芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第13話 受験戦争

 

 

 

 さあ新年が明け、三が日が過ぎ(あるんだよこれが)、少しばかり経って一月の中旬、俺は帝国学院の門前に立っていた。

 

 何を隠そう、今日こそが帝国学院入学試験日である。朝早く、日の出前の冬の日に、俺は白い息をほうと吐く。豪壮な学院の庭先には、かしこまった姿の少年少女がひしめき合い、職員による整理が行われていた。

 

 ちなみに正確には、推薦枠ではない、一般枠における受験日である。上級の貴族や、名のある人物からの推薦を貰った奴等は、わざわざ試験を受けることもなく入学が決定している。

 

 この場にマルガレーテの姿が見えないのもそのためだ。彼女はアルケシア公爵家の三女、正真正銘のお嬢様である。

 

 十月に思いがけない再会をしてから、それなりの頻度で劇場で顔を合わせていた彼女であったが、何故受験もないのにそこまで勉強するのかと不思議であった。これに対し、彼女曰く、

 

『試験という篩を掛けられぬ以上、その実力で以て名を示すのが、公爵令嬢としての務めですわ』

『と、言いたいところなのですが、実際にはどこぞの怠け者に負けたくないだけよ。どうせ貴方は入学するでしょうし、入学試験に専念している今の内に差を付けるのよ』

『……だから、帝国劇場の設計の妙について、物理的解析を試みるのは止めてくれない? 受験勉強に専念しなさいよ。設備管理の人がすっ飛んでくるわよ』

 

 と、思い出話を脳裏に浮かべたところで、前方に並んだ少年少女達が学舎に入っていった。入学受験開始の時刻だ。

 

「えー、では、事前に送付した受験番号の、3001番から3300番まではこちらに……」

 

 俺の並ぶ列が移動し始めた。ちなみに俺の受験番号は3200番である。キリ番で覚えやすいな。

 

 学院の内部は広い。門前の庭でさえ総受験者の30000人以上を収容できるのだから、その本館だけでなく、二号館、三号館と、建物が一挙に並び立つキャンパス内は、元の世界での大学そのものの様相だ。

 

 しかし、やはり一学年で三万人は多いのだ。実際には殆どがふるい落とされ、残るのが約2000人である。その内、魔術学部の定員が1000人だったか。推薦者は別途計算なので、それでも多い気がするが。

 

 で、分けられた三百人が更に三十人ずつに分けられて、一つの教室に入れられる。少年少女らは緊張した面持ちを見せ、ぶつぶつと勉強した内容を呟いたりしている。

 

 懐かしい雰囲気だ。かつては俺も大学に通うため、この様な受験もそこそこやったものだ。もっとも、今は余裕のよの字で遊べるほどだが。

 

 集められた教室に、職員が受験番号を確認する。つつがなく終わり、教壇に立った職員が厳めしく告げた。

 

「ではこれより、ウルド帝国カベラ王朝附属アーノルド・ロナルド記念学院、魔術学部の筆記試験を開始します」

 

 そういやそんな名前だったな、と思いながら、事前に机に置かれていた試験用紙を捲った。

 

 うん、全部分かった。

 

 さて、答案用紙に答えを書いていくだけの単純な作業なので、これからの事を考えようか。

 

 帝国学院には学科試験がない。学部試験のみである。授業内容としては学科毎に分かれているが、入学の段階では学部ごとに分けられるだけである。

 

 聞くところによると、三年の終わりに内部で学科試験を行い、その成績で以て、各学科の専門的コースに進むらしい。魔術学部なら、魔術学科、魔術式学科、魔術史学科、錬金術学科、魔物学科といった具合である。

 

 他の学部については、学科までは詳しくないが、学院は四つの学部で構成されていることは知っている。戦術学部、魔術学部、法学部、経営学部である。医学や神学を学びたい奴は教会学院に行けという潔い姿勢だ。

 

「……止め! 答案を返却するように!」

 

 そんな事を考えている間に魔術学科の試験が終わった。次いで魔術式学科の試験に入る。

 

 名前が似ているが、魔術学科は主に呪文についての学問であり、魔術式学科は魔法陣や魔術的数式や図形についての学問である。社会的には後者の方が役立っているように思う。魔術が使えなくても使用できるもので溢れているからな。

 

 その応用というか、分岐した物というか、魔術的に物品を作成しようという学問が錬金術学である。両者の交わりは深く、不断のものである。専門的に志すのならば、どちらかを疎かにすることは出来ない。

 

 魔術史学は読んで字の通り、魔術的な歴史について通読し、その意義を知ることを目的とする学問だ。暗記で片が付く。一番楽だった。

 

 しかし、アーノルド・ロナルドを記念した学院だからといって、その問題への配点が一番高いのは如何な物か。無論、完璧に記述したが。

 

『三百年前に活躍した大魔術師で、当時暴威を振るっていた魔王を、勇者と共に封印した人物である。その来歴に関しては謎が多く、魔王封印後の活動も不明点が多い』

 

 その後、具体的な活躍や研究上での業績をつらつらと記述していって終わりである。先生に『絶対出るぞ』と言われたから丸暗記していた甲斐があった。

 

 そして魔物学は、生物学が変節した物と言おうか。魔術的な動植物を研究、解剖し、その生態を明らかにすると共に、その特殊な血中成分や素材から未知なる物を見つけ出す学問だ。

 

 これも受験の段階では暗記だな。というか受験なんて大抵暗記なのだ。この筆記試験に限って言えばだが。

 

「……止め! では、昼食休憩に入る。実技試験には遅れぬように」

 

 五つの筆記試験を終え、へとへとの学生達に身体を動かさせるのだから、中々に鬼畜な試験だろう。窓の外を見れば、ようやく昼を越したくらいだろうか。これから昼食休憩を取って、午後の実技試験に臨むのだ。

 

 開始時間がそもそも早いのである。朝の六時から始まり、一時間ごとの試験の合間に十五分の休憩が挟まれる。全く受験者に優しくない試験であろう。周囲の奴等など往々にしてげっそりとしている。

 

 持参した弁当を食い、一時間の昼食休憩を終え、教室から実技試験の会場であるドームへと移動した。

 

 ドームとは言ったが、体育館のような物である。円形であり、何故か観覧用の席まで付いているが、それでも用途としてはそれに近い。

 

 その中は十の区画に分けられており、それぞれ五人の審査官が付いている。この方式で実技試験……正確には、魔術学科の実技試験が行われるのだ。他の四つはペーパーテストで終わりである。

 

 そして、この実技試験には制限時間がない。良いと判断されればその時点で終わりだ。逆もまた然りである。そのための公開形式での試験と言うことだろうか。魔術学部だけでも一万人近く居る受験生を手早く捌くためのシステムである。

 

 だとしても酷な話である。少しは十二歳の少年少女の心を酌んでやってほしい。あからさまな失敗を晒される奴も居れば、見事な成功を収めて、後続の受験生に緊張を与える奴だって居るのだ。心理への影響が大きすぎる気がするが。

 

「では、次……受験番号3200番、ジョット・ブレイク」

「はい」

 

 そんな事を考えている内に俺の番となった。試験用の杖を渡され、十回ほど素振りをする。

 

 問題なし。一礼し、俺は五人の審査官を見つめた。

 

 年若の男、女。壮年の男。髭を蓄えた老人。笑みの柔らかい老婦人。五人は簡素な机に順に並び、俺を見据えている。

 

 別に、この場に居る全員が教授って訳ではないだろう。学院には一般職員だけでも1000人近くは居るという話だ。たとえばきっちりとしたスーツを身に付けた若い男女など典型である。俺の天敵であるサラリーマンの雰囲気が匂うのだ。

 

 しかし後の三者はどうだろうか。それまでの試験で、老婦人はニコニコと笑ってばかり居たが、壮年の男は何かと試験の終了を宣言していた。その宣言に泣きそうになる受験生達を、理知的な無表情で見つめていたのが髯老人である。

 

 つまり性格の悪そうなのが教授っぽい。教授って性格悪そうだという偏見が俺の中にはあるのだ。

 

「まあ、いいさ」

 

 呟く。やることは誰を相手にしようと変わらない。精々見せ付けてやろう。

 

「では、ジョット・ブレイク。始めなさい」

「はい」

 

 言うと同時に俺は杖を振った。

 

 事前に試験内容は開示されている。火から始まり闇までの六つを数える属性魔術の基本を見せる。炎を踊らせ、水を湧かせ、風を吹かし、土の一塊を顕現させる。光球にて床を照らし、闇の帳を区画に下ろす。

 

 振う杖先に迷いはなく、淡々と、しかし流麗に事を終わらせていく。

 

 演舞を踊る心地であった。一頻りの技を見せ、一礼して退場の声を待つ。そこに「ふむ」と、それまで沈黙していた老人が声を上げた。

 

「次、下級魔術を属性順に」

 

 ……俺に言っているのだろうか? これも試験なのか。そんな話は聞いていなかったが。

 

 いや、他の審査官達も驚いた顔を見せ、特に、満足げに俺の魔術を見つめていた壮年の男などは、非常に意外そうな顔で老人に言った。

 

「……ワイエス教授? 試験はこれで終わりですが」

「儂がやれと言っているのだからやらせろ」

「いや、しかし……他の受験者も居るのですし」

「黙れ」

「……はあ」

 

 妙な話になってきた。壮年の男が「すまないね」と言い、老婦人は尚もニコニコと笑っている。困惑しているのは年若の男女と、後列の受験者達だ。ざわざわと、多少のざわめきが広がった。

 

「……受けないと落第ですかね? これ」

「そうだ、ジョット・ブレイク。さっさと始めろ」

「いや、落第な訳がないでしょうが。……いやほんと、すまないね。入ってから習う物をやれだなんて。勿論、減点扱いにはしないよ」

 

 壮年の男は一応すまなさそうにしているが、老人の要求を通させる。即ち、やれと。見せてみろと。俺の実力を。

 

 ……面倒だなあ、と率直に思った。今日は朝早くに起きて眠いのである。さっさと帰って昼寝でもしたかった。

 

 だが、一方で俺の中の天使が囁くのだ。紳士帽を被ったハゲの天使は、ステッキを振り回しながら言った。

 

『やっちまえよジョット君! 偉そうなオッサンがへーこらしてるところを見りゃ、このジジイは相当偉いぜ! ここで媚を売っておきゃ、後々覚えも良いんじゃねえか?』

 

 一方で、俺の中の悪魔は囁く。悪魔はカツラのカタログを真剣に眺めながら、ステッキで背中を掻きつつ言った。

 

『やっちまえよジョット君。だってわざわざ断るのも面倒だろ。『我が代表堂々退場す』ってかあ? かっけー。問題児として入学断られそう』

 

 まあ、どちらも言っていることは同じである。将来の益をとるにせよ、今の面倒を避けるにせよ、やることは変わらない。

 

 杖を振って見せてやるのだ。この偉そうな老人が望んでいる物をな。

 

「いや、なんでどっちもハゲなんだよ」

「……ジョット・ブレイク君?」

「ああ失敬。やりますよ、今」

 

 壮年男への返答と共に、俺は杖を振った。

 

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