至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は6月25日(水)ごろを予定しております。
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くるぶしくらいまで積もった雪のまぶしさから、俺は目を背けた。
ラーカは皇帝陛下の周囲をはしゃいで走り回り、一方の皇帝陛下はうずくまって真っ白い雪を両手で掬ってみて、雪の冷たさに慌てたか、すぐに掌の上の雪を振り払った。
前世――三大都市圏でこれだけ降れば大騒ぎだ、と俺はどこか上の空で思った。
電車は遅れ出し、スタッドレスタイヤがせいぜいの自家用車は無用の長物と化す。
「トマシノさん、今度もうまくいきますか」
そんな俺を“現世”に引き戻したのは、隣に立つヤナだった。
彼女の吐き出した白い息が、戦乱の運命に満ち満ちた空間に溶けていく。
対ブルネーロ戦に続き、再び数的不利を強いられる独立派諸侯との戦争。
そのあとに質・量ともに優れたニコラエヴナ北方擁護伯との戦争も待っている。
(この世界はクソだ)
仕様上、有力陣営との同盟関係によって訪れる中途半端な平和などありえない。
仮に大陸の3分の1から過半を占める大勢力になり、通常のSLGであれば残存する小勢力を潰していく“作業感”が訪れるころも、極悪イベントの発生によって苦戦を強いられる。
「うまくやりますよ。負けはしません」
が、憂いの表情を浮かべる横顔に、俺は右手で勝利を示すVサインをつくった。
とにかく先々のことを考えても仕方がない。
まずは目前に迫った戦争のことを考える。
(北方における縦深の確保が、当面の基本戦略だ)
相手からの同盟の申出を拒絶すると、陣営間の関係は大いに悪化する。
独立派諸侯たちは十中八九、宣戦布告に踏み切り、侵攻部隊を差し向けてくるに違いない。
対するこちらは敵の侵攻部隊を極東城塞伯領北部で撃破し、そのままの勢いで反撃に転じ、グレイヘンガウス低東地方伯ら独立派諸侯たちの勢力圏、その南半分を奪う。
積雪の冬、泥濘の春が明ければ、ニコラエヴナ北方擁護伯は独立派諸侯領の北半分を占領するであろう。
その前後でニコラエヴナ北方擁護伯に対しては可能な限りの外交努力を行うが、いずれ向こうが難癖をつけてきて戦争になるはずだ。
北方擁護伯の軍勢が南進を始めれば、俺たちは占領した旧独立派諸侯領(南半分)で迎え撃つ。
が、死守などするつもりはない。
(現地の人々には申し訳がないが――)
夏・秋の間は旧独立派諸侯領内で遅滞戦術を採る。
向こうが領土を切り取りにかかるなら、切り取るのを許す。
そしてニコラエヴナ北方擁護伯の動きが鈍る冬・春の間に奪い返す。
少なくとも今後、2、3年のうちはこれを繰り返し、情勢変化や反撃のチャンスをうかがうほかない。
どさり、とどこかで枝葉に積もった雪が落ちる音がした。
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トマシノの予想どおり、グレイヘンガウス低東地方伯ら独立派諸侯の一党は協議の末に、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯に対する宣戦とともに、野戦軍を編成した。
とはいえ、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯に対する姿勢はみな一様、とはいえなかった。
対ジシャガミ戦を主導するのはグレイヘンガウス低東地方伯領に隣接するマントイフェル貴石奉献伯であり、他の独立派諸侯は彼女に増援として諸隊を派遣するようなかたちとなっている。
(無駄な
むしろグレイヘンガウス低東地方伯は、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯領を併呑して勢力の伸張と後背の脅威をなくそうと主張するマントイフェル貴石奉献伯や、シュトゥブニック東方宿星伯といった対極東城塞伯強硬派を冷ややかに見ていた。
(ジシャガミなど、放っておけばいいのだ)
乗馬を領主に必要なスキルとしてではなく、趣味として楽しむグレイヘンガウス低東地方伯は、居城の塔から雪を被った厩舎を眺めている。
ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯らがブルネーロ東方宮中伯を退けたことには、確かに驚いた。しかしながらそれでも彼からすれば、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯ら一党は脅威ではありえない。
グレイヘンガウス低東地方伯が知っているヤナ・ジシャガミ極東城塞伯とは、控えめな少女であり、対ブルネーロ戦役において300の兵で10倍、100倍の敵を破ったというトマシノにしても忠臣であって、不相応な野心を抱くような人間ではない。
先のブルネーロ東方宮中伯にしても自衛戦争をやったにすぎない、というのが彼の認識だった。
(変を聞くなり帝都に駆けつけて皇帝陛下をお助け奉った果断さはあるが――おおかた仕掛け人は、昔から陛下を気にかけていた向こう見ずの元・宮廷魔術師ウィンストンであろう)
要はニコラエヴナ北方擁護伯と連絡して、南北挟撃といった絵を描いて実行に移すほどの戦略家はいない。
(先代から継承した土地にしがみついて生きるしかないつまらん連中よ)
ゆったりとした
(いや、俺もそうか)
そんなつまらん連中を刺激し、敵に廻してどうする。
それがグレイヘンガウス低東地方伯の、マントイフェル貴石奉献伯、シュトゥブニック東方宿星伯、そしていちばん最初に“つまらん連中”に要求を突きつけることもなく攻撃を仕掛けてきたニコラエヴナ北方擁護伯に対する感情だった。
が、グレイヘンガウス低東地方伯もマントイフェル貴石奉献伯に、軍兵を差し出さないわけにはいかない。
攻守同盟を結んでいる以上、援軍の派遣は義務であり、それをしないということは同盟からの離脱――あるいは同盟との敵対を意味している。
そこでグレイヘンガウス低東地方伯は、他陣営の部隊長ともうまくやっていけるであろうガルシア卿に騎兵を与えてマントイフェル貴石奉献伯の下へ遣った。
そのガルシア卿はマントイフェル貴石奉献伯の命令を受けて、連合軍の前方に展開し、敵部隊の捜索に当たっていた。
(なんで俺が成金女にアゴで使われなきゃならんのだ)
とよく日焼けした浅黒い肌を持つ彼は思っていたし、彼の部下たちもまたいまいち士気が上がっていなかったが、マントイフェル貴石奉献伯の指示には従順であった。
――敵の主力を捕捉せよ。
マントイフェル貴石奉献伯は、敵を野戦に引きずり出したいのだ。
命令の意図を汲んだガルシア卿は騎兵たちを操って積極的な“捜索”に出た。
敵部隊の所在を掴もうとするのではない。敵部隊を引きずり出すべく、境界近くの田畑を焼くそぶりを見せたのである。
そして遭遇戦が生じた。
「槍兵の
ガルシア卿は広く薄く展開していた騎兵たちを急いでまとめ、雪原に出現した槍兵を睨んだ。
「歩兵どもの先鋒陣?」
ガルシア卿は鼻で笑った。
(槍を携えた歩兵たちが騎兵に対して、先鋒陣を採るはずがねえ)
騎兵に相対する槍兵は防御力の高い円陣や、(十分な頭数がいるならば)左翼右翼を伸ばして敵を押し包める横陣――
「急いで駆けつけてまだ陣形が整っていないだけだろう」
そう彼は判断したし、ようやく後方に出現した本隊も同様に考えたらしい。
実際、マントイフェル貴石奉献伯はガルシア卿に待機を命令した。
敵も陣形が整っていない。
こちらの本隊もまた陣形を敷くだけの時間があるだろう、という思考であった。
「いまのうちに馬たちに息を入れてやれ」
「しっかし他の奴ら、動きが遅い」
「間抜けな縦隊になっちまってるぞ」
ガルシア卿らは、しずしずと動く槍兵たちをさして警戒しなかった。
「
「応ォ――!」
ゆえに若々しい怒声が張り上げられ、喊声が続いたとき、ガルシア卿ら騎兵たちは驚愕した。
雪と泥の混淆物を蹴り上げながら、槍を構えた歩兵たちが走る。
その最先頭に立つのは、赤毛の若者であった。
「このド阿呆が!」
ガルシア卿は反射的にそう怒鳴った。
ただの徒歩の人間が真っ向勝負の肉弾戦で、騎兵に勝てるわけがない。
当たり前だ。なにせ馬の膂力、体格は人間を遥かに上回っているのだから。
体当たりひとつ、蹴りひとつで人間に重傷を負わせることができる馬体に、怯懦なく向かっていける人間は少ない。
「
しかしながら槍兵たちはいっさい怯むことなく、一撃でガルシア卿らの騎兵隊を突き崩して霧散させてしまった。