イリヤに付き添い、凛に続く形で部屋へと入る。サポートしてあげて、と言われて来たけれど、精々出来ることは戸の開け閉めを代わりにしてあげることぐらいだ。
机のイスを引き出して凛がそこに座り、イリヤは凛に促されてベッドにちょこんと腰掛けた。俺はサポートするという立場上、イリヤの横に座ることにする。
「さて、早速だけど、イリヤに訊きたいのは『寄生、憑依された人間を元の人格に戻す方法』よ。大抵の魔術知識は修めてるけど、こっちは専門じゃないの。貴女なら詳しいんじゃない?」
俺とイリヤが座るのを待ち、凛がイリヤへと質問を投げかける。口調こそは軽いが、その眼差しに不純なものは混ざっていない。対するイリヤは視線を巡らせ、思案する。
「知識、という点で言えば、私もリンの持っているものと大差ないわ。私の魔術は工程や知識を必要としなくても、可能なことなら勝手に式が立って結果を作るようなものだから。でも、実際に施行したことはあるから、いくらかは話せることもあるかも」
「お願い」
身を乗り出して神妙に返す凛に、イリヤも佇まいを整える。いくらか張り詰め出した雰囲気に、自分の喉が鳴った。
「……そうね。元に戻す、というなら混入した異物を排除するのが私の知る限り一番簡単な方法ね。実際それが為せないなら、異物自体を変質させること。他には……難しいけれど、元人格が新人格を精神面で上回ること」
「そこ、出来るだけ詳しく教えて」
「ええと、一つ目に『排除』。これは後から入ってきた精神体の核となっているものをその身体からそのまま取り除いてしまうことね。心霊手術とか、まぁそういったもので物理的に排除してしまえば、中身が喰われていない限りは元に戻るでしょう。二つ目の『変質』。新人格の精神体の核に外部より手を加えて、意識の寄り代として使えなくしてしまうこと。変質は物理的に破壊するもよし、性質を変えて核と新人格となる精神との相性をずらすもよし、あとは、宿っている精神自体を消してしまうもよし」
説明しながらひとつ、ふたつと指を立てたイリヤは、三本目の指を立てた。
「三つ目『反覆』。元人格に呼びかけて、新人格と同程度の強度の意志を持たせれば人格の入れ替わりが行われるでしょうね。この場合、新人格は消えるかどうかはわからない。もし残った場合、何らかの悪影響を与える可能性もあるかもしれない」
「……なるほど」
昨夜の俺とセイバーの話とほぼ共通しているために、大分飲み込みやすい。
俺の場合を例にあげれば、『排除』は俺の核となっている『鞘』をこの身体から取り除くこと。
『変質』は『鞘』を破壊、もしくは『鞘』と俺のつながりを絶つこと。『鞘』から俺の意思部分だけを消滅させるでもいい。
『反覆』はこの身体で眠っている筈のセイバーの意識を覚醒させて、俺を追いやること。その場合、『鞘』が残っているので俺の意識が喰われてしまうかどうかは半々といったところか。
「どれにしても気をつけなければならないのは、元人格の有無。新人格が消えても、元人格が消滅乃至生きる意志を失っていたら植物人間になるだけ。いずれ肉体も死に至るでしょう。そして考えられる懸念は、新人格による肉体ごとの心中。取り戻そうとする人間にとって旧人格は人質になるのだもの。新人格がなんらかの対策に『装置』を仕掛けていてもおかしくはないわ。例えばそう、新人格の精神の消滅と共に身体も死に至るようなものとか、ね」
得られる情報から桜を助け出す為の手順を脳内で構築していたが、最後の言葉で打ち消された。
「それでは……例え桜を助ける手段を構築したとしても、こちらからは迂闊に手が出せないということでは」
いくつかの方法を提示されているが、実質的に最後の一言でどの方法も塞がれてしまっている。そして相手は、何代もの間を生き長らえてきた
「ええ、そうよアルト。貴方の言った通り、こんな事態に陥っている時点でこちらの負けはほぼ確定しているの。サクラっていう子はもう『マキリの所有物』なのだから、他人の所有物を奪おうなんて行為がリスクばかりなのは当たり前でしょう?」
イリヤの言葉に、声を上げかけた。所有物だなんて桜を物扱いする物言いに思わず反応してしまった。しかし、寸でのところで踏み止まる。凛が、俺をじっと見つめているのに気づいた。
「アルト。何か、案はある? 出来るだけリスクが少なく、そして成功率の高い考えは、ある?」
「い、いえ。決定打を打てるような案は何も。凛は何か――」
縋るように凛に振るも、途中で首を振られてしまって二の句が告げなくなる。苦悩を吐き出さんばかりに、緩慢な様子で凛が口を開く。
「私も手持ちの手段じゃどれも似たり寄ったり。下手をすれば、『装置』の解決以前の話。イリヤ、貴女は? 手順は違えど同じ結果を弾き出せる貴女なら」
「手出しすら出来ないわよ。そもそも私の魔術は用途が違うもの。今の私の魔術は、不完全な願望機のその片鱗でしかないのだから」
イリヤの返答にいくらかひっかかる単語があったが、今はそれを気にしている余裕もない。
手詰まりということなのか。これでは間桐邸に攻め入ったとしても桜の姿をした間桐臓硯に対し打倒する他手段がない。
「……始めから条件を確認していきましょう。どこかに何か、見落としている抜け道があるかもしれないわ」
そう言う凛だが、状況を見れば絶望的なのは明らかだ。凛本人もそれがわかっていたのだろう。イリヤに投げかけたのも駄目元だったようだ。落胆こそしたようだが予想していた範囲という感じを受ける。
「『排除』なら、似非神父が心霊手術を、いえ、でも成功する根拠に乏しくて全面的には信用できない。なら『変質』? 間桐くんの話が正しければ核になってるのは蟲なんだろうけど、それにもまず魔術式を特定しないと。『反覆』はさせようにも、そもそも何が引き金になったのか要因もわからないし、あの子の精神状態を把握しないことには」
「マキリ・ゾォルケンの核が蟲ならば、心霊手術は難しいでしょうね」
「となるとチップを賭けるとするなら『変質』ってことになるわね。本体になっている蟲を解析してピンポイントで消滅させれば。――――駄目だわ。解析する余裕があるかわからない上、した時にこちらの目論見も露見する。それに、こんな簡単に考え付く方法に対し何も対策を考えていないということの方が考えられない。ダミーを仕込ませているか、それを引き金にトラップを仕掛けてるか。組み合わせてる可能性も……。なら魔力を注入して、一時的にコントロールにジャミングをかけることは? 戦争に参加することも考慮してる前提で、おいそれと他の魔力に対してカウンターをかけるとは思えない。桜にも魔力抵抗の痛みが走るだろうけど、然程にしか負担はない筈。問題は中の臓硯の意識を麻痺させられるのかどうか。上手くいったとして――――駄目、その後に続きそうにない。蟲とは別に、トラップが自立起動していたらこっちの対処が間に合うのかもわからない。なら、蟲と臓硯の何らか、恐らくだけれど使い魔の上位契約を破棄させる? けれど魔術師の契約に介入するには、時間も技量も、魔力も足りそうにない。そんな時間はこちらにはない、か」
頭をがしがしと掻き毟る凛を、俺は見守ることしか出来ない。こちらでも考えてみるものの、一工程進めるだけで問題が二つ三つ発生する有様だ。ぶつぶつと呟く凛の声が響く中、暫くしてバッと顔を上げこちらを見つめられる。
「アルト、貴女前回はどうだった? この問題に対して何にも話してなかったけれど、解決はしたの?」
「……いいえ。そもそも、このような問題自体が表面化しませんでした。恐らくあちらでも条件次第では起こりえた事態でしょう。いいえ、もしかしたらあの後に実際に起こっていた出来事なのかもしれない。――――今となっては、知ることも叶いませんが」
挑むような視線に、真正面から向き直る。しばらく睨み合う様になり、視線を外さずにいると凛が息を吐いた。
「そうよね。貴女が意図的に情報を隠蔽するとも考え難いし。それじゃ切り口を変えるけど、あの金ぴかの剣やら槍の中にそういう方向に強いものはあった?」
「いえ、あの中にあって効果がありそうなのは、精々傷つけた対象の体感時間を遅延させる呪いがかかっていたもの、麻痺させるものぐらいでしょうか。いずれも宝具と呼んで差し支えないものですが、真名の開放はできないので効果も短時間、その程も知れています」
「そう」と小さく呟くと凛はまた思考に入る。記憶を遡っていっているのだろう、今の質問は先日のこと、そして時折耳に届く声は柳洞寺、キャスターと混ざることから間違いないと思う。
「…………ちょっと待って。前回の話ばかりで失念していたけれど、貴女四日前は何をしたの?」
そうして目を見開き、はた、と止まった。
「四日前――というと、学校で起こったライダーの結界のこと、ですか? しかし何故今になって」
「いいから。必要なことなの。あの時確かに、結界の効果が弱まった。重ねて訊くわ。貴女は何故、遅れたの?」
どんな意味があるのかわからないが、凛がこんな様子を見せるのはただ事ではない。一切の疑問を捨てて、答えを頭の中に用意する。
「遅れたのは、結界の解除を試みたからです。けれど結局は弱体化しか出来ず、そのまま駆けつけたのですが」
「どうやって? いくら魔力で補っていたとはいえ、アレはしっかりと手順を踏んだもので少なくとも私の手には負える代物じゃなかったわ」
「あの結界自体は宝具だったので手の出しようもありませんでした。あれを早急に解除するには、外部からの干渉では難しい。ですが、土地から吸い上げている魔術式はそうではありませんでした。それがわかった後は校舎を解析し、基点の魔方陣を潰して回っただけです。結果的に、結界が起動し続けるに必要な魔力を維持できなくなり規模が縮小したのだと思います」
「私が聞きたいのは、その『基点を潰した方法』よ。たとえ基点の魔方陣が宝具でなかったとしても、私には――いえ、せめてキャスター程の魔術師でなければ発動と連動した魔術を極短時間で消すことなんて出来やしないわ」
「あ……」
そこで、ようやく思い至る。あの時に使った、対魔術に特化した限定宝具。凛の求めていたファクターは、これなのか。
「――――
稲妻のような刀身。禍々しい色彩。手に現れたのは、裏切りの魔女の持つ宝具。見覚えのあるその短剣に、凛の顔が強張った。
「これ、キャスターの持っていた……? アルト、貴女他の英霊の持つ宝具さえも、投影できるというの!?」
「特に制限されているわけではありませんが……ええと、話していませんでしたか?」
「聞いてない! てっきり、宝具以外のものしか投影できないと思っていたわよ!!」
思い返してみれば確かに話した覚えはないし、以前武器を出せる云々の話の時も当たり障りのないものしか出していなかった。
ギルガメッシュの財宝についても俺自身それを宝具とは呼ばなかった為に、宝具ではなくあくまで準ずるものだから投影できると思ったのだろう。財宝も、宝具と成り得るものでありその能力も伝説の其れと変わらず、神秘を内包した財宝たちは一般の武器と一線を画し、先の言葉通り宝具と呼んで差し支えないものだ。
「とにかく、この宝具は対魔術においては無類の優位性を誇るものです。宝具を除く、魔術に関連するものならば、作られる前――魔力へと戻すことが出来ます」
「――なんて、出鱈目。いえ、この場合短剣よりも、本当に出鱈目なのは貴女の魔術の方ね。でも、これで少し――いえ、大分状況は好転する。後は余計な仕掛けがされているかどうかだけを考えれば……」
「…………ねぇ、これ、どういうこと? お兄ちゃんの使ってる魔術と同じものを、何でアルトが使えるの?」
……俺も凛も、よほど切羽詰まっていたのだと思う。周囲に気を配る余裕がなかった。
イリヤがいるというのに前回の話を持ち出し、あまつさえ俺に至っては投影だけでなく魔術における起動呪文まで声に出して唱えていた。凛に全てを話したことで、気が緩んでいたという他なかった。
「……なんというか、ありえないわ。奇跡のような偶然が二つ三つ重ねて纏まって起こったみたいな、綱というより紐渡りのような話よ。それ」
結局、イリヤにも全てを話す他なくなってしまった。そうして話し終えた後のイリヤの反応はすごいものだった。口をあんぐり、目はぱっちり。呼吸を忘れたみたいに微動だにしなくなってしまった。そしてようやく出た言葉が、これだった。
「でも、以前から疑問には思っていたのだけど。リアとアルトって、色が違うんだもん。形は同じなのに、アルトの方が暖色系統みたいな色っていうのかな」
それは、恐らく姿のことを言っているのではない、と思う。いまいち要領を得ないけれど、イリヤの中でも疑念の下地は既に出来上がっていたようだ。
「えーと、まぁ、何で俺もこうなってるかわからないのが正直なところなんだけどさ。リアと凛は俺の正体知ってるから兎も角、士郎のヤツにはまだ言ってないから内緒にしてくれると助かる」
「うん。いいよ。ふふっ、でもまさかアルトがお兄ちゃんだったなんてね。……あれ? お姉ちゃんになるのかな?」
「……その辺りはアルトで統一してくれないか? 衛宮士郎は、この世界の士郎だけで充分だからさ」
何よりも、お姉ちゃんと呼ばれることに抵抗しか感じない。いつしかリアの妹として扱われることに何の違和感も感じなくなっているので、呼ばれていたらいつの間にか慣れてしまうのかもしれないけどそんな慣れ、御免だ。
「……アルトもやっぱり、歪なのね」
昨夜に引き続き久々に戻した口調に四苦八苦していると、イリヤが静かに、じっと見つめていた。
「え? 何か言ったかイリヤ?」
「いいえ、何も。それよりそんな姿でシロウの話し方してると、何だか面白いね」
む。良かれと思って口調を戻していたんだが。
「……この方が理解が早いかと思ったのです。イリヤが理解したなら、いつも通り元に戻しましょう」
切り替えてみて改めて思うが、やっぱりこのセイバー口調の方がしっくりし始めてしまっている。今では男口調の方にボロが出そうになるので、複雑な心境だ。
「そうね。私にはこっちのアルトの方が馴染み易いわ」
「こっち、と言われてもどちらも私なのですが」
「まぁ、イリヤが言うのもわからないでもないわね。口調と一緒に、雰囲気まで変わったような錯覚があるもの」
凛の表情もいくらかの険が取れている。桜救出に、小さいとはいえ目処が立ったからだろう。斯く言う俺もさっきの真っ暗闇の状態から比べて、やっぱり気持ちが上昇してきている。
「さ、そろそろ雑談は終わりにして、間桐邸の攻略も合わせて話を煮詰めていくわよ」
勢いづいた凛の言葉を受け、しっかりその目を見て頷いた。