至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG)   作:河畑濤士

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■33.本当に勝てる自信があるなら舌戦なんかやりません。

 極東城塞をめぐる攻防戦が始まってから数日が経った。

 早朝から夕刻まで続いていた闘争の喧騒はどこへやら――白々とした星が輝く夜空の下、極東城塞には静寂が訪れていた。

 

 シュトゥブニック東方宿星伯の虎の子といえる魔術兵たちと、日中、彼らの援護の下で突撃を繰り返した軽歩兵たちは、極東城塞を遠巻きに包囲陣を敷いたまま、じっと動かないでいる。

 

 極東城塞はといえば、蒲公英(たんぽぽ)の極東城塞伯旗と、22の白星を描いた皇帝旗こそ翻っているが、満身創痍の(てい)である。とはいえ彼は未だ城内に敵を一兵も入ることを許さず、数度に亘る強襲を跳ね返していた。これはウィンストンの指揮によるところも大きい。彼はときに敵魔術兵の魔術を撃ち落としてみせ、あるいは「トマシノが味方を引き連れて来る、その際には我々も打って出て挟撃するぞ」などと反撃の腹案があることを大声で叫んでみせた。

 しかしながらこの間、死傷者は出続けている。

 

「まだ息がある者を探してください」

 

 士卒らを引き連れたガーメイカーは、腕を曲げた姿勢で炭化している焼死者たちには一瞥もくれず、血肉溜まりも無視して、城壁を歩いて回った。焼死体の中には、ガーメイカーが以前治療したことがあったり、交流をもったりした者もいた。冬にもかかわらずどこかから湧き出した羽虫が一斉に飛び立つも、彼女はいっさい動じない。血だけではなく、糞尿の臭いもまた辺り一帯には漂っていた。

 付き従う若い兵が、思わず声を上げた。

 

「先生」

 

「なんでしょう」

 

「へ、平気なんですか?」

 

「敵に動きはありませんが……。かなり距離が開いていますし、攻撃の兆候は掴めるでしょう」

 

 平然とそう言うので、若い士卒たちはそういうことじゃないって、と顔を見合わせた。

 ガーメイカーは遺体に対する敬意など、ほとんど持ち合わせていない。

 絶命した兵士たちの肉体が発する臭いや、その惨たらしい有様など、腐った食べ物が放置されているのと同様だった。そういう意味では一定の嫌悪感はある。のだが、道徳心や倫理観からくる怯みとはまったくの無縁であった。

 が、そうしたガーメイカーの姿勢と外科的治療の腕は、士卒らの士気を維持するのに一役買っていた。なにせ即死でなければ、大抵の戦傷はものの数分で治療してしまうのである。一見すると助からないように見える重傷者にも怯むことなく治療に臨むその姿は、周囲からは実に頼もしく見えただろうし、その微妙にズレた倫理観が露わになって問題になることもなかった。

 

「おい」

 

 ガーメイカーの指揮の下で遺体を運び出しや、戦傷者の治癒が行われている最中、彼女のもとにウィンストンが現れた。

 彼は視線を遣って人払いをすると、続けて敵の包囲陣のほうを一瞥し、そうして初めてガーメイカーに目を向けた。

「なんでしょうか、先生」と言いながらガーメイカーは内心で

 

(かかわりあいになりたくないですね……)

 

 と思っていた。

 攻防戦が始まって以降、ウィンストンは断酒している。

 士卒らの前では平静を保っているものの、ガーメイカーのような顔見知りの前では機嫌の悪さを隠そうともしなかった。

 そしてガーメイカーは彼が次に何を切り出すか、よくわかっていた。

 

「アレ、使えないか?」

 

 ウィンストンが杖の先で指した先には、城塞の前に転がる死体の山があった。

 みな、戦斧や戦槌といった武器を担ぎ、一気に城門をぶち破るべく肉薄してきた敵の徒歩兵のそれである。

 整然と隊列を組んで戦う魔術兵たちは、引き揚げる際に遺体も回収していくが、徒歩兵たちはそうはいかない。城門の上からは長槍や戦斧で突かれ、矢を射かけられ、直上からは糞尿や石を落とされる。これでは戦死体を回収するどころではない。むしろ長期戦では極東城塞守備兵への嫌がらせになる、ということで回収部隊の編成といった組織的な収容作業が行われることもなかった。

 

「先生は以前、私に屍人(グール)は道徳に反していると仰っておりましたが」

 

「覚えとらんわ」

 

「私が学生時代の話ですからね――文字通り、時代が変わったのでしょうか?」

 

「変わったのは時代じゃなくて、状況だ。ド阿呆」

 

「味方の士気に問題が生じるのでは?」

 

「使えるものはなんでも使いたい。敵の死体なら問題なかろう」

 

「……」

 

 ガーメイカーは緊張したように唇を舐めた。

 彼女の魔術は不可視の“ライン”を構築し、死体に魔力を通すことでそれを屍人(グール)として操ることができる。距離的な融通はかなり利くのだが、一方で屋内から死体を屍人として操ることはできない。要は自身を危険に晒すことを意味していた。

 

「死というリスクを許容できません」

 

「この城塞が陥ちるとき、どのみちお前は死ぬ。裏切り者で、敗軍の将となるお前が許されるはずがなかろうよ」

 

「東方宿星伯閣下は私の才を惜しんでくださると思いますが……」

 

 と、言いつつも彼女は視線を彷徨わせた。

 そんな彼女をウィンストンは鼻で笑った。

 

「東方宿星伯が、だけじゃない。この城に篭もる城兵たちが、攻囲軍の輩の口車に乗せられて、俺やお前を殺しに来る可能性を考えたことはないのか?」

 

 ……翌朝。

 太陽が昇るとともに始まったのは、罵詈雑言の全力投射であった。

 魔術兵たちは初歩的な音響魔術で自らの声を拡声させ、極東城塞全体を震わせる。

 

「君たちは分断された! “卑怯撃ち”のトマシノは助けには来られない、奴は諦めた!」

 

「兵卒の諸君、いま投降すれば君たちの生命と身の安全は保障しよう!」

 

「君たちを率いる将は酔いどれ老人、臆病者の死霊術師、優柔不断な小娘、白痴のガキ――彼らに従って得られる誉れなどなしッ! 大勢は決した、君たちに勝ち目はない!」

 

 戦列最前に現れた黒衣をまとった魔術師――魔術兵部隊の指揮官であるギヨームは、一切の迷いもなくそう言った。

 勿論、間髪入れずに、凹凸型の胸壁から身を乗り出すようにウィンストンが怒鳴り返した。

 

「ならば、すぐにでもかかってこい! それができないからごちゃごちゃと情けなく吠えているだけではないか!?」

 

 ギヨームはまったく顔色を変えなかった。

 しかし、図星である。

 

「我々の慈悲からくる勧告だよ、これは!」とギヨームは言ってはみたものの、ウィンストンはといえば、さらに「むしろ追い詰められているのは、お前たちのほうだ」と笑ってみせた。

 

「すでに戦が始まって数日が経つが、攻城兵器がひとつも出てこない!」

 

「……」

 

「諸君、これが何を意味するか! “移し身”のトマシノが、攻城兵器を輸送する輜重兵を撃破したからにほかならない――さて、分断されたのは、どちらかな?」

 

 本心から勝ち誇るウィンストン。

 

(舌戦では勝てない、勝つつもりもない)

 

 と、ギヨームは心の中で言い訳してから、くるりと振り向いて部下たちに目配せした。

 

「マジックボール」

 

 次の瞬間、魔力の塊がウィンストンに向けて翔けていた。その数、数十発。超音速の狙撃――にもかかわらず、ウィンストンは反応してみせた。視線だけで魔力を操り、胸壁のない空間に魔術障壁(マジックバリア)を張り巡らす。

 

「……!」

 

 障壁と魔弾が激突して飛散した魔力の燐光が漂い、粉砕された胸壁から土埃が舞う。

 

「ウィンストン様ッ!」

 

 ほんの数秒という時間的制約――そのなかでウィンストンは、最適解を選び取っていた。

 彼の頭部や胸部を狙った魔弾のことごとくは、障壁と激突して無力化されていた。

 しかしながら、彼の腹部から爪先までを守るはずの胸壁がもたなかった。

 吹き飛ばされた胸壁は複数の破片となってウィンストンを襲い、彼の老躯を吹き飛ばしていたのである。

 

「ウィンストン様ッ!」

 

「強襲準備――!」

 

 途端に、両者が動いた。

 城壁の上を数名の士卒が駆け、ぐったりと横たわるウィンストンを引きずっていく。

 一方で狙撃を終えた魔術兵たちが引きさがり、戦斧や戦槌を担いだ軽歩兵たちが再び戦列を組んだ。

 

「よくやった、これで戦える敵の魔術師は誰もいなくなった!」

 

「一気に攻め破るぞ!」

 

 軽歩兵たちが鬨の声を上げ、武器の柄で地面を叩き始めた。

 魔術に頼らない原始的な音響の威嚇。

 地を鳴らし、空を震わせる圧力。

 これより決死の突撃を敢行せんとする軽歩兵は勿論、遠巻きに援護に移らんとする魔術兵までもが、この“儀式”に酔った。

 

 故に、気づかない。

 

(このバカデカい――恐怖を誤魔化すための叫び)

 

 不可視の魔力線が、蔦や網のように城壁を這いまわり、城門下に満ちる屍山に接続されたことに。

 

(不快だし、腹立たしい)

 

 ガーメイカーは舌打ちして、魔術を完成させた。

 

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