どこをどう走ったか覚えていない。ひたすらに走った。
火伊那さんにひどいことを言って。でも、心のどこかではそう思っていて。
火伊那さんを愛すれば朧のことを忘れられると思って。
でも、結局忘れられなくて、火伊那さんは火伊那さんでしかなくて。
愛しているのはそうだけど、その理由が汚くて。
「助けてよ…誰か…誰か助けて…」
誰も居るはずないのに、助けを求める。
「最初からそう言ってください。終姉さん。」
「いえ…最初からそうでしたわね。終さん。」
するはずのない声に、あたしは驚いて顔を見上げる。
公安の情報網はすごくて、あっという間に終姉さんの場所を突き止めた。
「私が行くのはもう少し後だ。…ハンドレットとクリエイティ、終を頼む。」
僕と終姉さんは急いでその場所に行った。
人通りのない空き地の物陰で終姉さんは座り込んでいた。
「今思えば…終さんはずっと助けを求めていたのですね。」
「我儘で横暴だけど…強がっていたんですね。」
誰の前でもあんな態度を取っていた。それは、終姉さんがそういう人だからじゃない。
そういう面もあるかもしれないが、唯一見せられるSOSだったのだ。
「何を言っているのよ…強がってる?あたしは本当に強いのよ?
我儘で横暴?強いのだから当然じゃない?」
終姉さんは泣きながら笑っている。
「あんた達に心配されなくても…あたしは大丈夫よ。
ちょっと顔なじみを殺しただけだわ。すぐに戻って」
「そんな顔で大丈夫と言って、本当に大丈夫なわけありません。」
「終さん、自分の顔を鏡で見てください。」
百姉さんが鏡を作り出す。
「大丈夫って言ってるでしょ!」
終姉さんはその鏡を拳でたたき割った。
「あたしに文句を言いたいなら…あたしより上だと証明しなさい!
あたしは自分よりも弱い奴の言うことなんか聞かない!」
「なら証明してみせます!僕達は、終姉さんよりも強いと!」
「姉弟喧嘩とちょっと早めの姉妹喧嘩です!」
今度は、僕達が終姉さんに教える番だ。
僕は黒い鎧を纏って終姉さんに接近する。
「百姉さんは後方支援をお願いします!」
「任せてください!しっかり支えますわ!」
百姉さんが距離を取ってくれた。色々"想像"して
「作戦を口に出すバカには負けないわ!」
終姉さんは軽々と僕を飛び越して、百姉さんに向かっていく。
「『想像せよ』!」
「『黒よ、捕らえろ』!」
「『八百万はワイヤーに捕らえられる』!」
終姉さんに向かって撃ちだしたワイヤーが、百姉さんを捕らえる。
「遠慮なくいくわ!」
終姉さんが空中で拳を構える。
「『黒よ、引き寄せろ(シュバルツ・シーエン)』!」
僕は百姉さんをワイヤーで引き寄せてから、ワイヤーを消す。
「すべて見切れますか!」
百姉さんが大量の鉄のブーメランを"創造"し、終姉さんに向けて投げる。
「殺傷力のない攻撃なんて、喰らってもいいのよ!」
終姉さんはブーメランの中を突っ切って、百姉さんに迫る。
「ならもう一度投げて」
「遅いわ!」
終姉さんの蹴りが、百姉さんの脇腹を捕らえる。
「加減が難しいのよ、骨を折らないようにするのは!」
「いえ…これで避けられますわ…!」
百姉さんが受け身を取りながら吹っ飛ぶ。
「電磁砲!射出!」
僕は構えていた電磁砲を終姉さんに向けて放つ。
「くっ…!殺す気かしら…!」
その弾は終姉さんの頬をかすめた。
「流石に殺せないわよね!あんたじゃ人は殺せない!」
「誰かを殺すことは出来なくても、誰かを助けることはできる!」
僕は弾につけていたワイヤーを引っ張る。
「小賢しいわね!だあああ!」
終姉さんは回し蹴りで戻ってきた弾を砕く。
「弾が本命ではありません…!わざわざ鉄製にしたのには意味があります…!」
強力な磁石で作った弾に引き寄せられて、ブーメランが終姉さんに向かう。
「同じ手を二度も喰らうものですか!」
終姉さんは向かってきたブーメランを掴み、僕に向けて投げてきた。
「もう一度磁石で」
「こっちへの攻撃は防げるかしら!」
終姉さんはいくつかのブーメランを百姉さんに向けて投げた。
「先の言葉…返させてもらいますわ!」
百姉さんはすでにスナイパーライフルを終姉さんに向けて構えていた。
「『想像せよ』!『創は頭を銃で撃たれる』!」
終姉さんは投げた勢いで、僕の方に振り返った。
銃声と共に僕の頭に強い衝撃が走る。
「愛する人をその手で傷付けっ…!?」
ほぼ同時に終姉さんの頭に銃弾が当たる。
「跳弾ですわ…貴女なら頭を狙うと思いましたもの。」
「狙う場所が分かれば…反射させるのも簡単です…!"被想像"…!」
終姉さんはふらついたが、倒れるまではいかなかった。
「ま、まだよ…!私は負けてな」
「もうよせ、終。お前の負けだ。」
僕はナガンさんの姿で、終姉さんに近づく。
「っ!その姿であたしに近づくな!」
終姉さんのパンチを避ける。動揺のせいか、かなりぶれたパンチだった。
「お前は強くない。いい加減認め」
「その声でしゃべるなあ!」
いや、パンチはしているが、当てるつもりがないように見える。
きっと終姉さんは…なら、このまま続ける。
「弱い自分を受け入れろ。まずはそこから」
「黙れ黙れ黙れ!火伊那さんはそんなこと言わない!」
どの蹴りも僕をかすめる事すらない。
「だったらこの手を振り払ってみろ。そしたら黙ろう。」
僕は手を差し伸べる。
「舐めるんじゃないわよ!こんな手なんて!」
終姉さんは思い切り蹴り上げた。
「…この手を傷つけたら…握れなくなるかもしれないじゃない…」
終姉さんの蹴りは、空を切った。
「もしかしたら…本当の火伊那さんかもしれないじゃない…
だったら傷付けたり…まして手を振り払うなんてできるわけないじゃない…」
終姉さんは本当に頭がいい。
そのせいで、『ふらついた一瞬で本物と変わった』可能性を思いついてしまったのだ。
「ねえ…答えてよ…!本物なの!?偽物なの!?」
終姉さんが揺らいだ。ここでたたみかける。
「それはお前が決めることだ。本当に強いなら…自分を信じれるはずだ。」
終姉さんは座り込んで泣き出した。
「無理よ…だって…あたし、弱いから…強がるしかできないから…」
終姉さんは大泣きしながら思いを打ち明けた。
「朧を失ってからずっとそうだった…思い通りにならなくて…
『自分が弱いから思い通りにならない』って思って…
それが受け入れられなくて…自分を取り戻しても受け入れられなくて…」
「でも、火伊那さんは私の手を握ってくれたの…
だから私は一瞬でも強いんだって思うことができたの…
でも、『本当は強がっているだけ』って思われるのが怖くて…
だから我儘に横暴にふるまって、結果を出すしかなくて…
たまに甘えて心を保たせて…たまに怒ってもらって安心して…」
「そんな私を受け入れてくれたのに…!あたし酷いこと言って…!
朧の代わりになんてなるわけないのに…!
火伊那さんは火伊那さんだっていうのに…!
あたしが唯一弱い自分を打ち明けられる人だったのに…!」
「なら最初からそう言え。余計な心配をかけさせるな。」
待機していたナガンさんがやっと出てきた。
「火伊那さん…!」
終姉さんはナガンさんに向かって左手を伸ばした。
「…気付いてやれなくてすまなかった。
私は終が強い奴だとばかり思っていたが…違ったんだな。」
ナガンさんが終姉さんにゆっくり近づいていく。
「私がいなければ壊れてしまうほどに…弱かったんだな。」
ナガンさんが終姉さんの左手を握る。
「かいな、さん…!」
「でも…大丈夫だ。私がいる。」
その言葉と共に、ナガンさんは終姉さんの左手の薬指に指輪をはめた。
「この、指輪って…!」
「落とし物だぞ、『私の大切な人』。」
ナガンさんが終姉さんの左手に口づけをした。
「かいなさあああん!!!ごめんなさあああい!!!」
終姉さんが大泣きしてナガンさんに抱きつく。
「全く…帰ったら説教だぞ。」
ナガンさんは愛おしそうに終姉さんの頭を撫でていた。