至帝戦記グロリアスチャージ2(KOTY次点受賞SLG) 作:河畑濤士
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次回更新は5月21日(水)ごろを予定しております。
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早速、ウィンストンは半ば放置された
もちろんこの
「これじゃまるで私が悪者みたいじゃないですかあー!」
そうなると面白くないのはヤナである。
腕を組んでぶーたれる彼女に、作業からやっと解放された俺は軽く頭を下げた。
「もちろん閣下が我らこの地に住まうものどものことを慮って反対してくださったことは重々承知しております。閣下のお心遣い、陛下にも伝わっておられるかと」
「トマシノさんは私の味方をしてくれると思ってたんですけど、私の味方じゃないんですねー、皇帝陛下のお言葉ならなんでも聞くんだあ」
「閣下」
半ば膨れっ面をつくるヤナを前に、俺は思わず小さな溜息をもらしてしまった。
「考えてもみてください。畏くも皇帝陛下は皇帝陛下であらせられると同時に、閣下と私の間にできた子どものようなものでございます」
「へ?」
「
「え、ちょっ、わがままというかその前なんて言いました??」
「いまは畏れ多くも陛下を見守り奉る身として、お互いここは喜ぶべきでしょう」
「ま、まあそうかもしれないですね……」
(よし、説得成功)
さすが高い素直さを有する彼女。
聞き分けの良さもまた随一。
と、思いきや、である。
納屋の前で何やら講釈を垂れるウィンストンと、うんうんとほんの僅かにうなずく皇帝陛下を遠巻きに見守っていると、ヤナが服の袖を引っ張ってきた。
「それじゃあトマシノさん。私のわがままも聞いてもらいます!」
「わかりました。私にできることならなんでもいたしましょう」
「えっ、じゃ、じゃあ私と――えー、いや、私の――」
ということで始まったのは、ヤナの執務室で彼女と向かい合って行う事務作業であった。ヤナが書いたお手本を写して、地元の有力者たちに向けた書状をひたすら書き続ける。内容を要約すると“畏くも皇帝陛下におかれましては竜種の卵をお拾いあそばされたけれども皇帝陛下の御威光は竜種さえも従えるから心配しないでね”、といったものであった。
こんなもの城に勤める役人にやらせればいいだろう、と思ったが、ヤナいわく領主か領主に近しい家臣が書くからこそ意味があるのだという。
「私かトマシノさんが書かないとへそ曲げちゃいますよ」
要は向こうのプライドをくすぐってやるのが重要なのだろう。
こういった『至帝戦記グロリアスチャージ2』のプレイ経験では得られない細々とした差配については、俺は何もわからないので、ヤナの領主としての能力や経験にはかなり助けられている。
(もしかするとグロリアスチャージが3、4と発売されて携帯機にも移植されていれば、こういう事務作業もやらされていたのかもな……)
外交で書状を出すと決めたら、実際にプレイヤーがタッチペンで画面上に書かなくてはいけない、みたいな。
「……」
しかし暑くて集中力が続かない。
見やればパピルス紙や羊皮紙の向こう側でヤナも胸元をパタパタさせていた。
「閣下。そういえば情勢に変わりはありませんか」
「叛徒ブルネーロとの停戦は現状、守られています。が、トマシノさんの言うとおり、ブルネーロ領内にはルケルブの部下が入りこんでいる様子です。攻守同盟を結ぶつもりかも……」
「合戦についてはおまかせください。グレイヘンガウス卿は?」
俺が気になっていたのは再戦が決まっているブルネーロ東方宮中伯の動きではなく、北西にて隣り合うグレイヘンガウス低東地方伯の動向だった。
さすがに南でブルネーロと戦い、北でグレイヘンガウスと戦うのは厳しい。
「実は遥か北方――ニコラエヴナ北方擁護伯が、南下の準備を進めているようで。グレイヘンガウス卿はニコラエヴナ卿との対戦に備えて、周辺の独立勢力と攻守同盟を結ぶのに奔走、また歯向かう勢力を平らげるのに必死で、こちらに目を向けている暇はないみたいですね」
「北方擁護伯、ですか」
「どうやら中央での政変がようやく向こうにまで届いたみたいです。噂では皇帝陛下をお守り奉り、叛徒ルケルブを討つ、と」
ヤナは「噂が本当なら一安心です」と付け加えたが、俺はまったく安心できなかった。
(ニコラエヴナ。彼女はCiv4のモンちゃんと同じ戦争屋だ)
彼女については陣営など関係ない。
強い猜疑心、異様な思いこみ、跳躍する思考が、戦争を巻き起こすのだ。
とはいえいまから彼女に怯えても仕方がない。戦争屋ゆえに彼女には敵が多いし、この世界にリアリティを求めるのは危険ではあるが、ニコラエヴナ領は冬には活動できない極寒の地が大部分を占める。こちらまで勢力を伸張させるには、最低でも5年から10年はかかるはずだ。
……まずは目の前のこと、できることからやるしかない。
「閣下。機をみて新たに募兵を始めてください。次の戦いには間に合わないでしょうが、今後は人数が必要になります」
そろそろブルネーロ側も俺の裏技への対応策を練っている頃合いであろう。
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事実、トマシノの予想は当たっている。
ブルネーロ東方宮中伯の居城にある大広間。
豪華絢爛、華美を極めた装飾に囲まれた宴会用のテーブルに、ブルネーロ東方宮中伯とその重臣、そして南方辺境伯ルケルブ傘下の軍事貴族シア・ローは
円卓で会議を開くジシャガミ一党とは対照的に、席次が厳密に決められたテーブル。
最上位にいるのは勿論ブルネーロ東方宮中伯であり、そこから家格や位階の高い者が順番に座り、最下位には当然のようにシア・ローが座っている。
(目が痛い)
シア・ローは最初こそ大広間を埋め尽くす調度品の素晴らしさに感心していたが、すぐに飽いた。そして終了の目安となる時間が決められていない軍議にも。長い挨拶に、ブルネーロ東方宮中伯の機嫌をとるための茶番。なかなか本題に入らない。
(いや、入れないのか)
顔面から首筋にかけて火傷の痕を露わにしているシア・ローは、前述のとおり武功や諜報活動の成果によって成り上がった軍事貴族である。
他方、ブルネーロ東方宮中伯やその身辺を固める重臣たちは、由緒正しい家系の下に生まれた“生まれながらの貴族”。軍事に精通している者はいない。
そしてこの軍議が始まって以降、肝心のブルネーロ東方宮中伯は不機嫌そうに押し黙ったままだ。
その不機嫌の根源は、もちろん家格でも地力でも格下であるはずのジシャガミ極東城塞伯に対する敗戦が連続しているから、である。
故に誰も触れたがらない。
(軍議だろうが)
紅色に染めた制服の前で腕を組んでいたシア・ローは、彼らのお喋りが止んだところを見計らって勢いよく挙手し、明朗に声を上げた。
「閣下! そろそろ私もかのジシャガミを打ち倒す算段を開陳させていただきたく!」
ブルネーロ東方宮中伯が重苦しくうなずくのを見てから、数度に亘る合戦において観戦武官として参加していたシア・ローは、言葉を続けた。
「ジシャガミ極東城塞伯の家臣トマシノ卿の奇術の種は、未曾有の規模で行われる転移魔術――戦術級転移魔術でしょうっ!」
そんなことはわかっている、問題はそれにどう対処するかだ、と誰かが野次を飛ばした。
その野次にも動じず、シア・ローは「そのとおりです!」と顔面に笑顔を張りつける。
「トマシノ卿が操る戦術級転移魔術には付け入る隙があると思います!」
「なにィ……貴様のような小娘に何がわかるか!」
ブルネーロ東方宮中伯の隣に座る老臣が声を上げたが、それをシア・ローは「若く未熟ゆえに気づかない」ふりをした。
同盟者の家臣に罵声を浴びせるなど、低能も低能。
が、いまここで問題にしても何の益もない。
「まずトマシノ卿は戦端を開く前に必ず高所に陣取ります。必ず! 必ず、ですよ! おそらくこちらの布陣全体を見渡して、最初の転移先、次の転移先等にあたりをつけておくのでしょう。そのあと再び高所に戻ります!」
それから、と彼女は付け加えた。
「トマシノ卿が率いる部隊の強みは転移魔術だけではありません。我々に比べると少人数でまとめているため、統率が容易で、軽快に運動できるのです。先の敗戦は、こちらの部隊がすべて大人数であり、それぞれの隊伍が指揮統率を乱したままやられてしまった。ですからこちらも一応の対策は練れます!」
そこまでシア・ローが話しても、重臣たちはよくわかっていない顔をしていた。
(お膳立てしてやって貴様らにも点数を稼ぐ機会をやったのに、阿呆どもが)
内心で毒を吐いてから、シア・ローは顔面を再び笑顔で満たした。
「……まず可能な限り地形の起伏が激しいところでは戦わないようにしましょう。高所はこちらが先手を打ってすべて押さえてしまうことです。次に従来の500名、1000名単位の徒歩の部隊とは別に、300名程度にまとめた複数の騎兵部隊を各所に配置します。この騎兵の小部隊ならば、転移後の敵と同程度の早さで動けるはずです。これでトマシノ卿がどこに現れても捉えられる、というわけです」
「……」
それまで不機嫌そうに扇子を弄っていたブルネーロ東方宮中伯は、そこで初めて指先の動きをやめ、重苦しく頷いた。
「次の戦では私が自ら出ようぞ」
「それは」
まずい、と言いかけてシア・ローはいったん口をつぐんだ。
一方、ブルネーロ東方宮中伯は左右を睨み、それからシア・ローの笑顔を睨んだ。
「敗戦に次ぐ敗戦。槍働きでやっと城をひとつもらった程度のジシャガミ、その娘ごときに負け続け、私の顔に泥を塗り、ブルネーロの家名に傷をつける阿呆どもに任せてはおれんわ。布陣の差配はシアとやら、おぬしに任せる」
「ありがとうございます! 閣下
「決闘?」
「はい! 副将として個人単位で武勇にあふれる方を――たとえばウスマン卿はいかがでしょうか!?」
話を聞いていた家臣たちが一斉に笑った。
「ウスマン? ウスマン・バレロか!?」
「一度は財も領地も失い、閣下の慈悲で生きながらえている家の者に、そんな大事が任せられるか!」
「現当主も卑しい呪いにかかったやつだ。気も確かかわからんぞ。四六時中、妻と過ごさせてくれと懇願するあの情けない男と、付かず離れずの頭がおかしくなった女。あれに何ができるのだ?」
嘲笑と野次に、シア・ローは愕然とする思いがした。
(誰もウスマン個人の戦闘力を評価していないとは)
シア・ローはウスマン・バレロとその一党が賊と戦った後を検分したことがあったが、まさに酸鼻極まる状況であった。
かち割られた頭蓋から漏れた脳漿のたまり場に、力任せに引きちぎられた四肢と臓物がぶちまけられており、焼け焦げた死体は性別もわからない状態になっていたし、対するウスマンとウスマン(姉)とウスマン(妹)はそれを前にしても平然としていた。
(それに“決闘”は太古からの誓約に縛られる――それを理解しているのか?)
シア・ローはその旨を問い質そうとしたが、再び彼らはウスマン・バレロやジシャガミ極東城塞伯、それから痩せたガキ――つまり皇帝陛下を
完全に機を逸した。
彼女にできたのは彼らの会話に同調し、自然と「ウスマン・バレロにトマシノを暗殺させましょう。トマシノを殺せば、ジシャガミは丸裸も同然」と意見を通すことだけだった。