芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第11話 塩撒いとけ

 

 

 しかし勝手に来やがった身の上だが、それ以上にやんごとない身の上である。俺は丁重に言葉を選んで(少なくとも俺に出来る以上で)話し始めた。

 

「まあ……あー……お褒めの言葉、ありがとうございます。わざわざこんな所まで足を運んできて下さって」

「いえ、私も未来のご学友と友誼を深めたい、という打算もありましたから」

「というと、アルケシア様も帝国学院に?」

「ブレイク君とは同年代ですね。私も魔術の腕には少々の自負がありまして。その学識もあり、ブレイク君の卓越した実力にも気が付けた次第でございます」

 

 マルガレーテはにこやかに俺を褒め称える。非常に気分が良い。美少女に褒められるのはたとえ相手が十二歳だろうが気持ちの良いものである。

 

「いやあ、どうもどうも! しかし師が良かったってのも多分にありますよ。先生は最高の先生ですね」

「ジーニス・フルンゼ氏ですね? 噂は聞いておりますよ。かつて宮廷魔術師を勤め上げ、今は各地で家庭教師職を転々と……いえ、長くブレイク君に教えていると聞きますね?」

「ええ、かれこれもう七年ですか。色々と教えて頂いていますね」

「へえ。それはたとえば……杖を使わない魔術などを、ですか?」

 

 うん? と聞き慣れぬ単語に目を丸くする。いや、前言撤回する。聞き覚えはあった。普段は全く意識していなかっただけで。

 

 杖とは魔術師専用の魔道具である。呼び方がそうであるだけで形は様々だが、とにかく魔術を使いやすくするためのものであるらしい。ジーニス先生所有のステッキがそれである。

 

 俺も話には聞いているし、親からプレゼントされたこともあるが、ジーニス先生にはなるべく使わないように言われていたのだ。そうした方が鋭敏な感覚が養われ、余計な癖が付かぬからという。十年単位で修行させる寿司職人みたいな言い分だな。

 

 しかし、マルガレーテは俺の反応に「ああ、これは失敬」と笑みを浮かべた。

 

「ブレイク君は、杖をご存じではありませんでしたか? かの魔術式は、杖に寄らず構築されたものであると! 素晴らしい才能ですね。本当に……」

「ん? いやあ別に。でもサンキューですよ!」

「いやあ、本当に……素晴らしい才能ですね? フフッ、ジーニス・フルンゼ氏?」

 

 また褒められて俺は上機嫌である。このままおだてられて公爵令嬢を攻略しちまっても良いかも知れんぜ。何せ夢の玉の輿だ。

 

 しかし、何故かジーニス先生は「ふうん」と不満顔である。どうやら一人だけ打ち首にされたいらしい。隠れマゾだったのかな?

 

「……いや、なに。お前は無神経だから気付かんだろうがな、どういう手合いなのかが透けて見えてよ」

「クズでハゲのロリコンマゾとか三重苦ってレベルじゃないですよ」

「軽口を言うなよ。公爵令嬢様の前だぜ。……なあ? お嬢様。はっきり言えよ。『お前の腕前を実際に見せて欲しい』ってな」

 

 うわ、ハゲがいきなり喧嘩を売り出した。しかし、老紳士は渋い顔を浮かべるだけで何もしない。寧ろマルガレーテを諫めるように声を上げようとしたが、「そうですね」という声に行き場を失った。

 

「見せて頂けるものならば、実際に見せて頂きたいものですね。では、これに付与魔術を組み込んで頂きましょうか」

 

 そう言ってマルガレーテが老紳士より手渡されたのは、彼が腰に提げていた剣である。

 

 しかし、不思議な話であった。この剣には既に付与魔術が掛けられているではないか。それも中々の強度のものだ。

 

「わざわざ解いてから掛けろって言うんですか? 面倒なことをしますね。結構気合いの入った付与じゃないですかこれ」

「そうですね。何せ、私が構築した魔術式ですから。しかし、気にせずに解いてしまって構いませんよ。私が許可します」

「ふうん」

 

 俺は先生に視線を送った。『これって無礼打ちになりませんか?』先生は些か不機嫌そうに視線を返した。『ぶっ殺せ』の意である。なんで?

 

 変な展開になったが、しかしやることは普段と変わらない。ちゃっとやってぱっとやれば完成である。

 

 掛けられていたのは純粋な物質強化の魔術……刀身の強度と鋭利さを上げるそれを、指先一つに解いて切り裂き、中空に霧散させていく。

 

 無地となった物質に、さて何を刻み込もうか。お嬢様の前で格好付けたかったので、ちょっとした変わり種を用いる事にした。

 

「へえ……! 言うほどはあるようですね。しかし何ですかそれは? 構築の基礎の段階からして……」

「黙って見ていろよお嬢様。お前がこれを望んだんだろう?」

「……まあ、良いでしょう。そう言うのならば、ね?」

 

 ジーニス先生がお嬢様へのナンパに勤しんでいる一方で、こちらの完成は間近である。

 

 普通、付与魔術と言えば、その概念の強化が第一にある。即ち剣であれば強度や鋭利さなど。盾であれば頑丈さや重さ、或いは軽さを。と言った具合である。

 

 しかし今回は、敢えてそのセオリーを無視して格好付ける事にした。つまりは剣を剣として見ず、長い鉄の塊として見ることで、遊びの幅を広げるのである。

 

「……なに、何を。何をやっているのです……と。いやいや、そんな」

「おっと、お嬢様も中々勉強しているようで。これが分かる程度……程度には! お勉強なされていると。エッヘッヘ!」

「……っ。いや、しかし……こんな、ふざけっ……!」

「ふざけてないですよ。出来上がりました」

 

 そう言って俺は剣を手に取った。結果として完成したのは、剣の形をした玩具である。意思によって形を変え、曲がったり膨らんだり動物の形を象ったり出来る、娯楽用の一品であった。

 

 試しに振ってみれば、柄の形はそのままに、刀身だけがぬらりと曲がり、膨らみて、花束の形を取る。鋼鉄の花束である。それをキザッ気たっぷりにマルガレーテへと向けた。この花束に値段を付けてくれたって良いんだぜ。

 

 いやこれ付与魔術って言うか錬金術学の分野に片足突っ込んでるな。調子に乗って別分野の方に突き進んでしまった気がする。大丈夫かこれ?

 

「……ふ。フフッ! そうですか、そうですか。貴方は私に剣を突き付けると!」

 

 大丈夫じゃなかったらしい。花束を向けられ、マルガレーテは突然大笑し、ふと凄まじい眼で俺を睨み付けた。

 

「嘲りは……私にこそ向けられるものだと? フフ……ッ……中々……面白いことを仰る……!」

 

 何だかヤバげな雰囲気である。これは取り成さなければならないだろう。そうしないとお付きの老紳士が……いや、感心したように頷いているだけだが、それでも今後を考えれば面倒臭そうである。

 

「先生、何か勘違いしているようですから、アルケシア様に説明してやって下さいよ。これは剣じゃなくて花束ですって。即ち今後ともよろしくと!」

「おーう、そうだな。じゃあ一つ、お嬢様に説明してやろう」

 

 そう言って先生は皮肉るように笑い、親指で俺を指して言った。

 

「本物だぜ、こいつは。俺やお嬢ちゃんとは違ってよ」

 

 その言葉に、マルガレーテは一瞬ぽかんとした顔を見せ、次いで震えるようにくつくつと笑い始めた。

 

「……ははは。言いますねジーニス・フルンゼ氏! それを私に向けて言うのですか!?」

「ああ。お嬢ちゃんに向けて言っている。公爵令嬢のマルガレーテ・アルケシアに、俺の自慢の弟子であるジョット君を説明してやっているのさ」

 

 その言葉に、マルガレーテは再び凄まじい眼を見せて、「それは公爵家への……!」と老紳士へ何かを口走りかけたが、それも一時のことで、これまた凄まじく苦渋に歪んだ顔で押し留めた。

 

 翻って呟かれたのは、「そうですね」という落ち着いた声である。そして彼女は気品も特になく素直に頭を下げた。

 

「ジョット・ブレイク君。侮っていたと、素直に謝罪致します。理解の及ばぬものを、安易に欺瞞と決めつけて、義憤という言い訳で以て下に見ていたのが事実です。申し訳ありません」

「へえ、素直に頭下げるとは中々出来た奴じゃねえか。俺は貴族様の教科書の中に、謝罪って一文は存在しないものと思っていたんだがな?」

「貴族への偏見はともかくとして、素直に間違っていたから謝罪したまでのことです」

 

 言いながらも、しかし憮然とした様相を些か含ませながら、マルガレーテは俺を見つめた。笑みは当初のそれに比べてぎこちなく、「ああ」だの「ううん」だの濁っている。

 

「いや……ええ。感服……致しました。事実です。正直……同年代で、ここまで使える者が居るとは思ってもいませんでした。杖を使わぬという喧伝も、魔術に疎いご両親に、都合の良い文句を言っているとばかり……」

「うん? いや、別に……」

「ご謙遜を。いえ、皮肉を以て返されるのも当たり前の話ではありますが……」

 

 いや本当に別に……何のことを言っているのかさっぱり分からないのでどうでも良いのだが。と言うかこっちはさっきからハゲが喧嘩売りっぱなしで冷や汗が凄いのだが。

 

 しかし、物事が都合良く進みそうならば、乗っておいた方が得である。

 

 俺は気まずそうにこちらを見つめるマルガレーテへ、再び鋼鉄の花束を差し出した。

 

「まあ、受け取っちゃくれませんかね。貴方のために作った花だ。綺麗でしょう?」

「……まあ! ッフフ! お上手ですね。どちらも、ね?」

 

 そう言ってマルガレーテは花束を手に取った。結構重いと思うのだが、特に力を入れることもなく抱えている。

 

 彼女は気恥ずかしそうに頬を赤く染め、丸縁のサングラスの隙間から上目遣いに俺を見つめた。

 

 美しい、青い瞳である。底深い天空を思わせるそれを輝かせ、熱心にこちらを見つめる彼女に対し、俺は言った。

 

「ところで丁度今気が付いたんだけど君、俺のこと馬鹿にしてた? 魔術使えるのも嘘っぱちだとか思っていやがったわけ? 俺を舐め腐っていやがっていたの?」

「……えっ? い、今ですか?」

「ゲヒャヒャ! だろうなぁそうだろうな! お前はそう言う奴だよジョット君! 迂遠な言い方ってモンを知らねえんだもんなあ!」

 

 先生が何故か愉快そうに大笑いする一方で、マルガレーテのクソガキはポカンとした顔を浮かべていた。

 

「いや、本当に今気が付いたんですよ。こんガキャあ、きっと俺の魔術を先生のモンだと思っていやがりましたよ。詐欺師が俺の両親を詐欺ってると思っていやがりましたよ! もっと怒って良いですよ先生!」

「うん! そんな前提はみんなもう把握してるから! そのクソガキの頬をぶっ叩いて真っ赤に染めたのがお前だから!」

「いや、はっ、はあっ!? な、何ですか、その口調は!? 先程までの、知性に溢れた顔つきは……!?」

 

 マルガレーテが花束と俺の顔を交互に見比べながら驚愕そのままに言う。だがもう騙されねえぞ。散々貴族風に迂遠に皮肉を言いやがって。

 

 こっちが理解できないと思って(実際理解できなかったんだが)散々くっちゃべりやがって! 俺は面倒事は嫌いだが、先生みたいにプライドまでは捨ててないんだぞ!

 

「これはもう謝罪と賠償を要求するしかありませんね! というわけで金を下さいよ、お嬢様。奴隷購入費用に充てますから」

「どっ……奴隷!? 人にお金を借りて奴隷を!?」

「いや、借金じゃなくて下さいよ。公爵令嬢様からしたら端金でも、俺にとっちゃ大金ですよ。お小遣い貰ってんでしょう? 減るもんじゃなし」

「いや、減りますけど……? というか貴方、魔術師としての誇りはないの!? この様な優れた知識と技術を持っているのに、金、金と……!」

「プライドがあるから汚された賠償に要求しているんでしょうが」

「ジョット君。そんな事に使えるプライドは、もうプライドって言わねえんだ」

 

 先生が含蓄たっぷりに「やはりお前は"こっち側"だな……!」と、あまり行きたくない領域に誘うのを他所に、マルガレーテは頬から耳まで真っ赤にして言う。

 

「……呆れた! 多少は、ええ、多少は! 見直しましたが、性根がこれでは尊敬など出来る筈もありません! 帰るわ!」

「尊敬は良いから金くれません? 働かずに寝て過ごせるような環境でも良いけれど」

「そんなものあるわけがないでしょう! ああ嫌だ嫌だ! こんな人間に、どうしてそれ程までの才があるのか! 世界の何かが間違っています!」

 

 マルガレーテは鉄製の花束をぶんぶん振り回しながら扉を開け放ち、「重いから持ちなさい!」と老紳士にぶん投げた。彼はすまなさそうに苦笑しながら頭を下げ、「お嬢様をよろしくお頼みします」と勝手に頼んできた。

 

「はあ!? 頼まなくて良いから! こんなのと関わりを持つ予定はないから!」

「いやいや、来年、学院で会いましょうよ。その時は昼食ぐらい奢って下さいよ」

「貴方が帝国学院試験に落第することを、心より願っていますわ!」

 

 ドタドタと礼節を投げ捨てて、マルガレーテは帰っていった。ぺっ、ケチ貴族が。俺だって奢ってくれねえならお前と関わりたくもねえよ。

 

 そして先生は随分と上機嫌である。「よし! 塩撒いとけ塩!」「そうですねぇ! くたばれクソ貴族!」とヘルケ氏と一緒になって塩を撒きながら、ひゅうひゅうと口笛などを吹いている。しかしヘルケ氏の変わり身の早さにはびっくりである。

 

「で、良かったんですか? 先生。あの様子じゃ、先生は社交界で詐欺師扱いですよ。訴訟を起こした方が良いんじゃないですか?」

「あ? んなもんどうでも良いよ。後ろ暗いところがないと言えば嘘になるしな」

「へー、聞きたくなかったな。嘘になるの」

「んな事よりも、痛快だったから良いんだよ。カッコよかったぜ? お目々ぱっちりのジョット君!」

「その呼び方は止めて下さいよ」

 

 しかし先生は意に介さず、上機嫌に肩を叩いてくる。仕方がないので叩かれるままにしていた。

 

 

 

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