至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG)   作:河畑濤士

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■22.食欲ねえ!疲労もねえ!やっぱり命令聞くはずねえ! 

 身を切るような寒さに目覚めてしまった俺は何の気のなしに便所に行き、その帰りに通りがかった庭に面した廊下で、ウィンストンの存在に気づいた。粉雪をうっすらと被った庭で、彼は軽やかな足取りとともに樫の杖を振り回している。諸手で上段に構えてからの打ち下ろし、続けての突き、返しての連続突き――。

 

(杖術か)

 

 乗っている速度こそ常人並みではあるが、彼には魔術による身体強化が手札としてあるはずだ。

 

(さすが肉体派ダンブルドアと評されるだけのことはある――)

 

 そう思って見ていると、頭上で猛禽類の鳴き声が連続した。

 

「戻ってきたか」

 

 俺の存在に気づいていたのか、ウィンストンはつまらなさそうにこちらを一瞥すると、視線を空に移した。

 続けて庭先に降り立ったのは、幼竜ラーカよりも一回り巨大な大鷲であった。

 舞い散った白い羽毛と、美しい鳶色の毛並みに、目を惹かれる。

 

「ウィンストン様、それは使い魔ですか?」

 

「使い魔? まるで主従だな。そうではない、友だ」

 

「友、ですか」

 

「彼には物見に出てもらっていた――どうやら新手が近づいているらしい。まじない師の手下どもだ。屍の傀儡(くぐつ)師と、生命(いのち)操る奏者だ」

 

 ウィンストンの言葉に、俺は思い当たる節があった。

 

「東方宿星伯の家臣、ガーメイカー卿とブラックストン卿ですか」

 

 彼は腰に手をやってから、そこに水筒がないことに気づいたらしい。

 そこで俺もまた彼が素面(しらふ)であることに気づいた。

 

「よくわかったな」

 

 彼は舌打ちをしてから、腰のそばで彷徨っていた右手で白い顎鬚を撫でた。

 

「……」

 

 対する俺は無言でいた。東方宿星伯の家臣として初期設定されているガーメイカー卿とブラックストン卿は、一部の人材にしか編成を許されない特別兵科を操れることから、強烈な印象をプレイヤーに与えるキャラクターである。

 死霊術師と呼ばれているガーメイカーは屍人(グール)から成る部隊を操り、また生命術師のブラックストンは人造魔獣を使役する。

 この両兵科から成る部隊には、周囲に対するデメリットがあるものの、士気値が一切変動しないという特徴がある。

 加えて人造魔獣も屍人も、行軍速度が速い――こちらもすぐに邀撃の態勢をとるべきだった。

 そんなことを考えていると、ウィンストンは再び口を開いた。

 

「ガーメイカー卿もブラックストン卿も知らぬ仲ではない」

 

「意外ですね、驚きました」

 

「敵ならば容赦はせんわ」

 

 彼が言葉とともに吐き出した息はただの白い息ではなく、殺意に満ち満ちた超自然的な蒸気であった。

 

 それから間をおかず、俺の予想どおりにシュトゥブニック東方宿星伯の家臣たちが主力となる部隊は、グレイヘンガウス低東地方伯領とジシャガミ極東城塞伯領の境界線近傍に姿を現した。

 彼らの行軍速度が速い理由は、プレイ中で説明されることはなかったが、おそらく食事や休息の必要がほとんどないからであろう。

 ハンフリー・ブラックストン卿が指揮する人造魔獣はほとんど疲労しないし、死霊術師のキャシー・ガーメイカー卿が操る屍人(グール)も同様であり、さらに食事も必要としていない。彼女は死人を蘇生させているわけではなく、単純に死体を操作しているだけだ。たとえば『バイオハザード』に代表されるようなゾンビのように、食欲があるわけではない。

 

「待ち伏せ、成功ですな」

 

 副長の言葉に、俺は曖昧に頷いた。

 丘の稜線に身を隠しながら見下ろした先に、少数の騎兵と異形の影が見える。

 

(ここを通ることはわかっていた)

 

『至帝戦記グロリアスチャージ2』は拠点と敵味方部隊の位置を示す戦略マップと、戦闘が生じることで遷移する戦場マップのふたつがある。

 そして戦略マップに表示される拠点と拠点の間には、最短距離を結ぶ直線状のラインが存在しており、拠点間を移動する敵味方部隊は必ずこのライン上を移動する――つまり、敵部隊とすれ違ってしまう、といった事態は発生しないようになっている。

 さらに製作されている戦場マップの種類が少ないため、戦闘が繰り広げられる地形や風景は、「どこかで見たことがあるな」という既視感を通り越して見飽きてくる。

 実際、目の前に広がるのは、どこかで――というか具体的には対ブルネーロ戦において見たことがあるような光景だった。

 

(つまり敵部隊の現在地さえわかってしまえば、待ち伏せは容易い)

 

 どこまでもゲームじみた現実に軽い目眩を覚えたところで、副長が小声でそっと言った。

 

「しかしあのバケモノが相手ですか」

 

「ああ。……恐ろしいか?」

 

「そりゃそうでしょう。まあ戦ってみなきゃわかりませんが」

 

「その意気だ」

 

◇◆◇

 

 触腕を蠢かせながら進むドラゲルフォクトパスと、8個の眼球と4つの長耳を張りつけた感覚器(索敵用頭部)を揺らしながら歩むエルフ・キマイラ。こうした人造魔獣や屍人は、士気システムが根幹にある戦闘において、攻防ともに破格の性能を有する。

 単純に敵兵力を削る物理攻撃力が高い。それだけではなく並の部隊が相手ならば、攻撃の対象となったその部隊の士気を半ばまで削ることが可能である。

 加えて人造魔獣の士気は常に一定であり、敵の突撃や状況の変化に伴う士気の低下が起こらない。

 しかしながらその人外から成る部隊は存在するだけで、まっとうな人間から成る友軍部隊の士気を低下させるというデメリットを有する。

 ゆえにトマシノは、まずそこを衝いた。

 

「噂通りの!」

 

 トマシノら弓兵部隊の“出現”に最も早く気づいたのは、グレイヘンガウス低東地方伯の家臣ライアン卿であり、彼は馬上から左右に「先鋒陣(スピア・ヘッド)!」と号令をかけた。

 

(真正面から? 舐めやがって!)

 

 その時点で弓箭が立てる音響と鏃という実体が、ライアン卿が率いる騎兵たちに襲いかかっていた。

 彼の副官であるシュローダーは頭蓋を破壊され、脳漿を垂れ流しながら、暴れ回る自身の馬に引きずりまわされていた。

 わずかな時間で彼女は、関節が外れて泥土にまみれた惨い姿を晒す。

 ライアン卿は視界の端でそれを捉えていたが、思考をそれでよどませることもなく、頭上へサーベルを掲げた。

 

先鋒陣(スピア・ヘッド)!」

 

 ライアン卿の周囲に、勇気を奮い起こした騎兵たちが集まってくる。

 ライアン卿に特殊な能力はない。ゆえにいまこの状況を打開するには、一刻も早く突撃を敢行し、彼我混淆の状態を作り出すしかないと考えていた。トマシノがどのような奇術を用いて瞬間移動を可能にしているのか、彼には想像もつかなかったが、敵味方が入り乱れてしまえばもしかすると敵部隊の転移を妨害できるかもしれない。

 一縷の望みにかけて、彼が突撃(チャージ)と叫ぼうとした瞬間、後方の騎兵が怒鳴った。

 

「ライアン様ッ、後ろ!」

 

「何――」

 

 ライアン卿が首をひねると、人馬一体の騎兵よりも巨大な影が見えた。

 迫る異形の群れ。サイズ感、距離感ともに掴みかねるフォルムに、騎兵たちはパニックに陥った。

 

「轢き殺されるぞッ!」

 

 誰かが叫ぶとともに、ライアン卿を除く騎兵たちは素早く左右に退き始めた。

 そこに秩序はない。並ではない訓練を積んできた騎兵同士が接触し、転倒する有様。

 瞬間、ライアン卿は諦めた。

 無秩序な回避運動。騎兵たちが再び集結し、陣形を整えるのは不可能だろう。

 

(クソ魔獣ども、飼い馴らされてねえのかよ――!?)

 

 ライアン卿の内心の叫びは、半ば正しく、半ば間違っている。

 日頃から異形の魔獣どもは、ブラックストン卿に大人しく付き従っている。

 が、血の臭いや喊声、弓箭の音は、彼らの神経を著しく刺激した。

 加えて彼らはブラックストン卿によって、そうした環境状態こそが戦場であり、そして戦場では前方の動く物体を殺すように調教されている。

 

「行け行け行け行けェ――突撃です!」

 

 しかもブラックストン卿は統率力や判断力といった戦術的才覚に乏しかった。

 そのため彼は魔獣どもの行動を制することなく、むしろ肯定した。

 四つん這いで駆けるエルフ・キマイラを轢殺(れきさつ)し、土煙と血煙の入り混じった混淆物に変えたドラゲルフォクトパスは、少し前までライアン卿ら騎兵たちがいた場所を通過し、トマシノら弓兵から成る敵部隊に向かっていった。

 

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