Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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10日目⑨

 

 

「破棄って、リアとの契約をか……?」

「ええ、そうよ。あなたが選べるのは、契約を破棄するのか、しないのか。仮に契約継続を選択したとしても魔力補充の措置がどういうものかは教えてあげる。だから、士郎自身の意思で決めなさい」

 

 遠坂が俺を真っ直ぐ見つめている。隣に控えているアルトも同じようにこちらを注視している。

 

「…………」

 

 ……正直にいうと、俺には破棄をするメリットが見えてこない。マスターがいなければサーヴァントは長時間現界していられない。それは魔力の残量に関わらずマスターという楔が存在しなくなるからだ。

 そんなことは遠坂もアルトも百も承知な筈。だから何か考えはあるとは思うんだが、俺はそれを知らない。魔力の補充は、どちらを選んでも解決はすると考えてもいいだろう。アルトはリアをわざわざ窮地に立たせることはしない。それだけは断言できる。

 

 ――なら現状のままのほうがいいのでは、と俺個人は思う。詳しく聞かされていないのに破棄しろと言われても、という考えが先に立つ。

 けれど、それらとは別に理由がある筈だ。説明も、意味もなくこんなことを言い出すような二人じゃない。何を言われたのか、俺は思い出さなければならない。

 

 アルトも遠坂も、今回のことに対して「衛宮士郎を信用できない」と言っている。それに加えて「同盟を組む上で、俺の衝動的な行動は害である」とも「改善される見込みもない」とも言われている。

 本来、俺が直せたらそれで済む話なんだけれど、同じような場面に出くわした時、我慢できるかと聞かれれば自信はない。反省はしているし、気をつけるつもりではいるけれど俺は変われないと思う。開き直るつもりはないが、これが衛宮士郎としての正しい在り方だと思うから。

 遠坂が、俺が原因となる不利益を被りたくないなら同盟を解消するだけでいい。遠坂とアルトだけなら余計な心配をせずに保有戦力で最善を尽くすことができるだろう。しかしそれをしないで俺に選択を迫っているということは、リアと俺が抜けることによる戦力の低下が致命的になりかねないこと、そしてもう一つ――――。

 

「もし破棄したとして、リアの魔力は大丈夫なのか?」

 

 それでも、確認のために最低限聞いておかなければならないことはある。問いかけると、遠坂はアルトを目で促した。

 

「ええ。当面は凛の宝石で代用すると」

「……遠坂が契約するって話じゃないよな?」

「流石の凛でもサーヴァント二体を使役するのは不可能です。存在を維持するだけなら可能かもしれませんが、今後の戦闘を考えると無茶と言っていいでしょう」

 

 今の質問は、俺が聞かなければならない最低限。そして、することが許される問いの筈だ。

 アルトは遠坂の後ろまで静かに下がり、目を閉じる。その様子に、後はマスター同士がすべき話だ、と言われているようだ。しっかりと遠坂と向き合い、決意を固め直す。

 

「……なら、リアとの契約を破棄することも、仕方ないと思う。今回のことは俺が原因だ。ラインがつながらないのも俺に問題がある。どっちにしても、このままじゃリアは良くならない。それに、遠坂たちがそう言うなら何か考えがあるのだと思うから。リアには勝手に契約破棄して怒られるかもしれないけど、それも俺が原因だから謝って許してもらうよ」

 

 俺の言葉に、遠坂は心底驚いた様子で息を呑む。アルトは一度だけ、小さく身動ぎした。

 

「こっちから振っておいてこう言うのもどうかと思うけど……衛宮くんはそれでいいの?」

「……よくはないさ。けど、遠坂なら絶対に悪いようにはしないだろ?」

 

 怪訝そうに俺を見ていた遠坂は、目を見開き固まった。かと、思うと視線を余所に飛ばして髪の毛を弄りだした。

 

「まぁ、それはそうだけど……もっと質問攻めにされると思ってたから」

 

 一から全て聞いておきたかった、とはやっぱり思う。でも、推察する材料はあった。考えることを放棄して人に質問してなんて、頼ってばかりじゃいられない。考えなしっていうのは、今回のことで痛感してる。だから、せめて状況ぐらい把握できるようにならなきゃ本当にお荷物だ。

 

「でも、衛宮くんの返答はわかったわ。――これからは『二組』としてじゃなくて『チーム』として考える。残るマスターとサーヴァントに、そしてあのギルガメッシュとかいう男を相手にして、最後まで『私たち』が勝ち残れるように。幸い衛宮くんも、私もアルトも聖杯に願うことはないみたいだから、揉める事もなさそうだしね」

 

 ――――きっと俺に選択を迫ったもう一つの理由は、俺の覚悟を問うていたのだろう。一度忠告をされておきながら逆の行動をしてしまった俺は、遠坂たちを信用しているのかを。そして俺が、遠坂にリアを任せることが出来るほどの信頼があるかを。

 協力して事に当たっていく上で、相手の意思を汲むことが出来、信じるに足るのかどうかを暗に尋ねていたのではないだろうか。

 

 契約を破棄出来ないなら、遠坂の方から同盟は解消を言い渡されていたのかもしれない。失敗ばかりしていたから、言われても仕方はないけれど。

 でも、破棄した場合でもその魔力を送る『措置』って方法だけは教えてくれるって言ってたから、やっぱり遠坂は、律儀というか、本当にいい奴だと思う。

 

「ええと、リン。ここでよかったかしら?」

 

 背後からの声に気づいて振り返ると、少し開いた襖からイリヤがこちらを伺っていた。

 

「あれ、イリヤ? 寝てなくて大丈夫なのか?」

「そうよ。傷も軽くないのだから寝てなさい。細かい話は夜になってからでもいいんだし」

 

 怪我もそうだが、精神的な疲労も大きい筈だ。支えになってただろうサーヴァントを失い、ギルガメッシュという馬鹿げた力を持つ男に命を狙われているんだ。気丈に振舞ってはいるけど、現にイリヤの目元は少し赤くなっている。それを見て、布団に寝かせた時のことを思い出して居た堪れなくなった。

 

「だって、寝てなさいって言われても。あんな大声がしたら、おちおち寝てもいられないじゃない」

 

 アルトが襖を開けて、座布団を置いてやるとイリヤはちょこんとそこに座った。腕が揺れるたびに顔を顰めているところを見ると、やはり肩の傷の完治は大分先になるだろう。

 

「それで? 話はどこまでいったの? それに――シロウはどっちを選んだの?」

「話はほとんど終わってるわ。これから、ここにいるメンバーで聖杯戦争を戦っていくことになったから」

 

 そう言って、遠坂は部屋の中を見渡した。俺、アルト、眠っているリアへと視線を移し、そしてイリヤへと戻す。

 

「……? ここにいるって、イリヤもか?」

「ええ、そうよ。あんな化け物相手にするんじゃ、使える物は何でも使わなきゃ」

 

 それを聞いてイリヤは頬を膨らませた。

 

「物って。リン、私そういう言われ方好きじゃないわ」

「ちょっとした軽口よ。悪かったわ。本気にとらないで」

「……ならいいけど」

 

 苦笑しながらも素直に謝る遠坂。口をとんがらせて遠坂を睨むイリヤ。見るからに仲がよさそうなのはいいことだが。

 

「そんな……イリヤはそれでいいのか? また危ない目に遭うかもしれないんだぞ?」

 

 また、こんな目に遭うとも限らない。イリヤを匿って護るつもりではいたけど、一緒に戦うとなると話は別だ。

 

「シロウは私のことを心配してくれるの?」

「そんなの、当たり前じゃないか」

「んっふふー。ありがとね。でも大丈夫だよ。助けてもらっちゃったから、今度は私がシロウを助けてあげる」

「いや、俺はそんなつもりで……」

 

 単純に体調ってこともあるけど、こんな小さな子を戦場に立たせたくないというほうが大きい。

 見た目とは違って、俺なんかと比べたら怒られるくらい優れた魔術師であるっていうのはわかるんだけど。

 

「はいはい、そこらへんにしときなさい。衛宮くんも、本人が助けてくれるって言ってるんだから素直に甘えとけばいいのよ」

 

 ……まだ言いたいことはあったが、ふと思い当たったことでその言葉を飲み込まざるをえなくなった。

 

「『助けてくれる』って……遠坂、まさか」

「ようやく気づいた? そ。たぶん貴方が考えたとおり。リアのマスター権を、貴方からイリヤに移すのよ」

「……」

「あ、あの子だけど裏切りとかは心配しなくても大丈夫みたいよ? イリヤもあの金ぴかにやられて今回の聖杯戦争は敗退したって自覚してるみたいだし、それよりも衛宮くんの手助けをしたいんですって。モテモテねー、羨ましいわー。ふふふ」

 

 遠坂が耳元に顔を寄せて何か言ってるみたいだけど、生憎脳には入ってこない。

 そんな手があったのか……。確かに戦力を考えるなら無駄もなくていいんだろうけど、やっぱり複雑だな。

 ということはイリヤが寝付く前に二人で話し込んでいたのは、イリヤのと今後の展望について既に話していたのか。やっぱり、俺ももう少し先のことを考えて動かないといけないな。

 

「っ!」

 

 突如、俺に耳打ちをしていた遠坂が固まった。次いで勢いよく振り向き、壁を睨みつけている。いや、意識は壁よりもっと遠くへ向かっている。

 襲撃かと思ったが、屋敷に張ってある対侵入者用の結界は鳴らない。あれは敵意に反応するものだから、ここに対する敵襲ではないだろう。

 

「遠坂、どうしたんだ?」

 

 数秒もすると緊張は解けたものの、遠坂は右手で顔を覆って動かない。俺の問いかけへの返答もない。

 アルトもイリヤもどうしていいものか、遠坂を眺めることしか出来ない。もちろん俺も同じように棒立ちのままだ。原因がはっきりするまでは下手に動けない。

 

 暫くして、ようやく遠坂が顔を俺たちに向ける。余程の事態なのか、切迫している様子で口を開く。

 

「何て言っていいのかわからないけど、悪い知らせよ。キャスターと葛木先生が襲われていたらしいわ。それも、私たちと別れた後十分も経たないうちに」

「本当なのか!?」

 

 俺は朦朧としていたからよく覚えてないけど、リアもアルトもあの時は健在だった。何か異変があれば、気づけた筈……。

 俺が考えを巡らせている間に、遠坂はアルトに向かって声を張り上げる。

 

「アルト! あの時他にサーヴァントの気配はあった?」

「……あ、いえ、リアとキャスターの他、サーヴァントの気配は全く感じられませんでした……」

 

 アルトも返答に力がなく、二の句が継げない状態だ。信じられない、とまるで有り得ない事が起こったかのような様子で遠坂を眺めている。

 そういえば、気配がないってことは……。

 

「なぁ、遠坂。あのギルガメッシュって奴じゃないのか?」

「た、確かに、ギルガメッシュにはサーヴァントの気配はありませんでしたが……」

 

 俺とアルトの言葉に、イリヤが震える。未だに恐怖が抜けきらないのだろう。配慮が足らなかったか、とも思ったけど、可能性として挙げておかないと対策が立てられない。

 

「違うわ。要領を得ないのだけれど、人の形は少なくともしていないそうよ。傘のような形をした黒い影としか……」

 

 となると、やはりサーヴァントじゃないのか? 攻撃方法でもわかればどんな存在なのかわかりそうなものだけど……。

 

「葛木先生とキャスターは無事なのか?」

「あ、そうね。……ちょっと話が突飛過ぎて、私も動転してるみたい」

 

 目を瞑り、何度か大きく呼吸をする遠坂。頭の中に巡っている情報を整理し直しているのだろう。

 

「とりあえず、キャスターも葛木先生も致命傷までは負ってないみたい。けど逃げる際に、葛木先生がキャスターを庇って、それが元で右腕を肩下から切断したそうよ。一瞬で黒く、壊死させられたってキャスターは言ってたわ。その後撤退は成功して、最低限の応急処置は終わってるみたいね。今は魔力不足で、霊脈から魔力を借りるために私の家の辺りに避難しているところらしいわ」

 

 柳洞寺に居を構えた、あのキャスターが撤退した?

 魔術知識も、魔力も豊富に蓄えていた彼女、加えて柳洞寺の周囲には強力な結界が張られていた。アサシンが倒されてしまって門番がいないとはいえ、ちょっとやそっとの戦力では攻められる場所じゃない。

 

「そ、そっか。葛木先生の右腕が……。でも、生きていただけでもよかった。あ、それなら俺たちと一緒に行動したほうが……」

「そう思って、私も一応声は掛けたんだけど……どうにも相手は相当奇妙な奴みたいよ。キャスターの魔術をないもののようにすり抜けてきたって。しかも葛木先生よりもキャスターを狙ってきてるみたいで、一箇所にサーヴァントが集まると逆に狙われかねないって断られたわ。キャスターからの言付で、『セイバー、アーチャーが揃っていたとしても、出会ってしまったなら全力でその場から逃げなさい』って……」

「…………」

 

 正直、想像もつかない。リアとアルトには通用しなかったものの、キャスターのあの魔術は身を以って経験している。

 あの魔力弾一つで、人なら十人単位で吹き飛ばせるものだ。それをほぼ無呼吸で放てるもの。そんな出鱈目を無効化でもなく、すり抜ける存在……だって?

 

 考えろ、衛宮士郎。力のない俺に今できることは、考えることだ。持っている情報から敵の像を少しでも見えるようにしておかないと、いざという時リアとアルトが戦えない。

 ――その黒い影の攻撃方法だけど、リアとアルトの能力を知っているキャスターが即座に逃げろというのだから魔術ではないだろう。後は単純な物理戦闘、若しくはもっと異質な攻撃方法ってことになる。

 物理戦闘でリアとアルトを越えるとなると正直勝ち目はない。葛木先生の腕が壊死したということは、後者の可能性が高い、か……?

 情報が少ないというのもあるし、キャスターの言葉通りだとするなら対抗手段が現時点では立てられない。魔術が効かないからといって、逆に剣が、そして宝具が通じるとも限らない。……忠告に従って逃げたほうがいいのかもしれない。

 

「なんか、きな臭いことになってきたわね……。あの金ぴかの対応だけでも頭が痛いっていうのに」

「受肉した八人目のサーヴァントに、得体の知れない黒い影か……。聖杯戦争に関係してはいそうだけど、どちらも明確な目的がわからないからな。ギルガメッシュは仮にも拮抗できたからまだいいけど、俺はアイツよりその黒い影ってほうのが不気味だ」

 

 部屋を見回すと、何故かアルトとイリヤは二人が二人とも焦燥感に煽られて表情が強張っていた。アルトは俯きひたすら何かを考えているようだし、イリヤは立ち上がり何をするわけでもなく落ち着かない様子で胸に手を当てている。

 その後しばらくの間誰も喋ることなく、部屋にはリアの荒い寝息だけが響いていた。

 

 

 

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