しかし、この小冒険とは呼びがたくなってしまった殺戮紀行において、良かったことは三つあった。
まず一つ目。ノアの実力はそこら辺の魔物であれば歯牙にも掛けないほどだということ。急に連れ出した状態でこれである。適切な食事と休息を与えれば、全く心配は要らなくなるだろう。
次いで二つ目。ノアの戦闘への適性である。外見から溢れる美少女オーラに騙されるところであったが、彼女は元々獣を狩って暮らしていたのだ。魔物は肉であり、肉以外の何物でも無い。寧ろ俺の方が耐性が低いぞ。
そして三つ目。ノアが全く武器を使う気配がないと言うことだ。蹴り一発で片が付く。これで武器の損耗を気にする必要がなくなった。いやあ良かった良かった!
「いや、良くないですよ。それってつまり本気を出していないって事ですよ?」
「えーもー良いじゃないですかリインさん帰りましょうよ疲れましたよもうー」
「情けない事を言わないで下さいよ、温室育ちのジョット君! そんな事では困りますよ。明日もここに来るんですから」
「えっ。急に何を言いやがってくれてるんでしょうかリインさん?」
思わず敬語が外れかけた俺に対し、リインは不思議そうに首を傾げた。
「だって実力を見ていませんし、これでは教えるも何もありませんよ。もう日が沈みますし、明日はもっと深く踏み入りますか」
「そ、そんな……だって俺、こんなに疲れて……筋肉痛になるだろうし……動けなくて……!」
「では私が背負って差し上げましょう! ぎゃは! そのために色々なところを触ってしまいますが仕方ありませんね! 疚しい気持ちは一切ないので! ぎゃは!」
「ノアーっ! 今すぐ君の全力を見せてくれーっ!」
「えっ……そ、そう言われましても……困ります……」
ノアはおどおどと自信なさげに言った。しかし困っちゃうのは俺の方である。何が悲しくて二日続けて肉体労働をしなければならんのだ。もっとゆっくりとしたペースで良いのよ?
しかし、その縮こまった背中が不意に真っ直ぐに伸びた。バケツ頭がゆっくりと森の奥深くを見つめ、リインもまた、同じ方向を見つめていた。
「この気配……蛇ですか」
「ふん、あの大蛇が嗅ぎつけましたね」
「なんで君達分かるわけ?」
気配とか言われても分からねえんだけど。俺だって"眼"を凝らしてようやく分かったぐらいなんだが。
……近く、大蛇が潜んでいる。大木のそれと見紛う太さの魔物は、長さ五メートルを超えながらも滑らかに動き、音も立てずに森を這う。
「……ウルドヤマウロコヘビ。銀等級がパーティー組んで相手にする魔物ですよ。さっさと逃げましょう」
「おや、何故です?」
「何故って……危険だからでしょう」
「何が危険なのです?」
「そりゃあリインさんなら楽勝かも知れませんがね、俺やノアには荷が重いでしょう。だよね、ノア?」
「……そう、ですね」
ノアは静かに首肯する。狼狽えてはいない。静かに落ち着いた様相で、遥か先の魔物を見つめている。
「私では敵いません……リインさんなら、大丈夫でしょうけど、足手纏いを二人も背負って戦うのは、大変ですし……」
「ナチュラルに俺を足手纏い扱いしたね。まあ事実だけど」
「あっ、す、すみません……。ですが、ジョットさんの判断の通りです。ここは逃げた方が良いでしょうね……」
言っている間にも蛇はゆっくりと近付いてくる。気付いている様子はなさそうだが、早くこの場を離れなければ。
そう思ったところで、「ぎゃは」とリインがつまらなそうに笑った。
「そうやって貴方は逃げ続けるのですか? 私は散々、全力を出せと言っていましたよね? 道中は雑魚ばかりと言っても、その力を発揮する場面はあったはず。なのに貴方は常に安易な方法を取った」
「そ、それは……それが一番早い方法で……それも全力であって……」
「おや、嘘を言っている。貴方のそれは全力ではなく楽ですよ。遊ぶ暇しかない相手ばかり。ならば渾身の限りを尽くして蹂躙するという遊びを見せても良かったのでは?」
二人は何だかよく分からない会話をしていた。しかし素人考えだが、ノアの言うとおりではないのか? 一番早い方法で敵を殺すというのは、全力ではないのだろうか。
そう思って言うと、「いいえ、違いますよ」とリインは厳しく言った。
「雑魚を手早く片付けて、褒めて貰おうと? いいえ違います。貴方は恐れていただけだ。ジョット君、これはね、この期に及んで羊の真似を続けていたのですよ。気持ちが悪いですね?」
「リインさん。生憎、俺は察しが悪いんです。簡潔に言って下さい」
「てーぬーきー!」
「そうなの?」
正直、一蹴りで首吹っ飛ばす光景を見て手抜きとは思いがたいんだが、しかしノアは図星を突かれたように「うう……」ともごもご言っていた。マジで?
「おおよそ予測は立てられますよ。怖かったのですか? その全力を発揮して、ジョット君に恐れられる事が」
「そ、それは……」
「いいえ、いいえ! ぎゃは! 分かりましたよその小心! つまらぬ事を、そして中々に不遜なことを!」
リインは何がおかしいのか大笑し、その剣をジャキジャキと高速で震わせた。こっわ。こんな場所で猟奇殺人事件とか起こさないで欲しいんだが。
「喧嘩を売らないで下さいよリインさん。ノアの何が気に入らないのかは知りませんが……」
「ぎゃは! 何を言っているのですかジョット君。喧嘩を売ってきたのはこれの方ですよジョット君」
「ああ、遂に見る者全てが敵に見えて……」
「何が遂になんですか。これはね、結局の所恐れていたんですよ。全力を発揮して、その結果、ジョット君に失望されやしないかとね!」
げらげらと大変おかしそうにリインは笑い、ノアはますます縮こまる。と、言われても何が何で失望するのかは全く分からん。その才覚は俺が見出したものだというのに。
「ああ、面白い……。これはきっとね、自分と私を比較したんですよ。私の剣技を見て! 私の剣技の素晴らしさを見て、萎縮しちゃいましたか? 自分ではまだ勝てないと!」
「そ、その通りです……」
と、そこでノアが頷き、ポツポツと話し始めた。
「私、怖くなってしまって……こんなに強い人が居るのに、私が力を見せても……って思っちゃって……。思い上がりだったのかな……って……」
「いやいや、そんな事はないでしょ。だってまだ一日目って言うか半日も経ってないんだし」
「いえ、思い上がっていますよジョット君! 実に実に思い上がっています!」
リインは笑う。大いに笑う。呵々大笑を空に叫んで言った。
「だってこれ、私に勝てる気でいたんですよ? そして、まだ勝つ気でいるんですよ? ちょっと実力を誤魔化して、私を超えたその時に、改めて全力を見せようと! そんな誤魔化しが効く相手だと見られているのですよ。ぎゃは!」
「そ、そんな、事は……。ただ、ちょっと、もうちょっとだけ、力を付けてから……」
「いえ、事実、近い内に貴方は私を超えるでしょう。体内魔力の才のみに非ず、その身体捌きは堂に入っている。碌な師匠もなかったというのに」
「えっ」
そうなんですか? と言いたげにノアがこちらを見てくるが、俺に言われても全く分からないので見ないで欲しい。俺に分かるのは魔力循環の流れと輝きだけで、学問の才能だとか、武術や剣術の才能だとかは全くの専門外なのだ。
「ですが」とリインは続けて言う。それまでの笑みを潜め、眼光鋭くノアを見据えた。
「その性根、その精神だけは醜悪ですね。羊の皮を被る狼など、羊以下の精神性です。自分より弱い相手とだけ戦って、それでジョット君にお褒めの言葉を貰おうと? 醜悪、醜悪極まる精神。反吐が出る」
「俺は親近感を覚えますけどねえ」
「だまらっしゃい。そう言うジョット君も近い内に叩き直してあげますが、問題はこれですよ」
そう言ってリインは嘲笑を浮かべた。柄の先を爪先に叩きつつ、挑発するように言う。
「その様でよくもまあ、運命だの何だのとほざけましたね。貴方は肝心なときに逃げ出しますよ。ジョット君の命の危機に『もう少し強くなってから帰ってきます』と、貴方はそう言って逃げ出すのです!」
「なっ……! そ、そんな、事が……!」
「あるはずがないと? 何故言える? 後生大事に羊の皮を纏っている癖に。ああ、貴方は何時でも『自分は羊だから』と逃げ出せるようにしている! そんな理由でジョット君を死なせても、可哀想に、可哀想にと、そう言って貰えれば、貴方は満足なのでしょう?」
「うう、ううう……」
ノアは言葉に気圧されたようにじりじりと後ろに下がり、大木の幹に当たって所在なさげに地面を見つめた。
……溜息を吐き、俺は立ち上がって言った。
「リインさん、もう結構ですよ」
「おや、何がです?」
「憎まれ役を買って出てくれたのはありがたいですが、そんな事に賃金を弾みたくはないって意味です」
「ぎゃは! ジョット君はお優しいですね」
こんな精神性の話は、一日目で切り込む所じゃない。そして何よりも、リインさんにやって貰うことでもなかった。
俺が彼女に期待したのは、技術的な教鞭であって、そういった心理の問題まで抱え込んでくれる必要はないのである。リインさんも中々に世話焼きだと言うことか。思えばこの人は何時も世話を焼いてきたな、と気が付いた。
「しかし、俺が命の危機に瀕するだなんてそんな最悪な未来を仮定しないで下さいよ。そんな事はあり得ませんし、したがってノアも全然このままで良いのです。勝てる相手だけに勝って一体何が悪いんですかね?」
「本当にお優しいことで! ですが私のような者にとってはどうしても醜く醜く感じられましてね。お節介かとは思いますが下らない忠言を寄越した次第ですよ!」
「ノアを誅するにしても早過ぎるでしょうに」
「こういうのは早い方が良いんですよ。特に才気に溢れたものならば尚更」
そういうもんかね。とよく分からぬ理屈を流し、それはそうと本気で逃げなければ不味い地点にまで大蛇が迫ってきている。
初めに気が付いた時、彼我の距離は一キロ程度だったが、今はもう肉眼でもその姿が捉えられるほどだ。
俺は物言わぬ鎧姿のノアを見つめた。リインさんの言葉がショックだったのか、大木に背中を預けたまま地面を見つめ、動かないでいる。まあ、何にせよ、声は掛けなければならないだろう。
「さっ、行くよノア。なに、リインさんはああ言ったが、何も君を嫌っているわけじゃない。ただ話が早いだけだ。そして直さなければいけないという話でも……」
「いえ、違います」
「……な、何が?」
凛とした声に思わず狼狽える。ノアは大木から背中を起こし、すっくと立った。
バケツ頭から覗く瞳が、爛々と黄金に輝いている。
「確かに、私は醜悪でした。逃げ道を作り続けていたのが、私の人生だったのです。常に常に逃げられるように……安易な方へ、安易な方へと……」
「別に良いと思うけどなあ。俺の理想ってそれだし」
「ジョットさんの理想はそうでしょうが、私の理想は違います。私はね、ジョットさんの言葉に夢を見たのですよ」
「夢を?」
「喝采を受け、大路を行く、貴方の英雄という夢です」
……な、何か様子が変だな。いやに眼がキラキラと輝いている。
おかしいな。ノアは俺の同類かと思ったんだが。こう、持って生まれた力で楽に人生を攻略するって感じの……。
「え、違うの? もしかして、クズなのって俺と先生だけ?」
『だから何度も言ったろジョット君? お前は"こっち側"なんだよ!』
「俺の頭に棲んでんじゃねえよハゲ」
俺が幻聴に文句を言っている内に、ノアは今まで触れもしなかった剣を抜き、数歩歩んだ。落ちかけた太陽に、森の闇は深さを増し、しゅうしゅうと吐かれる蛇の吐息が近くに聞こえる。
それに毅然として対峙するように、ノアは剣を振った。
「大蛇には敵いません。私は今まで、主にこの身体と鉈で獲物を屠ってきましたが、あれの鱗には尽く通じませんでした。精々が瞳に拳を放ち、逃げさせる程度……」
「いやノア、それって異常だから。というか普段とテンション違くない?」
「しかしジョットさんが望む私は、全てを屠り、喝采を浴びる英雄の姿。ならば今、ここで素ッ首を頂くのも、その道への第一歩と言えましょう……!」
「言えないから。いや言えるのか? 何にせよ話聞いてる?」
「だからこそ、今ここで! かつての怨敵の首を切り落とし! ジョットさんとその未来へと捧げます!」
「おーい」
というか怨敵って程でもないだろ。十分撃退できているだろ。リインにすっかり感化されちゃったのかなぁ……この子、乗せやすそうな質してるし……。
それで止める間もなく戦闘開始である。近く大木の影に隠れ潜んでいた大蛇に対し、先制してノアは蹴りを放った。
敵の接近に鎌首をもたげた所に、地面を蹴って浮かび上がったまま蹴り一発。しかし相手は悶えもせず、どころかその首で噛み殺しに掛かる。
そこで閃いたのが剣であった。開けられた蛇の口を縦に割り、血を噴き出させる。そうして大蛇が怯んでいる間に地面を転がって背中に移った。
「っ……死ね! 死ね! 今ここで! ジョットさんと私のために死ね!」
「うわあ……」
蛇の背中に何度も何度も剣を刺して、ぐりぐりと肉を抉っていく。すっごい痛そう。そして戦闘の余波でバキバキと木が倒れる。あぶねっ。
と思った次の瞬間には空中でバラバラになった。チン、と納刀の音が聞こえ、リインが面白そうに口笛を吹く。
「中々に思い切りが良いですね。ですが、まだまだ全力ではないでしょう。さっさと殺しなさい」
「いやリインさん。あれって銀等級の冒険者が四五人で掛かって倒すレベルの魔物なんですが……」
「はあ。だから、その程度の相手などさっさと殺しなさいと言っているのですが?」
「あっ、そっかぁ……」
リインの言は真実であった。鱗を貫き肉を穿つ刺突ではあるが、余りに巨大な体躯には致命傷になり得ない。
故にこそ、ノアは無意識的に体内魔力を高速で循環させ、その一呼吸に魔力を練り上げる。
暴れ狂う大蛇から一飛びして距離を取り、その力を黄金の光輝として発露させながら、瞬間に懐へと入った。
ひゅう、ひゅうと風切りの音。いいや肉を切り裂いた音。大蛇がぶつ切りにされ、その肉がばらばらに落ちた。
静まり返った森に、ノアは荒い息を吐いている。鮮血を頭から浴び、兜の奥から黄金の瞳を輝かせ、彼女は言った。
「っ……! やりました! やりましたよジョットさん! 見ましたか。これが私! これが私の全力です! どうですか! これが貴方の運命です!」
「そうだね! 凄いね! 剣をブンブン振ったまま駆け寄ってこないで欲しいね!」
「あっ、す、すみません……つい……」
流石にマジで危なかったので冷や汗ダラダラで何とか避けた。しかし「すっご……」と素直な感想が漏れ出てくる。
「見た。確かに見たぞノア。凄かった。感動したよ。いや、月並みな美辞麗句だ。こう、何と言えば良いのか……あれだ。君は最高だ!」
「えへへ……ありがとうございます! ジョットさん! 私、何とかやっていけそうです……! これも全部、貴方のお陰で……私……!」
ノアは感極まったように声を震わせ、血塗れの鎧姿で俺に抱き付いてきた。臭い。汚い。だが致し方ない。感動しているのは俺もなのだから。
あの光輝。あの輝きは、確かに苦労してでも見るべきものだった。リインには感謝しても足りない。これを見ずにノアを運用するなどどうかしている。
これを見られたからこそ、俺はノアに更なる確信を持った。期待ではなく確信である。
この少女ならば、きっと俺を、薔薇色の不労所得へと導いてくれることだろう……!
「まあ、感謝の言葉はまだ取っておいてくれよ。俺達の夢は始まったばかりだ。なあ、ノア!」
「はいっ! では更なる強敵を求めて行きましょうジョットさん!」
「うん、ちょっと待って?」
言うに遅く、ノアは俺を抱えたまま森を走った。あの、聞いてない。こんなに夢に向かって一直線なのは聞いてない。
「夢に向かって、戦って戦って! その果てに英雄が、万雷の喝采が! 行きますよジョットさん!」
「夢に向かうのは良いけどさ、寄り道も大事だからさあ! ねえ聞いてる!? 聞こえてる!? おーい!」
「ぎゃは! 利用したつもりが利用させられているじゃないですかジョット君! 良いじゃないですか。苦労を抱え込みましたよ君は! 恵まれていますねえ!」
「恵まれているのは確かですけど、恵まれすぎているでしょう!」
荒れ道を超特急で駆け抜ける地獄のジェットコースターにチビリそうになっていると、ふと速度が落ち、ノアがすっころんだ。
同時に俺も投げ出された。ぽおんと高く投げ出される。高すぎて逆に冷静になったわ。どうしたノア?
「う……動けま……せん……。身体が……動かない……です……」
「そりゃあそうでしょう。肉を食えと言ったのは、体格もそうですが、純粋に体力がないんですよ、貴方」
ジェットコースターに併走していたリインが、落ちてきた俺を抱きかかえて「ナイスキャッチ!」と自画自賛する。そうではあるが。
しかしノアは一歩も動けなさそうである。「お、重……!」と、今更ながらに鎧の重さに苦しんで、ぜえはあ息を吐いていた。
「あと、出力は素晴らしいですが、使い方に無駄が多すぎますね。バカスカ使うからすぐに力が尽きるのです。まあその辺もキッチリ仕込んであげますので! 私ったら優しいですね!」
「本当に優しいですね。ありがとうございますリインさん。ありがたいのでそろそろ下ろしてくれません?」
「何を言いますか! この辺りは木の根が這っていて危ないんですよ? 私がしっかり守ってあげますからね!」
「ノアーっ! 今すぐ起き上がってくれーっ! 君なら出来るからーっ!」
そう叫ぶと、ノアの瞳はカッと輝き、「う、お、おおおお……!」と頼もしい声が響く。
しかし響いただけである。微塵も動かん。そして絶望の眼で俺とリインを見つめた。
「そ、そんな……私、ジョットさんが、リインさんに抱きかかえられるのを、見ていることしか出来ないなんて……! ち、力が……力が欲しい……!」
「ぎゃは! 愉快ですね痛快ですね! 恋人気取りの前で愛を交わすのは!」
「ノアが変な趣味に目覚めそうなので止めて下さい」
しかし、そろそろ日が暮れる。そうなるとリインがノアを抱えたとしても、俺という足手纏いで大幅に遅れてしまうことだろう。
なので仕方なく抱えられるままにして、ノアの方は俺が運んだ。腕力でではない。そんな事をしたら腕が千切れる。
俺が使ったのは魔術である。杖を振って風を操り、軽くしたノアをふよふよと浮かせながら森を出た。
「うわっ!? えっ!?」とノアは驚いて手足をばたつかせていたが、途中からは気に入ったのか、ふわふわ浮かされるがままになっていた。
「これって……ジョットさんに抱えられるのと同じですよね……えへへ……」
「いや、風で浮いているだけでしょう? そうですよね、ジョット君?」
「へ、へへへ……し、嫉妬ですか? リインさん……!」
「よおし今度こそ喧嘩を買ってあげましょう!」
「もうほんとに疲れたので勘弁して下さい……あと吐きそうなので速度を落として下さい……」
「仕方がありませんねえジョット君は!」
ノアのジェットコースターはまだマシであった。リインのそれと来たら、体重移動が見事すぎて逆にその感覚が気持ち悪いのである。
運転のリズムがまるで違って車酔いするアレだ。滑らかなのが頭に響くのだ。その上で凄まじいスピードで森を駆け抜けていくのだから、これはこれで恐怖なのだった。