至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は7月31日(木)を予定しております。
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ブラックストン卿が操る人外の隊伍に、戦術的判断力はほとんどない。
前述のとおり、記憶した戦場という環境においては前方の動く物体を殺すように調教されているだけであり、制止できるとすればそれは御者の魔術だけである。
ゆえにブラックストン卿の軍事的才覚、戦場の空気を読む嗅覚が重要になるのだが、恐るべきことに彼自身が血と死の臭いに酔ってしまっていた。
戦場の華、騎兵突撃。
それを遥かに上回る破壊力を有する合成魔獣の突撃の最中にあって、加えて彼は経験不足を露呈させた。
彼我の距離は詰まり続けている。
しかしながらそのペースは、明らかに緩慢であった。
エルフ・キマイラの上下に揺れる視界のなかで敵との距離を掴むことは確かに難しかろう。
とはいえ、彼は騎乗経験はあっても、エルフ・キマイラの背の上から目標物までの距離を測るような訓練をしたことがなかった。
しかも巨体を誇るドラゲルフォクトパスが前方を疾駆していることで、余計に距離感が狂わされている。
ゆえに移動射撃の号令と中止を複数回実施して後退を繰り返すトマシノの弓兵部隊、その意図に気づかなかった。
(ここまでうまくいくとは)
――キルゾーンへの誘引。
トマシノは、この世界における軍事的鉄則をよく理解していた。
事実上、士気システムから切り離されている合成魔獣の部隊を潰すには、部隊を構成する兵員数をゼロにするほかなく、そのためには広範囲を焼き払う大火力の魔法攻撃をぶち当てるのが最も効率がいい。
「移動射撃――」
トマシノが最後となる移動射撃の命令を下した直後、その背後から現れたのは攻撃的な
「ふん……」
それを見てもブラックストン卿は、鼻で笑うだけだった。
「この合成魔獣、馬匹と同じとみてもらっては困りま――!」
異変に気づいたのは、バチ、バチ、と魔力の燐光がスパークする音が彼の鼓膜を叩いた瞬間だった。
咄嗟に左右を見ると、膨大な魔力の集積体がそこにはあった。
術者のコントロールから離れた僅かな魔力が爆ぜて地を焦がし、あるいは放電して宙を焼く。
御者の「止まってください!」という焦燥の声と、術者の冷静な詠唱の声が重なった瞬間、数千度から数万度という高熱を生じさせながら雷撃が翔けた。
――ライトニングクラウド。
たった一筋でさえ通過する空間を超高温に成し、爆風によって鼓膜や内臓を破壊する雷撃。
それが数十条、ルティトナ・バレロとウィンストンの杖から解き放たれる。
秒速約10万km、発動さえしてしまえば必中の一撃。
「……」
気がつけばブラックストン卿は爆風によって自身が騎乗するエルフ・キマイラの背から跳ね飛ばされ、泥土の上を転がっていた。
同じように瀕死の状態で異形の魔獣たちがのたうち回り、一見すると無事に立っている個体もまた血を吐きながら暴れ回っていた。
「行くぞ、トマシノ殿は我々にいちばんおいしいところを譲ってくださったっ!」
「応ォ――!」
ブラックストン卿は耳鳴りのなかで、喊声を聞いた。
そしてその喊声と足音は、少しずつ迫ってきていた。
「
「ド、ド阿呆かァ゛――」
ブラックストン卿が呻くとともに、動ける魔獣たちが前面へ出る。
竜鱗に覆われた巨大な触腕を地に叩きつけ、威嚇するドラゲルフォクトパス。
その触腕は、最先頭に立つ男が振るう槍の横薙ぎで半ばまで斬りこまれ、体液を噴きながら力なく垂れさがった。
「殺せェ、突き崩せェ!」
他の触腕を振り上げた隙を衝いて、数名の槍兵が異形の胴体に刺突を浴びせる。
竜鱗を穿ち、その下のエルフ由来の脂肪層を掻きわけ、槍の切っ先は骨にまで達する。
続いて槍兵たちはそのまま柄を握りしめて、その巨体を押していき――そして転倒させた。
(は――?)
その様子を眺めていたブラックストン卿は、呆けるほかない。
自身が造った“作品”が、いともたやすくただの人間に惨殺されていく。
起き上がろうと手をついたところで、移動に使う触腕を2本破壊されてバランスを崩した合成魔獣が、彼に倒れこみ、その上半身を押し潰した。
「……」
そうして呆気なく前線部隊の指揮官が死に、残されたのは不死の軍勢を率いる白衣の女史。
黒の長髪を切り揃え、黄金の瞳を有する死霊術師のキャシー・ガーメイカーは、何の躊躇もなく泥土にその額をこすりつけていた。
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ウィンストンの腕の一振りで、屍人の群れが泥濘のなかにその身を横たえていく。
もとより魔術で操られていただけの死体だ。
そしてゲームとは異なり、その肉塊が即座に消失することはない。士卒らには悪いが、彼らの埋葬のために働いてもらうほかないと俺は考え、副長に志願者を集めるように指示を出した。もちろんその分の報酬は出す、とも。
(薄氷の上の勝利、だった――)
俺はそう思いながらちらとウィンストンに視線を遣った。
一仕事終えた、といった格好の彼と目が合う。
「“好き勝手やるんじゃないかと思っていました”、とでも言いたげだな」
「……」
俺は無言のうちにそれを肯定した。
危惧していたのは合成魔獣から成る部隊の誘引が成功するか、ではない。
ウィンストンやアロンフィルドが指示どおりに動いてくれるか、であった。
世間にありふれているごく一般的なシミュレーションゲームではまったく心配する必要のない話だ。
「このたわけが。この酔いどれでも、あれを止めるにはああするしかないとわかっておったわ」
「ウィンストン様、ありがとうございます」
「よせ。……責任をとっただけだ」
責任、という言葉に俺は小首をかしげ、疑問を投げかけようとした。
次の瞬間、騒がしい声が近づいてきた。
「敵将です」
「せ、先生ェ! お久しぶりです、私です!」
「捕縛しました」
「私です、ガーメイカーですっ! アカデミーの! 生命神秘科のォ――!」
手鎖をかけられたキャシー・ガーメイカー。
その彼女のわめき声に顔をしかめながら連れてきたのは、ウスマンら3人組であった。
「先生、どうかお助けくださいっ! 私が愚かでした、私が大馬鹿者でした、シュトゥブニックに騙されていたんです、本当です!」
土で汚れた顔面と、顎からしたたる泥水。
それを一顧だにせず、彼女はただひたすらに命乞いの言葉を繰り返す。
「私にあるのは学術的な興味、生命への探求! ただのそれだけ、それだけでございますっ! まさか先生に弓を引くとはまったくの――」
「死への恐怖、の間違いだろうが」
「おっしゃるとーり!」
ガーメイカーはひざまずいて、
「魔力が切れたゴーレムがぷつりとその動きを止めるように、我々もまた死とともにぷつりとすべてを失う! “次”などない! 私にあるのは死への恐怖! ですからどうかご慈悲を――」
彼女が下げた頭の先に、ウィンストンは唾を吐いた。
「お願いします、なんでもしますから! この唾を啜れと言われれば啜ります!」
「啜らんでいいわ、ド阿呆! それから貴様の進退を決めるのは俺ではないわ!」
と言いつつ、ウィンストンは視線を俺へずらした。
瞬間、ガーメイカーはひざをにじり寄せて俺に向き直った。
「どうか、お許しください! 私はキャシー・ガーメイカー! アカデミーで生命魔術と死霊魔術を修めた一研究者でございますっ!」
「どうも、私は――」
「抗老化、延命治療ならば私にお任せください、生命魔術についてはこの大陸一の自信がございますっ!」
「はあ」
「そしてゆくゆくは永遠の生命、これを実現してみせますっ!」
「……」
「それから――」
ガーメイカーはウスマン、ルティトナ、アルファに目を向けた。
「私はあなたがたの間に構築された“ライン”さえも弄れます!」
「なに?」
俺とウスマンの声が、重なった。
「私ほどの生命術師であれば、容易くあなたがたの間に存在する“ライン”を見切ることができるんですよっ! 私ならばそのラインを、断ち、繋げなおすこともできる! このままでは気づいているとおり、あなたがたは共倒れかもしれません。が、私ならば、誰かを生かし続けることもできますよ!」
興味を惹けたと思ったか、ガーメイカーが早口で畳みかける。
「しかし、素晴らしい! 低い生命力を融通し合うと同時に、さらに外づけの維持・増幅装置としてゴーレムを――」
次の瞬間、ウスマンは彼女の顎に蹴りを入れていた。