んでいたところ、途中で寝息を立て始めていた。

 遠坂に治療を終えたことを確認し、俺の布団にイリヤを寝かせる。直ぐに用意できて居間から離れていないのは俺の部屋ぐらいだった。

 瞼にかかった前髪を梳いてやると、今は亡き従者を呼ぶ小さな呟き。雫が声を発した少女の頬を伝う。そんな彼女に対して何が出来るのかわからないまま、俺はただイリヤの髪を撫で付けていた。

 

 

 イリヤに布団を掛け居間に戻ると、慎二が何か考えている様子で一人座っていた。部屋の中を見渡しても遠坂の姿は見えない。

 

「衛宮、ちょっといいか? お前たちに話があるんだ」

 

 リアとアルトの様子を見に行こうと廊下に足を向けたところで声がかかる。振り向けば、真剣な顔でこちらを見つめる慎二がいた。

 

「ん? それって直ぐの方がいいのか?」

「……いや、遠坂の奴が戻ってきてからでいい。とりあえず話があるってことを覚えておいてくれ」

 

 眉根を寄せ、話を切る慎二。重要な話のようだ。帰り道からの慎二のおかしな様子はその話が関係しているのだろう。

 

「わかった。遠坂にも伝えておくよ」

 

 慎二が頷いたのを見て、俺は止めた足を改めて進ませた。

 

 

 

 

「――つ、ぅ!?」

 

 衝撃と勢いに、後ろへと倒れ尻餅をつく。自分に何が起こったのかわからない。

 見上げた先には、荒く息を吐くアルトがいる。両手の拳を白くなるまで握り締めて、右手を俺に向かって振り下ろしたまま睨みつけている。

 揺れる視界、痛む左頬。口の中に広がる鉄の味。座り込んでいる自分。ここまで状況が揃っているのに『目の前の彼女に殴られた』という事実にしばらく気づく事が出来なかった。

 

「なん、で……っ」

「『なんで』だと!?」

 

 切れた口の端を手の甲で拭い半ば無意識にそう呟くと、10cm以上も背の低い彼女に胸倉を掴まれ立たされる。

 何故俺が殴られているのか。未だにその答えを見つけられない俺は、口を開く事も出来ずに呆然と立ち尽くす。

 

「『リアは大丈夫なのか?』だって? 凛に対して『調子、戻ったのか?』だって? 自分の行動が何を引き起こしたのか理解しているのか!? リアや凛がこうなった原因を作ったのは士郎、お前だろう!」

「――――え、あ」

 

 ――――頭の中が、真っ白に塗り潰された。その言葉の意味、俺がした事実を認識し、体が硬直する。呼吸も忘れて、アルトを見つめる事しか出来ない。

 

「『衝動で行動するな』。出掛ける前に、忠告したのを覚えているか?  それは無鉄砲に飛び出すのが危ないからってだけで言った訳じゃない。結果的に負担はお前と一緒にいる凛やリアが負わされることになるからだ!」

「アルト、少し落ち着きなさい。話を……」

「判断を誤れば、衝動で動けば、後悔しか残らない。下手に動いたところで『衛宮士郎』は生み出すだけで、満足に戦えるようなものじゃない。干将・莫耶を持ったところで英霊には敵わない。異端な魔術を使えても万人を救う奇蹟は叶わない。理想を掲げても、力がなければその重さに潰される。理想を追うなとは言わない。俺には口が裂けたって言えることじゃない。……けど! 少なくとも今、『衛宮士郎』が無力であると自覚しろ!」

 

 口を開き、次の言葉を紡ごうとしていた遠坂は、そのアルトの様子に、言葉に息を呑んだ。何を感じ取ったのか俺にはわからない。隠れた何かを読み取った遠坂は、目に見える程の衝撃を受けて押し黙る。

 ――――目の前で顔をつき合わしているアルトも、言葉を発する度に辛苦に表情を歪めていく。俺を糾弾する一声一声が、彼女自身を責め立てているように見えてしまう。

 

 そして投げかけられた俺には、陰に隠れたアルトの怒りの感情が棘となって容赦なく突き刺さっている。

 ――――全てが事実。みんなが疲弊してしまっているのは俺が飛び出したことが原因であり、発端だ。

 駆け出したあの時、思考の外に投げ捨てていた。偵察目的で来ていること。注意されていた英霊への対処、身の振り方。自身の命。そして絶対に忘れてはいけなかった仲間――――遠坂のこと、リアのこと、アルトのこと。

 ギルガメッシュがイリヤを嬲っているのを見た瞬間、それらは全て吹き飛んでいた。考えるより早く飛び出していた。

 

 アルトや遠坂に逃げろと言われた時、俺は剣を手にギルガメッシュと戦おうとした。

 同じような能力を持ち、英霊との戦闘に耐えられる彼女の双刀を贋作とはいえ得ることができた俺は自惚れていなかっただろうか。

 持ち主に運用を習い、持ち主の技を倣った。俺の其れはサーヴァント相手には通じないと昨夜理解したのではなかっただろうか。

 

 身の程を弁えない行動がもたらした結果は、いうまでもない。俺の全身全霊の一撃は、英霊相手にとっては凡庸な一撃に過ぎなかった。

 投影は焼け石に水、フルンディングは簡単に薙ぎ払われ、両手の双刀を振るう機会もないまま俺の手の出せないところへと戦場を移していた。

 

 単独で戦えば一分保つか。三分耐えられれば出来過ぎだ。俺の援護じゃ、多少の力じゃ戦力に若干程度の余白しか生み出せない。精々一呼吸分の空白。

 ――ああ。俺は無力だ。埋められない力の差があるのは、確認するまでもないこと。

 

 でも、『力がないから』。

 それで諦めて、走ることをやめてしまったなら。

 

「俺には、サーヴァントと闘り合う力はない。確かに忘れて駆け出してた。でも……それじゃあイリヤは。俺が手を伸ばさなきゃ、助けを求めていたイリヤはどうなるんだ」

「――――っ」

 

 吊り上げんばかりに掴み上げ、血の気が失せ震えていたアルトの両手がぴたりと止まった。

 俺を睨み付け、捉えて動かなかった瞳が僅かに揺れる。そして溢れだす感情。驚愕、落胆、寂寥、苛立ち――それらが混ざり合わさって、今にも泣き出すかのような表情を作っていく。

 

「確かに俺の行動は褒められたものじゃなかった。俺の勝手が、みんなを危険に晒す事になった。そのことについては本当に悪かった。ごめん」

 

 しっかりと、アルト、そして遠坂の顔を見て頭を下げる。みんなに負担を強いたのは俺だ。それが今重大な問題になりつつある。

 

「――でも、それでも。救われた者がいる。笑顔を浮かべてくれた人がいる。そんな人がいる限り俺は、届く手は伸ばす。体を張ってでも助けてやる。全力で駆けつけてやる。何も相談もせずに飛び出したのは、悪いと思ってる。でも後悔だけはしたくない。こればかりは、アルトに言われてもやめられない」

 

 この俺の独白に、アルトが目を逸らす。完全に伏せられてその表情は窺うことはできない。俺はアルトに構わずに言葉を続ける。

 

「アルトだって、手詰まりだったバーサーカー相手に、俺たちを守るために立ち塞がってくれたじゃないか! キャスターに殺されそうだった俺を救ってくれた! 何度もその身を挺して助けてくれた! 俺はさ、そんなアルトを尊敬してる。アルトは迷惑だと思うかもしれないけど、その在り方を倣いたいとも思ってる」

「俺は……ちがう。私、私は……」

「違うって、アルトはみんなを救おうとして俺たちを助けてくれたんじゃないのか? 言っていたじゃないか。『少数を見捨てたりはしたくない』、『救える者ならば救ってあげたい』って。何が違うんだ?」

 

 掴まれていた胸元が、吊り上げられたTシャツが放される。ゆっくりと抜けていく力。そのままアルトの両腕はだらりと下ろされた。その瞳は先からずっと見開かれたまま。口元は何かを呟き続けている。

 

 

 ……しばらくの間をおいて不意に彼女の瞳に色が帰ってくる。力の戻った双眸が、真正面の俺を見据え直した。

 

「私は、護りたい。リア、凛を、士郎を。イリヤを、慎二を、大河を、桜を。そして、この町に住む人たちを。救うためではなく、この聖杯を巡る争いの被害を出さないよう護りたい。そのために私はここにいます。生を終えた私に、誰かを救うことなんて、きっとできません。救うのは士郎、今この世に生きる貴方であるべきだ」

 

 激昂していた名残は既にアルトにはない。ただ冷静に、俺を見つめて宣言する。力強く、しかし何処か憂いを帯びる瞳。

 

「――――私はイリヤを助けに行きたいと思っていても、動けなかった。そんな私が、行動に起こした貴方を責められる立場にいる筈がない。先ほどへの謝罪と、イリヤを助けてくれたことへ感謝をしたい。すみませんでした、士郎。そして、ありがとう」

「あ、いや。そんな俺は。確かに俺、短絡過ぎたと思うし――」

 

 今度はアルトに頭を下げられることになった。しかし感謝されたくてやったことでもないし、謝られた事も自分に非があるのでどうにも居心地が悪い。

 

「ですが」

「え?」

「事は、貴方の謝罪だけでは収まりません――――士郎、あなたはリアが大丈夫なのかと聞きましたね?」

「リアがどうなるか知っているのか、アルト!?」

 

 アルトの両肩を掴んで問いかける。そうしてリアを横目で見るが、かなり騒がしくしてしまったというのに全く反応を示さない。意識は相変わらず、回復の兆しも見えないままだ。

 俺の視線を追って、アルトもまた横たわったままのリアを一瞥すると、深く息を吸い込んだ。

 

「ええ。このままでは遠からず、宝具の使用による魔力切れによってリアは消滅するでしょう」

「――そんな! 何とか、ならないのか?」

 

 俺の行動が、リアを――?

 イリヤを助けることが出来たからって、それじゃあ、俺は……!

 

 怒りが、溢れてくる。その対象は勿論、自分自身だ。この激情のままに自分を殴りつけてやりたくなる。

 歯を食いしばった。アルトが俺を殴ったのは、今俺が感じている思いとたぶん同じところからきたものだ。……自分を責めるのは、後でも出来る。アルトは次を話そうとしている。今は対処を考えなきゃいけない。

 

「方法はあります。簡単です。足りないなら別のところから新しく魔力を補填すればいい」

「え? でも、魔力を送ろうにもリアと俺にはラインが繋がっていないんじゃ」

「ええ、不完全な契約により士郎から既存のラインを通じて魔力は送ることは、不可能です。そして、魔力不足により彼女は意識を保つことも出来ないほどに衰弱しています。凛とも相談しましたが、リアの意識がないと緊急措置すら取れません」

 

 緊急措置? リアの意識があれば、なんとかなったかもしれないのか……。

 

「そこで、士郎の手に残っている令呪を使います」

「そうか! 瞬間的にでも魔力を補充すれば、その緊急措置ってやつが……」

 

 言いながらも自分の左手の甲を見る。そこには大半が黒く染まった赤い紋様。学校での強制召喚で一度、今日の宝具使用時に一度。

 残った一画こそが、本当の意味での最後の切り札。マスターとしての俺が唯一出来る、強力な援護。

 こいつを使えば、リアは助かる――?

 

「いえ。ここからは士郎に判断してもらいたい」

「判断?」

 

 自分の左手から目線を切り、正面に向き直る。そこには俺を見据える、アルトが――そして遠坂がいる。

 

「凛、そして私は、今回の士郎の行動を快く思えない。加えて衝動的なものであれば、注意したところでこの聖杯戦争中に貴方の悪癖が改善されることはないでしょう。しかし、それでは同盟を組んでいる私と凛にとって害としかなりえない」

「ええと、悪い。ちょっと言っていることの要点が掴めない。わかりやすく言ってもらえないか? 俺に出来ることならなんだってするつもりだ」

「なんでも?」

「ああ」

 

 アルトの目が細く、鋭くなる。伴って、空気が張り詰めた。

 

「ならばはっきりと言いましょう。士郎、貴方は信用できない。リアとの契約を、令呪を以って破棄しなさい」

 

 

 

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