「す、すみませんジョットさん……私が我儘を言ったせいで、こんな事に……」
「ジョット君も凝り性ですね。この機械はすぐに作れたというのに」
そう言ってリインが持ち上げるのは鉄棒の両側に重石を付けただけのバーベルである。単純明快な道具は簡単に作れ、事実こうして役に立っている。
だが、この様な細々とした機械の作成はまるで上手くいっていない。これは俺の技量不足というよりも、そもそも魔術師という存在に反する技術だからだろう。だからこそ魔道具及び魔導機械は民衆の手によって発展してきたのだ。
帝都を照らす街灯、湯を貯める風呂、調理用のコンロなどは、魔術が使えぬ人々にも魔術の利益を与えるための発明である。魔石を媒介として駆動するそれらの道具は、魔術を理解し得ない人々にも容易に使えるよう、汎用化と規格化を理念として生み出された物であり、即ち反魔術師的な発明だとも言えるだろう。
だが、魔術師とは大体にして貴族的な存在であり、言ってしまえば英雄的な存在である。技術として発展は遂げているが、その技量の大部分は当人の資質やセンスに依存するところが大きいのだ。その当人が大成するかどうかもまた。
統一的な規格などその原理に反する概念であるし、求められているのは万民に適応できる発明ではなく、個人としての究極と真理である。それが逆説的に万民に適応できる場合もあるが、しかし技量の面で言えば、今も昔も卓越した個人が求められているのは変わらない。まさしく民衆に対する英雄たらんとするのが魔術師である。
だからこそ、機関車が生み出されようとしている今世紀においても英雄の時代は終わらず、寧ろ東方世界では激化しているのだが……いやしかし、確かに卓越した土魔術の使い手ならば、この程度は造作もないことなのだろう。
歴史に残りし大建築、アスベルク宮殿。
その威容を俺は思う。垂直に、そして整然と並んだ柱。何度も試行錯誤と魔術構築を繰り返したのだろうが、あれは確かに魔術によって生み出された建築である。部材を切り出し、それを繋ぎ合わせて生み出されたのではなく、たった一度の魔術行使によってその大部分は完成している。だからこそ、それは調和が取れて美しい。
「だから俺も……いや入学前から何を目指してんのって話……そもそも個人で作ろうとしているのがどうなのって……いや、しかし、やはり……!」
「……じょ、ジョットさーん?」
「おや、これは良い傾向ですね。非常に良い傾向です。だからちょっと黙ってなさいノア」
「えっ、あっ、はあ……」
何やら問答をしている二人を他所に、俺は思考に没頭していた。
そう、つまりは物の見方が間違っていたのだ。機械を杖の一振りで生み出そうというのが間違っている。術式ならず、現実で組み立てる必要があるだろう。
しかし、それは魔術師的な思考ではないだろう。家具や機械を作り上げる職人の思考だ。方法としてはそれが正当で、事実その様にして魔術的ではない文化と技術は育っていったのだろうが、それではあまりに時間も手間もかかりすぎる。
俺の手には魔術がある。時間と手間を省略するための手段がある。ちまちまと時間を掛けて設計するよりは、より省略を極めた方が俺好みだ。その方が今後にも活用できるだろう。
即ち、間違っているという思考が間違っている。本来、こういった機械は魔術師ではなく職人が切り出して生み出すものだ。それを俺は杖を振って生み出そうとした。しかし、それは魔術師的ではなく職人的だったのだ。
鉄棒を一つ一つ、個別に生み出して繋ぎ合わせようという発想は、魔術師ではなく職人のそれである。初めから完成を目指すのではなく、完成によって完成を目指そうとした。それが間違い。
魔術とは初めから完成した物だろう。それは一つによって機能を発する。一つが何かのための用を成さない部品なのではなく、それ一つで用を成す完成。
その様にして、より魔術師的思考で以て、俺は魔術を行使しなければならない。
「……ノア、鉄棒を」
「えっ、は、はいどうぞ」
俺はノアから手渡された鉄棒を融解させ、指先から手首までの一本を切り取った。それを更に細め、鋭利にし、簡易ながら杖を生み出した。
「わあ……」とノアは感嘆の眼を向けてくるが、リインは「最初から杖を使っていれば良かったのでは?」と痛いところを突いてくる。杖を使わなきゃならないほど大変だとは思っていなかったんだよ!
「しかし、もう俺は本気ですよ。過去一で本気です。これで失敗したら結構引き摺るでしょう」
「もしかして、失敗に言い訳したくて杖を使わなかったんですか? なんとまあしょうもない性根ですね! ぎゃは!」
「うるさいですね! だからこそ、もう失敗はないと言っているんです!」
言いながら、俺は脳裏に設計図を思い描く。魔術行使の段階からそれを目指し、初めから全てを構築する。
本来職人的にかけるべき時間を省略し、かけるべき手間を省略する。
それを可能にするのは技術だ。規定の術ではなく、そこから踏み出すための技量。
いや、そう考えると、つまり……。
完成した機械を目の前にして、俺は呟いた。
「守破離の破か……。魔術師もまた、術という段階に甘んじているだけでは、凡俗に過ぎないって訳ね」
何だかとても大事なことを悟った気がする。既に存在するものをいくら極めようとも、それは並の中での達人に過ぎない。そこから踏み出さなければ、特許など夢のまた夢だろう。
魔術をあくまで術として使い、労働に従事するならそれでも良いだろうが……しかし俺が目指すのはそこではない。労働も冒険もしたくない。そのための思考がこれか。
「打てば響くとはこのことですねえ」とリインが笑った。「ほら見なさい。ちょっと負荷を掛ければすぐに伸びる。貴方には苦難がお似合いなのですよ、ジョット君」
そんな嫌な言葉にも言葉を返せないほど俺は疲れていた。だが、同時に妙な達成感もあった。
なんだろう。清々しい気分だ。俺らしくもなく、自ら生み出した機械を愛おしく思っている。
「だが、それもノアのためだ。どうだい、ノア。これで君の懸念は晴れただろう。そのために俺はここまでして……」
「え? ……あ、あ! そ、そうですね。必要でしたね! あ、あはは……」
「えっ、なにその反応」
この機械の完成がノアの体力作り、及びこれから日々の仕事をこなすのに必須だからこそ、こうしてわざわざ一日一時間もかけて労働していたのだが、なんだか妙な反応である。
そう……何かを隠しているような。言い出そうとして言い出せないような。どころか哀れんですらいるような目であった。
「な、何でもないんですよ……あはは……ジョットさんの努力は、本当に嬉しくて……私のためを思ってと……」
「……ノア? 何か不都合があって隠しているなら言って欲しいんだが」
「い、いえ! 不都合と言いますか……寧ろ嬉しいと言いますか……えへへ……こう、いじらしくて……可愛くて……えへへ……!」
「の、ノア?」
「私のために……私のためを思って……! し、幸せっ……! 私、幸せですっ、ジョットさん……!」
「えぇ……」
急に俺が苦しむことを幸せだと言い出したノアにドン引きしたが、しかし彼女の目は不意にはっとしたように見開かれた。
「い、いえ。……よく、ありませんね。ジョットさんは私のためを思ってくれているのに、私はその努力を幸福として貪るなんて……なんて醜い……」
なにやらブツブツと独りごちたかと思うと、ノアは「ジョットさんっ!」と何やら決意を秘めた表情で、ランニングマシンを指差しながら言った。
「ジョットさん、ごめんなさい! あれ、無駄でした!」
「はあ!? む、無駄!? と言うか俺の渾身の作品をあれ呼ばわり!?」
「す、すみません……ですが! 言わなければなりません! 私、リインさんに強制されたのもありますが、ここ数日は慣れて、鎧姿で普通に走っていたので、もうあれは必要ありません!」
「え、えぇ……」
えぇ……。えぇ……? 無駄だったのこの作業……? 何だったのこの時間……。
というか言ってくれよ……言えよ……何か楽しくなってきたんだぞ……危うく労働の楽しさに目覚め掛けるところだったんだぞ……。
「ご、ごめんなさい……ジョットさんが珍しく熱を上げていたもので、言い出せなくて……。あと、仄暗い喜びも覚えまして……」
「その喜びは覚えない方が良いものですがね。しかし、口止めをしたのは私ですよ。何故か分かりますかジョット君?」
「リインさんが俺を馬車馬のように働かせて喜ぶ変態だからですか?」
「そうです」
「お願いですから肯定しないで下さい」
しかしリインは愉快そうに笑い、「と言っても、別の目的もありますが」と言った。
「ほら! これでジョット君の魔術の腕も上がったじゃないですか。どうです? 緻密な操作に繊細な魔術行使! その様に苦労してもっと強くなって下さいよ、ジョット君!」
「だ、騙してしまって、申し訳ありません……」
「良いんですよ。ジョット君は、多少騙してでも苦労した方が良いのです! だって放っておくとすぐ怠けますからね」
そうリインはやれやれと笑いながら肩を竦める。そ、そんな事のために俺に労働を……いや、本来の仕事は既に終わっていたのだから、ああ! 何と言うことだ! 俺に残業をさせたのだ、リインは!
ざ、残業だと……おええ……! 文字だけで吐き気がする……! 人類が生み出した最悪の発明、残業! 知らず知らずの内に、俺は悪魔に囚われていた……!
「しかし、それで確かに技術は上がりましたが……! 誰も頼んでいませんよ、そんな事!」
「誰も頼んでいないのはその機械の改良でもありますがね。彼女も途中までは止めていたでしょう」
「そ、それはそう」
そう、何だか途中からムキになっていたのだった。同時に物作りの楽しさに目覚め掛けようとしていた。
危なかった……俺が俺ではなくなるところだった。このまま労働の楽しさなんぞに芽生えてしまえば、その先に待つのは意識高い系の言葉を口走り、アジェンダをアサインしてアグリーするクソ野郎の姿である。
俺はビジネス用語を使う人間は無条件で見下すと決めているのだ。奴等はキラキラとした目で仕事の楽しさを語りやがるからな。おまけに勝手に資格などを取得して自己研鑽に邁進する始末だ。そうして人生に成功しやがるのだ。
……人間としてはそっちの方がずっと良い? それはそう。
そして何よりも、もう一つ大事なことを俺は学んだ。
手間暇を掛けて生み出した、愛着を抱くような作品であれど、それが誰にも求められなかったら無駄なのである。
「あー……特許の難しさもそれか……」
俺は溜息と共に呟いた。確か、先生も何時だか言っていたな。折角生み出した特許もまるで使われなかったって。
守破離の破では踏み出しただけ。離の段階こそ魔術師の目指すべきところ。しかし先生は離の段階に居ながらも、ああして日々毛髪に悩んでいる。
いや毛髪は関係ないか。ともかく、特許を目指す以上、こんな失敗なんて一々気にしてられないのだろう。
……そう考えると、やはり先生は化物だな。いや、それは当然だ。
そもそも、あんな風評を残し、ここ数年は俺の家庭教師としてふらふらしていた先生の名が、まだ広く知られている事が異常だろう。
そして事実、彼は異常だった。それは風評以上に、天稟として。
「流転の魔術師。水の真理を垣間見たもの。……遠いねえ」
それがどうして一切合切を投げ捨ててあんな生活を送っているのか、分からないがたぶん性根だろう。俺と同じく怠惰を旨とし、堕落を志す彼の性根は、宮廷魔術師なんぞには到底似合わん。
流転という異名は彼の論文以上に、その人生に現れているように思える。というかそこに由来しているのだろう。
だったらどうして一度宮廷魔術師なんかになったのか、という疑問は捨て置いておく。そんなもの色々あったんだろう。知らんけど。
しかし、遠いとは言っても俺が先生に勝っている部分はある。
それは後天的な眼であり、それによって見出した、今こうして俺を見つめているノアだった。
本物はここに在る。俺が人生の指針としている物は二つあり、その内の一つが手に入ったことはこれ以上ないほどの幸運だった。
「何もかもが遠いが、遠いと思えるだけの道があることは幸運だろう。何もかもが見えないよりはな。だろう、ノア」
「……ふふ、ジョットさん!」
「なんだい、ノア」
ノアは俺の眼を見つめて言った。
「何を言っているのか全然分かりません! もう少し詳しく説明して下さい!」
「そ、そうだね……ごめん……」
「で、でも! 何だか格好いい台詞だったのでジョットさん名言集に残しておきますね! じゃあその意味を聞かせて下さい!」
「いや、何だか小っ恥ずかしくなってきたからいやだ」
「ええっ、どうしてですかー!」
それは、まだ何もかもが遠いからだ。そしてまだ、始まったばかりだからだろう。
俺もノアも、道を振り返るのには早過ぎる。これから先、幾多もの無駄を積み上げ、間違ったと思ったときに振り返れば良い。その無駄こそが人生だとすら言えるのだから。
だから全部無駄に終わった事なんて気にしてないんだからね!