至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG)   作:河畑濤士

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次回更新は8月26日ごろを予定しております。



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■28.天は人の上に人をつくらず 学問を勤めて貴人となる。

 イリスはあの日を境にして変わった、と俺は思う。

 “功名マン”のアロンフィルドを武芸の師、“酒カスのガンダルフ”ことウィンストンを魔術の師、そして死霊術師のガーメイカーに勉強を教わるようになった。

 極東城塞伯のヤナも何かとイリスの面倒を見たがったが、彼女は彼女で政務で忙しい。それに加えて現在は、物資の手配から物流の強化までを含めた兵站の維持という仕事まで抱えており、イリスのために時間を捻出するのは厳しそうであった。

 

「……」

 

 俺はといえば、そろそろウスマンらに任せた警戒線の様子が気になっていた。

 が、士卒たちから“先生”と呼ばれ始めているガーメイカーから「このあと5日間は経過を見ますので、ここにいてください。何かあったときに私がいなければ困るでしょう」とくぎを刺され、それを聞いたヤナの命令で仕方なくこの極東城塞に滞在していた。

 きょう任されたのは、城内の一室で、副長と信頼のおける古参兵たちとともに、机上に広げた貨幣を状態の良いものと悪いものに選り分ける、という仕事だった。

 良銭は対外取引に使えるが、悪銭は領内でしか使えないということで、ある意味これも兵站を支える仕事のひとつではある。

 とはいえなんでも慣れてくるもので、しばらくすると退屈な雰囲気が支配的になった。

 

「閣下とトマシノ様の出番は、アロンフィルド様とガーメイカー先生のあとでしょうな」

 

 唐突にそう言ったのは、副長であった。

 物には段階がある、というわけだ。アロンフィルドから教わっている槍術や徒手格闘の格好がある程度ついて、ガーメイカーから習っている一般的な教養が身につけば、今度は俺から戦術を、ヤナから政治を習えばいい、と副長は考えているらしかった。

 

(戦術、といってもな……)

 

 元来からトマシノが持っている軍事的な能力と、俺のSLGで聞きかじった程度の知識、このふたつを鑑みるに、イリスの家庭教師にはもっと適任者がいるだろう、と思った。

 

「俺なんか大したことないよ」

 

「え、真面(マジ)で仰ってます?」

 

「アロンフィルドのほうがよっぽど勇ある武将だろう、彼から戦術を習ったほうが――」

 

 いいんじゃないか、と口にする前に、イリスが「突撃(チャージ)」を連呼する姿が脳裏をよぎって言い淀んだ。

 

「トマシノ様、アロンフィルド様が得意とするのは、先鋒陣(スピアヘッド)突撃(チャージ)です。これは先陣を務める武将のそれであっても、皇帝陛下が自ら指揮される軍勢の戦術ではございませんな。やはりやんごとなき御方の戦陣というものは、突撃(チャージ)を敢行するにしても――」

 

 どうやら同じ絵面(えづら)を思い浮かべたか、副長はにやりと笑った。

 

 さて。

 俺が知っている『至帝戦記グロリアスチャージ2』で特定の人材が、周囲の人材に弟子入りして能力を伸ばす、といったイベントは存在しない。

 皇帝陛下の家庭教師を自陣営の武将が担当するというような、皇帝陛下固有のイベントも同様だ。

 

(なるほど、こういうことだったのか……)

 

 しかしながら俺は得心がいっていた。

 プレイ中、皇帝陛下は“成長”するのである。

 その条件のひとつが、ターン数の経過。

 要は時間が経過すればするほど、彼女は能力値をぐんぐんと伸ばしていくのだ。

 

(遊んでいるときは、ただ単に“大人になっているから”だと思っていたが)

 

 もしかすると彼女が、ニコラエヴナの言うところの“俗世”を知り、自ら学び、励むことが能力の向上という結果につながる、ということなのかもしれない。

 

(……まあ設定の人、そこまで考えてないと思うけど)

 

 現実が回っていくうえで設定されていない“空白”も埋められているのが、この世界だ。

 食事や睡眠といった()世話なところは勿論である。さらに『至帝戦記グロリアスチャージ2』は、大陸中を巡る商人たちとの申し訳程度の金銭の遣り取りはあったが、物資の集積、兵糧の輸送といった補給、それから内政という概念に乏しかった。

 

(現実は、こういうことをやることも必要だってことだよなあ……)

 

 いま掌に乗っているのは、表面がひどく磨り減った銭貨だ。

 せっかく目の前に“経済”があるのだから現代知識を活かした経済チートでも繰り出したいところであるが――つくづく生前にもっと勉強していなかったことが悔やまれる。

 

「――というわけで、やはり陣形にも格式の高下があるわけです。やはり猪武者ぶりだけが身についてしまうのは困ります」

 

 と、俺がイリスを教育する必要性を語る副長の言葉が終わったところで、俺はなんとなくうなずいた。

 うなずきながら、生前のプライベートも、もっと周囲を頼ればよかったのかな、と思った。

 

「トマシノさん」

 

 良銭と悪銭を選り分け終わったところで、俺はヤナに執務室へ呼ばれた。

 椅子にかける彼女は、どこか疲弊していた。

 机上にあるインクとタコだらけの手指はいつも痛々しく見えたし、彼女の頬には生乾きのインクか何かでなすったような跡があった。

 彼女が疲れて見えるのは、勢力圏の拡大に伴って増えたままの政務のせいではないだろう。

 少し前には「最近は新しい趣味も増えましたっ!」などという他愛のない話もあった。

 それを考えると、やはり直近の一件が尾を引いているのかもしれなかった。

 

「これ、見てください」

 

 彼女の机に相対するように置かれた椅子に座った俺は、差し出された書状を受け取った。

 字のひとつひとつは汚い部類に入るのだが、勢いのある筆跡。

 そして末尾に書かれているのは、ニコラエヴナ北方擁護伯のサインであった。

 

「……不愉快ですね」

 

 俺は書状をぐしゃぐしゃに丸めかけて、さすがに陣営間でやりとりされた書状であるために手を止めた。

 内容を要約すると、「志ある者はみな大同盟を結び、皇帝陛下の御心を汚染するヤナ・ジシャガミ極東城塞伯を討て」という檄文(げきぶん)である。

 タイミングからしてニコラエヴナ北方擁護伯が、自領へ戻る前にばら撒いたものであろう。

 また同一のものが遅かれ早かれ、他の陣営にも渡るに違いなかった。

 

(もちろんあのザマでは本当にニコラエヴナが書いたものかはわからないが)

 

 もしかするとニック・ディクソンか、他の部下が仕組んだ代物かもしれない。

 

(それも狙いは俺たちを追い詰めることじゃない――間違いなく、ニコラエヴナの精神的復調を狙っての檄文だろう)

 

「その、私たちは間違っていたんでしょうか」

 

 いつもの自信なさげな様子を通り越し、半ば呆然とした声を上げるヤナを前にして、俺は思考を打ち切った。

 

「閣下。我々は決して間違ってはおりません」

 

「でもこのままじゃ大陸中、すべてを敵に廻すことに――」

 

「大丈夫です」

 

 俺は断言した。

 まず“檄文”は『至帝戦記グロリアスチャージ2』においてもコマンドのひとつとして存在していた。

 上手くいけば敵対陣営に対する包囲網を構築できる強力なコマンドだが、だいたいは不発に終わる。

 正統性や安定度が低い、つまり対象となる敵対陣営の評判が相当悪くなければ、この包囲網は成立しないのだ。

 

「いま麻のように乱れるこの大陸。ニコラエヴナ北方擁護伯の妄言に付き合える者はそういないでしょう」

 

 むしろプレイヤーたちは、檄文に味方将兵の士気を底上げし、主君と武将の関係値を僅かに良化させる効果があることに着目し、(うち)を固めるための手段として使いがちであった。

 ……逆に包囲網の構築に成功してしまい、周辺勢力(足手まとい)と同盟を締結することになると、非常に困ることになる。

 

(実際、観測気球みたいなものなんじゃないか)

 

 と、俺は直感していた。

 ニコラエヴナ北方擁護伯の家臣たちは檄文によって、好意的な陣営を掘り起こし――あるいはそういった陣営が皆無だったとしても「閣下は決して間違っておりません、○○様と■■様は閣下のお言葉に深く感銘を受けたご様子云々」などと、彼女を励ますつもりなのだろう。

 

「でも」

 

 言い淀むヤナに、俺は可能な限り力強く言った。

 

「いまさら、ですよ」

 

「え?」

 

「いつぞやかウィンストン様が仰っていました。“綱渡り”だと。先代のブルネーロが宣戦を布告してきたときから、生き残るために私と閣下は綱渡りを始めました」

 

「そう、でしたね。あの頃は、まだ私とトマシノさんと、それから陛下だけで――」

 

「もう引き返せません。我々はいろんなものを背負いすぎた。過去にも戻れない」

 

「……」

 

「もしも大陸全土が敵に回ったとしても、渡りきりましょう――みんなで」

 

 ヤナは少しだけ視線を落としてから、またこちらに視線を戻した。

 

「トマシノさん」

 

「なんでしょう、閣下」

 

「いつもありがとうございます」

 

 そんなやりとりの翌日、事態は動いた。

 

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