至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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極東城塞の厨房、その片隅に包丁の音が響き渡る。
インクにまみれ、タコだらけになった手に握られた包丁が立てるリズムは不規則であり、料理に慣れた人間のそれではないし、まな板の上に刻まれたネギはサイズが不均等で、お世辞にも上手に切れているとはいえなかった。
が、包丁の主は気にせず、それを鍋の中に放りこむと、次にキノコ、豚の塩漬け肉に取りかかっていく。
キノコも豚肉もサイズはデタラメに近い。
それから鍋の中で、サイズのバラついた具材を炒めはじめる。
(でも、炒めるうえに煮込むから大丈夫だよね)
火さえ通っていれば大丈夫。
それが彼女――ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯が探し当てた真理のひとつであった。
少しすると香ばしい匂いが、辺りに漂い出す。
しかし油断は禁物。ここで気を抜いてネギを焦がしてしまうと、できあがったあとに炭化したネギがスープに浮き上がり、見た目も味も悪くなってしまう。
(ネギが茶色くなったら水を加えて――)
それからイモやニンジンに取りかかっていく。
ヤナの料理の師匠は、クロティエルデ・バレロである。
ヤナが彼女と話をしたのは、冬が訪れる前後のイマリ村での会談が初めてだったが(■16参照)、同じく武将を支える立場ということもあってか、妙に気が合った。それからは手紙のやりとりを続けている。
……ウスマン、ルティトナ、アルファ。
病に冒されているクロティエルデもさることながら、彼らに残されている時間もまた少ないということを、ヤナはクロティエルデから聞いていた。
もともと双子のウスマンとルティトナ。
ウスマンの側は実に健やかに出生したそうだが、ルティトナは通常の赤子よりも遥かに小さい姿で生まれたらしい。
もちろん、放っておけば数か月も生きられない。ゆえに優れた生命術師であったウスマンの母は、ウスマンとルティトナの間で生命力を補完し合う魔術を構築したうえで、さらに彼らを守り、また生命力を供給する外部装置としてアルファを建造したのだという。
ウスマン、ルティトナ、アルファが常に行動を共にしているのには、この生命力の融通を効率よく行うため、という理由があったのだ。
しかしながら、3人分に満たない生命力で3つの身体を回すこの仕組み――詳しい理屈は魔術を修めていないヤナにはわからなかったが、10年、20年はともかく、それ以降は必ずどこかでガタがくるらしく、そして破綻を来した瞬間、少なくともウスマンとルティトナは絶命するのだという。
ヤナはさきほどよりも丁寧に切ったイモやニンジンを鍋に投じ、いったんウスマン、ルティトナ、アルファのことを思考の片隅に追いやった。
今夜はウスマンらを除いた一同が、ここ極東城塞に集まることになっていた。
極東城塞伯、独立派諸侯、そしてニコラエヴナ北方擁護伯――三勢力の情勢に変化が生じようとしていたからである。
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「ニコラエヴナ北方擁護伯の使者が来る?」
円卓の間。
隣に座るヤナ・ジシャガミ極東城塞伯の言葉に、俺はそう聞き返した。
「あのー、手紙が来まして」
彼女から渡された手紙には、字のサイズが揃った極めて几帳面な字が並んでいた。
「攻守同盟の締結も視野に入れた協力体制を構築したい、と」
「……」
独立派諸侯陣営という共通の敵を持つニコラエヴナ北方擁護伯の側から、いずれコンタクトがあるだろう、ということはもちろん予想できていた。だが相手は狂犬――できれば関わり合いにはなりたくないというのが正直な感想である。それにどれだけ心を砕いたとしても、最終的には向こうからの「貴公は首を柱に吊るされるのがお似合いだ!」のメッセージとともに、すべてふいになってしまうことはわかっている。
「よかったではないですか」
宛がわれた座席から身を乗り出したのはオブザーバーとして参加している虜囚――キャシー・ガーメイカーであった。
彼女は手鎖をかけられたままの両手を挙げると、ウスマンに蹴られて以降、腫れたままの顎をさすった。
即座に殺されることはない。そう判断して安心したのか、いま彼女は命乞いのときとは打って変わって、知性を感じさせる話し方になっていた。
「強者にへつらう貴様らしい発言だな」
その隣に座るウィンストンは意地悪そうに言ったが、ガーメイカーは怯むこともなく、むしろ白けた視線を向けた。
「先生。強者に媚びへつらうこともできずに死んでいく者はみな敗者です。生き残る者だけが勝者であり続ける、それが私の哲学です」
「遅かれ早かれ、みな死という終着を迎える。ならばその過程こそが重要だとは思わんか?」
「思いません。そして私はその終着をなくしてみせる――いえ、話が逸れましたね」
ガーメイカーは俺とヤナに向き直るとただ一言、「ブルネーロ東方宮中伯の存在があります」とだけ言った。
それに追従して大きく頷いたのは、サン・アロンフィルドである。
「グレイヘンガウス卿らを降すのは時間の問題でしょう」
彼の言葉のとおり、俺たちはキャシー・ガーメイカーを捕虜とした戦いの後にも遭遇戦を制しており、敵領内に警戒陣地を進出させることさえできていた。
「逆に彼らが勝ち目を求めるのであれば、それは外にしかない」
「小僧、お前は奴らがブルネーロと同盟を結んで挟み撃ちをしてくるんじゃないか、と?」
「はい。グレイヘンガウスらがブルネーロと同盟を組むなら、こちらもニコラエヴナ卿と組んで対抗する必要があるのではないですか。ブルネーロと我々の間には不戦条約がありますが、こちらを潰す好機とみれば容易く条約破りもあり得るかと」
アロンフィルドの言葉を聞いていた俺は、視線をヤナのほうに遣った。
「ブルネーロ東方宮中伯は現在、叛徒ルケルブと戦争中です。戦況は拮抗しているようですぐにこちらに侵攻してくるということは考え難いです」
「ごちゃごちゃ理屈を並べおって」
ウィンストンは木製の水筒を傾けてから鼻で笑った。
「そもそも彼奴らの狙いがわからんっ!」
「それは……」
俺は口を開いてから、やめた。
確かにそう言われればそのとおりである。
ニコラエヴナ北方擁護伯がこちらと関係を築こうとする理由がない。
敵の敵は味方、それがCPUの思考のクセだからと言ってしまえばそれで終わりだが、実際のところニコラエヴナ北方擁護伯は、俺たちの助力を必要としていない。それどころか独立派諸侯連合と俺たちの陣営をまとめて轢き殺すことが可能である。
(ならば、なぜ俺たちのもとへ使者を送ってくる?)
「簡単なことです」
ガーメイカーはその金色の瞳を宙に彷徨わせる。
「氷雪に閉ざされない拠点を、いちはやく南方に築きたい。ただそれだけではないでしょうか」
前世でロシアの南下政策という言葉を学んだ身としては、うなずける話である。
一方のウィンストンは小首を傾げ、隣に座る
当然ながら皇帝陛下もまた数秒沈黙してから、
「……わからない」
と答えた。
その数日後、敵対する独立派諸侯領を大きく迂回し、ブルネーロ東方宮中伯領を通過してニコラエヴナ北方擁護伯領から使節団がやってきた。
俺たちがやっとの思いで手に入れた馬車とは大違いの豪華壮麗なる馬車と、その脇を固める重騎兵たち。それに槍兵の隊列と荷駄が続く。最後尾に翻るのは、ライ麦の軍旗。
ただの外交使節というには、あまりにも物々しい隊伍に、極東城塞の士卒らはざわめいた。
「……」
そして馬車の中から現れたのは、銀の長髪が印象的な長身の女性――ニコラエヴナ北方擁護伯本人であった。