芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第10話 高貴なる少女マルガレーテ

 

 

 

 十二歳になる頃にはそれなりに金が貯まってきた。エンチャント業は中々の繁盛と好評を得、実力が向上すると共により高額な依頼を受けられるようにもなっていったのである。

 

 自宅に預けてある貯蓄を思い起こしながら、しかし、いや、やはり間に合わなかったと俺は溜息を吐いた。

 

 確かに金は貯まっている。丸腰の冒険者一人分の装備を整えるどころか、奴隷を購入し、生活丸ごと支援をするに足る量だ。

 

 金貨16枚……それが数年間の成果である。伯爵の紹介がある以上、その英雄の末裔さんに期待しても良いのだが、やはり一人よりは二人を求めたかったのだ。効率としてな。

 

 数年間で1600万の稼ぎとは大層なものであるが、これでも朝早くから店を出したり営業を掛けたりと、無駄に忙しかったのである。

 

 俺の理想は働かずに飯を食っていく事であり、加えてそんな日々を送っていても文句を言われない立場である。両親にも恩を返さないといけないしな。

 

 そして、時節は夏。冬の受験へ向けて、そんな金稼ぎ遊びなどをやっている暇は無くなるのだ。

 

 故に数年ほど続けた出店も今日で閉店。名残惜しいことこの上ないが、方々への挨拶を以て看板を下ろさせて貰おう。

 

 第一に向かったのは、冒険者ギルドの受付である。

 

 俺は普段、ギルドの中ではなく、その前方に広がる市場に店を構えていたわけだが、何事も話を通していた方が融通が利く。開店の際も『これこれこういう事をするからよろしく頼みます』と告げてはいたのだ。もっとも、市場に集う者達は勝手に商売をしているのが大半なので、気にも留められなかったが。

 

 しかし、閉店を告げる際には「残念ですねえ」との声があった。

 

「評判良かったんですよ、ジョット君のエンチャント屋。安くからでも始められて、本格的な依頼にも応えうる。親切なことこの上ない。生存率という意味ではギルドの事業そのものに貢献していたと言えましょう」

 

 そう資料に目を落としつつ呟くのは、慇懃なサラリーマンめいた風貌の中年男性である。

 

 ギルドの受付業を生業とする彼、ヘルケ氏は、他の美人受付嬢に比べてあまり人気がなかったが、その分話が早いので話しやすかったのだ。

 

「いや、学院入学前の子供という立場がそれを可能にしているのは分かっていますがね。これで成年の魔術師が同じ事をやれば、価格破壊として魔術師の皆様に叱られてしまいますからね」

「実態を知れば今すぐにでもお叱りが飛んできそうだがな。ガキの構築できる魔術式じゃねえってな」

「……私としては、どうしてそれ程までの才児に、貴方如きが師匠面出来ているのかが疑問ですがね」

 

 ヘルケ氏は非常に嫌そうな顔でフードを頭から被った先生を見つめた。「エッヘッヘ」と先生は慇懃無礼に礼をする。

 

「馬鹿を言っちゃいけない。こいつに教えることが出来る奴は大勢居るだろうが、師匠面できるのは俺だけよ。何せ教える内に追い越していくだろうからな。プライドってやつが傷付いちまう」

「その点貴方にはプライドも恥もないから名乗れると」

「そういうこった!」

「何を言いますか先生。俺はまだまだ先生の領域には遠いですよ」

「ほら、これと来た。怖いねえ、才能ってのは」

 

「エッヘッへ」と愉快そうに先生は笑い、ヘルケ氏は不愉快そうに溜息を吐く。

 

 初めて会ったときからそうだったが、この二人はどうにも、俺が知る以前からの仲のようだった。

 

 両者の間には単純な好悪よりも根深い何かがある。そう思えてならない。

 

「もしかして……先生が冒険者を嫌うようになったことに、何か関係が? 先生はここに来るとき、常にローブで顔を隠していますよね。もしや悲しき過去でも……?」

「あ? な訳がねえ……のかな? フフ……どうだろうなジョット君。もしかしたら、俺には偉大な過去があったりなかったり……!」

「ギルド職員の前でほらを吹くとは良い度胸ですね、寸借詐欺のフルンゼさん?」

「あっ、ジョット君の前で言うな馬鹿!」

「すっげぇ下らない過去だった」

 

 根深い過去というか、根深い侮蔑があるだけであった。このハゲ、何時も俺にハゲ以上の罵倒を考えさせてくれるな。

 

「いやいやちゃんと返しただろ全部!? 罪には問われない! 和解済み! オーケー!?」

「そう開き直るのなら顔を晒してみては如何ですかね? 今なら評判の少年魔術師の師匠として、華麗に再デビュー出来るかも知れませんよ?」

「ジョット君への好感度の分、俺への風評被害に向かいそうでやだ……。ある事無いこと言われそう……」

「人間がちっちゃいですね先生。そこに親近感と尊敬を覚えます!」

「……ジョット君もジョット君で、この師匠にしてこの弟子あり、な部分がありますよね」

 

 ヘルケ氏が中々に失礼なことを呟いたところで、「じゃあな! ハゲ仲間のヘルケ!」「出禁にしてやろうかテメエ」と仲睦まじく別れの挨拶をする。まだ生え際が後退しつつあるだけではあるが、中年男の頭皮問題は何時だってデリケートなのだ。

 

 そんな知りたくもない脂ぎった不安の未来から目を背け、さあ、これからは受験勉強の生活だと、そう思ってギルドの扉を開きかけた矢先、先んじて入室する姿があった。

 

 音もなく扉を大きく開け、のっそりと入り来る人影。突然目の前に現れたので驚いたが、次いで驚いたのはその巨躯である。

 

 横に広く、縦に長い。しかし良く良く見れば、その顔には深い皺が刻まれている。スーツ姿の老紳士は、大型の丸サングラスを身に付けて、ゆっくりと顔を傾けて俺を見つめた。

 

「……君が、ジョット・ブレイク君ですかな?」

「そういう貴方はどこのヒットマンで? ……お、おっと」

「エッヘッヘすいませんねこの馬鹿ガキが失礼な口を利きやがってんでぇエッヘッヘッヘッヘッへェ!」

 

 思わず素直な感想を飛び出させてしまった俺に対し、超特急で先生が駆け寄ってきて無理矢理頭を下げさせる。ありがとう先生いつもね!

 

「マジでサンキューですよ先生! この口が軽いのが悪くてですね! 何時もお世話になっています!」

「お前それほんと学院に行ったら直せよ!? 貴族相手に無礼働いたら首チョンパだからな!? 一族郎党皆殺しだかんな! 分かってんのか!?」

「……いえ、その認識も無礼ですね?」

 

 そう、鈴が鳴るような声がした。

 

 老紳士の後ろに隠れる形で、一人の少女が薄く笑っていた。こちらも丸縁のサングラスを掛けているのが奇妙だが、しかしその服装は、あれだ。お貴族様そのものであった。

 

 しかし、お貴族様とは言ったが、夥しいほどのフリルに塗れ、動きづらそうな程までに裾が長いドレス姿ではない。

 

 つば広の帽子に金色の髪を隠し入れて、白を基調としたかっちりとした服装である。スカートの丈は膝下程度で、その下には白ソックスと黒の革靴が見える。

 

 つまりは動きやすい程度の、余所行きの子供服なのである。即ち身に纏うのも子供。俺と同年代程度の少女であった。

 

 ただし、傍目にも布地が高級で、仕草の一つを取っても気品に溢れ、どっからどう見てもお偉い貴族様の子女って事を除けば。

 

「……よし先生、ここは土下座で行きましょう!」

「よっしゃあ! 俺の土下座スキルで魔術社会無双する時が遂に来たか!」

「しなくて良いですよ。ジョット・ブレイク君。そして、ジーニス・フルンゼ氏」

 

 クスクスと軽やかに笑みを見せる少女だが、俺は恐ろしいことこの上ない。その仕草、その立ち振る舞い、どこからどう見ても上級の貴族っぷりである。俺と先生の失礼な言動で無礼討ちの可能性だってあるのだ。

 

 彼女は恭しく、しかし見慣れぬ何か礼節に沿ったようなお辞儀をし、一拍を置いて言った。

 

「私の名はマルガレーテ・アルケシア。アルケシア公爵家の三女でございます。よろしくね? ジョット・ブレイク君」

「うん。やっぱり土下座しましょうか先生」

「えっ? 俺の土下座スキルが白金等級なのって異常なのか? 俺の地元だとみんなこのレベルなんだが……」

「確かに地元が政府中枢だとすると、みんな土下座のプロなのかもしれませんね!」

「……フフッ」

 

 少女マルガレーテは気品たっぷりに笑う。何がおかしいのかと思ったら「二回目ですよ」と言った。な、なにが?

 

「私の言葉に、言葉を返さなかったのが、二回目です」

「あっ、生言ってすみませんでした。誠にごめんなさい」

「ジョット君には魔術だけじゃなく礼節も教えるべきだったかなぁ!? そういうのはお家でやって欲しいんだけどなぁ!」

 

 先生がようやく妄言から復活したが、何時も通り権力者にビビり散らかしている。いや気持ちは分かる。身に溢れる気品、即ち社会的強者の放つ光にクズの俺は焼かれるばかりである。

 

 公爵家……皇帝に次いでお偉い家である。なんだってそんなお偉いところの子供がここに居るんだ……。そして、なんだって俺の名前を知っていやがるんだ……。

 

 あと、傍に控える老紳士からの圧がすっごい。腰に提げた剣が恐ろしいことこの上ない。権力って暴力として可視化されるもんなんだなあ。

 

「よしなさい。私はただ、彼に興味があって訪れただけなのです。寧ろ、場を弁えていないのは私達の方ではなくって?」

「……そう仰るのであれば」

 

 と、その言を契機に老紳士から発せられる圧が緩やかになった。ざまあみろと言ってやりたかったが言うと死にそうなので我慢しておく。

 

 しかし、場違いなのは本当である。ここは冒険者ギルドという場末であって、公爵令嬢様が長居して良いような場所ではないのだ。さっさと帰って欲しい。俺を忘れて。

 

 と思っていたらヘルケ氏が「公爵令嬢様に椅子と茶と菓子を持ってきなさい! 早く! いやエッヘッヘ! こんな汚いところですみませんね! もう何でも命令して下さって構いませんから!」と平身低頭であった。ハゲは笑い方まで似るのかな。

 

 しかし少女マルガレーテは「いえいえ、少しばかり話をしたいだけですわ」と恭しくヘルケ氏の申し出を断った。椅子には座ったが。へー、誰と話したいんだろうね?

 

 と、すっとぼける間もなく俺に椅子が指し示される。やっぱり? なんで? どうして? 俺、公爵令嬢に目を付けられるような事した?

 

「最近、社交界で呼び声が高い、ジョット・ブレイク君の妙技を私も拝見致しまして」と、彼女は柔らかく語り始めた。

 

「確かに、一振りの剣に掛けられた魔術式の構築は、学院の生徒、いえ、成年の魔術師ではないと信じられぬほどの技量でした」

「へえ。誰がそんな浮名を流してくれやがったんでしょうか?」

「貴方のお父様とお母様が、それはもう嬉しそうに」

「そういやそういう親でした」

 

 そういや前に『剣に魔術使ってみて!』とか言われたのを思い出した。適当に付与を掛けて終わらせたつもりだったが、どこで使うのかと思ったら社交界で自慢の種に使いやがっていたらしい。これは身から出た錆と言おうか、それとも勝手に引きずり出された錆だろうか。

 

 ともかくも、それを切っ掛けにしてこのお嬢様は俺に興味を持ってしまったらしく、わざわざ冒険者ギルドなんていう場末まで来て、生え際が怪しいおじさんに揉み手をさせている。おじさんの方は勝手にやっているだけだけどね。

 

 

 

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