至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
◇◆◇
次回更新は6月3日(火)ごろを予定しております。
◇◆◇
極東城塞伯領にて竜種が孵化してから十数日後――ウスマン・バレロらが突如として人質を奪取して出奔したという報せなど歯牙にもかけず、ブルネーロ東方宮中伯が指揮を執る軍団は
その規模は、極東城塞伯とその一党を叩き潰すには過剰であったといえる。
ブルネーロ東方宮中伯とその臣下が動員した人数は約3万。
もちろん全員が、専業の
そうした事情もあり、行軍ひとつとってもかつての精彩さはない。
それどころか出発直後こそ3万いたはずの軍団は、極東城塞伯領に近づくにつれて徐々に溶けていった。
――皇帝さまに逆らって勝てるわけがねえ。
農村から徴集された士卒たちは、本気でそう思っていた。
彼らは単純で正直な価値観とともに生きている。
たとえば災害によって隣の村に被害が出て、自身の村にはほとんど被害がなかったとする。そのとき彼らは隣村で亡くなった人々のことを悼みつつも、心のどこかで「彼らは何か悪いことをしていたに違いない」と思う。
同様に戦争についても、敵味方の有利不利を頭では理解していても「正しいほうが勝つ」と思っているところがあった。
――
すでにどちらが正しいかの格付けは済んでおり、戦う前から負けている、というのが彼らの思考の片隅にある。
勝った者が正しいのではなく、正しいから勝つ。
つまりどう逆立ちしても皇帝陛下と極東城塞伯には勝てない。
(まずい)
紅色の制服――南方辺境伯ルケルブ傘下の軍事貴族シア・ローは、自身の主君から預かった騎兵隊の中にいながら、ブルネーロ東方宮中伯とその臣下が率いる士卒たちの間に蔓延る不穏な空気に気づいた。
が、それを打ち消そうにも材料がない。
事実として、寡兵である極東城塞伯の手勢に、優勢であるはずの東方宮中伯の大部隊は敗れ続けている。
それでもシア・ローは、少しでも皇帝陛下と極東城塞伯の権威に傷をつけ、決して彼女たちが正しいとは限らないと思わせるべく、皇帝がいかに無能であるかといったエピソードや、皇帝陛下とヤナ・ジシャガミ極東城塞伯は同性愛者で肉体関係にあるなどといった根も葉もない噂話を吹聴させた。
しかし効き目はほとんどない。
未だ東方宮中伯領内を歩いているだけにもかかわらず、夜を迎えるごとに逃亡が相次いだ。
「あの痩せたガキめ」
危機感を覚えるシア・ローとは対照的に、東方宮中伯ブルネーロやその周囲を固める高級貴族らは、軍兵の逃亡に無策だった。
否、気づいていたかさえも定かではない。
宿営のたびに酒宴を開く彼らは、酒に酔っては皇帝陛下を
さて。
3万というブルネーロの軍団も、一塊になっているわけではない。
両軍の緒戦は、シア・ローが前方へ展開させていた騎兵から成る偵察隊と、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯の臣下であるトマシノが率いる数百の弓兵隊の間で生起した。
「やはり――!」
シア・ローはトマシノの手勢が必ず高所に布陣すると予想していたため、己の手勢を分割すると行く手に点在する丘という丘に遣っていた。
そのうちの一隊が、丘の稜線の近傍にて弓兵の射撃を浴びて崩れた。
瞬く間に潰走を始めた騎兵隊であったが、シア・ローは顔色ひとつ変えない。
他の丘を別隊に占領させておいて、シア・ローは手持ちの予備戦力と自らの護衛とともに、トマシノの弓兵たちが陣取る丘に近づいて、後退してきた騎兵たちを自隊へ素早く再編した。
「皇帝の
稜線上に“鎮撫御親征”の旗がないことを確認しながらも、シア・ローは左右にそう怒鳴り、従士に角笛を吹かせた。
彼女が直卒する騎兵たちは、ルケルブが自ら選抜した精兵揃いであり、能力は極めて高い。
「さあ、我らの突撃で
「応ォ――!」
喊声を上げる騎兵たちは、一斉に朱色で塗られた槍を構えた。
彼らと彼らの馬は当然のように装甲されていない。
機動と衝撃を以て、敵の鏃と刃と激突し、真正面から打ち破る――そういう思想をもった戦士の集団だった。
「
シア・ローもまた同様である。
彼女も一度使えば容易く折れるであろう朱色の槍を頭上に掲げ、同時に稜線上の敵陣を睨む。
「
「移動射撃!」
シア・ローの命令に被さるように、丘の頂上からトマシノの声が響く。
次の瞬間、シア・ローの視界から敵陣が掻き消えた。
(だが、それでいい!)
丘の頂上への高速突撃の最中で、彼女は笑った。
すでに周囲の高所はこちらが抑えており、この丘さえ抑えてしまえば周囲にこちらの陣容を覗けるような場所はない。
(この戦力差をひっくり返せるのは、“決闘”だけだ。だが、ブルネーロは本隊遥か後方。ブルネーロの所在、ここからは見えるまい!)
後続するブルネーロ東方宮中伯らの本隊は、幾つかの縦隊となっており――この丘からトマシノらが見ることができたのは、その本隊の最先頭のほうだけであろう。
トマシノたちが撤退を選ばないのであれば、彼らはいったん平地に転移するほかない。
そうなればこちらのものだ。ブルネーロ東方宮中伯の本隊に張りつく騎兵から成る小部隊が敵弓兵隊を追い回し、続けて平地にはいずれ友軍の歩兵部隊が満ち満ちる。
トマシノたちが撤退するならば、それはそれでいい。
連中が無敵でないことを喧伝できるのだから。
「このままこの丘を奪る!」
シア・ローはそう怒鳴りながら、丘の頂上まで駆け上がって敵の反斜面陣地(稜線の向こう側に築いた陣地)がないことを確認してから、振り返った。
「……」
同時に、閉口した。
彼女が見たのは、平地に翻るファイアフライの旗。
そしてその向こう側に、幾つかの旗とともに並立する有翼獅子の旗――つまり、ブルネーロ東方宮中伯の所在を表す旗が掲げられていた。
「こンの大馬鹿者ンがァ゛――!」
顔面から首筋にかけて火傷の痕を残した彼女は怒鳴るとともに羽飾りのついた帽子を投げ棄て、それにとどまらずただれた右側頭部から後頭部を隠すウィッグを地面に叩きつけた。
「遊びじゃねェ゛ー! 前に出てきたァ!?」
頭を抱え、前髪をぐしゃぐしゃにするシア・ロー。
騎兵たちは動揺を示さずに槍の穂先を下ろし、有翼獅子と蛍火の旗を眺める。
次の瞬間、その上空に青白い幾何学模様が浮かび上がる。
「極東城塞伯の臣下、ルイト・トマシノは創世の時代より、
超自然的な力が働き、トマシノの声が戦場全域に響き渡る。
「ルイト・トマシノがマルセル・ブルネーロ東方宮中伯に決闘を申し入れる
シア・ローが愕然としたのはやはりというべきか、ルイト・トマシノがはっきりとマルセル・ブルネーロの名を呼んだことにあった。
もはや決闘は逃れ得ない。
いや、このあとの弁舌によっては逃れようもある。
が、マルセル・ブルネーロが決闘から逃れるならば、全将兵もまた戦わずして逃散するであろう。
「このルイト・トマシノの怒りが正しいか、それともマルセル・ブルネーロの言動が正しいか――正しき者が勝つ決闘にて確かめようと欲するがいかがか!?」
トマシノが白刃を鞘から抜く音がした。
戦術級シミュレーションゲームを謳う『至帝戦記グロリアスチャージ2』において、プレイヤーから“賛否両論点”として語られる決闘イベントが始まろうとしている。