至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は5月24日(土)ごろを予定しております。
「フォーメーション、ルナティウス・アルファ!」
この一文を入れるかどうか悩んでこの時間です。
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西に傾く太陽。
その太陽から逃げるように、街道の端を疾走していく一塊の人影を、すれ違う人々はみな一様に二度見する。
当たり前だ。疾駆する馬と同程度の速度で道を駆けていくのは、四つん這いの
「
「ウスマン」
肩越しにウスマンの妹とされる少女がささやく。
「クロティエルデさんもわかってくれるよ」
不離一体の呪い――否、不離一体の祝福ゆえに、彼女はウスマンの叫びのなかに焦燥や動揺を感じとっていた。
ウスマンは声を出して返事をする余裕もない。
自らの姉が蹴り上げる砂埃のなかで目を凝らしながら、ただただ前方を睨むだけだ。
(クロエ、すまない――)
「ウスマン。この仕事が終わったらさ、義姉さんと逃げない?」
「……」
妹の口にした“仕事”という言葉に、ウスマン・バレロは反射的に舌打ちをしていた。
――宣戦布告のついでにトマシノを殺せ、
ブルネーロ東方宮中伯の
とはいえ、ウスマン自身は身命賭すること自体に特に疑問は抱かない。
己も、姉妹もまた、零落したとはいえ武門に生まれた身であり、殺し合いをするがゆえに禄を
(だが)
士は己を知る者のために死ぬ、という有名な格言を後生大事にしているわけではないが、しかし決死の命令を色白の御伽衆から告げさせるブルネーロ東方宮中伯の在り方はどうであろう。
――もしも事をうまく運べば、加増も考えてやると仰せだ。しかし釘は刺しておくが、奥方と住居を構えるという話はナシだ。
(加増? 加増だと!? 俸禄の加増が、何になるというのだ!?)
ウスマンが無意識のうちに歯ぎしりをしたので、対する少女はぎょっとして声量を上げた。
「ウスマン、気持ちはわかる。ごめん。私が軽率だった。いまは冷静になって」
(カネや位階のことしか興味のない連中がっ――クロエと共にいたいという願いのどこがおかしいかっ!)
「い、一回、休憩しよう。アルファ、止まって!」
少女の声に、アルファ――使用人の服を纏った自称・年下の姉は少しずつ速度を落とし、やがて止まった。
「日没まで時間がありません」
ウスマン・バレロと少女がその背から降りるとともに、アルファと呼ばれた自称“年下の姉”は汗ひとつかいていない額を拭い、砂まみれになった黒い長髪を払ってから言った。
「1時間も休めばぎりぎりになりますが……」
「誰もそんなに休むなんて言ってないよ、アルファ。10分きっちり計って」
「……すまない」
対照的にウスマン・バレロは、少し疲れてみえた。
とはいえ彼は武人である。
10分きっかり呼吸を整えると感情の昂りを押し殺し、年下の姉に騎乗する。
そうして彼らは日没前に極東城塞へ辿り着くことができた。
(ここが極東城塞――)
ウスマン・バレロやその姉妹は、天守塔に翻る22の白星を描いた皇帝旗と、蒲公英を大書した極東城塞伯旗を見上げてから視線を下に移し、その粗末さに溜息をついた。
コンパクトにまとまっているがゆえに中央の天守塔と、城壁四方に設けられた城壁塔・側防塔に魔術兵を置けば相互に援護が可能な小粒の堅城、と評せないこともない。
が、単に規模が小さいといえばそれまでである。
その後、城門の前で守備兵に
(何から何まで、ブルネーロ東方宮中伯の居城とは違う)
化粧がつぎはぎになっている崩れそうな天井と、絨毯も何もない板敷の床。
壁もまた板張りになっており、補修の跡がうかがえる。
質素というべきか、貧乏というべきか。
「え、遠路はるばる、たっ、大儀? 大儀でした……?」
広間で待っていたのは、濃緑のチュニックを着た茶けた髪の少女であった。
領主らしい威厳も何もない、むしろ年相応の愛らしさが先に来る彼女を一目見て、ウスマン・バレロは殺せる、と踏んだ。
壁に沿うように立っているのは、数名の守備兵。
これも物の数ではない。
(しかし、あれは影武者か?)
作法どおりに十数歩離れてひざまずいて少女の言葉を聞きながら、ウスマン・バレロは、ちらとアルファに視線を遣った。
瞬間、彼女は僅かにうなずく。
と同時に、目を伏した。
(目の前の人間は、ヤナ・ジシャガミ本人。そしてこの場にトマシノはいない、か)
ウスマンは彼女の仕草から情報を読み解き、すぐに決断した。
(ここで、彼女だけ殺る)
彼が心に決めるとともに、ウスマン・バレロの横でひざまずいていた少女が挙手をした。
「あのーブルネーロ様からお手紙もらってきましたっ!」
天真爛漫な少女は手紙を握った左手をパタパタと振り、そのまま立ち上がってヤナに走り寄ろうとする。
「待て!」
「え、副長?」
が、守備兵の中からひとりの男がヤナと少女の間に割りこんだ。
「失礼。使者殿からの手紙は我らがいったん預かり、それから閣下へお渡しするのがご作法ゆえ」
「ご、ごめんなさーい」
守備兵らから副長と呼ばれた男は、平然と少女から手紙を預かると、そのまま背中を見せることなく後ずさりし、それをヤナに手渡した。
(あの男、村の陣屋で見たことがあるな)
ウスマンは副長と呼ばれた男に見覚えがあった。
対する副長もまたウスマンとその姉妹を見て、苛立たしげに板敷の床を2、3回蹴った。
が、ウスマンの意識はもう副長には向いていない。
「手、手紙――いま読みますね」
ヤナは震える手で手紙を開いて、それを顔の前に広げる。
つまりその視界からウスマンらを自ら隠してしまっていた。
(いまだ!)
ウスマン・バレロが立ち上がった瞬間、3つのことが同時に起きた。
まず彼の意図どおり、ウスマンの妹を自称するルティトナ・バレロが魔力を練り、年下の姉を自称するアルファ・バレロが手首から白刃を展開させた。
それを予期していたように、副長と呼ばれる平民の男はヤナ・ジシャガミの前に出るとともに、彼女を抱いてウスマンらに背を向け――壁を押して、その向こう側に消える。
そして最後に、崩れそうな天井の向こう側で何かが切れる音がした。
「ウスマン、ルティ、しゃがんでください」
比喩ではなく、天井が崩れる。
いわゆる釣り天井。広間の中央に落ちてきた天井と瓦礫の塊。
常人ならば反応はできても、そのまま圧死の憂き目に遭うであろう。
が、その大部分を使用人の服を纏うアルファ・バレロは顔色変えずに支え、またルティトナ・バレロもまた不可視の障壁を展開して細かい瓦礫を弾いていた。
「ヤナ・ジシャガミは――!?」
アルファ・バレロが運動エネルギーを失った天井を粉砕するとともに、ウスマン・バレロはアルファの脛の外装から展張した2本の短剣を引き抜きながら、先程までヤナ・ジシャガミが立っていた壁際に視線を遣った。
その壁が、再びくるりと回転する。
「暗殺者はだいたいその釣り天井で死ぬはずなんだが……」
現れたのは鉄板を縫いつけた鉢巻をして、安っぽい革製の防具を纏い、いわゆる袴と呼ばれる極東土着の黒いズボンを履いた男であった。
「トマシノ殿、だな」
「ウスマン卿。悪いが、閣下はもう遠くまで逃げた。諦めて
すでにウスマン・バレロと対峙する男は、片刃の両手剣を抜き、真っ直ぐにその剣先をウスマンらに向けていた。
もちろんトマシノだけではなく、壁際に立っていた数名の守備兵らも刀槍を構え直している。
対するウスマンは、怯むことなく口の端を歪めた。
装飾よりも実をとった造りの広間の罠と、彼らが放射する殺気に、心地よささえ感じている。
「狙いは最初から貴方だ」
ウスマン・バレロの肩に、ルティトナ・バレロが這いあがり、そのふたりをアルファ・バレロが担ぎ上げる。
この間、1秒。
ルティトナが頭上で不可視の
「……え?」
『至帝戦記グロリアスチャージ2』をプレイした経験のあるトマシノからすれば、目の前の事態は青天の霹靂であった。