風が強く冷たく、ゴウゴウと流れていく。地上より遥か高いビルの屋上。
そこで、俺は剣を構えたまま現れたランサーを見据えていた。対するランサーの手にもいつの間にか赤い槍が握られている。地の感触を確かめるように、視線を外さないまま足裏でコンクリートを摺っている。
俺とランサーを中心に空間が張り詰めていく。
「ま、ぐだぐだと話すのは後でもいい。まだ日も高い。だが、こんな人目のつかないとこでサーヴァントが会ったんだ。まずは手合わせといこうか」
ランサーが俺を見据えて、ぎらぎらとした獰猛な笑みを浮かべた。声に紛れるように、ひゅんと風切り音が耳に届く。赤い残像が周囲を走り、魔槍ゲイボルクがその存在を誇示している。
喉が鳴った。自然と、じわりと手の平に汗がにじんでいた。過度の緊張感と一緒に頭によぎっているのは学校での一戦。サーヴァントとして喚び出され、他のサーヴァントと初めて
……あの時、偵察目的であったランサーは全力ではなかったのだ。それが確信となって、俺の思考の中で固まっていく。
中断したとはいえ優勢なままに乗り切れていたことで、つい今しがたまでランサーの実力を俺は勘違いをしていた。
ああ、勘違いだ。ランサーがサーヴァントの中では大した事のない相手であるなんて、これ以上ないほどの。
ランサーは強い。恐ろしいほどに。一対一ならば、その宝具の特性と相まって無類の強さを誇るに違いない。目の前にいるランサーと喚び出されたばかりの俺が戦っていれば、俺が負けていただろう。――確実に。
バーサーカー、アサシン、ギルガメッシュ……。あれから幾体のサーヴァントと剣を交えた今だからそう理解る。いくら最優のサーヴァントであるセイバーの身体能力を持っていても、いくら剣の経験に頼りセイバーの動きを模倣していても。英霊は付け焼刃で圧倒できるような容易いモノではない。
「はっ!」
ランサーに言葉を返さずに、前方へ向かって身体を低く倒し地面を踏み切った。
魔力噴射により上乗せされた人間離れした脚力がしっかと地面を捉える。体の芯に力が溢れて暴れ出す。一個の砲弾になったような加速感が体を襲う。
「っと、話が早え、なっ!」
瞬間的にランサーとの距離がゼロになる。突進の速度を乗せたまま、流れるように両手のエクスカリバーを横に薙ぎ払う。
砲弾から放たれる剣線は風を切り裂き、空間を断ち、その先のランサーを二つにすべく襲い掛かる。
「ちィッ!」
金属がかち合い、弾かれた。耳に障る音が響く。身体に纏わりついていた空気が急激な停止で引き離され、層を成してランサー側へと流れていく。
次いで漏れた音はランサーの舌打ち。今俺の放ちうる最速の一撃は、呆気なくゲイボルクで受け止められていた。記憶の中のランサーであれば、倒せないまでも受けた槍ごと弾き飛ばせていた一撃だった。
それが目の前の本物はどうだ。渾身の一撃をいなし、槍のしなりを利用して受け止めている。
「……。やはり、偵察の際は全力ではなかったのか」
後退し、距離を広げる。防がれるというあまりに予想通り過ぎた結果に俺は声を上げていた。
「いいや。間違いなく全力だったぜ。ま、あん時は一遍は負けて帰って来いって言われてたんで、制限された中でのってのが先につくけどな」
対するランサーは両手を走らせ、槍をしならせながら言葉を返してくる。最後まで紡がれると同時に、円の軌跡を描き終えてその穂先が俺へと定められる。
「だが、まぁ……これだよな! 折角のサーヴァント、こうでなくちゃわざわざ喚ばれた意味がねぇ!!」
声が空気に溶け終わる前に、ゲイボルクが俺の顔面へと襲い掛かっていた。それは視認すら困難な赤い軌跡。セイバーの体験夢を含めて尚、記憶の中で最速の一撃。
だが何故か俺は、それを間髪入れずに両手に握るエクスカリバーで叩き落すことが出来ていた。
その驚愕の事実を鑑みる暇もなく、次撃が散弾銃のように迫り来ている。対して身体が、考えるより先に反応する。躊躇なくその場から離脱し、回り込みながら槍を掻い潜る。
頬を赤い軌跡が掠める。ギャリ、と鎧が削られる。いずれも、以前のような視認してからの回避では到底間に合わなかったろう。
どうすれば避けられるのか、どうすれば戦えるのか。拙いながらも『剣』からではない『経験』が俺を動かし始めていた。
『剣の経験』では、迫る脅威に対して剣本来の持ち主がしていた対処で振り払うことしか出来ない。視認してその脅威の種類を見極め、『剣の経験』から最も酷似した体験を引き出し行使している。
防衛手段としては条件が限られ選択肢が限られるために瞬時に対応でき優秀なのだけれど、攻撃に転じると逆に、選択肢が多すぎてどれが最適であるか俺には判断出来ない。
戦闘の機微に疎く、駆け引きを知らない。経験が圧倒的に足りていない。それはリアとの稽古で痛感していたことだった。加えて『剣の経験』に頼った攻撃に対する対処も剣本来の持ち主すら知りえない手段での攻撃には対応できないし、視認が困難な攻撃でも手順や身体能力の関係で捌き切れなくなる。
今回は後者。ランサーの攻撃がセイバーの速度を上回っているために、経験に頼ろうとも限界がある。
そんな、恐らく制限を解かれたランサーを相手にしていても、俺は戦いの形に持っていけている。初戦にて制限のかかったランサーを相手に圧倒できなかった俺が、全力のランサーを相手にこうして戦えてしまっているという事実は本来、有り得ないことだ。
あの時の俺は確かに持てる全ての力で戦っていた。だとしたら俺は今負けていなくてはならない。何故ならば、英霊とは成長しえないものの筈だから。
英霊とは完成された存在である。技に生前よりの衰えはなく、そしてそこよりの成長もまたない。
喚び出された後蓄えられる物は知りえぬ他の英雄の知識であり、それを運用し、戦術として活用することはできよう。けれど、英霊として根付いた戦闘方法は強靭故に柔軟性に欠け、他の戦法を応用し力量に反映することはない。
聖杯戦争の間存在を許され、役目を終えたらその存在の力だけを残して消滅する。存在の力を座に戻す際に付随した知識の補填はされるものの、経験の継承までは行われることはない。
歴史上最高峰の存在の再現。そんな完成品に手を加えることは、本人たちだとしても出来ることではない。端的に述べてしまえばサーヴァントは英霊の、短命なクローンのようなものである。
サーヴァントたちの持つ技は身体へ刻み込まれ、形を成して財産と成ったものだ。そして、その財産とはつまり英雄たる生き様である。
一ヶ月ほどの聖杯戦争で消滅するサーヴァントに、新たな技の発展は望めない。己の一生と自尊心を捨て、小手先で学び得た物に命を預ける英霊はいない。たとえ学び得たとしても、数日後には己の身と共に刻み込み始めた技も消滅していく。得られるものがなにもないのだ。
その中での例外が俺だ。身体となるセイバーはまだ死していない為に、知識が、肉体が延長している。そして英雄の中でも抜きん出た身体能力を持ちながら、俺は戦闘方法を持っていなかった。
そもそもに、俺は英雄なんてものじゃない。それ故にもちろん自尊心など欠片もなく、俺というキャンバスにはセイバーの色が乗り始めたばかりだった。無地だからこそ様々な武器に共感し、その色を持ってくることが出来る。確固とした戦闘技術を持たないから、抵抗なく他の剣技を模倣することが出来る。生身だからこそ、新たに技を刻み込み発展させていくことが出来る。
そうして俺はサーヴァントでありながら、初めの一戦よりも確実に成長していた。知識を得、戦い方として
勿論セイバーの身体能力を十全に引き出せているわけではない。未来予知のような勘が回避の補佐をしてくれなければいいようにやられるのは目に見えている。けれども、勝てぬまでもこうしてサーヴァント相手に白兵戦だけでも渡り合えるようになったのは、短いながらも練磨した成果、そして他のサーヴァントと戦ってきた経験が活きているのだろう。
「くっ!」
学校で交えた一戦が、逆に感覚を狂わせている。想定していたものを軽く凌駕している。なまじ覚えてしまっていたランサーの槍術、同じ体勢から繰り出される一撃の軌道が同じでも、早さも威力も全て質が違う。
加えて風王結界で不可視となっているエクスカリバーの有利がある程度看破されてしまっているのが痛手である。視えないとわかっていれば、それはそれでやりようがあるものだ。事実、ランサーの回避が余裕を取った大げさなものから少しずつだが修正されている。まだ完全にこちらの刃圏を読まれてはいないようだが、把握されるのは遠い話ではないだろう。
しかし同時に、ランサーの動きが俺の脳内で修正されている。端的に表せば、慣れだ。いかにセイバーを超える速度を持っていても、見続けていればその速度も覚えられる。
問題は、その速度で絶えず押し寄せてくる圧倒的な手数に、こちらが攻めに転じることは出来ずにいることか。
――そうしたまま都合数十合の末、転機を作るべく大きくランサーを弾き返す。金属音が大きく響き、息を荒く吐く音が残る。
いくらリアを相手に稽古をしていたからといっても真剣勝負となればサーヴァント相手は俺の手に余る。戦闘経験の乏しい俺では、戦えるといっても一合一合を区切ってみれば力任せのその場凌ぎといった感が強い。敵を上回る身体能力を持っていても単純な近接戦闘での打倒は不可能とは言わないまでも難しい。
両者の空間が広がったところでランサーはおもむろに構えを解き、ゲイボルクを肩に担いだ。ランサーのその様子に、俺もランサーの速度に備えた低い構えを止め、静かに呼吸を整えながらセイバーの構えへと戻す。
「――――どうした、ランサー」
ランサーは俺の問いかけに対して無言を貫いたまま、顎に手を当てて俺を眺め見ている。
見つめられている俺は思いも寄らぬランサーの停止に、下手に動けない。そのまま数秒もした頃、ランサーは会得がいったように顎に当てていた手を解いた。
「……なるほど、やはりな。言っていたのは冗談でもなかった、か」
「何のことだ?」
「何。確か以前一戦交えた時に言ってたよな。『セイバーではなく、アーチャーかもしれない』ってよ。そん時は聞き流しちまったが、言葉通り、嬢ちゃんがアーチャーなんだろう? 道理で街中を何日捜してもアーチャーを見つけることが出来ないワケだ。そりゃそうだ。もう既に戦っていたんだからな」
……言った覚えは俺にもある。あの時は余裕を見せる軽口のつもりで言い返したことだったのだが、ランサーはそれを覚えていたようだ。偵察目的と言っていたランサーはその後も、アーチャーを捜して街中を駆け回っていたのだろう。
「それは、そちらが勝手に思い違いをしていただけだろう。……そも、私がアーチャーだとするならばどうするつもりだ?」
「いいや、どうもしねぇさ。これで全サーヴァントと偵察を済ませたことがわかったしな。晴れてお役目を果たしたわけだ。つっても、そのサーヴァントも半数はもういないみたいだけどよ」
何のための偵察だったんだか、と息を吐いて、ランサーは相好を崩す。
どうやら、手合わせとやらは終わりであるようだ。ランサーがサーヴァントを前に、槍を収めて会話を試みていることが何よりの証左だろう。
しかしだからといって、つられて気を緩めたりはしない。警戒を解くわけにはいかない。俺に、油断をする余裕なんてあるはずがない。
「お前さんがアーチャーだとすりゃ、やっぱあの青い服の嬢ちゃんがセイバーか。剣はよく似てる程度だったから気づけたものの、そっちまで同じようなら俺は今も街中彷徨ってたところだ。ま、姿は色さえなけりゃ正直なところ見分けつかねえけどな」
「……」
返す言葉は見つからない。サーヴァントから見れば、俺の戦い方は剣の英霊としてはやはり未熟に映るのだろう。少なくともランサーにして、俺とリアを比べて直ぐにリアがセイバーであると思い至るぐらいには、俺の剣は見劣りしていることになる。
……だがまぁ、比べる対象がリアではあまりに分が悪いのも確か。例え百年間剣の鍛錬をし続け限りなく近づいても、見劣りするのはやっぱり俺の方だろう。
「結局のところ、ランサー。お前の目的はなんだ?」
俺の剣がリアに劣ることなんていうのは言われなくてもわかっていること。それよりも、どうにもランサーが何の目的で俺を追ってきたのかが不明瞭だ。サーヴァントを倒すつもりで来ているなら、把握している限りのランサーの性格からのんびり話しかけてくることは考えにくい。
俺が問いかけるとランサーは頭をがりがりと掻いて、空を仰ぐ。
「一つは、アーチャーの特定だ。お前さんがアーチャーであるかどうか。ある程度推測が立ってたから令呪の制約もなくなっていたんだが、はっきりさせておかねぇことには気持ちが悪い。手合わせはまぁ、俺の性分みたいなもんだ。前に言ったように、マスターさえ居合わせていればここで決着、ってとこなんだがな。……ああいや、これを言った相手はセイバーの嬢ちゃんにだったか」
ランサー本人はその情報の公開に何ら関心を払っていないようだけれど、偵察はマスターの令呪行使で行っていたようだった。偵察を命令するだけで令呪を使わなければならないほど、ランサーはマスターに反発したのだろうか。となると、信頼関係は薄いのかもしれない。
「一つ、というなら他にも用があるのか?」
「……そうだな。残りは情報収集ってところだ。何やら今回の聖杯戦争はキナ臭え。裏で何か
それは恐らく、生き残っているサーヴァント全員が感じていること。表向きは士郎と凛が順調に勝ち進んでいるが、陰の部分で根本を揺るがすような動きが見え隠れしている。
それに、最近になって夜中にふと奇妙な気配を感じるようになっていた。それこそ、サーヴァントのように世界と契約しているような存在にしか感じられないような微量なそれを。
これがキャスターの言っていた、黒い影という奴なのだろう。言葉をいくら飾っても、突き詰めれば『嫌悪』に行き着く気配。口にこそ出さないが気配発生と同時にリアの気配がはっきり揺らぐことから、俺以外の他のサーヴァントも感じ取っていたはずだ。けれど――
「……それを、何故私に?」
「考えてみろ。残ったサーヴァントはセイバー、アーチャー、キャスター、それに俺だ。キャスターのやつは巣穴から出てきたと思ったら転々と拠点を移して逃げ回っているだけで、聖杯戦争に参加する気があるのかも疑わしい。そうなると俺以外にマトモにサーヴァントやってるのはお前らしかいない訳なんだが、ライダーやバーサーカーのマスターまでくっついてるじゃねえか。俺にはどうにも、サーヴァント以外のナニカに備えて動いているようにしか見えなかった。情報を得られそうなのはお前らのところぐらいってのもあるが……」
そうか。考えてみれば、集まっているサーヴァントの数こそ俺とリアの二人だけだけれど、マスターを数えるなら七人のうちの四人が一つの場所に集中していた。
慎二はライダーを従えていただけで実際はマスターではないが、ライダーと交戦を目的にしていたランサーがそれに気づくことはなかったのだろう。
「で、どうなんだ? 嬢ちゃんの方で何か掴んでるんじゃないのか。まぁ聖杯戦争も続行中だからな。俺も嬢ちゃんも変わらず敵同士ってのもあるから俺も無理にとは言わねえが」
「……」
――これは、どうすべきなのか。キャスターの言い振りでは黒い影はサーヴァント共通の敵のようであるため、同じくサーヴァントであるランサーにも警戒を促すべきなのだろうか。
それに、サーヴァント以外のナニカといえばギルガメッシュもそう。だが、アレは第四次のアーチャーだ。必然的にそれを維持している人間がこの冬木にいるのでランサーがどこかで遭遇している可能性もある。
……どちらにせよ、俺が独断で決めてしまうのは問題だ。
「ああ、サーヴァントのお前さんの一存で決められるもんでもない。マスターと相談してくれて構わねえ。うちのマスターもそう言っている」
タイミングを計ったように、ランサーが先の言葉を補完する。聞いて、逡巡は一瞬。意識を”ライン”へと向ける。――繋がりの先には衛宮邸。間を空けず念話で呼びかける。
〈凛、聞こえますか? ランサーと遭遇しました。交戦した後、情報を求められています〉
〈――ランサーと……貴女は無事なの? それに情報って、ランサーが求めている情報の種類は何?〉
呼びかけると直ぐに凛から答が返ってきた。ランサーを窺ってみると、彼は先ほどの位置よりすたすたと歩き、ビルの淵に着くとその場で座り込んで海の方を眺めている。こちらを警戒している様子は、少なくとも目に見える範囲では微塵もない。思考の方向を凛へと戻す。
〈ええ、私は無事です。ランサー……いや実際求めているのはランサーのマスターのようです。欲している情報は、今回の聖杯戦争で暗躍しているモノ。ほぼ間違いなく黒い影のことでしょう。ですが条件ではギルガメッシュにも合致します〉
〈――そう。それを何故私たちに求めるのかは訊いた?〉
〈残ったサーヴァントの内、聖杯戦争をまともに続行しているのがランサーの他には私とリアだけだから、と〉
〈――…………。交換条件を持ちかけなさい。こちらの質問に答えるなら、構わないって。でも、流していいのは黒い影の情報だけよ〉
そう言って、凛からの念話が一旦切れる。距離を置いたランサーに一歩を進めると、あちらも歩み寄ってくる。
「こちらからの質問にも答えるならば、構わない」
「ま、だろうな。貰ってばかりは道理が合わねえ。こっちもその条件で構わん。俺から持ちかけた話だ。訊きたいことがあるなら先にしな。勿論、虚偽を返したりは俺の名に誓ってしない。……ああ、だからって流石に俺のマスターを教えることは出来ないがな」
〈――どう、条件は呑んだ? なら、私の言うとおりに質問して。ランサーの言葉も、一字一句違えずにこっちに伝えて〉
ランサーの言葉に、間髪入れずに凛の念話が俺に届く。凛に了解の返答を当然のように返し、今のランサーの返答もそのまま凛へと伝える。
その後、十数秒してようやく凛から念話ですべき質問が送られてくる。しかしその質問の内容に、俺は思わず息を呑んでしまった。訊く相手を間違えているのではないか、いや相手が合っていたとしても一つクッションを置くべきではないか。
そうは思うが、自分が気づいていない何かを先の問答から凛は確かに掴んでいたようだった。異論を挟むことなく、繰り返すように口を開く。
「……先に条件の確認だ。ランサー。お前のマスターを私に教えることは出来ない。嘘をつかない。間違いはないな?」
「ああ」
「わかった。ならば、これがこちらからの質問だ。――今現在、前回の聖杯戦争でのサーヴァント・アーチャーを従えている、マスターに当たる人物は誰だ」
何故その質問をランサー相手にぶつけるのか。そもそもランサーがギルガメッシュの存在に気づいて、マスターを把握していると確信している根拠はどこにあるのだろうか。
疑問は残るが、確かに質問を投げかける。その突拍子のない質問には、ほぼ間違いなく、「知らない」と返されると踏んでいたのだが。
「――――」
何故か、容易く返せる筈の質問に対し、ランサーが言葉を発することはない。目を見開いたままであった。
幾許かしてようやく、ランサーは深く息を吐いた。空を仰ぎ見た後、こちらへと向き直る。
「いや、参った。そっちのマスターの嬢ちゃんはどこで気づいたんだ」
参った、などと言いながらランサーの顔には笑みが浮かんでいる。「これなら、あいつも出張らざるを得ないだろう」――そう言って、それは嬉しそうに笑う。
言葉を切って一拍置いてから、ランサーの表情が消えた。
「いいか。俺は嘘はつかねえ。それを踏まえた上での返答だ。――『答えられない』、だ」
〈――やっぱり!〉
ランサーの言葉を伝える俺の念話を遮って、凛の激昂した声が頭の中に響く。
質問に答えると明言したランサーが『答えられない』と返答する意味。……ランサーのマスターは、ギルガメッシュのマスターと同一である、ということだ。
そこまでは俺にもわかったが、それを推察できた理由が不明だ。どうやら俺とランサーの会話に糸口があったようだが、俺にはそれを見つけることが出来ていない。
〈――それだけじゃない。そのマスターの正体も判明したわ〉
〈どういうことですか!?〉
〈――後で、説明してあげる〉
「おい、もういいか?」
そう声を掛けられてようやく、こちらからも提供しなければいけないということに気がついた。
「あ、ああ。そちらが欲している情報は、陰で動いているナニカ、だな。生憎私も人伝で聞いたもので、実際に相対した訳ではないから詳しいことまではわからない。ただ、キャスターがあの要塞とも言える場所から撤退したのはソイツの仕業だ。魔力弾を素通りし、他人の使い魔の支配を奪い、人が触れれば細胞ごと
「――――」
マスターに念話で情報を送っているのだろう、ランサーは身動ぎもしない。
構わず俺は話を続ける。
「私とセイバーが影と遭遇したとして尚勝ち目はないと、強いてはサーヴァントの天敵であるとキャスターは判断している。間違いなく、真っ当ではないものだ。ランサー、お前であっても恐らく結果は変わらない」
「ならばこそ俺が、と言いたいところだが、赤青二人の嬢ちゃんが揃って勝ち目がないとなると流石に分が悪いかもな」
そうは言いつつも、ランサーの目は爛々と輝いて曇ることはない。勝ち目がないとしても、戦わないという選択はランサーには存在しないのかもしれない。
「こちらで把握しているのはそれぐらいだ」
「……『確かに。そちらのマスターと相見えられないことが至極残念ではあるが、有用な情報に感謝しよう』、だとよ」
ランサーは背を向ける。用件は済んだということなんだろう。
「次
「……そう、だな」
ランサーにそれだけを何とか返すと、彼はゲイボルクをコンクリートへと突き立て、その反動でビルの淵より地上へと飛び降りた。
気配が離れていく。数秒としない間に察知できる範囲からランサーは去っていってしまった。
「……」
ビルを駆け上がり、手合わせを仕掛けてくると思えば、情報交換を願い、余韻もなく去る。狐につままれたような心境で、辺りを見回した。
――変わらない。ランサーのいた痕跡は、最後にコンクリートへ突き立てた穴だけだった。屋上には、ランサーを察知する前と同じように風が吹いている。変わらず風は強く、冷たく、流れている。
それをしばらく眺めた後、ビルの下り階段に向かって足を向けた。
他サイト様に掲載させていただいていたのは以上になります。
みなさんの一時の暇つぶしにでもなれば幸いです。