至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG)   作:河畑濤士

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■34.坂の上の死。

「は?」

 

 最前線から離れた後方であろうともガーメイカーは出てこない。

 なにせ生き(ぎたな)い。自身の死のリスクを局限しようとする彼女の思考と行動は有名であったし、魔術兵部隊の面々はそれを軽蔑していた。彼女は城塞が陥ちてから、土下座して助命を嘆願してくるに違いなかった。

 そう踏んでいたギヨームは呆けた。

 そして吶喊せんとする軽歩兵たちは、城門のそびえる坂の上に、文字通りの死兵を見た。血と泥の中から現れた影は、戦斧や戦槌を担ぎ直す。口や鼻から漏れる腐敗したガスが立ち上る。それは単なる物理現象。しかし、生者はそこに怒りを見つけた。

 泥土に汚れた兜の縁から血が滴る。

 白濁した瞳が、朝日を浴びてギラギラと光った。

 

――波濤陣(ウェーブ)

 

 術師の叫びも、喊声もない。

 

――突撃(チャージ)

 

 逆落としの一撃が、生者の隊伍(たいご)、その機先を制した。

 死者が洩らす疑似的な呼吸音が軽歩兵たちの悲鳴を圧し、遅れて防具と凶刃がぶつかり合う金属音が響き、それから骨がひしゃげる音が続く。死者に押されるまま転倒した兵士は、そのまま踏み潰され、城門を破るために数名で丸太を担いでいた兵卒は何もできないまま首を飛ばされた。

 

「踏みとどまれ、吞まれるな――!」

 

 そう怒鳴りながら、前面に迫る金属鎧の屍人(グール)を睨みつけた髭面の下級軍事貴族は、振り下ろされた凶刃を大槌の柄で一度は弾き返した。が、続く横薙ぎの一撃に、重量のある得物では対応しきれず、その胴を深く抉られ、次の瞬間には臓物を散らしている。仰向けに倒れる髭面の下級貴族の後ろでは、すでに背中を見せて逃げ始めていた兵卒が、屍人に背後から肺を貫かれ、もがきながら絶命した。

 そして城壁の上からそれを見つめる術師がいる。

 

「死なない程度に頑張って私を守りなさい」

 

「はい、先生!」

 

 盾を掲げた若い兵士たち、その狭間からガーメイカーは坂の下を盗み見た。

 この攻防戦の前と現在とで、彼女の思考に変化はない。徹底的な保身。いま戦場に立ったのは、極東城塞陥落直前の極限状態、あるいは陥落直後の混乱の中で生き延びられる可能性が僅少に過ぎるとみたからであった。

 師を傷つけて勝ち誇る連中に対する怒りだとか、極東城塞に拠る人々に(ほだ)されたとか、そういうことでは決してない――と彼女は思っている。

 

「殺しがしたければ、まず仲間同士で殺し合いなさい」

 

 彼女の言葉に呼応するように、先程、臓物を散らして仰向けに斃れた髭面の下級貴族が大槌を持ち上げながら起き上がり、肺を貫かれた兵卒が血の染みこんだ泥土の中でもがきながら立ち上がる。

 それから生者と死者が混淆する最中へ、駆け出した。

 その数秒後、彼らの頭上に橙が瞬いた。

 

「焼け! 焼くしかない!」

 

 火焔の瀑布。

 後方の魔術兵部隊を率いるギヨームは、焼夷魔術の使用を命じた。

 もちろん頭上で魔力を爆発的に燃焼させる焼夷魔術に、敵味方を区別するほどの精度はない。

 ゆえに坂の下は、生者も死者もみな一緒くたに燃え上がる地獄と化した。

 その火焔の(とばり)はすぐに消え失せ、膝と腕を直角に曲げて転がる焼死体を蹴って、新手の屍人が前に出る。

 

「もう一度、焼夷を――」

 

「ギヨーム卿ッ、おやめください!」

 

 焼夷魔術の号令を再びかけようとしたギヨームに叫んだのは、魔術兵部隊の側面を守るために配されている騎兵たちであった。

 反射的にギヨームは敵味方もろとも焼却する魔術の行使に対する抗議かと思い、「うるさい!」と怒鳴り返したが、騎兵たちは「後ろですっ!」と叫びながら、腕を大きく廻してみせた。

 

(後ろ――!?)

 

 よく訓練された戦列の魔術兵たちが前方だけを見据える中、ギヨームだけが振り向いた。

 

先鋒陣(スピア・ヘッド)ォ――」

 

 その先には、白刃の煌きがあった。

 最先頭の男の雄たけびに、数百の男たちが一斉に「応ォーッ!」と叫ぶ。叫びながら駆ける。遮二無二駆けてくる槍兵たちと、ギヨームら魔術兵の間には何もない。

 

「――突撃(チャージ)!」

 

「全体、反転せよ!」

 

 魔術兵たちは一斉に回れ右をして、ようやく迫る脅威を認識することができた。

 しかし、魔術戦に便利な密集陣形から、近接戦闘に有利な陣形に組み直したり、集団で魔術障壁を展開したりする時間はない。

 よって魔術兵たちは迫る槍兵を間近にして、ようやく個々の判断で鉄杖を構え、身体強化の魔術をかけた(集団で魔術を操ることを前提とする魔術兵科においては、個々の魔術兵が自身の判断で魔術を行使し、魔力を散逸させるのは本来タブーである)。

 

死ねェ(キエェ)――!」

 

 吶喊の最先頭を往くサン・アロンフィルドが繰り出した槍の穂先は、空を切った。

 

(見えているぞ、下郎!)

 

 彼の標的となった魔術兵は、身体強化による超反応を以て身体を捻り、その切っ先を紙一重で躱したのである。

 が、対するアロンフィルドは、繰り出した槍を引き戻すことをしなかった。

 そのまま体当たりを浴びせ、魔術兵ともども泥土へと無様に転倒した。

 その一秒後、サン・アロンフィルドに率いられた槍兵たちが繰り出す長槍が、彼と押し倒された魔術兵の頭上を奔り、金属音と苦悶の悲鳴が上がる。

 

「魔術も使えぬ只人どもを押し返せ!」

 

 屍人による圧迫と槍兵の突撃。

 にもかかわらず、攻囲軍は簡単には崩れなかった。

 もとより士気の高い魔術兵たちは迫る槍兵と互角に打ち合って激突し、隊伍を維持――その中でギヨームら指揮官クラスの人間は、未だ冷静に状況を観察していた。

 

(まだ一枚、奴らには切り札がある!)

 

「“卑怯撃ち”のトマシノに備えろ!」

 

 ギヨームは先程、言葉を交わした騎兵たちへ怒鳴った。

 

「奴の旗印は蛍だ!」

 

 この瞬間、眼前の敵と殴り合っている士卒以外は、血眼になってトマシノを、彼の部隊旗を、そして弓兵を探していたといっていい。

 

「弓兵だ――坂の上ッ!」

 

 故に城門が開き、整然、弓兵の戦列が前進して現れた瞬間、彼らはすぐにそこへ意識を向けた。一糸乱れぬ所作で、弓兵らは矢をつがえ、弓を引き、鏃を宙へ放つ。その最終的な未来位置は、魔術兵たちの頭上である。

 

「あれがトマシノだ!」

 

 トマシノが率いているとみられる弓兵隊を叩くべく、騎兵たちは一斉に坂の下にわだかまる屍人の群れへ吶喊し、ギヨームは動揺する魔術兵たちを分割し、後方でサン・アロンフィルドらの突撃を食い止める隊と、前方に向き直って弓兵に向けて魔術戦を仕掛ける隊の2隊に仕立て直した。

 

「焼夷準備――いつ奴らが再び転移するかもわからん! 防御を固める暇はないぞ!」

 

 弓兵にカウンターを浴びせるべく動き出した魔術兵たちは、一刻も早く焼夷の魔術を完成させるべく、魔術障壁を張り巡らすことをしなかった。

 魔術兵たちが一斉に鉄杖を振り上げ、魔力を集積させる。

 焼夷魔術の完成を待ちわびるギヨームは、ふと坂の上で弓を引き絞る人影――その向こう側に翻った旗を視界の端に捉えた。

 

「……」

 

 旗印に大書されているのは、蒲公英(たんぽぽ)

 

「ちっ、違うッ! あれは極東城塞伯旗、小娘の!」

 

「第2射、放ってください!」

 

 坂の上の戦列にいる少女が指揮杖を振り下ろし、正面から再び矢が降り注ぐ。

 同時にがら空きとなっていた魔術兵の戦列、その側面に突如として数百の弓兵が出現する。

 

「右側面、蛍の――」

 

 叫んだギヨームは、その1秒後、蒲公英と蛍の旗を翻す戦列から放たれた十字射撃によって斃れていた。

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