至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は5月27日(火)を予定しております。
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個としての武を極めているウスマンらが現れたということで、警備の現場指揮を執り、副長と協力してヤナを逃走させることに成功――そしてダメ押しに全力で時間稼ぎをしてみせる(から諦めろ)、という迫真の演出。
これでうまくいくはずだった。
(
すぐに俺は“齟齬”とそれを招いた原因に気づいた。
まず大前提として暗殺コマンドの成功率は極めて低い。標的に逃げられた、警備兵らによって行く手を阻まれた、ということで諦めて帰ってくるならまだマシ。敵に逆襲されたり、標的の居城で罠にかかったりして死ぬことさえある。ごくまれに「暗殺など恥ずかしいとは思わないのか」と
ゆえにプレイヤーの間では「無能な味方を切るためのコマンド」と評されることが多かった。
それでもプレイヤーが暗殺コマンドを実行するとすれば、敵勢力のリーダーを殺害することで、ブラックホールバグの発生を狙えるときであろう。
またCPU側が暗殺コマンドを実行する際も、他勢力のリーダーを優先的に標的とする。
ゆえに俺は敵の本命がヤナだと勘違いした。
相手を罠にかけ、ヤナを逃したうえで、こちらが全力で時間稼ぎをしてみせるポーズを見せれば、本命を見失ったウスマンらは諦めて退く、と思いこんでいた。
ところが、根本から俺は読み違えていた。
……ならば。
「お前ら逃げろッ!」
俺が兵卒に怒鳴るとともに、ルティトナが動いた。
彼女が振るう両手、その延長線に存在する不可視の鈍器を俺は転がって避ける。
その背後で壁が抉られて破砕され、木片が散った。
起き上がるとともに木屑の匂いが鼻を衝き、続けて圧倒的な暴力が目前に迫る。
不条理ギャグでしかありえないような3人組の中央、アルファに背負われたウスマンの両腕――その先端が煌くのが見える。
頭上から迫るウスマンの連撃を掲げた刀身で弾き、がら空きとなった俺の胴へ繰り出されたアルファの隠し刃の一撃を、手元を咄嗟に下げて籠手で受け止めた。
「見事」
というウスマンの言葉が終わらぬうちに、俺はその脇をすり抜けて駆けた。
コンマ数秒遅れて、ルティトナが振るった大上段からの一撃が、先程まで俺が立っていた場所に叩きつけられ、床が陥没――それにとどまらず大穴が空いた。
それを見る間もない。
俺は死に物狂いの短距離走で、周囲と微妙に色合いが違う壁へ飛びこんだ。
(閉所ならばまだ――)
その先は隠し通路になっている。
幅は人がすれ違うのが難しいほどであり、加えて広間に比べれば天井は低い。
刀を振るうには足る空間だが、人間がふたり、3人と縦に連なるには不足する。
「無駄です」
壁を引き剥がして踏みこんでくるアルファ。
「そうかな」
彼女の顔面に俺は両腕で担いだ片刃剣、その柄頭を叩きつける。
次の瞬間、彼女の鼻梁が砕ける音が伝わり、アルファの上体が揺らぎ、そのまま仰向けに転倒する。
その彼女を踏み越えて隠し通路に押し入ってきたのはウスマンである。
こちらの守備兵が落としたものを拾ったか、直刀に持ち替えていた。
「1対1なら勝てると踏んだか?」
嘲る言葉とは対照的に、彼の横顔は真剣そのもの。
そして繰り出される刺突もまた、熾烈の一言であった。
その速度に、手も足も出ない――単純に敵の剣先を抜くことも、打ち返して逆襲することも、敵の刀身を擦り、その軌道を偏向させて隙を作り出すこともできない。
できることといえば、後退に後退を重ねて間合いを遠ざけ、敵の剣戟を躱し続けることだけであった。
「ちっ――」
ゆえに、当然の帰結。
気づけば出口、すなわち夜闇わだかまる野外であった。
勿論、いまさら前に出ることはできず。
次の瞬間には、ウスマンの後ろから、鼻を潰されたにもかかわらず血の一滴も滲ませていないアルファが現れ、それにルティトナが続き――一瞬にして彼らは合体した。
「……」
こちらもまた片刃の両手剣を正眼に構え直すが、勝ち筋がまったく見えない。
「恨みはないけど、ごめんなさいね」
年下の妹らしからぬ声色で、ルティトナが掲げた両掌が爆ぜ、白光を曳いた。
その台詞、その演出を、俺は知っている。
(ライトニングクラウド)
広範囲に電撃を浴びせる、というよりは電撃で覆い尽くす必殺技。
戦場で放たれれば最後、数十、数百の兵士がバタバタと倒れていく馬鹿げた火力の魔術である。
「畜生!」
阻止するためにも俺は咄嗟に刀を投げたが、それは無情にもウスマンが振るった刀身に弾かれ、虚空を舞った。
そして次の瞬間、青白い魔力の奔流がスパークし――。
「その乳臭い魔力、不愉快にもほどがあるわド阿呆」
ルティトナの頭上で渦を巻いていた魔力の燐光、青白い稲光、鈍色の暗雲。
それらが一緒くたとなった暴虐の塊が、逆転を開始して霧散していく。
「え」
練られた魔術が解け、集積された魔力が拡散し、最後には何も残らない。
何が起こっているかわからないという様子のルティトナ。
その彼女の目線の先を俺も追ってみると、やはりそこには木製の水筒に口をつけながら、もう一方の空いている片手を二度三度と振る老人がいた。
「ウィンストン様、ありがとうございます」
俺は心から感謝した。
酒カスのガンダルフ、ヴォルデモート、(味方にしたら)酒を醸す程度の能力、と散々な言われようのキャラクターだが、彼もまた個の戦闘力という観点では別格の存在である。
「今宵は殺しは許さん、いま決めた」
千鳥足でふらつきながら近づいてくるウィンストンは、そう朗らかに宣言しながら再び腕を一振りする。
ラグなど存在しない。
雲散霧消していたはずの魔力がウスマンらの周囲で再び渦を巻いて集積され、両腕の自由を奪う手鎖となった。
「……」
同じく、なぜか俺の両手首にも魔力で編まれた手鎖がされている。
「ついてまいれ!」
やむなく俺とウスマンらは顔を見合わせ、酔いどれ魔術師のあとを追った。
(もしかすると)
行き先はすぐにわかった。
少し歩くとひと月前に手入れした納屋が見えてきた。
開けっ放しにされた扉のそばには、同じように手鎖をされた副長とヤナ、そしてどことなくそわそわとしている皇帝陛下がいる。
「何の真似だ? これは?」
ウスマン・バレロが心底困惑した声色で問うてきたので、俺は正直に言った。
「……竜種の卵を温めていたのです」
「正気だとは思えない」
口を挟んできたのはルティトナだったが、その彼女に対してウィンストンは「シッ」と静かにするようにジェスチャーをした。
それから俺たちはウィンストンに続いて納屋の中に入り、より正確に目の前で起こっている事態を理解した。
「これ、生まれる?」
ルティトナが思わず漏らした言葉に、皇帝陛下が2度、素早くうなずいた。
すでに卵の表面には亀裂が走っている。
その白い卵殻の合間には黒い鱗と黒い瞳が見え隠れしていた。
「ドレーク。否、ここ極東ではダラーカと呼ばれたか」
ウスマンの言葉に、今度はヤナが顔を引きつらせる番だった。
ダラーカといえば竜種の中でも高い繁殖力と高度な社会性を有することで有名である。
要は害獣の中の害獣だ。
しかしそんな大人たちのネガティブな反応とは対照的に、皇帝陛下は静かに卵殻の亀裂に顔を近づけた。
「チッ……」
次の瞬間、亀裂が走る卵殻の淵に濡れた翼膜がまとわりついた前足が引っかけられた。
「……」
皇帝陛下は空虚な瞳いっぱいに、漆黒の瞳を映した。
「チッ、チッ、チッ」
前足によってゆっくりと砕かれる卵殻。
未だ外界に慣れないか、あるいは前脚の使い方が難しいのか、その動きは酷く緩慢であった。
(これが、竜種の孵化――)
気づけば俺たちは一言も発さないまま、じっと彼、あるいは彼女を応援していた。
10分、20分、30分、1時間。
たっぷり時間をかけて、殻が砕かれていく。
そうして大きくなった隙間から、流線形の頭部がゆっくりと姿を現した。
それから左右にゆっくりと2、3度、俺やヤナ、ウィンストン、副長、ウスマンら、そして皇帝陛下を見回す。
「チッ、チッ、チッ……チッ……チッ……」
それから安心したように、ダラーカは再び頭部を引っこめてしまった。
「す」
皇帝陛下は遠慮がちにウィンストンを見上げた。
「すごい、ね」
ウィンストンは大笑いした。
それから皇帝陛下の肩に皺だらけの掌を置く。
「陛下、この子に名前を付けなさい」
「?」
小首を傾げた皇帝陛下に、ウィンストンは大きく頷いた。
「この子にはまだ名前がないのです」
それから皇帝陛下は合点がいったように小さく頷いた。
(……いや)
俺の目にはなぜか、彼女が、安堵して頷いたように見えた。
それから彼女の薄い唇が動き、息を吐き出す直前に、俺は彼女が何を言うか理解した。
なんとなくゲームをプレイしている最中から抱いてきた疑問。
そしてずっと俺、それからヤナや副長たち大人が、無意識のうちに避けてきた問題に対する答え合わせが、唐突に訪れた。
「わたしと、おなじ、だね」