至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG)   作:河畑濤士

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次回更新は5月12日(月)を予定しております。



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■6.愛ってなんなんだ 素直さってなんなんだ(ついでに至帝ってなんなんだ)

「此度も賊軍を討ち破ることができたのはひとえに陛下の御威光のおかげでございます」

 

 かつてはふたりで極東城塞伯ヤナと政策を語らってきた円卓の間にて、ちょこんと席についている陛下に俺は頭を下げた。

 頭を下げたのも、感謝の言葉も、単なる社交儀礼では決してない。

 陛下がいるからこそ味方将兵の士気が高まる一方で敵将兵の士気に強烈なデバフがかかり、容易く突き崩すことができたのだし、小部隊で大部隊を撃破することで威信もうなぎ上り――さらに極東城塞伯陣営に正統性ボーナスが加わっている。

 

 初手で陛下を手中に収めなければ、いくら弓兵に兵種を統一し、無限移動バグを知っていたとしても初戦から危うかっただろう。

『至帝戦記グロリアスチャージ2』の戦闘システムにおいて士気が重要であることは先に述べたとおりであるが、戦闘を開始時点であまりにも勢力差・兵力差がありすぎると、士気の低下に歯止めがかからなくなる。

 最悪の場合、300の弓兵は組織的な行動に移る前に逃走したであろう。

 

(傲岸不遜もいいところだが、この世界において彼女の価値を最も正確にわかっているのはこの俺だ――)

 

 古豪で知られるサンチェス卿ら2000から3000の敵部隊を破り、さらに続けて2度ほど数千の新手を撃退できたのは、俺の知識と指揮に拠るものだけではなく、文字どおり陛下の威光あってのものである。

 

「……」

 

 対する陛下は特に表情を変えることはなかったが、目線は虚空を泳いでいた。

 

「それから閣下も」

 

「は、はい!? あー、でも、わたしは何もしてませんけど……」

 

 無意識のうちか猫背になって指遊びをしているヤナ・ジシャガミ極東城塞伯は曖昧に笑っていたが、その彼女に対しても俺は頭を垂れた。

 

「私のような一武官が軍兵(ぐんぴょう)を率いて暴れ回れるのも、閣下が帰るべき城、帰るべき家を守ってくださっていたからにほかなりません」

 

「そ、それは。でもそれは領主として当たり前というか……」

 

「当たり前ではありませんよ!」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 反射的に背筋を伸ばして胸を反らしたヤナに対して、俺は心の中で

 

(マジで当たり前じゃないんだよ……)

 

 とつぶやいていた。

 

『至帝戦記グロリアスチャージ2』がプレイヤーにストレスを与える要因に、キャラクターひとりひとりに“素直さ”というマスクデータが設定されている点が挙げられる。

 この素直さというのは、部下(プレイヤー)からの意見具申や当主(プレイヤー)からの命令を、どの程度聞き容れるか、そして聞き容れたあともそれをどの程度守るかという数値である。

 

(素直さが低すぎるとマジで好き勝手に動き出すからな)

 

 そういう意味ではこの極東城塞伯領のルイト・トマシノに憑依転生したのは、不幸中の幸いだと言えただろう。

 もともと中央の官僚たちや高級貴族の言いなりになるべく調教された陛下の素直さは脅威の初期値「100」であるが、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯もまた素直さは「89」――体感としては10回の内1回くらい何かを仕出かすくらいである。

 

「閣下に対して嘘を申しているつもりは毛頭ございません!」

 

 ガチである。

 素直さが低いうえに武勇にあふれていたり、あるいは関係性(忠誠度)の高いキャラクターが戦場にいたりすると、そのキャラクターを守るために単騎で戦場までついてきて、戦闘に乱入することがある。

 それに比べて、ヤナ・ジシャガミ極東城塞伯のなんと素晴らしいことか。

 

 俺は身を乗り出して、指遊びをしていた彼女の両手をとった。

 

「ひぇ?」

 

「私はこんなに美しい手指を見たことがございません」

 

「え?」

 

 彼女は小首をかしげてから、自身の手と俺を交互に見た。

 それから再び慌てたように口を開く。

 

「えーっとわ、私の手、インクで汚れてますし、ペンを持つから、その――」

 

 そう、そのとおりである。

 彼女の指先、その爪の間や細かいしわの間は黒く汚れている。

 それに彼女の右中指と右小指には、硬くこわばったタコができている。

 だが。

 

「それでいい、むしろそれがいいのです」

 

「はえ?」

 

 呆ける彼女の鳶色の瞳を見つめて、俺は畳みかける。

 

「私どもを支えるためにインクで汚れ、ペンでタコをつくったこの手指がいいのです。どこまでも(いと)おしい手だ」

 

「そんな「それにトマシノの武功は主家であるジシャガミの武功。私の手と、この手が掴みとった勝利です」

 

 ついに、にへらと彼女は表情を緩め、緩めるとともに彼女は気恥ずかしそうにその両手を引っこめてしまった。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が舞い降りたところで、俺はふと円卓を挟んで向こう側の席に改めて視線を遣った。

 

「それで、閣下。この方はどなたでしょうか?」

 

 円卓の向こう側に座っているのは、白い顎髭を濡らした恰幅のいい老人である。

 彼は蒸し暑さがわだかまり始める初夏にもかかわらず、藍色の三角帽子を目深に被り、分厚い長衣に外套を纏っていた。

 そして円卓の淵には樫の杖を立てかけている。

 もちろんこの老人のことを、俺は知っていた――が、わざとヤナに聞いたのである。

 

「この方は、こちらに陛下がお移りあそばされたとお聞きになってやってきた魔術師――ウィンストンさんです」

 

「ウィンストン――元・宮廷魔術師のウィンストン様ですか」

 

 俺の言葉に老人は口の端を歪めた。

 

「宮廷魔術師といっても勤めたのはほんの2、3か月。たったそれだけで元・宮廷魔術師と呼ばれるなら、我らはトカゲをドラゴンと呼んでも差し支えなかろう。あるいは木彫りの像をゴーレム扱いしてもいいかもしれない。そしてあの貴族どもを人間と呼んでもいいことになる」

 

 言ってから彼は木製の水筒を口につけ、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「城塞伯さまとお前のやりとりで酔いも醒めた。お前が酔っていて、こっちが素面なのかと思ったくらいだわ……」

 

 そう言って口もとを袖で拭う老人に、俺はつられるように顎を撫でた。

 

(元・宮廷魔術師のウィンストン――違うな)

 

 彼の二つ名はほかにある。

 

(酔狂のウィンストン)

 

 常日頃からアルコールを嗜んで政治や研究に明け暮れ、荒事に際しては酔ったまま魔術を振るうことからつけられた渾名だ。

 そして陛下を散々に利用していた貴族や高級官僚たちから狂っていると評されたゆえにつけられた渾名でもある。

 要は正義感については人並みにある熟練の魔術師なのである。

 

 その彼を前にして、俺は慎重に言葉を選んだ。

 

「私は素面ですが、たとえ酔っていても陛下の(おん)(ため)に働き奉る次第。そして閣下に対する感謝の念も揺らぐことはございません」

 

「ふん、“私めだけは、陛下の忠臣でござい”とでも言うつもりか?」

 

「確かに臣・トマシノは陛下の御威光がなければ、この乱世においてはすぐに吹き飛んでしまう塵芥でございます」

 

「利用していることを文学的に修飾するとそうなるのか。老い先短いこの身だが、今後の参考にさせてもらおう」

 

 ウィンストンの物言いに、俺は特に腹も立たなかった。

 陛下を利用しなければ今頃は縛り首になっているであろうことは事実であったし、利用しようという魂胆も最初からあった。

 それに彼が口が悪いことも知っている。

 

 ……だが一方で思うところがないわけではない。

 

「しかし臣・トマシノが仮に陛下の臣でなかったとしても、そして畏れ多いことに陛下が陛下でなかったとしても、私は彼女を助けたでしょう。周囲の大人に利用され尽くしたあとに、理不尽にも殺されようとしている者がいると知れば、怒りを抱くのが人情ではありませんか」

 

 それに、と俺は言葉を継いだ。

 

「ウィンストン様も同様でしょう。やはり陛下の御身がご心配でここにいらっしゃったのでしょうから」

 

「……どうだか」

 

 とは言いつつも、ウィンストンは口角を吊り上げている。

 

 実際のところ、図星であろう。

 

 酔狂のウィンストンは魔術の腕だけで帝国中央に招聘された元・宮廷魔術師であり、皇帝陛下の待遇を巡ってひと悶着を起こしたのちに、貴族や高級官僚たちに追放されたという過去をもつ――という設定になっていた。

 

『至帝戦記グロリアスチャージ2』作中では、皇帝陛下を手中に収めた“保守”の陣営を訪れるキャラクターのひとりである。

 

(そして彼らは一定の条件を満たしていれば、陛下のために力を貸してくれる)

 

 俺はちらりと皇帝陛下の無表情な横顔を見た。

 

 

 

 至帝戦記。

 

 この世界の終局は“どちらか”しかありえない。

 

 

 

 叛乱や独立の道を選んだ陣営が、新たな帝国を興して皇帝に至るか。

 

 

 

 あるいは何もかもを奪われ、単なる飾りにすぎなかった少女が、再び大陸を統一した偉大な皇帝に至るか、である。

 

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