芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第18話 その日の事はその日の内に

 

 

 

「と言うわけで、やって来ましたは帝都郊外。外壁を越えて魔物が棲まう、冒険者のお仕事場だね」

「いや……その日の内にって、早いですね……」

 

 バケツ頭のノアがくぐもった声で言った通り、俺にしては物事に取り組むスピードが速すぎる。本来ならば暫くは訓練と身体作りに当てたかったのだが、財布の中身と、何よりリインがそうさせてくれなかった。

 

 話が纏まった後、早速俺達は冒険者ギルドに赴きノアの冒険者登録を完了させた。本来ならば色々と手続きが必要なのだが、そこは俺の人徳とリインの金等級冒険者という箔が物を言った。三十分もかからず、新米冒険者のノアが誕生したのである。

 

 ……いや、大幅にリインの力が大きいな。だって職員のヘルケ氏、『げえっ!? リイン!? ……様ではありませんかあ! 今日はどういったご用件でしょうかエッヘッヘ!』と揉み手をもみもみ頭を下げ下げしていたからな。俺のことは『また面倒事を持って来やがったよこいつ大丈夫か?』って目で見ていたし。

 

 まあとにかく、それでリインが『実力を見たい』と言うので、善は急げと討伐依頼を請け負ってお仕事に。伯爵は『まあ、頑張り給えよ』と姿を消し、先生は『行くわけねえだろ働きたくねえ』と帰宅した。俺だって働きたくはないが、こればっかりは仕方がない。

 

 しかし、言ったとおり、この場は帝都外壁を越えた平原である。魔物が跋扈し、夜盗が棲まう魔の大地……と呼ぶには帝都に近く、街道も整備されているが、それでも危険があるのは確かだ。やはり訓練から始めた方が良いのでは?

 

 だがリインは鎧を身につけず、軽装に大小の二本を提げて笑っている。「だって無意味じゃないですか」とノアを見て言った。

 

「訓練など不要でしょう。身体の方はまるで出来ていませんが」

「は、はい……。その、村ではあまり食べていなかったので……」

「これからは肉を食らいなさい。華奢な体躯は、何事をするにも不便です」

「獣とかを狩っていたのなら、肉は食っていたんじゃないです?」

「それは、あれですよ。これが羊の真似が大好きだからですよ。どうせ力を使わないことで、羊の群れに溶け込めるとでも思っていたのでしょう?」

 

「無意味無意味」とリインは謳う。その言葉に、静かにノアが首肯する。しかし、続けてノアは「ですが」と言った。

 

「私は……ジョットさんに必要とされました。この力……疎んじるだけだったこの力を、確かに欲しいと……だから……!」

「あっ、そういう決意だとか何だとかは後にして、さっさと実力を見せて下さいよ。私だって暇じゃないんですよ?」

「うう……ジョットさん……やっぱり私、この人……リインさんが苦手です……」

「俺もだよ。気が合うね」

「はいっ!」

「気が合わないで下さいよ。ジョット君の唇と舌はジョット君だけの物じゃないってこと、早く分かって下さいね?」

 

 呆れたように、しかし満足げにリインはチャキチャキと剣を鳴らす。それに「すいあせん」と言えば、「ふむ……借金が莫大になりすぎると開き直られる危険性があると……。やはり私に金貸しは向いていませんね」と、リインは悩むように顎先に手を当てた。

 

「まあ、今は良いです。借金で束縛できたので! これから何かと理由を付けて搾り取っていくので、覚悟して下さいね?」

「そっちこそ覚悟は良いんですか? もしかしたら俺は、リインさんから金を搾れるだけ搾って高飛びするかも知れませんよ?」

「ぎゃは。そんな事はあり得ませんよ。だってジョット君は、借金を残したままだと眠れない質でしょう?」

「おお。よく分かってらっしゃる。誰かに借りたままだと思うと、オペラも闘技場も楽しめやしない」

 

 奢られるのは最高だ。後味も良く、スッキリと楽しむことが出来る。

 

 だが借金はダメだ。何時か返さないといけない金ってのは、俺の心にしこりを作る。俺は観劇も鑑賞も娯楽も、全て俺だけで完結させていたいのだ。

 

 そこが俺と普通のクズを分けるところだな。借金塗れのクズとは違い、俺は怠惰な安寧を望む。俺は毎日スッキリとした気分で寝床に就けるような生き方を志している。

 

「いや……格好付けてますけど……それって当たり前の事なんじゃ……人にお金を返すのは……」

「当たり前の事が出来る人間が社会において善人と呼ばれるんだ。良く覚えておくんだね、ノア」

「な、成程……す、凄く含蓄がありそうな言葉です!」

「ありそうなだけで中身はありませんがね。どうでも良いですからさっさと行きますよ」

 

 そうリインに先導されて平原を歩く。その真ん中を行く街道は、遥か地平のそのまた先へと続き、他の街や国へと繋がっているのだろう。その進路上において大きく迂回する羽目になるのが、俺達が今し方向かっている森である。

 

 帝国北方に連なっている大山脈と、その足下から広がる大森林は、帝都に活動する冒険者達にとって格好の狩り場である。龍を頂点とした生態系は安定しており、深く踏み入る毎に魔物の脅威もまた増す。逆に言えば、浅層であれば危険性も薄いというわけだ。

 

 まあ、今回は森に入るつもりはないのだが。精々が森から出てきた魔物を蹴散らすだけである。だから食糧も水も携行品しか持っていない。ちょっと行ってさっさと帰る小冒険である。

 

「しかし、ハイキングってのも趣味としては良いかもしれませんね。自然の中を歩くのは中々に気分が良い。そう思いません?」

「そうですねジョット君! 森の奥深くに足を踏み入れ、獣の殺意と息遣いに囲まれながら剣を振るうあの心地……! 分かってくれたようで何よりです!」

「貴方にとってはそれがハイキングなんですか。コワ~」

 

 そんな風にだらだら喋りながら歩いていると、ふと繁る草むらの中から一匹の魔物が飛び出してきた。角の生えた兎である。正直小動物にしか見えないが、これでも歴とした魔物だ。

 

 そう思い、俺は身構えたが、ノアとリインの二人はどうでも良さそうに突っ立っている。剣さえ抜いてない。呑気では?

 

「え? どうしたんですかジョットさん? 兎じゃないですか。可愛いですね……」

「正確にはウルドツノツチウサギだね。背中から尻に掛けて斑紋があるだろう? あれは平原に生息する種に固有なんだよ」

「す、凄いですジョットさん! そんな事まで知っているなんて! 何の役に立つのかは分かりませんが!」

「し、試験には出てきたから……」

 

 言っている内に兎はぐるぐると猛獣のような唸り声を上げ、こちらに威嚇をしている。実際、猛獣である。農作業中に突然現れて、人を骨折させることが度々ある害獣だ。草食動物ではあるのだが。

 

 しかし、ノアも『可愛い』などとは悠長な。いや、やはりいきなりで魔物との戦闘は酷か。リインさんが兎を血祭りに上げて、泣き出さないと良いが……。

 

 と思っていたら不意にノアはつかつかと兎に近付き、「えいっ」と蹴りを放ってその首を吹っ飛ばした。えぇ……。

 

「あっ、上手に出来ましたよジョットさん! 上手くやらないと身体まで吹き飛んじゃいますからね……。これで毛皮が売れますよ!」

「そういや君って狩猟民だったっけね……」

 

 というか蹴りだけで(弱いとは言っても)魔物の首を吹っ飛ばせるとかどうなってんの。と思っている内に、ノアは手際よく解体用のナイフを取り出して捌きに掛かる。自活能力あるじゃん……野生方面だけど……。

 

 しかしそれをリインが止めた。「そんな雑魚は放っておいて、もっと強いのを探しますよ」と、瞬きの内に兎の死骸をバラバラにして、爪先ほどの魔石だけを取り出した。

 

「ぅひいっ!? え、ええ……? な、なんですかそれ……」

「貴方の実力を見るために来たのであって、小銭拾いをしている暇はありません。ジョット君もなにを青い顔しているのですか?」

「いや俺、グロいの苦手なんですよね……」

 

 血とか臓物とかを解体するのはマジ勘弁って感じである。兎だからまだマシだが、そういう血生臭いのには付き合っていられない。俺にはもっと知的な知識と技術と場所が似合うのだ。

 

 たとえば、今し方リインが取り出したこの魔石。魔物と総称される生物に固有の物で、魔術を術式的にではなく、肉体的に使用可能にする内臓器のような器官である。これを加工することで魔道具だったり魔術式の発動媒体だったりが作成できるのだ。冒険者の生活資金の大部分を補うのがこれである。

 

 故に冒険者が倒した魔物から持ち帰るのも、第一には魔石であり、次いで魔物から取れる素材、角や皮や爪である。これらも物によって高価に売れる。魔石ほど安定した需要ではないが。

 

 それで最後に来るのが肉である。別に特別味が悪いって訳ではないが、所謂ジビエだからな。牧場の牛豚羊で大抵事が足りるし、ギルドに持ち込まれることは殆どない。食うとしてもその場での事である。

 

 加えて、魔石を抜かれた魔物の肉は、通常の動植物に比して土に還りやすいというのがある。生態からして自然界に存在する魔力と協調しているような存在だからか、その分解には微生物だけでなく魔力すらも関与し、骨さえ残らないことが殆どである。

 

「故に古魔物学の学者は、地層に染み出した魔力跡から年代と環境を割り出す術を研究しているのだし、標本を作るのにも大気中の魔力を遮断するという一工夫を……」

「へー、そうなんですねー」

「うわすっごいどうでも良さげ」

「そ、そんな事はありませんよ! えー、あー……あっ! 牛肉は美味しいってことですねっ!?」

「違うけど……まあいいや。それよりもさあ」

 

 俺は息を吐き、言った。溜息ではない。疲労の息である。

 

 近くに転がっていた良い感じの石に腰を下ろし、俺は汗を拭いながら言った。

 

「ちょっと、ペース速すぎない? いつの間にか森の中も入ってるし、いっぱい殺してるし、バッグの中は魔石で重いし!」

「いっぱい倒しましたね! 頑張りました!」

 

 そう恐らくはにこやかに微笑んでいるであろうバケツ頭は、魔物の返り血によって赤く汚れている。その両足のブーツは臓物と血によって滴っており、ちょっと吐きそう。いやだいぶ吐きそう。

 

 兎の死体をバラバラにして、俺達は暫くその場で待った。リイン曰く、『獲物を釣り出すんですよ』との事である。それで数分して出てきたのが穴熊であった。

 

『ウルドツノアナグマだな。熊と言っても分類的にはイタチとかに近く……』

『えいっ』

『うわあすっごい』

 

 何の力も入れない蹴りで首が吹っ飛ぶ光景は凄まじいものであった。その後も、穴熊の死体から魔石を取り出して狼を釣り出し、狼の死体を使って大熊を釣りだし、そんな事をやっている内にいつの間にか森の中である。

 

「ねえリインさん……もう良いんじゃないですか? もう帰りましょうよ。疲れましたよ。肉体的にも精神的にも」

「ジョット君は軟弱ですね! ですが、ここで終わってしまえば今日そのものが無意味ですよ。彼女の本気をまだ見ていないのですから」

「もう大抵の魔物はノアの『えいっ』でブッと片付くって分かったんだから良いじゃないですか……」

「頑張りました! 頑張りましたよ、ジョットさん!」

「あー……偉いね。凄いや。頭を……頭……せ、背中を撫でてあげよう」

「えへへっ! ありがとうございます!」

 

 唯一血に汚れていない背中を撫でつつ、これ鎧撫でてるだけじゃねえのかな、と思うが、それでもノアは嬉しそうだった。

 

 どうでも良いけど、血塗れで真っ赤な全身鎧が少女的な振る舞いをするのって随分と奇妙に見えるな。

 

 

 

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