芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第17話 バケツ頭

 

 

 

「まあ、うだうだ言っても始まりません。前向きに事を考えましょう」

「前を向く前に横の奴の説明をしろよ。なんだそのバケツ頭は」

 

 そう先生が言ってステッキで指し示した先、鎧に身を包んだノアが怯えたようにがちゃりと音を立てた。

 

 しかしその表情は窺えない。先生が言ったように、顔どころか目線すらも窺えぬ円柱型の兜を被っているからである。

 

「これは面倒事を避けるためですよ。初々しい美少女冒険者なんて揉め事の種でしかないでしょうし、だったら初めから隠せば良いのです」

「へー、よく考えてんだな。じゃあ生活費は?」

「……へへっ!」

 

 笑って誤魔化した。「全身鎧なんて買っちまったからすっからかんになってんじゃねーか!」誤魔化しきれなかった。

 

 そう、俺が当初考えていた『それなりの防具で銀貨50枚』という計算は、『良く良く考えたら顔は隠した方が良いよな』という気付きと、『だったら全身鎧にした方が格好が付くよな』という趣味によって、有り金を叩くレベルになってしまったのだ。

 

「馬鹿なの? ねえ馬鹿なの? 犬猫拾ってきたのとは訳が違うんだぞ。散歩も餌も先生はやりませんからね!」

「一人で世話をするから買ったんです!」

「学院入学まであと二ヶ月半だが?」

「……へへっ!」

「その馬鹿みたいな笑い方やめろ。自分見ているようでムカつくわ! いや俺の影響かクソッタレ!」

 

 先生は珍しくマジギレしている。あーやっべどうしよ。買ったことは後悔してないけど、どうするかは全く考えていなかった。どうしよ。どうしよ……。

 

「本当にすみませんでした……前から相談していたのに勝手なことをして……。特に伯爵、伝手を用意してくれたというのに、これでは手一杯で……本当に申し訳ありません……」

「ああ、残念だ。非常に残念だよ、ジョット君。君はもっと思慮深いと思っていたがね」

「あーあー旅行楽しみにしていたんですけどねー! ジョット君のせいで行けなくなっちゃいましたねー! 楽しみにしてたんですけどねー!」

「はい……今回ばかりは俺が全面的に悪いです……」

「今回ばかりは、って何ですかジョット君?」

 

 そんな冷たい声と視線に苛まれ、俺は頭を下げることしか出来ない。だが、ふと鎧を纏ったノアがガチャガチャ震えだしたかと思うと、おもむろに俺の前に出て言った。

 

「あ……の、です、ねえ……! ジョットさんは……私を……ごほごほ……だから……!」

「えっ、なに? 兜の中にくぐもってて聞こえないんだが?」

「うう……! ……。…………」

「先生あんまり虐めないでやって下さいよ! ノアは先生と違って繊細な子なんですから!」

「おーそうだな。お前もこいつを少しは見習って繊細になれや」

 

 普段からの皮肉も今は幾らか鋭さを増し、睨め付ける視線となってノアを苛んでいる。結果、彼女は視線に圧される形でじりじりと後退し、俺の背後へと縮こまった。

 

「あー、ノア。たぶん庇おうとしてくれたんだろうな。その心意気はありがたい。だが今はね」

「ううう……怖……人怖……うう……」

「おお。可哀想な小動物」

 

 そんな鎧姿のハムスターへ無慈悲に追い打ちを掛けるのがリインである。チャキチャキ音を立てる代わりにコキコキと腕を鳴らしながら、彼女はノアを見下ろしている。

 

「その様な意思薄弱にして貧弱な者に、ジョット君の剣の役が務まるとは思えませんがね。実際、これに何を見出したのです? まさか、私よりも素晴らしいものを? あははーはは。笑えないんですよね」

「確かに、どうにも覇気という物がない。英雄的な人物とは言えないだろう」

 

 伯爵は不思議そうに言い、深く観察するようにノアを覗き込んだ。

 

「実際、運命的な出会いがあったのなら、私は多少残念に思うが、その門出を祝福しようと思うのだよ。いや残念は残念だが。本当に。こう……私のお気に入りの少年が英雄を率いて世に名を知らしめる光景を夢見ていなかったと言えば嘘になるのだが」

「なんか気持ちの悪いこと言い始めましたよこの蝙蝠男」

「まあ、運命は運命だということだよ。人の意思ではどうすることも出来ないものだ」

 

「しかし」と伯爵は真っ赤な目を細めてノアを見つめる。恐ろしいまでに魔的なその瞳が、じっとノアの姿を捉える。

 

「この人間が君に値するか? それが不思議なのだ。君はこれに何を見出した? ミス・リインに同じく、是非聞きたいものだ」

「えっ、伯爵でも分からないんですか? 意外だなあ。見れば分かると思ったのに」

「君の眼は魔眼の域だよ。残念だが、何人も君の見る景色を共有し得ないだろう」

 

 それは非常に残念なことだ。本当にな。ノアの価値を理解できないのは人生を損しているだろう。

 

 ……いや、本当にそれは残念というか、世界に対する損失なのでは? これを見出すことが出来たのは、もしかして俺だけだったという可能性にぞっとする。とすると俺がやるべき事は……。

 

 そう思って俺は笑った。俺らしくもないなあと思った。

 

「何だその気持ち悪い笑み。変態芸術家みてえだな」

「ならば先生にその芸術を見せてあげましょう。さっ、ノア。兜を脱いで自己紹介を」

「えっ……? えっ、えっ、えっ?」

 

 俺の言葉に狼狽えている内にすぽっと兜を外した。押し込められていた金髪が揺れる。黄金の瞳が眩しそうに細められる。

 

 それを見て、まず伯爵が「おお」と感嘆の声を漏らした。次いで先生が「いや、えー……」と嫌そうな顔を見せ、リインが「げえっ」と素っ頓狂な声を上げた。

 

「三者三様の反応ですね。それぞれ理由は?」

「純粋に美しい。途上にありながら完成と見紛うばかりだ。これを以て完成としても罰されまい。という感想だ」

「いや、おま……顔で選んだんじゃねえのこれ……。美少女云々聞いて想定していたレベルを超えているんだが……身持ち崩すルートまっしぐらじゃんこれ……」

「だってさ。良かったね。褒められたよノア」

「いや、あの、兜っ! か、返して下さい……。あれ、落ち着いて……良かったので……」

 

 折角褒められたのにこれである。しかし、褒めてくるのが怪しい紳士とエセ紳士ともなれば、この様な反応も致し方ないか。

 

 しかし、そこに割り入って叫んだのがリインである。彼女は「いやいやいやいや!」と大袈裟に腕を振って言った。

 

「何を言っているんですか蝙蝠とハゲ。これ本物じゃないですか。羊の皮を被ったドラゴンじゃないですか。うわあ、何を可愛い子ぶってジョット君に甘えているんですか。気持ち悪い」

「おお! リインさんには分かりましたか。良かったね。褒められたよノア」

「これ褒めているんですか……? 都会って変な褒め方が流行っているんですね……」

「褒めてないですって。いや、褒めてはいるのでしょうか? というか本当にその振る舞いを止めて下さいよ気持ち悪いなあ。なんでこんなのが奴隷になっているんです?」

 

 リインはドン引きしたようにノアを見つめ、散々なことを言った。しかし実質的には褒め言葉である。鋭敏な戦闘的感覚を持つ彼女には、ノアの凄さが分かったというわけだ。

 

「ふむ……私には分からないな。君、家名は何という? 出身地は何処だ? 先祖に著名な人物は? 家に伝えられている伝説や家宝などがあれば高値で買い取るが」

「えっ、いや、え、えーと……」

「気持ちの悪いおじさんムーブしないで下さいよ伯爵」

 

 しかしノアの来歴は既に聞いている。何の変哲もない村の出身であり、両親は早死にし、祖父母の元で育ったという。その祖父母が最近老衰で居なくなってしまったため、ノアへの風当たりが増したのが追放の直接的原因という話だ。

 

 逆に言えば、祖父母が居れば、疎まれながらも追放されなかったということで、村に根付いた家系だということだ。実際、彼女が知る限り先祖に英雄などいなかったし、著名な功績もありゃしない。両親、祖父母共に、面がちょっとばかし良いだけの一般家系である。

 

 それを聞いて、伯爵は更に不思議そうな顔を浮かべた。

 

「ますます納得できないな。ミス・リインはジョット君に同じく見えたのか? その才覚の有り様を」

「見えたって言うか感じさせられたんですよ無理矢理に。お腹の中にドラゴン百匹くらい飼っているんじゃないですか? というか何で分からないんですか?」

「君の戦闘的才覚もまた、我々常人のそれを遥かに凌駕しているということだろう」

「ぎゃは。貴方に言われたくはないですよ、人被り」

 

 そう言われながらも、しかし伯爵には本当に分からないようで、ふと「或いは」と呟いた。

 

「君だけに敵意を向けているからではないかね? その様に、ジョット君の肩を触ったり、背中を見つめたり、尻を触ったりする物だから」

「お尻は触ってませんよ。見つめているだけです」

「見ないで下さい」

「見ちゃいけないって法律で決まっているんですか?」

「俺という王国の中では決まってます」

「じゃあ私とジョット君の連合王国では合法とします!」

 

 そう言ってわざとらしくじろじろと見つめてくるリインに辟易としながら、どうしてこう面は良いのに剣呑な気配で溢れているのだろうと思う。これがなければ仲良くお付き合いをしたい見た目をしているのに。

 

 と、そんなクズ思考をしている間に、ふとノアが「あ、あの!」と振り絞って声を上げた。

 

「や……止めて下さいよ……嫌がってるじゃ、ないですか……。お、お尻をそんな、じろじろ見るなんて……嫌ですよ……そんな……」

「おー……失敬失敬。そうですね。そんな顔でそんな羊の物真似が上手かったら、そりゃあ嫌な思いをしてきましたね。これは失礼」

「そ、それに……ジョットさんのお尻は、私のものなので……」

「ぎゃは! それはそれは……ぎゃは? は?」

 

 驚愕の顔が三つ俺に向けられるけど俺だって驚愕している。何それ聞いてない。何で頬を赤く染めているのかも分からない。何この子。

 

 伯爵が「倒錯かね?」と本気で心配するような顔で言い、次いで「或いは伝説に聞く両性具有かね?」と言う。

 

「いや女の子ですよ! 普通の! いや普通じゃないけど肉体的には!」

「いずれにしても倒錯だね。うん。知らない間にジョット君がそうなっていたのは、ちょっと怖いね。うん」

「口調が変ですよ伯爵! 俺はそんな変態的趣味は持ち合わせていませんって!」

 

 勝手に納得したような顔をしないでくれ。そして先生。何をパクパク口を開けているんだ。何を言おうとしていやがるんだ。

 

「お、お前……まさか……購入条件として……お、おま……」

「それ以上は言わないで下さい先生。世の中にはたとえ事実無根で最低な憶測でも言っちゃいけない言葉があるでしょう」

「尻穴を……!」

「言うなっつってるだろうがハゲ」

 

 ゴミみたいな憶測を垂れ流しやがったハゲは後で殴るとして、というかマジで何で何の発言? このままだと俺の名誉が急転直下でクレーター作る勢いなんだが。

 

「……ここで殺……いやジョット君が……しかし、ここでこそ……だからこその……好機ッ!」

「ほらリインさんが剣もないのに抜刀の姿勢に入っちゃったから釈明会見を直ちに要求するぞノア!」

「え、え? だ、だって! ジョットさんは、言ってくれたじゃないですか……。自分が持っている全てを、私にくれるって……!」

「……あ、あー……」

 

 そう言えば、言ったな。うん。そういう意味ではないんだけどな。うん。

 

「納得の表情……既に……既に既にですか……時は遅く、故に罰は速く速くに!」

「誤解の解消をする時間を!」

「三十秒ですよ」

 

 俺は直ちに大きく息を吸って喋り始めた。

 

「全ては言葉の意味合いの問題ですね! 肉体的な意味合いではなく、精神的な意味! 別にノアが性的倒錯者だとか、俺がそうであるとかではなく、互いに支え合って絶えず互いを要求し合う関係でいたいという意味合いなのです! だから別に肉を部位毎に切り分けて叩き売りするような娼婦染みた真似は断じてせず! 寧ろリインさんがその桃色脳味噌で逞しく想像したような退廃的な行為を唾棄し! 輝かしい未来を望み願う、おお少年少女的夢想の美よ! てな訳でいかがわしい約束事など何一つありません。というかリインさんの方が反省すべきじゃないですか? 何を勝手に人の尻を見ているんですか。何が連合王国ですか。そんな王国はすぐ二つに割れますよ。尻だけに」

 

 語り終え、ぜえはあ言う俺にリインは言った。

 

「ジャスト三十秒。素晴らしい演説でしたねジョット君! ではお望み通り、お尻を一つに縫合してあげましょう」

「咄嗟に本音が出ちゃっただけなので、謝りますから勘弁して下さい」

「嫌ですね」

 

 そう言いながら、しかし話はちゃんと聞いていたようで、リインは謎の構えを解いた。何だったんだ、剣もないのに感じたあの威圧感は……。

 

「ですが」とリインは不満げに指先をパキパキと鳴らす。「購入してしまったものは仕方がないとして、結局、どうするのです? この怪物を」

 

 そこなのである。いくらノアが才気に溢れ、将来の栄達が確実なものであろうとも、今は対人恐怖症の気がある麗しき田舎少女に過ぎない。

 

 冒険者としてのイロハなど何一つ解していないし、自活能力など欠片も無いのである。彼女を放っておいたら知らない内に壺でも買わされそうだ。

 

 加えて俺の貯金はすっからかんである。これからの話どころか、今日の宿さえ用立てられぬ。さあ、どうするか? どうしよ……。

 

 ……まあ、その解決策を分かっているからこそ、リインはにやにやと笑っているのだろうが。

 

「ぎゃは、ぎゃは! 当座の寝床に生活費、冒険者としての戦い方、後処理の仕方、過ごし方。それらを教えられるのは、ジョット君のお友達の中では私しか居ませんね?」

「ですね……。すみません、リインさん。ノアを頼めませんか? お金は何時か返しますから……」

「えっ……私、この人のお世話になるんですか……」

 

 ノアが少し不満そうに声を上げ、それにリインさんが笑う。大上段から見下すように大笑する。

 

「何ですかその態度は! それにジョット君も、私がただでお世話をするとお思いで? 私、金貸しの真似をする趣味はないんですよ。いくらジョット君とは言え、その想定は少し甘すぎませんか?」

「まあ、ですよね……。仕方ない。こうなれば、物凄く心証が悪くなるけれど、早速学院へ賠償金を請求して……」

「おおっとまだ活路があるとは流石です。ですが! なんと! 今回に限り!」

 

 リインはじいっと俺を見つめ、じろじろと全身を隈無く観察しつつ言った。

 

「ジョット君が私を了承する、と言うのであれば、借金の返済を無期限に延ばしてあげましょう。ぎゃは! 金の切れ目が縁の切れ目であるのならば、これで一生の縁結びですね!」

「う、うん? 『私を了承する』って、どういう意味です……?」

「それはもう言葉通りに曖昧に、ジョット君は私を認め、意識し、その上で受け入れるということです。ぎゃは。これって中々に苦痛じゃありません?」

「成程、つまり俺は、尻をじろじろ見られても気にせずにいろと……」

「違います。見られていることを認識して、意識して、尚も受け入れて下さいと言っているのです」

「なんですかその新手のセクハラは」

 

 最悪に面倒な中年上司みたいな言い草だなこれ……。だが、これで無期限に借金をさせてくれるというのだから、格安どころか喜捨のようなものである。

 

 俺がちょっとばかし痴漢を受け入れるだけで、ノアは無事に冒険者生活を送れるのだ。エロ漫画みたいなシチュエーションだな。身体はリインの物だけど、心はノアの物だから! そうしている内にずるずると……。あれ? これ選択間違った?

 

「まあ、ありがとうございます。それでお願いします。……良かったね、というかすまないねノア。俺がもうちょっと稼いでいれば……」

「いや、あの、えっ……。あの、本気ですか? ジョットさんの人権が、簡単に売り渡されてしまったんですけれど……」

「ぎゃは! これで貴方にジョット君のお尻を自分の物呼ばわりされることはなくなりましたね! 今日からは私のものですよ!」

「……っ! 私の、ものです! ジョットさんのお尻も、腕も、身体の全部が私のものです!」

 

 いや、俺の物だが。と言いたいが今は言えない。だって権利は今売っちゃったし。

 

 そして先生が呆れ顔で言う。

 

「まるで零細国家が苦し紛れに権益を方々に売りさばいたみてえだ。で、どっちの物なの?」

「どっちも権利を有しているということで、後は未来の俺に任せるとしましょう」

「二枚舌外交とは、流石は貿易商の息子だぁ……」

 

 俺の尻は聖地か何かか? あと、俺の両親はそんな阿漕な商売はやってないから。

 

 

 

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