至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
「あの東の空、いちばんに夕闇に輝き出すひときわ大きな白い星が、ファイアフライでございます」
「そうか」
俺は夜闇が迫りつつある空を見て、マニュアル&公式設定資料集に載っていたコラムを思い返していた。
「ファイアフライは、われら卑しき武家の間では、守護星のひとつとして知られております。
「そうか」
「そして臣・トマシノのもつ紋章でもあります」
「そうか」
謁見のイベントから数日後、未だ俺は皇帝陛下とともに街道上を東進していた。
みな揃って徒歩である。皇帝陛下は自力で歩くことが難しいので、ずっと俺が背負っている(
これでは勿論、速度は上がらない。
仮に叛徒が騎馬隊を差し向けることがあれば、追いつかれる可能性がなきにしもあらず。加えて旗幟が明らかではない勢力圏を踏破するということで、さぞ士卒たちは不安だろうと思ったが、思いのほか士気は高かった。
(これが“御旗”の効果か)
隊列の最先頭では、副長と呼ばれる平民の男と彼が選抜した信頼できる士卒が、金糸・銀糸で装飾された“鎮撫御親征”の旗を掲げていた。この旗は陛下がこの部隊におわすことを示すものであり、未だ帝国の威光が残っている現在の情勢下においては、心理的効果は極めて大きい。そして今後待っているであろう合戦においても、この御旗は極めて重要な役割を果たす。
その御旗の後ろに続くのが、トマシノの紋章――蛍を描いた部隊旗である。
「陛下、きょうはそろそろお休みにいたしましょう」
「わかった」
途中で勿論、街道沿いの宿をとる。
春とはいえ夜は冷えこむ――事実上の監禁生活を強いられてきた皇帝陛下の現状の体力では、野営に堪えられない。
陛下のために見繕われたのは立派な宿屋というよりは、裕福な農民の家屋といった趣の建物であった。
「陛下、どうぞ」
副長に案内されて土間に入っていった俺は、一段高くなっている板張りの床のうえに陛下を下ろす。
「あ」
「陛下、いかがいたしましたか」
「わかった」
一瞬だけ陛下が躊躇って肩にしがみついたような気がしたが、それでもすぐに陛下は素直に床のうえに腰を下ろして、足をぶらさげた。
豪奢なドレスではなく、ウールでできた長衣に着替えて紺色のショールを羽織っているその姿は、貴族の子女というよりは瘦せ細った幼児にしかみえない。
(マニュアル&公式設定資料集じゃ今年で18歳だろうに……)
「……」
彼女は周囲を見回すこともなく、じっと俺を見つめてくる。
「……陛下、すぐに食事にいたしましょう」
「わかった」
「どこか痛いところはございますか?」
「……」
俺は土間に跪くと、彼女のサンダルを脱がせた。
そこにあるのは血色の悪い、灰色がかった白い素足である。
「臣・トマシノが見るに、やはり足がよくないようです」
「そうか」
「按摩いたします」
「わかった」
俺は左右に食事等の準備を指示しながら、その凝り固まった足をマッサージ――正確にはマッサージの真似事をしていく。放置しておくには、何かをせずに看過しておくには、あまりにもむごすぎる。それが彼女の足であった。
(言葉にしてもそうだ)
そうか。
わかった。
この数日間で俺が彼女から聞いた言葉は、このふたつだけだった。
「トマシノ様」
宿場の人間に命じて陛下に粥を食べさせている間、副長が俺を外に呼んだ。
「領内に入る前に輿を用意させましょう」
「手に入りそうか?」
「うまく徴発します。すでにジシャガミ様も陛下のお出迎えと、皇帝旗称揚式の準備を進めております。何やらいろいろと愚痴っておられましたが、それはまた機をみて聞いてあげてください」
「……」
「手隙の領民たちも集まるでしょう。さすがに彼らの前にトマシノ様に肩車された陛下を、というわけには」
「まったく気づかなかったな。うまく閣下と連絡をとって段取りを進めてくれ」
「はっ」
「そうなると領内の直前ではもう1度、ドレスに着替えさせなければならないな。アレではどこにでもいるただの子どもだ」
俺の言葉に、副長は曖昧に笑った。
「トマシノ様は不忠者なのか忠義者なのかまったくわかりませんな」
「俺は正直者のつもりだ。陛下の御身をお守り奉り、ジシャガミ閣下をお助けする――それがこれから訪れる乱世を生き残るために必要だ。それから貴様の働きもな」
「返す返す思うのですが、トマシノ様は軍事貴族らしくない御方だ」
副長の言葉に、俺は腕を組んだ。
「どこがだよ」
「相手が陛下とはいえ、ああやっていちいち世話は焼かんでしょう」
「そんなものかな」
俺が小首を傾げると、副長は面白そうに笑った。
◇◆◇
「ト、トマシノさん、いいんですか?」
無事、皇帝陛下を極東城塞伯領ならびに極東城塞にお迎えした翌日、円卓に座るヤナ・ジシャガミ極東城塞伯は、小声で話しかけてきた。その声色は、抗議半分、相談半分である。
いま極東城塞には
そしていま円卓には、ヤナ・ジシャガミ、俺、そして皇帝陛下が着座していた。
「閣下。問題ございません。畏くも陛下からも御賛意を賜っております」
俺の言葉に間髪入れず、陛下は無言のまま頷いた。
ヤナは慌てながら俺と陛下の合間で視線を右往左往させていたが、こればかりは仕方がない。
陛下を実務にかかわらせる――おそらく貴族の常識からしてありえないことなのだろう。
(もちろん理由はある)
まず短期的にいえば、陛下には部隊編成にかかわってもらわなければならない。
陛下御親征のかたちで、俺の部隊の副将枠に陛下を入れないと、今後連続するであろう戦闘には勝てないのだ。
通常、国産の戦略級・戦術級シミュレーションゲームだと、敵も味方も全滅するまで戦う格好になるものもあるが、『至帝戦記グロリアスチャージ2』において、重要になるのは兵士の頭数よりも士気である。
攻撃、反撃のコマンドによって敵味方の兵士数はもちろん減るが、それ以上に士気が乱高下するゲームバランスになっている。
マニュアル&公式設定資料集では、単なる攻撃ではなく、
___________________
【コマンド】“突撃”
○前面の敵部隊に大ダメージを与える(射程1)
○自部隊にも大ダメージを与える(射程0)
___________________
当然のごとくこの士気についてはマスクデータとなっており、戦闘中に窺い知ることはできない。
そのため、何も考えずに対戦していると、突撃を繰り返す敵部隊を前に、同数の自部隊が士気崩壊を起こし、潰走、撤退という事態が起こりうる。
――
というだけあって、公式は何かにつけて突撃コマンドが最強とアナウンスしてきた過去がある。
(まず陛下を加えて、士気値の底上げを図らねば)
話が脇に逸れたが、とにかく小勢力でプレイするにあたっては、兵士数の削り合いでは勝てない以上、士気の面で勝敗を決するほかなく、どうやら士気を爆上げさせる効果があるらしい陛下を放っておく手はない。
それから戦闘に勝つためだが……。
「閣下。弓兵の訓練はいかがですか?」
「もちろん! ばっちりですけど!?」
俺の質問に、待ってましたとばかりにヤナが満面の笑みとともに答えた。
「とりあえずみんな弓矢の訓練させておきましたっ!」
「移動射撃もできますか?」
「できるようになってます! そんなに早くは動けないけど……」
ヤナの答えに、俺は「よし」と反射的にガッツポーズを掲げた。
「いやっ、ありがとうございます! できるのとできないのは全然違いますからね!」
俺は演技ではなく、本物の笑顔とともに彼女をほめたたえた。
「タイトルが示しているとおり、
上記の公式アナウンスは、公式の関係者が実際にプレイしていないことがまるわかりの大嘘である。
少なくとも序盤において最強なのは、弓兵の間接攻撃。
クソゲーオブザイヤーにおいて投稿された選評でも
「グロリアスチャージ、略してアチャー。戦闘バランスに問題があり、公式の意図どおりに真っ当に人数を揃えてチャージしてくるCPUを、アーチャーで粉砕するのが最適解となっており、効率的に考えれば戦術の幅がない。なぜなら……」
とされている。
一方でヤナは、少し心配そうな顔をしていた。
「でも、弓矢だけの訓練だけでいいんですか? このままじゃバランスが悪いと思うんですけど……」
「大丈夫です」
俺は言い切った。
もしもこの世界が『至帝戦記グロリアスチャージ2』に似ているだけであり、実際の戦闘バランスがおおいに異なっていた場合は、兵種のバランスなど関係なく、どう逆立ちしても勝てないのだから。