問題解決の糸口を掴み、その勢いに乗って間桐邸の攻略方法が決まった。
そもそも間桐邸を制圧するというだけならば、俺とリアが矢面に立つだけで相手の魔術のほとんどを無効化することが出来る。その布陣のまま工房へと突き進めばいいだけだ。
油断は決して出来ないけれども、それでもリアと俺の対魔力の有用性は高い。加えて、ルール・ブレイカーを使用すれば魔術に関連するほとんどを無力化できることになる。集まっている三人の中に、異論を挟む者はいない。
けれどもそれより先には話が一向に進まない。問題は、桜救出の具体的な方法だった。
ルール・ブレイカーを使って間桐臓硯と桜を切り離すことは可能と考えていい。仮に桜を巻き込むような罠を仕掛けていたとして、それが魔術で作用するものならば同じくルール・ブレイカーでの解呪ができる。
だが、ルール・ブレイカーは対魔術に対して絶大な効力を発揮してくれるが、もし物理的に働く『装置』が仕掛けられていたら全く役には立ってくれない。
そう、例えば、桜の体内に毒袋と針が埋め込まれていて、袋を破らないための蟲を針との間に仕込んでいる等『蟲がいなくなることで発生するような装置』を仕掛けられていたら、対処は酷く難しくなる。
この条件でルール・ブレイカーを使ったとして、臓硯の従えている蟲が魔術生命ならば体内から跡形もなく消え去り毒が桜に対して注入されてしまう。ただの使い魔であっても、臓硯と切り離された蟲がどのような行動を取るかもわからない。契約を破棄された瞬間にその身体を内部から食い破る性質を持つことも考えられる。
桜に何が仕掛けられているのか、仕掛けられているとして作用する罠を理解せずにルール・ブレイカーを使えば取り返しがつかなくなる可能性があったのだ。
体内に寄生した蟲を消滅させる手段自体が簡単に考えつくことではないので臓硯も其処まで徹底していないのではないかと思ったのだが、それに対して凛とイリヤは、口を揃えて否定された。
魔術師であれば、保有する魔術刻印を継承してまず確立させることが致死の損傷を受けた場合を想定した延命措置の考案であるらしい。魔術刻印を自分の代で途切れさせないためだ。
特に代を続ける魔術師ほど保身を重視する思考形態を常日頃から持っているようで、必要であるリスクを負うことに躊躇うことはしないが、想定できる最悪の状況を回避する為にあらゆる手段を構築しておく臆病なイキモノが魔術師である、と二人は言う。
魔術使いでしかない俺には馴染みがないが、そう考えるならばあり得ないことではないのかもしれない。
けれど、それをも考慮してしまうとこちらからは何も手出しが出来なくなってしまう。
今考えうる最善は臓硯もろとも桜の意識を絶ち、心霊手術の可能な言峰の協会へと運び、そこで初めて蟲と臓硯の契約を絶ち切ることだ。
もしも何らかの物理的な仕掛けがあったとしてもその場で『装置』を丸ごと取り除くことの出来る可能性が大幅に残る。
しかしそれを為すのは困難を極めるだろう。上手く意識を刈り取り、そのまま意識が回復する前に全ての事を終えなくてはならない。老獪な魔術師相手にしては実質不可能な話だ。
かといって、何の確認もせずにルール・ブレイカーを桜に突き立て、後は運を天に任せるなんて真似はまず出来ない。
いくらかのリスクを負わなければならないことは、第三者であり純粋に利害からの判断が出来るイリヤが三人の誰よりも理解していた。
だからといって俺と凛がそれをわかっていないかというとそういうことじゃない。イリヤにそれを指摘されても俺と凛は反論しないし、出来ない。相応のリスクを負わなければならないと、理解はしている。
けれど、もし何か一つ、たった一つでも後手に回ればそれが桜の死に直結する。桜と交友があった俺と凛は、理解出来ても妥協ができない。どうしても慎重になるしかない。
そうしていい案が浮かばないまま、正午を迎えようとしていた。昼食を摂る必要もあり、話し合いは一度、中断することになる。
昼食は俺の当番だったのだけれど、時間が押していたので、丁度いいと朝食を作れなかった凛も一緒に作ることになった。手軽に、サンドイッチを作ることにする。手軽、とはいっても六人もいれば用意するのは大変だ。食パンも買い置きしていた二斤を丸々使ってしまった。それでも、全然足りる量ではなかったけど。
用意し終わり、全員が食事を摂るために集まった際、慎二がいくらか食べ難そうにしているのが目に付いた。どうやら、頬を腫らし口元を少し切っていたようだった。確かそんな傷は朝にはなかった筈だ。
不思議に思って食卓を見回すと、サンドイッチを持つ士郎の右手が赤くなっているのに気がついた。俺達が三人で話し合っている間に、二人の間に何があったのだろうか。喧嘩であったならあの慎二が殴られてやり返さないはずもないのに、士郎に怪我はない。
けれども、士郎の様子はもう普段と変わらない。凛も何かあったか気づいた様子であったけど、士郎の様子から大事はないと判断したのか黙々と食事を摂っていた。
昼食を終え、同じメンバーでは話していても平行線を辿るだけということで、午後からは俺を除いた全員で話し合うことになった。
何故俺だけが話し合いに参加をしないかというと、凛より周辺の偵察を頼まれたからである。今いるメンバーで単独でギルガメッシュと拮抗まで持っていけるのは俺しかいないため、偵察中に遭遇しても生還できるだろうと凛により抜擢された。
リアと俺は身体能力、保有スキルのほとんどが変わらないが、決定的な違いとして魔力運用の切り替えが可能ということ――突き詰めれば、魔術回路の有無がある。
セイバーの持つ魔力噴射による瞬発的な筋力や能力の強化。俺はそれとは別で魔術回路を介し魔力を集中させ、視力や聴力の上乗せを効率的に持続させる魔力強化を行使出来る。
能力向上の幅では魔力噴射を用いた方が圧倒的に優秀だが、その代わりに効果は断続的で消費が激しく持続性に問題がある。逆に魔力強化は魔力噴射に比べ、効果の程は大幅に劣るが常時恩恵を受けることができる。
勿論セイバーの持つ魔力炉から湧き出てくる膨大な魔力を、いくらか無理矢理に拡張したとはいえ俺のか細い魔力回路の消費量では物量戦、持久戦でもなければ使い切るのは不可能だ。だが逆を言えば消費量がリアよりも大幅に削減され尚且つ、俺の魔術回路の発揮できる最大の効果を得ることが出来ているということになる。
どちらも一長一短の強化方法なのだが、基より高い身体能力、そして膨大な魔力で敵を征圧する用途のこのセイバーの身体にはこんな魔力強化なんて効果の薄い小細工は本来必要ないのだろう。こういったところは俺の方がクラス・アーチャーらしく、偵察向きなのかもしれない。
それに防衛の方も士郎がマスターであった頃だと不安が残るが、リアにイリヤという強力なマスターがついた為、大きな心配もない。
ギルガメッシュを相手に勝つことは難しいかもしれないが、引けを取ったりはしないはずだ。
「いい? 偵察してきて欲しいのは、これから攻め込む間桐邸、おかしな影が現れたっていう柳洞寺、あとは最近事件の発生が多い新都周辺ね。他のサーヴァントが接近してきたなら、可能な限り応戦せずに退いて。完全には私の魔力も回復しきってないの。消費は避けて」
「わかりました」
話し合いはどうやらこの後居間で行われるようだが、俺とイリヤは再び凛の部屋に訪れていた。偵察に向かう俺に凛からは注意、イリヤからはお願いがあるとのことだ。
「桜と…………いえ、臓硯と遭遇したなら警戒されて、練った対策は間違いなく使い物にならなくなるわ。もし臓硯に偵察していることを察知されたなら、問答無用でルール・ブレイカーを叩き込みなさい」
「し、しかしその方法では、場合によっては桜が」
助からなくなる可能性が出てきてしまう。しかしそれを言った凛の瞳は揺るぐことなく。視線は俺をじっと射抜いたままだ。
「承知の上よ。もしもルール・ブレイカーを発動させて尚、臓硯の意識が残るようならば、その場で何としても仕留めて」
「それは、つまり、臓硯を桜ごと」
「ええ」
殺せ、ということだ。
「アルト。臓硯が何を目的に動いているにしても、時間が経つだけ状況は悪化していく。もしかしたらそれが原因で追い込まれるのは私たちになるかもしれない。今考えている対策が使えなくなったからといっても、別の対策を考えているような時間は私たちにはないわ。言ったわよね? この戦争には、私たち全員が勝つのよ。私と貴女の二人だけじゃないわ。だから、そんな不手際したなら、私は貴女を許さない」
「……わ、かりました」
「まぁ、こんな昼間から出歩いているとも思えないのだけど、万が一に備えてせめて心構えだけでもね。進むでもなく退くでもなく、どっちつかずに迷い立ち止まるのが一番の悪手だと覚えておきなさい」
頷きだけを一つ、返す。
――ならば、絶対にこちらの姿を察知される訳にはいかない。俺が臓硯に存在を気取られるということはつまり、そのまま桜の命を脅かすことになる。間桐邸の偵察する時には何か方法を考えておく必要があるだろう。
「それでイリヤ、貴女は何故アルトについてきたの?」
凛からの話は終わったようだ。水を向けられたイリヤは俺に向き直り、申し訳なさそうに口を開いた。
「あ、その、ね。アルトに、見てきて欲しいところがあるの」
「……それはどこですか?」
「お城。私が住んでいた、お城」
イリヤの言葉に部屋の中に沈黙が降りる。城から連想されるものは一つ。つい先日の記憶であり、今この屋敷にいる俺達全員で掛かってたった一人の王に敗れたという、苦く、衝撃的な一日のことだ。
郊外の森その奥にある其処で、四体のサーヴァントと三人の正式なマスターを相手にあの男は交戦し、そして男の手によってバーサーカーとライダーが散っていった……己の力不足を、痛感した場所だ。
後にした時に見た城の最後の光景は、宝具の発動で内壁の至る所に巨大な裂け目と大穴が空き、財宝によって床に無数の穴が空いた、そう、まるで現代の軍隊に蹂躙された廃墟のような様子だった。
「実は、お城のエントランスの中央階段の横に仕掛け扉があって、そこを開けると地下への階段があるの。その先にはワインセラーがあるのだけれど、私の従者にそこに隠れているよう言ってあるから、その二人をシロウの家まで連れてきてあげて欲しいの。一人はセラ。もう一人はリーゼリット。二人とも真っ白い、同じメイドの格好をしているから見つけたらすぐわかると思う」
ぼろぼろになった城を脳裏に浮かべていると、イリヤが頼みたいという用件の内容を話し始める。イリヤの言った名前には聞き覚えがあった。確か、いつか士郎と一緒に行った買い物の帰り、公園で会ったイリヤが一緒に住んでいると言っていた二人の名前がそのような名前だったと思う。
「私は構いませんが……」
「ねぇ、イリヤ。それは今でないといけないことなの?」
新都からは逆方向になるのでついでに寄ってこれるような場所ではないが、イリヤにとって大事な人たちなのだろう。ならば断ることもないと思い、了解の返事を返そうとしたところで横で話を聞いていた凛が俺に被せる形で割り込んできた。
「確かにあの場所に居続けるのは酷だろうけど、私たちはこれから迅速に動いていかなきゃならないわ。それに安全なところに避難させるつもりだとしたら、サーヴァントとマスターが固まっているこの家の方がよっぽど危険よ。この屋敷には気休め程度の察知の結界しか張ってないのだから」
「出来るだけ早く……せめて今日のうちじゃないと。それに二人を避難をさせるため、なんて理由でもないわ。あの二人がいないと、私はアインツベルンとして役割を果たすことが出来ないのよ」
「それは、貴女にとって重要なことなのね?」
無言で、小さくこくり、とイリヤが頷いた。質問を投げかけた凛は、そんなイリヤの様子をじっと見つめている。
「……そうね、わかった。私たち貴女には借りてばかりだし、少しでも返しておかなきゃ負債は大きくなるばかりだもの。アルト、私からもお願い」
「わかりました」
つまりは、イリヤの頼みごとも一緒にこなしてこい、ということのようだ。元より受けるつもりでいたのだ。俺も凛に向かって頷いて見せた。
凛と俺の応答に、イリヤは可愛らしい笑みを浮かべた。話が決まって張り詰めた様子が薄れている。アインツベルンの役割というのがなんなのかはわからないけれど、そんなのは関係なしにイリヤがその二人をずっと心配していたのは間違いなかった。
「では、私はそろそろ出ます」
「あ、待って」
ベッドから立ち上がり、スカートの裾を直しているところに凛から声が掛かる。何だろうか。動作を止めて凛へと向き直る。
「確認なのだけれど、あの宝具――貴女が投影したルール・ブレイカーは、投影した貴女しか使えないのよね?」
「……いえ。真名の開放と言う意味であれば私の他に、オリジナルの持ち主のキャスターも可能だと思います。それと、士郎が投影したルール・ブレイカーを解析し、経験を読み取り自身に写すという条件を満たせば真名開放が可能でしょう。しかし投影の精度が私と士郎では違うため、開放するだけならば彼自身に投影させた物の方がいいのかもしれません。ですがそれも、実際にやってみないことには……」
今話した事は経験に基づいてのものだけれど、そのほとんどが推論である。衛宮士郎が自分とは別固体として存在するなんて状況でもなければ、そもそも検証のしようもないことだ。
「解析魔術で、武器の経験を読み取って自分に対して写す、っていうのもすごい話ね……。とりあえず条件付であれば、衛宮くんも真名開放が可能なのね。あの時、衛宮くんもルール・ブレイカーを目視していたようだから、彼がルール・ブレイカーを投影出来る条件は整っている筈。使うならば、自身で投影させた方がいいのかも知れないわね。……でも衛宮くんはアルトと違って生身の人間だし、無理はさせられない。やっぱり、ここぞという時の切り札ってところかしら」
「そのようにした方がいいでしょう。出来ることなら投影魔術自体も制限させたほうがいいと思います。私が言うのもおかしな話ですが、士郎を放っておけば自殺紛いの行動をも起こしかねません。まぁ、だからといって士郎に言って実際に聞いてくれるかはわかりませんが」
「ほんと、貴女が言う言葉じゃないわよ、それ」
「まぁ、シロウだしね」
イリヤのその言葉はどういった意味なのだろうか。士郎に宛てたものなのか、それとも俺に宛てたのか。
どちらなんだと問い質す意欲はない。過去か今か。恐らく精神的に大きな違いがない俺と士郎では、例え士郎を指していたとしても自分を指しているのと大きな違いはないだろう。……俺、成長してないのだろうか。
「それじゃ、アルトお願いね」
「任されました」
最後にイリヤに言葉を返して、凛の部屋から退室した。
宛がわれている離れの部屋で、カーディガンを羽織ってから玄関へと向かう。辿り着き、座って新しく凛から借りたブーツを履いていると、外からリアが帰ってきたようだ。丁度履き終えたところだったので、立ち上がって出迎える。
「おかえりなさい、リア。どこかに行っていたのですか?」
「ああ、アルト。ただいま帰りました。時間があったので、この屋敷周辺の警邏をしていたのです。といっても何も異常はなかったのですけれど」
「いえ、何もないのならそれに越したことはありませんね」と続けて、リアは笑みを浮かべた。何というか、活力に溢れている。本来の調子を取り戻したことによるものか、機嫌もよさそうだ。
「アルトはこれから偵察に向かうのですか?」
「ええ、そのつもりです」
「ならば、私から一つ忠告を」
こほん、と咳払いするリア。忠告と聞いては、俺も姿勢を正してリアを見る。
「アルト、貴女は『セイバー』ではありません。ギルガメッシュ相手に用いたという戦法を考えれば、なるほど貴女はアーチャーであるのでしょう。とはいえ、その身体は私とほぼ同じものです。私が気配を遮断する術を持たないように、恐らく貴女にもそれは出来ない。ならば、相手がサーヴァントであれば付近にいるだけで存在を察知されてしまいます。偵察であれば、その点を留意しておくと良いでしょう」
ふむ、と思わず頷いていた。
そうだ。衛宮士郎であった時とは違い、今の自分にはサーヴァントとしての気配があったのだ。気配を察知する感覚は、いつもリアが近くにいるために当たり前の感覚になってしまっていて、変に麻痺してしまっている部分があった。
確かに考えてみれば、こちらが気配を察知しているということは、あちらも俺の気配を察知しているだろう。アサシンとギルガメッシュは例外だが、他のサーヴァントには特有の気配があって直感的にサーヴァントが近くにいるとわかった。然程精度は良くないが、クラスによっては違うのかもしれない。
「わかりました。その辺りも気をつけてみます。……それでは、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて」
リアの言葉を背に、俺は玄関から外へと歩き出す。
今日はしっかり陽が差しているだけ、他の日に比べてまだ暖かい。空の様子を見ても雨の心配はなさそうだ。そして空を見上げたまま立ち止まり、少しの間思案。
さて、セイバーの脚力であれば道路を高速で疾走したり、屋根から屋根へ跳び移って移動したり出来るのだけれど、もし人目に留まれば奇異の目で見られることは必至だ。注目を集めずに移動するにはバスなどの真っ当な交通手段を用いるか、歩いていく他ない。他のサーヴァントのように霊体になれれば、また別なのだろうけど。
「となると、まずは柳洞寺。山の上からなら、何かわかるかもしれない」
そう一人ごちて、屋敷の門をくぐって抜けた。