至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
◇◆◇
次回更新は5月9日(金)を予定しております。
◇◆◇
極東城塞の野外練兵場にて、俺はただひたすらに片刃の両手剣を振るっていた。
砂地の上、足袋に包んだ両足を動かし、大きく上下に素振りをする。
ただの運動ではないし、護身の必要性に目覚めたわけでもない。これもまた生き残るため、具体的には実際の戦闘における勝利のためにやっている。憑依転生のおかげでトマシノの身体自体に染みついた技量と体力もあるが、それと同時に俺は個人的に使い易い長さのもの――副長に頼んで刀身の長さが三尺九寸、つまり120cmのものを探させた。
(極東生殺剣? 馬鹿馬鹿しい――)
肩を大きく使って刀身を頭上で左右に振り回す。
トマシノが修めていた極東生殺剣は、片刃の両手剣を専らとする剣術であり、個人的にはイメージが掴みやすく、大いに助かった。
が、戦術級シミュレーションゲームの指揮官が、個人レベルの戦闘を念頭において剣術を磨くなど、傍目からみれば噴飯ものであろう。
(だが決闘システムを活用しなければ勝ち目がない)
『至帝戦記グロリアスチャージ2』で小部隊が大部隊の敵を打ち破る手段はいくつかあるが、そのなかのひとつとして有効なのが、決闘に勝利することである。
最低でも100名の人数を指揮する戦術級のシミュレーションゲームで実装されていること自体がおかしな話であるが、このアチャーでは一定の条件を満たすと部隊の人数や士気を無視し、部隊長同士が一騎討ちを行う。
(勝てば敵将を確実に殺せるうえ、敵は士気崩壊を起こす――狙わない理由はない)
確かに他作品をみれば、決闘に似たシステムがないわけでもない。
例えば『大航海時代』シリーズでは海上での一騎討ちがあった。
加えて俺自身、アチャーを遊ぶときには積極的に決闘を狙っていた。
(だが、問題がある)
続けて始めたのは、諸手での突きである。
左足を軸とし、右足で踏みこみながら繰り出す。
敵の防具か何かで剣先が通らなかったとしても、相手を突き倒せるであろう。
(トマシノは平々凡々とした能力値だった)
端的にいえば器用貧乏。『信長の野望』で例えると、全能力が50台から60台といったところ――腕に覚えがある敵将に対して自信満々に向かっていける能力値があるわけではない。
問題はもうひとつ。
(この体を俺が動かさなければならない、ということだ)
「……」
「トマシノ様、いつもどおり一撃必殺の太刀筋ですね」
練兵場の端に立っていた副長がそう声をかけてくるが、俺は、
(それも問題なのだよ)
と心中で返事した。
思い返す限り――つまりトマシノの記憶を振り返る限り、トマシノは搦め手のない剣戟を得意としていたし、それで幾人かの敵を殺めている。逆にいえば投げ技や固め技、寝技の実戦経験もなければ、習いもしていない。組みついて相手の喉を掻ききるような技術はない。薩摩なんとか流ではないが、遠目の間合いからの最初の一撃、次の一撃あたりで倒せなければ終わりであろう。
「来ましたァ~!」
それからしばらく副長と約束稽古をしていたところ、ヤナが練兵場に姿を現した。
「ブルネーロ東方宮中伯が、叛徒ルケルブと不戦を約定! それだけじゃありません、うちには陛下の引き渡しを求めてきましたぁ!」
俺は稽古の中止を副長に目配せしてから、ヤナに怒鳴り返した。
「グレイヘンガウス低東地方伯は!?」
「“中央の政争よりも民心の安定こそ領主の務め”とのこと!」
「独立か……」
俺は副長に剣を預けるなり、練兵場の入口に立つヤナのもとに駆けた。
「閣下、叛徒ブルネーロの要求は陛下の引き渡しだけですか」
「あ、あとは不遜にも陛下に対して
罪己詔というのは皇帝が自らの罪を認め、自己批判する詔書である。その詔書の性質上、そして建前上、臣下が陛下に対して罪己詔を発せよと迫ることほど不敬なことはない。宣戦もなにもない。罪己詔の要求自体が、陛下と陛下を保護する極東城塞伯に対する事実上の宣戦布告である。
「すぐ御前会議を開きましょう。……落ち着いて」
大声を張り上げたからか、呼吸が乱れているヤナの肩に手を置いた。
しかしながら彼女は明らかに動揺した様子を隠せていなかった。
「ど、どうしましょう……。いったん要求を呑んで時間を稼いだほうが……」
「どうするもありません。こちらが何をしても連中は攻撃してきますよ」
「そっ、そんな」
驚いたような様子のヤナに対して、俺は心の中で
(マジです)
とだけ返事をした。
叛乱と保守、正反対のスタンスをとる勢力の外交関係は“憎悪”と表記される。
これはシステム上の数値でいえば外交関係-999であり、要求を少し容れたところで外交関係-999が-989程度にしか好転しない。しかもCPUは彼我の戦力を比較して、少しでもプレイヤー側が劣っていれば、こっちがいくら下手に出ても勝手にキレて宣戦してくるのである。
(頭シヴィザード――もとい頭マスターオブマジックだからなこいつら)
ゆえにこちらも動かなければならない。
「いいですか。大義は我々にあります。陛下に叛徒ブルネーロ討伐の詔書を発してもらいましょう。そして――」
「そ、その……勝ち目は……」
俺はヤナの肩を抱いて壁際に寄ると、耳に口を寄せた。
練兵場には多くの将兵がいる。
彼らの前に「勝ち目がない」と言わせるわけにはいかなかった。
「落ち着いてください」
「ひゃ、ひゃい」
「いいですか、閣下。閣下は御自分のことだけをお考えください」
「え」
「私は陛下と戦場に向かい、陛下の御威光におすがりしながら必ず勝ちます。しかしながら賊は何を仕出かすかわかりません。暗殺から誘拐、謀りごとを企むでしょう。ですから閣下は御自分を守ることだけをお考えください」
「ひゃい」
「貴女の身に何かあれば、私が勝っても何の意味はありません」
「ええっ!? それって……」
『至帝戦記グロリアスチャージ2』における最も悪名高いバグは、“ブラックホールバグ”である。
これは各勢力のリーダーが、設定された寿命よりも先に亡くなった際に生じるバグだ。
その勢力に成人済の後継者(リーダーの子ども)がいない場合、部下たちは拠点に閉じこもり、動かなくなる――まるでブラックホールに吸いこまれたかのように。そして勢力全体での軍事行動や内政、外交がいっさいできなくなるのである。
さすがに俺にも意思があるのだから、同じ現象が起きるとは限らないが――ヤナが死んだらどうなるかはわからない。
「この局面での
ヤナはなぜか頬を紅潮させながら、こくこくと複数回うなずいた。
◇◆◇
「極東城塞伯の手勢、丸山に布陣いたしました!」
ブルネーロ東方宮中伯領と極東城塞伯領が接する境界線上に存在する、丸山と呼ばれる小さな丘に旗が掲げられるのを、ブルネーロ東方宮中伯の宿老・サンチェス卿率いる500の騎兵、また他の軍事貴族たちが率いる歩兵、弓兵――合わせて2500名の将兵は勿論のこと、立派な駿馬に騎乗するサンチェス卿自身も見た。
「数はおよそ300、みな弓兵です!」
同じく騎乗する従士の言葉に、サンチェス卿は静かに頷いた。
「あれはファイアフライ――極東城塞伯の家臣トマシノの部隊旗か。愚か者め。300名の手勢で何ができるか」
サンチェス卿の言葉は嘲りではない。
むしろ彼の言葉には哀れみが滲んでいた。
その言葉が終わるか終わらないかのところで、一斉に戦場がどよめいた。
「あれは――っ」
掲揚されたのは、金糸・銀糸で装飾された“鎮撫御親征”の旗である。
「聞けえ!」
見やれば丘から下ってきたひとりの男が、
「此度は畏くも皇帝陛下、
「……」
「不忠者の叛徒ブルネーロを誅するべく! そして新たに皇家守護星22の星に、蛍火をお選びあそばされた――ブルネーロの星は墜ちたぞ!」
「黙れ!」
舌戦は戦場の
サンチェス卿は狼狽を内心に押し留めながら、反射的に怒鳴った。
「極東城塞伯の手勢はみな舌から生まれてきたか!?」
しかしながら、士卒たちに広がった動揺はたやすく収まりそうもない。
(だが人数はこちらが上。いかなる奇策が用いられようとも――!)
サンチェス卿は士卒の動揺など、ひとあたりして敵を突き崩せればどうにでもなると思い直した。
「蛍火と御旗、動きますっ!」
従士が怒鳴る。
対してサンチェス卿は無言のまま、騎兵前進の命令を下す。
丸山は丘ともいえないなだらかな高所にすぎず、騎兵突撃の邪魔になるほどではない。
(距離を詰めて、
500の騎兵は徒歩の歩兵、弓兵を置き去りに突出する。
(いつ矢を射かけてくるか――)
サンチェス卿はその青い瞳で、確かに前面の敵陣を睨んでいた。
故に次の瞬間の光景が理解できなかった。
「は?」
忽然と、弓兵の集団が消えた。
「蛍火と御旗――左翼後方ッ!」
従士の叫びに、サンチェス卿は首を捻った。
左翼――長槍を携えた歩兵500から成る密集陣が矢を浴びているところであった。瞬く間に味方がバタバタと倒れるなか、陣形を維持しつつ旋回しようとする彼らに、第2の矢が放たれる。
「隠蔽魔法か!? それとも伏兵か!?」
誰かがそう叫んだ。
そのどちらでもないことは、サンチェス卿はよくわかっていた。
サンチェス卿らブルネーロ東方宮中伯に従う軍事貴族らの軍勢は、すぐに最左翼に現れた敵に対応しようとした。予想だにしなかった方向から矢を浴びて混乱状態となった最左翼の密集陣を避け、500名の軽歩兵が前面に躍り出ようとする。さらに最右翼にいた長弓兵たちは転回を終えると、射線を確保するべく移動を開始していた。
「我々も廻りこんで敵の退路を断つッ!」
サンチェス卿もまた周囲に怒声を張り上げた。
「我に続け――!」
彼が自身の愛馬に鞭を入れようとした瞬間、従士が「お待ちください!」と怒鳴った。
「何――?」
「右翼に、蛍火と御旗ッ!」
最右翼――左翼側に現れた敵に対応するために転回を終えていた500名の長弓兵から成る部隊が、背後から激しい射撃に晒されている姿がそこにあった。