至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
「あの突撃バカの側面を衝き、仲間を助けるぞ!」
ルーカス卿は銀剣を引き抜いて陣頭に立つと、後背に居並ぶ500名から成る剣兵らに向かって怒鳴った。
それから彼は剣兵たちの反応を確かめることもなく、前方へ駆け出した。
一方の剣兵らの横顔には、一瞬だけ怯懦が走る。
すでに将を討ち取られ、抵抗する者と逃げ出す者と地に伏す者に分かれて散り散りとなった味方を助ける――それは恐怖と不安に苛まれていた彼らを酔わせるには、あまりにも弱い酒であった。
ルーカス卿が率いる剣兵らと、フロリアン卿が指揮していた剣兵らの間に、そもそもの連帯感はさしてない。
しかも相手は騎兵部隊さえ僅かな時間で追い散らしてしまうほどの実力を有している。
貴石奉献伯直卒部隊のそばにいただけに、はるか後方にいたはずの東方宿星伯・臨海囚獄伯らの来援部隊が逃走して忽然と姿を消していることにも気づいていた。
それでも自身の指揮官が走り出している以上、自分たちが走らないわけにはいかない。
ゆえに彼らもまた前方を睨んで走り出し――その背後に新手が現れたことに気づかなかった。
「おい――」
弓箭が一斉に奏でる響きが、剣兵たちの耳朶を撃つ。
「弓兵だッ!」
「くそったれ、“移し身”のトマシノだ!」
「転回しろ、転回!」
射撃の音響に気づいて立ち止まった剣兵へ、走っていた剣兵が後方からぶち当たり、背中に矢を浴びて斃れる剣兵とそれに足をとられて転倒する剣兵が続出。
部隊は、トマシノが率いる弓兵の攻撃を浴びた後方部と、トマシノら敵部隊が後背に出現したことに気づかない剣兵が多数を占める前方部とで分断された。
「ルーカス卿ッ! 後ろ、付いてきてません!」
「なに……?」
「“移し身”、“卑怯撃ち”のトマシノです!」
最先頭を駆けていたルーカス卿は、遅れて事態に気づいた。
足を止めた彼は反射的に「転回して防御を固めろ!」と怒鳴った――怒鳴ってしまった。
アロンフィルドが率いる槍兵らと、大部分が死傷あるいは逃走した剣兵部隊が殴り合う修羅場まで、あと僅かな距離だというのに。
「おい、お前ら! 新しい敵将だァ゛!」
一方、ルーカス卿が命令を発する声によって、新手の接近に気づいたアロンフィルドは、引き倒した敵兵の喉笛に槍の穂先を叩きつけるとともに哄笑した。
「
絶叫するとともに、彼はひとりで走り出す。
「
それにひとり、またひとり、10名、数十名と槍兵たちが続いていく。
そうして彼らは一見すれば無秩序な波濤、しかし敵を殺るという意思によって統率された大波と化す。
「この突撃バカがァ!」
ルーカス卿もまた剣を振りかぶり、押し寄せる凶刃の波に立ち向かおうとする。
ところがその横にはついぞ誰も並び立たなかった。
数分後、たったひとりの剣兵は複数の槍に貫かれ、槍玉として宙を舞った。
(フロリアンくん――!)
血を滴らせ、臓物を散らしながら空中と雪上を往復する部下のことなど一顧だにせず、マントイフェル貴石奉献伯は
「
いまアロンフィルドの槍兵らは整然たる戦列を作っているわけではなく、空間があればそこに殺到する海水同様に、逃げるルーカス卿の剣兵らを追撃しているにすぎず、横腹を衝かれればいくら統率、武勇ともに優れたアロンフィルドの隊でも崩れるであろう。
否、仮にアロンフィルドの槍兵が防御力に優れた円陣を組んでいたとしても、
“機甲兵は上級兵科のなかでも高い防御力を誇ります。石製、あるいは金属製の装甲をまとった彼らは、一般兵科の攻撃をその堅牢さ(あるいは質量差)によって容易に受け止めるでしょう。”
“しかしながら驚くべきは、その防御力だけではありません。大重量の装甲板を纏って活動が可能な機構は、その体躯からは想像できない速度での移動と、他兵科を圧倒する近接格闘能力につながっています。”
“つまり機甲兵は攻防速が高いバランスでまとまった上級兵科であり、剣兵、騎兵の上位互換だといえるでしょう。現代における
『至帝戦記グロリアスチャージ2』において剣兵、槍兵、弓兵といった一般兵科と、進んだ技術や施設が必要となる魔術兵、竜騎兵、火銃兵など上級兵科(そして一部の人材だけが操ることができる特別兵科)とでは、能力的隔絶がある。
いまマントイフェル貴石奉献伯が率いる機甲兵の頭数は、100に満たない。
それでも装甲された機甲兵らは、槍や弓矢による攻撃を弾き返し、ソフトスキンの槍兵をいともたやすく轢き殺すであろう。
「突――」
体高数メートルのゴーレムの背に座乗するマントイフェル貴石奉献伯が、憎悪とともに腕を前方へ振り向けようとする――その先の空間に、突如として300名の人影が現れた。
「極東城塞伯の臣下にして、トマシノ卿より隊の副将を任じられているウスマン・バレロは、創世の時代より、
さらにその一団のなかから進み出てきたのは、異様な風体であった。
妙齢の使用人に騎乗し、少女を肩に乗せた男は
対する彼女は、その3人組を路傍の石のように見やった。
「どうでもいい……」
ピタリと動きを止めた機甲兵の戦列。
たった一騎、貴石奉献伯が駆る鈍色のゴーレムだけが前方へ跳躍――土煙とともにその外見からは想像できないほど滑らかに地表を疾駆する。ハの字に広げられた両脚は、動いてすらいない。魔力を噴きつけて浮くホバークラフト走行。
「どうでもいい! 立ちふさがるなら轢き殺すだけですよ――っ!」
「新型か。アルファ、頼んだぞ――フォーメーション、“ファウスト”!」
ウスマンらは気圧されることもない。
性別も体格も異なるが、しかし絶命の瞬間は同時と決めている3人組は、一瞬にして縦列を作って走り出す。
最先頭はアルファ、次にウスマン、最後に身体強化の魔術を施したルティトナ。
「出力差があります。3秒しか保ちません」
「それで十分だよ、アルファ!」
勝負は10秒と経たずに決まった。
鈍色のゴーレムも、紺を基調とするメイド服を纏ったアルファも、何ら小細工を弄さない。
マントイフェル貴石奉献伯が操作する機甲兵は、顔の横まで拳を引き、そこから繰り出す稚拙なテレフォンパンチを放ち、アルファはそれに合わせて半回転しながら肩から背中を使ったボディチェックを放った。
両者、ともに静止する。
生身の人間を一撃で粉砕する鈍色のテレフォンパンチを、真正面から受け止めたアルファ。
その肩をウスマンが蹴って跳躍し、さらにその肩をルティトナが蹴って跳ぶ。
「恨みはないけど、ごめんなさいね」
「何を――」
マントイフェル貴石奉献伯は、宙にその身を投げ出したルティトナを見上げた。
続いて彼女の両掌が爆ぜ、白光を曳くのを見た。
「ライトニングボルト」
おそらくマントイフェル貴石奉献伯は、痛みさえ感じなかっただろう。
高電圧、大電流、亜雷速の奔流は、彼女の頭部を破砕しながら、部下というよりは異性として愛していた彼との思い出が詰まった神経細胞を焼き切り、焼き切りながらゴーレムの足下にぶちまけた。
残ったのは内臓が破裂した胴体。
その胴体もまた力なく輿から落下し、地表に叩きつけられた。