この二話に繋げるために以前公開していたものの展開をちょっとだけ前後させています
新都を出て、橋を渡り、深山町を抜けていく。最中、頭に直接届く声を相手に会話しながら、道を進んでいた。
ランサーが去ってから凛に念話越しに説明を求めて、そうして返ってきた凛の第一声はこうだった。
〈――アルト、貴女は何故、ランサーが残ったサーヴァントを四体だとこんなにも早く断定することができたと思う? ライダーとバーサーカーが脱落したのは、つい先日のことだっていうのに〉
先のランサーとのやり取りで俺が思う疑問は二つ。ギルガメッシュとランサーのマスターが同一だとわかった根拠。そして判明したというマスターの正体。
それについて問い掛け、回答という形で返ってきたのがこれだ。ということは、ランサーが他のサーヴァントの残騎数を把握していることが、そのマスターへの手がかりなのだろうけれど。
〈彼が言っていたように、偵察をしていたのでは……〉
自分で考えてみるも、どうにもピンとこない。返す言葉も自信のない推測になってしまっていた。
けれど、まったく根拠がないというわけでもない。どうにもランサーは結局この聖杯戦争中、戦力偵察と情報収集に終始し、真っ当な戦闘行為をしていないような口振りだった。
だからこそサーヴァントがほとんど残っていないと口にする時に悔しさの感情が表に出ていたのだろうし、俺なんかにも真っ先に手合わせを申し入れたのだろう。戦闘もせずに偵察していたぐらいなのだから、残っているサーヴァントの数を把握しているのも欠かさぬ偵察の賜物なのだと思っていたわけなんだけれど……。
〈――その可能性も否定はできない。でも、少し深く考えてみなさい。今回、貴女がランサーを捕捉できたのはランサーから発されるサーヴァントの気配を察知したからでしょう? 外からは目視出来ない城の中での戦闘を確認できるほどにランサーが近づいても、貴女やリアはサーヴァントの気配を感じ取ることは出来ないものなの?〉
〈そうですね…………いえ、あの城の内部を外から覗き見るにはせめて城の外壁まで近寄らねばならないでしょう。その距離であったなら私でも充分察知可能です。宝具を放った後は気配を探る余裕はありませんでしたが、それまででしたら間違いなくランサーの気配を感じることはありませんでした。ライダーはともかく、あの付近にいたサーヴァントは私とリア、それにバーサーカーだけの筈です〉
〈――実は一応、貴女から念話が来てすぐにイリヤにも確認をとってあるわ。あの戦闘前後に、森入り口の結界を潜ってきた侵入者について。結界に反応があった侵入者はギルガメッシュに私たちだけ。ライダーと間桐くんはペガサスに乗って空から入ってきたから察知されなかったみたいだけど、同じように、というのはランサーに出来る芸当じゃない。もし貴女が朦朧としていた時――私たちが城を離脱した後に侵入したと想定しても、根城にしていたバーサーカーはともかく、ライダーの脱落までを把握出来る筈はないわ〉
ということは、アインツベルンの城で戦っていた俺達を気づかれずに偵察して帰るのは、長距離を飛行するスキルを持たないランサーでは不可能だ。しかしそれでは、ランサーが知り得ない情報を別のどこかから手に入れていたことになる。
〈――もしもアインツベルンを偵察をしていたなら、ギルガメッシュの正体についての何かしらのアプローチ、それがなくとも存在を匂わせるぐらいの前振りがなければ話の順序がおかしくなる。私たちと一緒にイリヤと間桐くんが行動していることを知っていて、ライダーやバーサーカーが倒したサーヴァントが不確定であるなら、その確認を取るのが当然の行動でしょう。それをしないということであれば、ライダーとバーサーカーを倒した存在を知っていなければならない。だけど、ランサー自体にはそれを知る術はない。アインツベルンの森にランサーは近づいていない。ギルガメッシュと、脱落したサーヴァントのクラスについては、あの城で戦っていた人間やサーヴァント陣営以外には知る事の出来ない情報になるのよ〉
〈私たち以外になると、残るは〉
〈――そう、ランサーとは別口で私たち以外にアインツベルンの城での状況を知っているのは、襲った張本人であるギルガメッシュしかいないわ〉
〈つまりランサーは、マスターを通じてギルガメッシュと繋がっている?〉
〈――その可能性が高かった、ということ。そして前回の聖杯戦争のサーヴァントであるギルガメッシュを保持し続けられ得るのは、この地では間桐に言峰の二人が最有力。私や桜、衛宮くんなんかも条件的には合致するけど、とりあえず除外するわね。間桐がライダーとは別にランサーとギルガメッシュを従えていて、間桐くんが二体どちらにも気がつけないとは考えにくい。彼は魔術師ではなくても、仮にとはいえライダーを従えていたのだから。そうなると、残る人物は一人だけ〉
ごくり、と喉が鳴る。
〈……言峰。言峰、綺礼〉
〈――聖杯戦争を管理する教会には、サーヴァントの存在を察知する魔術道具なんかも存在するわ。ランサーからして、存在している筈なのに姿が見えないアーチャーに固執した理由もいくらか説得力が出る。衛宮くんみたいなモグリでもいない限りこの冬木に滞在している魔術師は事前に確認してあるのに十日以上尻尾すらも掴ませないなんて、私たち以上に地理に熟練しているか、そもそもマスターである筈が無いという前提がなければ不可能よ。……言峰綺礼がマスターであれば、不自然な点のほとんどが解消されるわ〉
いくらかは推測混じりのこじつけになっちゃうけど、ランサーの最後の返答からすると間違ってなかったみたいだしね、と凛は続ける。
〈――何がきっかけになったのかはわからないけど、綺礼は何としても影の情報を欲しがっていたようね。それこそ、私たちに正体が露見するのを承知の上で。それも、こちらが質問の選択を少し間違えていたら、上手くはぐらされていたのだろうけど〉
だが逆に、現時点では、聖杯戦争の監督役を務め、加えて偵察までしていた言峰をして、その黒い影の存在を掴むことができていなかったということだ。
……いや、そう決め付けてしまうのは早合点だろう。何らかの異変を感じ取っていたからこそ俺たちに話を持ちかけてきたのだろうし、こちらが知りえない何かを知っている可能性は高い。
〈言峰は、黒い影についてどこまで把握しているのでしょうか……〉
〈――絶対とは言えないけれど、黒い影が発生しているということはアルトに訊く以前に掴んでいたのかもしれない。サーヴァントが少ない、なんて当たり障りのない理由を言っていたけれど、情報を得るという点で黒い影に実際会ったのかもわからない私たちを頼んでくることは考えにくい……。いえ、既に黒い影がどういったものなのかを綺礼が発生以前に掴んでいたら……持っている情報と符号させて、私たちのいう黒い影と言峰の知っているソレが同じものだと判断さえ出来ればよかったのかもしれない。どちらにしても、おそらく言峰は黒い影が『どういったものなのか』は掴んでいるでしょう。私たちよりもそのものについて理解は深い筈。けれど、細かい能力までの把握が出来ていなかったのか――いえ、発生し得ることはわかっていてもその発生条件を把握していなかったのか〉
暗躍していた言峰にとって、正体を露見されるよりも重要性の高いだろう『黒い影』。もはや聖杯戦争での唯一の敵といっていい俺達を相手にして圧倒的有利である要因を手放すまでとなると、考えられる理由はいくつもない。
聖杯戦争を勝ち抜くために、黒い影の動向を掴んでおく必要がある。つまりは、黒い影自体が聖杯を得る条件である可能性。
もしくは聖杯ではなく、元より黒い影を用いて事を為そうとしている腹積もりであった。当初より黒い影が言峰の目的だったという可能性。
万能機と呼ばれる聖杯とを秤に乗せ、黒い影に傾くとすれば大別すればそのどちらかだと思うのだけれど。
〈そもそも、言峰は今回の聖杯戦争に何を求めているのでしょうか? 聖杯戦争を勝ち抜くには姿を眩ませていた方が、言峰にしてみれば間違いなく有利であったというのに〉
ここまで事を運んでいるなら、正体を伏せたまま全てを済ませることも可能だったのではないか。それが出来なかったとすれば、一番考えに易いのは時間的な制約だが……。
どちらにしても、言峰の心理がまったく読めない。何を求めているのか、あの虚の瞳はこの世界をどう映しているのか。そしてそんなアイツに対して言い知れない嫌悪を感じてしまうのは何なのか。
〈――とりあえず、用事を済ませたら戻ってきて。道筋はともかく、アイツの動機を常識的な思考で割り出そうなんて、時間の浪費の末に無駄な徒労に終わるだけよ〉
〈わかりました。新都近辺の偵察は終えたので、これよりアインツベルンの城へ向かいます〉
〈――ええ、気をつけてね〉
念話を終えて走り出した。
郊外に向かっていくにつれて人がどんどんいなくなっている。商店街から外れて凛の家辺りに差し掛かる頃には歩いている人も車も皆無といっていい状態だ。
周囲に人目がないのをいいことに、どんどんとストライドを伸ばしていく。新都と比べて人が少ないので、いくらかなら大丈夫だろう。
踏み込み、地面を蹴る。景色を置き去りにするように身体が跳ねる。こういった広いところを走ると、セイバーの身体能力の高さがわかりやすい。
たん、たん、たんとリズミカルに走っているうちに、いつしかかなりの速度になりつつあった。具体的にいうと百メートルぐらいならば十秒掛からず余裕を持って走破してしまえる。
まだまだ全力ではないとはいっても、人に見られたらよろしくないことに変わりはない。人の気配が近づくのを感じ取ると、急制動をかけてジョギングぐらいの速度へと戻す。
通行人もブラウスにスカートでジョギングしている俺に不思議そうに視線を向けるが、気がそぞろなのか特に異常と言うほどに気を留めるほどではなかったようで気にせず通り過ぎていく。
そんなことを繰り返していると、あっという間にアインツベルンの森の入り口へとついていた。日の傾きを見るに大体午後四時といったところだろうか。あまり時間をかける訳にもいかないので、エクスカリバーを顕現させ最低限の警戒をしたまま森へと進入していく。
森の入り口はまだ無事な木々が多いが、少し進めば以前は立ち並んでいただろうそれらが無残に薙ぎ倒されている。昨日の今日だ、その光景は変わっていない。傷痕は生新しい。
きっと、この辺りからバーサーカーとギルガメッシュは戦っていたのだろう。ここからでは未だ城は見えない。だというのに、そんな距離をイリヤを護りながら城まで撤退し切ったのか。
思わずバーサーカーに対して畏敬の念を覚えてしまう。サーヴァントの身体能力を駆使するなら十五分そこらの道のりだが、ギルガメッシュを相手にマスターを護りながら退く距離にしては余りに長い。
薙ぎ倒された木々を足場に、飛び移るようにして先へと進む。少し進めば、開けた視界の先には靄がかった城。障害物のなくなった道は、城への所要時間を短縮させていた。
城へと着いた俺がまずしたことは、気配を探ることだ。
ギルガメッシュにはサーヴァントとしての気配はないが、そのカリスマ性からくる圧倒的な存在感は常人の其れとはかけ離れているために、生物としての気配を察知するのは難しくない。
……気を張って進んでいっても、サーヴァントも人の気配も城付近で感じることはなかった。緊張を緩めることなく、極力気配を絶って城へと侵入していく。
外観からして城には穴や裂傷が走っていたが、中は更に酷い。端的に表せば、廃墟になっていた。
昨日の戦闘中は周囲に注意する余裕なんてなかったものだけれど、こうして体調が復調して冷静に見て回ると殊更に思う。階段は崩れ、壁材はそこかしこに屍を晒している。声はもちろん物音すらなく、吹き入れられた風だけが悲鳴のように音を立てている。その中を歩くと、足音が虚しく反響していく。
息苦しい。昨日の戦闘でマナが荒されて、大気中の魔力の密度が薄いままだ。一日程度でははっきりとは言えないが、地脈にもダメージが残っているのかもしれない。――少なくとも今、この城は死んでいた。
無言で中央階段の横――話にあった隠し扉を探し当てる。中を覗いてみると明かりはなく、外からの光で階段になっているのがわかる程度だ。
扉を閉めて立ち尽くす。目が暗闇に慣れるのを見計らって魔力で視力強化を施した。そして炉を励起させて魔力を生成。
ぼう、と体内から淡く溢れるエーテルの魔力光がほんの微かに辺りを照らす。噴射というほどでもないので、魔力放出といったところだろうか。副次的なものだけれど、これならば遠方の視認は出来なくとも周囲のものぐらいなら確認できる。
こつこつと地下に続く階段に、音が響く。
イリヤの言っていた従者はこの先のワインセラーに避難していると言う話だが、中は地下だけあって大分冷える。少なくとも人間が快適に過ごせる空間ではない。一刻も早く連れ帰ってあげたほうがいいだろう。時間をかけていたら衛宮の家に戻るのが遅くなってしまうだろうし。城に辿り着いた時だって、もう空は橙色になりつつあった。
少しだけ進む速度を上げようと足を伸ばしかけて、止める。
階段を下りているまでは何の異常もなかったが――下り切ったその瞬間に、感覚に違和。耳に届くのは、何かが崩れる音と風切り。
反射的に両手に握ったエクスカリバーを、こちらに向かってくる何かに対して撃ち返す。身に迫る段になって視界に捉えたものは『斧の刃』だが――――にしては柄があまりに長い。これは斧槍、か?
視認と同時に解析を走らせた瞬間、
それは、思ってもみない衝撃だった。目算を外していたことを、撃ち合せてようやく知る。咄嗟の反撃とはいえ、魔力強化されたこの一撃をして双方弾かれた。
がつん、と剣を伝わって体の芯に響く重たい音。手の中のエクスカリバーが振動する。得物の質量がこちらとは比較にならない。それは魔力強化して扱うと想定しても、馬鹿馬鹿しくなるほどに重い。その得物は、サーヴァントの中でもバーサーカー、魔力供給が充分という条件での私とリア――少なくともそれほどの腕力がなければ武器としては扱えまい代物。
だというのにこれを相手は振るい、その上サーヴァントと撃ち合うことが出来るほどの膂力を誇っている。そして、気配の察知が直前までできなかった。人と想定するにはあまりに希薄に過ぎるもの。いずれにしても、真っ当な人間では成し得ない芸当だ。
こちらから手を出しあぐねていると、さらに振るわれようとする斧槍――ハルバード。この幅の狭い通路で振るわれる長柄のそれは、俺に届くより先に壁に阻まれる。
――が、壁をも抉り取りながら、二撃目がこちらに襲い掛かってくる。バーサーカーを彷彿とさせるような馬鹿力。
「ふっ!」
対しては、初発と同じくする魔力の継続強化ではなく、魔力噴射による最大強化。十全の魔力の後押しを受けたセイバーと寸分違わぬ構えから放たれる、同威力の
――――桁外れの質量と脅威の膂力に相乗されたハルバードは、こちらの一撃との衝突に威力を完全に殺された。
軍配は当然のようにエクスカリバーに上がり、未だ視えぬ相手は衝撃を殺せずに吹き飛ぶ。背後にある壁に叩きつけられて、膝をつく音が狭い通路に反響する。
壁にいくらか威力を殺されたハルバードでは、エクスカリバーを受けきるには敵わない。今回、場所の利がこちらにあった。大広間など広い空間で戦っていれば、もう何合か撃ち合うことになっていただろう。
すぐに相手は立ち上がって構えを取って戦闘に戻ろうとするが、対する私は手にあるエクスカリバーを還し相手に無手であることが伝わるように手を振る。もう、戦う気はない。今の一合で目の前の相手が何者なのか、その正体がわかったからだ。
「待ってください。私はイリヤに頼まれ、彼女の従者二人を連れに来たアーチャーのサーヴァントです。貴女がセラなのかリーゼリットのどちらかは知りませんが、イリヤの従者なのでしょう?」
魔力噴射の折に照らされた相手の姿は、上から下まで全身白基調のメイド服。驚くことに、あの化け物斧槍を扱っていたのは女性だった。いや、気配や肌から感じる感覚からいって人間ではないのかもしれないが。
「……イリヤに? 無事?」
「ええ。彼女は今は士郎――セイバーのマスターの住居にて保護しています」
「わかった。セラ呼んでくる」
言葉少なに話した後、す、と彼女の気配は離れ、感じ取れなくなった。セラを呼んでくる、と言っていたのだから、今戦った彼女がリーゼリットなのだろう。
彼女の姿が確認出来なくなって、思わず息を吐いた。……気配が薄い上に、あの怪力。こちらが気を緩めて、且つエクスカリバーを顕現していない状態だったなら危なかった。
無手で臨み、咄嗟に投影した干将莫耶などで受けたならば、その重量に防御ごと潰されていたかもしれない。今回はギルガメッシュのこともあって警戒していたのが幸いだった。身体能力でサーヴァントに匹敵する存在がいるのは、流石に想定外のことだった。
通路で立ち尽くしていると、セラと呼ばれた女性はランプを片手に、リーゼリットと同じく全身真っ白のメイド服で現れた。
話を聞くにどうやらセラにはイリヤから念話での連絡があったようだ。だがバーサーカーならばともかく、接触したことのないサーヴァントでは確認の取り様もないために侵入者は全て迎撃する他なかったらしい。
サーヴァント相手に迎撃、というのも無茶な話に思えるけれど、先の一撃を思えばそんな考えは勝手に消えていく。打倒は難しいが、戦いの形には持っていけるだろう。それほどに、リーゼリットの得物と膂力は規格外だった。
凛はともかく士郎ならおそらく初撃で絶命させられていただろう。
士郎でなくて良かったと安堵すると同時に、引き攣った笑みを浮かべた私の背中には冷たいものが伝っていた。