至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
俺は片刃の両手剣をただ正眼に構えたまま、相手のリアクションを待った。
対して、しん、と静まり返る敵――煌びやかな甲冑を纏った重騎兵らは左右に視線を遣るばかりで、押し黙ったまま動かない。
これが現実ならば、俺と俺の左右、後方に付き従う弓兵たちは押し包まれて潰されるだけであろう。
少なくとも俺ならば、そうする。
(が、これは『至帝戦記グロリアスチャージ2』だ)
――“寡兵で多勢に勝つ! 士気システムと決闘システムで勝機を掴め!”
パケ裏に書かれていたキャッチコピーを思い出す。士気についてはマスクデータになっているにもかかわらず、士気の存在を堂々と謳っているあたりいろいろとズレているのだが――それは大した問題ではない。
(『至帝戦記グロリアスチャージ2』の戦闘は、小部隊でも勝利のチャンスがあるようにデザインされている)
その一環が、この“決闘”である。
決闘は敵部隊長あるいは自部隊が陣営のリーダーであり、かつその敵部隊と自部隊が隣接しているときにのみ選択可能となるコマンドだ。決闘を叩きつけると、敵CPUはほぼ確実に決闘を受ける。
仮にプレイヤーも、敵部隊から決闘の申し入れがあれば、同様に決闘を受けるであろう。
決闘を拒否すれば、その時点で戦場に居合わせた全部隊の士気はゼロとなり、潰走が始まるからだ。
(リアリティに欠けるシステムだ)
だが以前も考えたとおり、これらのリアリティに欠けるコマンドが、眼前の現実に打ち勝つ唯一の手段である。
「――頭が高い、小僧ォ!」
怒声とともに重騎兵の戦列が左右に分かれ、その奥から同じく装甲した乗馬を操りながら老躯長身の男が現れた。自らが操る馬とは対照的に、彼自身は貴族然とした非装甲の格好をしている。武器とはいえば、抜き身の片手剣。
(ブルネーロ本人。副将はいなかったか――)
マルセル・ブルネーロと、ルイト・トマシノ。
武力をはじめとした数値化された能力の上では必ず勝てる相手だ。
加えてここに至るまでの“状況”においても、少なくともこちらに瑕疵はない。
決闘に対するプレイヤーの評価は、賛否両論である。
まず決闘の勝敗を分けるのは、決闘に臨む両者の能力だけではない。
陣営の威信や政治的な安定度、陣営に所属する人材の忠誠心の平均値といった決闘に関係がなさそうなマスクデータまで、あらゆる数字が参照される。
武力の数値が高い人材が勝つ、という単純な話ではない。
そして決闘が始まったが最後、プレイヤーが介在する余地はない。
自動戦闘――戦闘アニメが挿入されて決着がつき、敗れた側は部隊長が絶命するだけではなく、全部隊が撤退を始める。
(いや)
俺は脳裏にちらついた安堵だとか楽観といった感情を、押し殺した。
“ここだけ”が違う。
この世界の道理は『至帝戦記グロリアスチャージ2』に則っている。
が、『至帝戦記グロリアスチャージ2』のように物事が自動で処理されるわけではない。
(体は自分の意思で動かさなければならない)
決闘は舌戦から始まる。
先程、俺は自分で考えたセリフを言った。
開発陣は人材同士のセリフの掛け合いをすべて設定しているのだが、それが自動で口を衝いて出てくるということはなかった。
(ブルネーロを、殺す)
人を殺めることに特に抵抗はない。
誰かを幸せにする。
そのための手段が、すり替わっているだけにすぎない。
◇◆◇
「貴様が正しいか、私が正しいか、だと? 笑止千万!」
戦場全体に、マルセル・ブルネーロの声が響き渡る。
「一代、二代程度の槍働きがせいぜいの小者が、粛清帝の御代よりも遥か以前から
彼は馬上で高笑いする。
そのまま自らの足で地を踏むトマシノを睨んだ。
「政治、外交、式典! この数百年、そのすべてに関わってきたこのブルネーロが、間違っているわけがない!」
彼は本気でそう思っている。
数百年に亘って政治の中心に存在し続け、国家運営のノウハウを蓄積したブルネーロの家系は、他の血筋よりも価値があり、そして正しいからこそ今日まで続いているのだ、と。
が、トマシノにはまったく理解できなかった。
いや、ブルネーロの言わんとするところは理解できたのだが、まったく共感ができなかった。
ゆえに彼はまったく怯むことなく、声を張り上げる。
「卿の言が正しければ、いま天下が麻のように乱れているのは、数百年に亘って政に関わってきた卿ら宮中貴族が原因ではないか!」
「何ィ?」
「それもそのはず! 卿ら宮中貴族は皇族を弑逆し、皇帝陛下を事実上の幽閉状態として自らの利権を守ることに躍起となっていた!」
トマシノは言葉を続ける。
「政治、外交、式典? この数百年に亘って卿らが関わってきたのは、陰口、陰謀、虐待ではないのか! 卿らが今日まで命脈を保ってきたのは、正しいからではなく、その陰湿さゆえであろう!」
トマシノの大喝に、ブルネーロ東方宮中伯の軍勢が、数歩退く。
しかしながらブルネーロ本人は、怯むこともなくむしろ前に出た。あまりの怒りに、彼は悪態さえ忘れた。意味のない叫び声とともに、自らの乗馬に突進を命じ、さらに長剣を抱えこんだ――刺突の予備動作である。
「……」
他方、トマシノは冷静に彼の突撃を見据えていた。
彼が修める剣術の基本は「刃筋を通すこと」と「渾身で斬ること」、このふたつである。小細工は要らぬ。刀剣は鋼鉄でできているゆえに、気魄を充実させて全力で動き、物体に対して垂直に叩きつければ斬れる――斬れずとも殺せる。
ゆえにトマシノもまた喊声を上げるとともに、騎馬に向けて突進した。
「む゛――!?」
トマシノが急に走り出したため、ブルネーロの目算が狂う。
「すまない」
対するトマシノは、右へ走り抜けながら剣を振るう。
渾身、横殴りの一撃。次の瞬間、ブルネーロが操っていた葦毛の馬は前のめりにつんのめり、そのまま転倒――その背に跨っていた彼もまた地に投げ出された。
「この、根性なしがァ!」
悪態をつきながら辛うじて片膝をついて起き上がろうとするブルネーロ。
その数メートル先には、すでにトマシノが迫っている。
ブルネーロは慌てて片膝立ちのまま、剣を構え直して防御の構えをとる。その備えなどまったく無視するように、トマシノは片刃の両手剣を手元に引き寄せると相手の喉を睨んだ。
次の瞬間、鋭く血飛沫が地を濡らした。
トマシノが放ったのは剣先からブルネーロの喉まで、最短最速を往く刺突。
姿勢を低くし、右脚を前方へ放り出した後先考えぬ必殺の一撃。
ブルネーロは反応しきれず、その軌道をずらすことができなかった。
ゆえに、当然の帰結。剣先は喉頭を破壊し、気管と食道を貫き通した。
それでもブルネーロに気概があれば、無防備を晒すトマシノへ最後に一太刀浴びせることもできただろう。
だが彼は反射的に剣を手放し、両掌で喉から噴き出す血を止めようと躍起になった。
だからトマシノは続いて何の躊躇いもなく、自らの剣を大上段に構え――ブルネーロの頭頂部にその刀身を叩きつけることができた。
「悪逆非道の匪賊、マルセル・ブルネーロ、討ちとったり――」
どさり、数十kgの肉塊が横倒しになるとともに、トマシノが率いる300名の弓兵たちが一斉に鬨の声を上げた。
「……退きますよっ!」
戦場の一角で、花火が上がった。
同時にシア・ローが指揮する騎兵隊が一斉に丘を駆け下り、一目散に西へ向かう。
彼女が率いる騎兵たちは、こうなる可能性があることを言い聞かせられていた。
マルセル・ブルネーロが敗死することがあれば、最短距離で戦場より離脱する。
「
騎兵たちは複縦陣を築く。
彼らが駆けるその先には、動揺したまま動けずにいるブルネーロ側の諸侯軍がいる。
「
シア・ローは躊躇うことなく、無抵抗の諸侯軍を高速突破した。
当たり前だ。彼らに付き合って退くとなれば、時間がかかる。さらに位置関係の上から、自身らが殿を務めることにもなりかねない。
「“赤の複眼”が動いたッ――ルケルブ閣下の騎兵隊じゃないか!?」
「おい、ヌーシェル卿の手勢、退きはじめてるんじゃないか!?」
「俺たちも退がらないと取り残されますよッ!」
続けてシア・ローらの馬蹄に蹴散らされて壊乱する部隊、その両隣にいた部隊が後退を開始。逃げ始める兵士たちの姿と、退き始める旗印。その様子は光の速度で将兵の瞳に飛びこんでいく。そして、戦場に取り残されてはならぬというシア・ローの思考は、それに遅れて伝播していった。
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次回更新は6月7日(土)前後を予定しております。
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