至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は5月30日(金)ごろを予定しております。
じゃあ主人公(トマシノ)はいつSLGやっていたんだよと思われるかもしれませんが、学生時代・独身時代を想定しています。
(グロリアスチャージ2のハードはPS2です)
次回から戦争回です。
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「戻らなくていいのか、ウスマン卿」
「あと2、3日はここにいろ、とあの翁に言われた」
その翌朝、納屋の片隅。俺はルティトナを担いだウスマンとともにあぐらを掻いて座っていた。勿論、ただ座っているだけではない。すり鉢に溜めた魚肉をひたすらに磨り潰している。血生臭さと魚特有の臭いが鼻を衝くが、表でひたすら魚を捌いているせいでそれが手指に染みついてしまっている副長よりはマシであろう。
くだんの竜種――ダラーカはといえば、藁でできた巣の上でじっとしていた。
「それで、名前はどうするの」
すり鉢の中に残っていた骨を摘まんで捨てたところで、ウスマンの頭上から声が降ってくる。
「あの竜種の名前は、畏くも皇帝陛下がお考えあそばされている」
「そうじゃなくて、陛下の名前」
ルティトナの言葉に苛立ちが混じるのを感じて、俺は唇を噛んだ。
「不明を恥じながら正直に言おう。陛下に名前がないとは思わなかった。そして彼女自身が知らないだけなのか、それとも
『至帝戦記グロリアスチャージ2』において、皇帝陛下の名前について触れられることはない。たとえば人材管理画面で表示される名前は“皇帝陛下”であるし、その名前を推測する要素すらない。
傀儡とはいえ建前上は皇帝陛下が統べていた帝国の国号は“帝国”。これもまたゲーム開始時のプロローグからパケ裏に書かれている説明書き、マニュアル&公式設定資料集に至るまで、すべて一貫していた。
当然いるべきであろう先帝陛下をはじめとした皇族については、みな宮中の権力闘争の最中で弑逆され、あるいは事故死の憂き目に遭っており、派閥間の調整と緩衝、そして傀儡として最も都合のいい皇帝陛下だけが生き残ったという設定。彼ら皇族が皇帝陛下をどのように呼んでいたのか、皇帝陛下に名前をつけていたのか、それとも彼ら自身にも名前がなかったのかもわからない。
一応、過去に存在していた“粛清帝”なる皇帝の5世子孫(粛清帝の子の子の子の子の子)が、皇位僭称者として登場するランダムイベントが存在するが、この“粛清帝”も現在の人々が渾名しているだけである。つまり、当時からあった呼び名ではない。
俺はいったん思考を切り上げて、ウスマンに尋ねた。
「ウスマン卿。貴方の一族は先代から宮中に出入りを許された東方宮中伯に仕えている――皇帝陛下に名前はないのか?」
「同様に考えたこともない。皇帝陛下は皇帝陛下。いけ好かない高級貴族どもも陛下を不敬にも小馬鹿にするさいには、あの痩せたガキ、などと呼んでいた」
それからウスマンは少し間を置いてから、言葉を続けた。
「しかし、考えてみれば皇帝陛下に我らのような名前は不要であろう。その時代におわす唯一無二の存在なのだから。過去にこの大陸にご君臨あそばされた多くの先帝陛下を指す際も、たとえば“100年前の陛下”で事足りる。……もちろんそれでは不便なので、“粛清帝”のような便宜上の号で呼ぶことはあるが」
「でもそれじゃかわいそう」
ウスマンの髪を、ルティトナは軽く引っ張った。
俺はウスマンの言葉を聞きながら、棒の先端で魚肉のすり身を団子状に整えていた。
(かわいそう、か)
それは所詮、俺やルティトナのような外野の意見にすぎない。
「大事なのは、陛下が他の皆と同じような名前が欲しいかどうか、だろう」
「……チッ……チッ、チッ、チッチッチッ!」
俺の意見に同意したわけではあるまいが、ちょうどダラーカが喉を鳴らした。
視線をそちらにやると大口を開けて首と上体を持ち上げ、チロチロと舌を出し入れしている。
俺はウィンストンに教えられたとおり、魚肉団子を掴んでから、彼でもあり彼女でもあるダラーカの開ききった食道へ右腕を突っこんだ。
「いずれにしろウィンストン様に相談してみる」
ドロドロになった右腕に閉口させられる。
「ゥンナ、ンナンナンナンナンナ……」
「お前はネコか」
続けて俺はせっかく胃に入れた魚肉団子が吐き戻されないように、ダラーカの脇に手を差しこんで上体を支えてやる。
「ウスマン卿、すぐに次が必要になるぞ」
「いまやっている……」
ウスマンが手を動かす一方、ルティトナは忌々しげにウスマンの首筋に浮かぶ半透明の枷を見て、それから視線をこっちに寄越した。
「ウィンストン、信用できるの? 確かに魔術の腕はずば抜けてる、この拘束といい。でもあの酔っ払い……」
「悪いがルティトナさん、貴女のほうが信用できない。猫を被っていたじゃないか。何が妹だ、まるで姉だ」
「……」
「ルティと俺は双子だ」
沈黙するルティトナの代わりに、ウスマンが答えた。
「……」
「……」
「……」
「トマシノ殿。うわキツ、と思ったかもしれないが、ルティが俺に付かず離れずなのには、理由があるのだ。魔術的な理由がな」
「わかった、詮索はしない。だが同じようにウィンストン様にも酒を手放せない理由があるのかもしれぬ」
え、とルティトナが腕組をした。
「ただのアル中でしょ」
「そうかな」
とルティトナに返事はしてみたものの、おそらくはさしたる理由はないだろう。
そこで再びウスマンが、口を開いた。
「トマシノ殿。話を戻すと、皇帝陛下がお望みになられるのならば――」
「うん。畏れ多くも皇帝陛下に、お名前を献じ奉るべきだと思う。貴族や官僚どもに生命以外のほとんどすべてを奪われた少女がいたら、なにがしか埋め合わせをしてやりたいと思うのが普通だと思うが」
「成程ね」
急にルティトナは、合点がいったように頷いた。
「それ、半分嘘だと思う」
「嘘?」
「自分でも気づいてると思うけど、貴方、皇帝陛下のこと、“皇帝陛下”だとも、“かわいそうな女の子”だとも見てないよ」
「ええ。臣下として不遜ながらも皇帝陛下を娘のように見守り奉るつもり――」
「“ように”? ホントの娘みたいにかわいがってない?」
「……」
「だからこそ。ウィンストンはともかく、貴方は信用できる。ね、ウスマン?」
◇◆◇
その夜は、夢を見た。
駅のホームで目の前に停まった満員電車を見て(うわあ……これに乗るのかよ……)と毎朝抱く感想とともにドアが開くのを待つところから始まる夢だ。
やむなく電車の淵に足をかけて乗りこむと、後続からの心理的・物理的プレッシャーとともに電車内部の肉団子に吸収される。
数日前、逆方面から通勤する課長は、1年目の新人に「日経なんざ電車内で読めるだろが、あ゛あ゛っ!?」などと怒鳴り散らしていたが――。
(上り電車組は日経電子版に目を通すこともできねえっつーのボケが……。……)
と、心を無にしてそのまま数十分、事務所の最寄り駅に着くとともにどばあーという擬態語そのままの勢いで、周囲の乗客とともに降車する。
表向き始業定時となっている午前9時、その2時間前から課長以下全員参加の勉強会と資料作成――時代錯誤も甚だしいが営業にとっては営業TELや商談を始める午前9時前の準備がすべてである。食い扶持というには多すぎる給料をもらうためでもあった。
「課長代理、すんません……入沢さん怒らせちゃいました」
俺が喫煙所に入ったタイミングで、後輩が青白い顔で入ってきた。
「“担当代われ”まで言われちゃって」
「あー、前に俺担当してたわ。あの人、気難しいから、あんま気にしないほうがいいよ。どうする?」
「代わってもらえますか?」
「んー、OK。メモでいいから話の流れ、すぐ起こして。推してた商品はこっちで確認するから」
言いながら俺は心の中でほくそ笑む。入沢さんは世間一般的に言えば“カスハラ野郎”だが、付き合いを向こうからは切ってくることはない。こちらを試しているのだ。そしてこちらが見せた“誠意”に対して金を出す太客である。
(玄関先で土下座でもするさ)
昔は内心、抵抗を覚えていたやり方――例えば周囲を出し抜いたり、顧客に不利だがこちらが有利になる営業をしたり、いつ使うのかわからない金を貯めこんでいる高齢者に舌先三寸で金を出させたりすることに、最近は何も感じなくなってきた。
(いや)
場面が切り替わった。
深夜。アルコールが入った頭と足を引きずり、見上げたのはベージュの戸建――賃貸で借りている戸建である。できるだけ音を立てないように鍵を開けて玄関に入り、鞄を置いてそっと子ども部屋に入る。
ふたりがいなければ、俺はとっくに匙を投げていまの業界、いまの会社に背を向けていただろう。体育会系で頭が人よりも良いわけではない俺がしてやれることは、朝から夜まで働くことを要求される代わりに給料がいい業界に身を置いて、金を稼ぐことだけだ。
――ふたりを幸せにするためならば、何でもできる。
いま思えば、その“ふたり”に
何か理由をつけて、時間をつくって、彼女と話し合う時間が必要だった。
……いや。それをもしも当時の同期や課長から指摘されたとしても、俺は内心、鼻で笑っていただろう。
“1日は24時間しかないってわかってんのか? 朝6時台から夜の23時台まで外に出ていて、残った時間で何ができるってんですか?”と。
当時は彼女も納得してくれていると思っていた。
だから、世の中にありふれている、しかし俺からすれば予想だにしない結末が待っていたわけだ。