至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
「名前とは他者に与えられるもの! 貴様らによって皇帝陛下は“与える存在”から“与えられる存在”に変わった!」
「変わるわけが――そんな名前のひとつふたつで!」
「変わるさ! 皇帝陛下を皇帝陛下たらしめるのは、唯一無二であるからこそ! 貴様らが名前を与えたことで、皇帝陛下はどこにでもいる有象無象にひとつ近づいたァ!」
ニコラエヴナとアロンフィルドの怒声と鋭い金属音を、俺はぼんやりとした頭で他の世界のことのように聞いていた。馬鹿馬鹿しい。俺は内心、鼻で笑ってしまった。お前が云々と喚いている名前の有無。そんなもんは『至帝戦記グロリアスチャージ2』の開発陣が、単に考えるのを面倒くさがった、ただそれだけだろうに。そこに皇帝陛下の神秘性といった高尚なものは、何一つない。
続いて眩い光が網膜に焼きつく。
「何してるんですかァ!?」
光を発しているのは、死霊術師ガーメイカーの指先だった。
「死んだらどうする!?」
ガーメイカーの怒鳴り声とともに、クリアな視界が戻ってくる。
指先の向こう側には、ガーメイカーの金色の瞳。
脇からは俺の名前を呼ぶ、ヤナの声。
「もう1回死んでるよ」
「トマシノ卿、頭を打ちましたね? 生命に、“次”はない。人間は死んだら終わりです!」
「頭だけじゃない。右脇腹をやられた」
「ええ、見ていましたとも」
激痛と鎖帷子の冷たさが走る右脇腹を、ガーメイカーが覗きこむ。
「肋骨が折れているだけです」
俺の予想通りだった。ニコラエヴナが放った横薙ぎの一撃は、決して超常の斬撃というわけではない。その刃は服を引き裂けても、鎖帷子を断つことはできない。とはいえ、鉄棒でぶん殴られたのと同じであり、その衝撃は肋骨を折るのに十分だった。
「……だけ、とは簡単に言うね」
「頭へのダメージと死ぬこと以外はかすり傷です」
ガーメイカーは口の端を歪めながら、滔々と詠唱を開始した。
「私と汝ともに死に抗おう。残り限りある時間とも戦おう。我らは時間に支配されているにあらず、我らは時間さえも武器にして死と戦おう――リワインド」
刺すような、一瞬の激痛。
そのあとは嘘のように痛みが消え、脇腹にあった違和感さえ、微塵も感じなくなった。
まるで時間が戻ったかのように。
「怪我とは外力による細胞の変質にほかなりません。頭部には使えませんが、これこそいずれ死に打ち克つ私の生命魔術の“通過点”――」
少々自慢げに語り始めた彼女に「ありがとう」と言いながら、俺は立ち上がった。
足下にもちろん転がっていた刀剣を拾って、である。
それからニコラエヴナとアロンフィルドの剣戟を見やる。
(さすが作中上位の武力の持ち主だ――)
ジャンルが違う。SLGの世界であるはずなのに、ふたりだけ無双シリーズのプレイアブルキャラに見える。地に足つけての二次元戦闘である格技、それに慣れ親しんだ元・日本人の俺には、目まぐるしく飛び退り、あるいは跳躍して頭上から斬りかかる両者の動きを目で追いきれない。当たり前だ。三次元の動きを見慣れていないせいで、次の挙動の予想がつかない、ゆえに視線が追いつかないのだ。
「ニコラエヴナッ!」
ゆえに俺は、着地するニコラエヴナと空中からの斬撃をたった1本の槍で凌ぎ切ったアロンフィルドに向かって、怒鳴った。
「だったらお前は何をしたんだっ!」
「……?」
「宮中は畏くも神聖不可侵の皇帝陛下が御親政あそばされることが可能な状態ではなかった! 貴様の言うとおり、奸臣どもが自身の利益のために政を取り計らう魔窟であり、無知にして無垢の皇帝陛下を誰もお支え奉ろうとはしていなかった! それを貴様も知っていたのではないか!?」
「何を……」
「しかも貴様は、貴族とは名ばかりの吹けば飛ぶ木っ端のような我ら極東城塞の臣民とは違うではないか!」
「え、ええ……」
背後でうめくヤナを無視して、俺は腹の底に渦巻いていた怒りをすべて吐き出すつもりで声を張り上げた。
「斬奸尊皇! 貴様ほどの実力があればそれができたはずだ、にもかかわらず貴様は何をしていた!?」
「何を言いだすかと思えば、私とて――」
何かを言おうとして、ニコラエヴナの表情が固まっていく。
(そりゃそうだ)
俺は意地悪に口の端が歪むのを抑えられなかった。
所詮、お前はこのシナリオが始まると同時に生まれた存在だ。
いや、正確にはシナリオが始まった5ターン後に、政治に対する関心を宿したCPUにすぎない。しかし、お前には他の連中と同様に記憶があるはずだ。シナリオが始まる5分前に生成された記憶が。
「記憶を辿ってみろ! 貴様とヤナは宮中行事で会っている、帝都に足を運んでいる! それだけじゃない、地方臣民の苦しみは、貴様もよく知っているはずだ! 中央の、帝都の、宮中の腐敗を知らなかったとは言えないはずだ!」
「私とて、私とて――なぜ何もしなかったのだ?」
腑抜けたように、ただ口を開閉させる彼女に俺は畳みかける。
「そして貴様こそ、皇帝陛下を蔑ろにしているのではないか!」
「……何?」
「竜種の飼育も、名前も、畏くも純粋無垢であらせられる皇帝陛下がお望みあそばされたことだ! 皇帝陛下がお決めあそばされたことだ!」
「ならば――」
何かが砕ける音が、彼女の口からした。
続けて静かに彼女は剣を持ち上げる。
同時に背後に控えていた彼女の護衛たちが一斉に動き出した。
「なりませぬッ!」
「ならば、死をもってお詫び申し上げるのみっ!」
サーベルの刃を首にあてて一気に引こうとする彼女と、それを押しとどめようとする護衛の間で揉み合いが生じ、それと同時に広間の出入口近くにいた騎士たちが抜刀して、退路を確保する。
「放せ、きょうの私は過去の私を許せない!」
「まーた勝手に吠えて勝手に死のうとしてるっ!」
「帰ってちょっと頭冷やしましょう」
ニコラエヴナと数名の部下の一団がじりじりと後退を始めるさなか、これを好機と駆け出そうとしたアロンフィルドの前にひとりの男が立ち塞がる。
その身長は、低い。
だぼついたカーキのローブをまとった三頭身の彼は、純白の杖を垂直に立ててそのグレーの瞳をアロンフィルドに向け、それからこちらに顔を向けて眺め回す。
「お騒がせいたしました。お話はまた閣下が冷静になられてから、ということで……」
彼の言葉に返答することなく、隙を見せないように槍を構え直すアロンフィルドに代わって、ウィンストンが怒鳴る。
「ド阿呆が! 皇帝陛下の御前で白刃を抜いて、お咎めなしでいられるわけがなかろうが!」
それに彼はウィンストンの喉に視線をやり、頷いた。
「仰るとおりです。しかし極東城塞伯閣下をはじめとした皆様が、我が主に追い討ちをかけるならば、取り立てていただいたご恩といまの禄の分まで働くのみ。そして余所では鼻で笑われるこの身です。お互い覚悟せざるをえない結果になりますよ」
「視線が微妙に俺の目から外れているあたり、貴様、音響魔術の使い手だな?」
「だとしたらこの閉所で戦えばどうなるか、ウィンストン様がいちばんよくおわかりではないですか」
アロンフィルド、ウィンストン、音響魔術師の間に緊張が走る中、俺はヤナに囁いた。
「閣下、行かせましょう」
「え、でも――」
「連中は退路を確保するために城外に護衛の騎士を残しています。副長も彼らを監視するために向こうの残留組に兵を張りつけましたが、追撃となればかなりの流血を覚悟しなくてはいけません」
ともっともらしいことを言ったが、目の前の音響魔術師もまた強敵である。
(やっぱりクソゲーだわ、これ)
ようやく思い出した。
ニック・ディクソン。
必殺技は自身を含む一定範囲の敵味方の将兵を殺傷する大音響魔術“スラマー”であり、当時のプレイヤーたちからは「特攻野郎Aチーム」「接近したら勝手に死ぬやつ」「無能な働き者」「キルレシオ1:500」と散々な評されかたをしているキャラクターであった。
しかし自爆に巻き込まれる側としてはたまったものではない。
(魔術持ちが強いのはいまに始まったことじゃないが)
問題は戦術級SLGで活躍できるように魔術の威力が設定されていることであり、少人数の対人戦では対処のしようがないことだ。
ニックの言葉がブラフでなければ、対策ができていない俺たちは“スラマー”で彼と心中することとなる。
もちろんウィンストンが何らかの魔術的対抗手段をもっていないとは思えないが、そこに賭けたくはなかったし、もうひとり魔術戦に対応できそうなガーメイカーは、といえばもうどこかに逃げたのか、周囲にはいなかった。
俺がそんな思考を巡らせていると、ヤナは素直に頷いて叫んだ。
「わかりました。皆さん、ここはこちらも退いてください!」
「だが――」
杖を構えたまま、こちらに視線をひとつもくれないウィンストン。
その頑固ジジイに向けて、ヤナは真摯な眼差しを向ける。
「もうやめましょう」
それから彼女は咳払いをしてウィンストンの注意を引いてから、顔を振って広間の一角に注目させた。
「……」
そこには唇を噛んで、ただ立ち尽くしている皇帝陛下・イリスがいた。
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次回更新は8月17日ごろを予定しております。