芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第22話 合格発表

 

 

 

 無駄を謳歌した一週間の疲れを残しながら、俺は一ヶ月前のように帝国学院を訪れていた。

 

 開放された庭は同年代の少年少女で溢れかえっており、その表情は一様に不安と焦燥に満ちている。彼ら彼女らが目を向けるのは壁面に仮設された木の板である。そこにはこれから約2000人の名前が貼り出される予定であった。

 

 そう、今日は合格発表の日である。遠方に住む受験生には手紙で通知されるが、帝都及びその近郊に住む受験生はわざわざ足を運んで見に来る。これが合格発表として一番早いからだ。

 

 時間になり、学院職員がぱらぱらとやって来て、特に声を上げることもなく紙を貼る。杖を振って一巻きの紙が木の板に張り出され、それで絶叫もあれば涙もあり、悲喜こもごもの光景であった。

 

 俺の名前? 当然あったよ。当たり前だろう。

 

 嘘、ちょっとだけ心配した。人格面で落とされるんじゃないかと心配していた。ちょっとだけね。

 

 しかし合格していたなら問題ない。何よりも、今の俺は合格の可否よりも大事な問題に直面していた。

 

 即ち、ノアをどうするのかと言う問題である。

 

 帝国学院入学に際してノアはリインの下、冒険者としての下積みを行っていくだろう。それは必要な時間だ。先の討伐にも見たとおり、ノアには基礎的な体力が欠けているし、精神的なあれこれも不安である。

 

 だから、その先が問題なのだ。その様にして下積みを終えたノアを、どのようにして英雄にするか、という問題である。

 

 美しいものが燻っているのは我慢がならない。美しいものが身を窶すのは耐え難い。だからこそ、俺はノアに華々しく名を挙げて欲しいのだが、そのために必要な物は舞台であり敵なのだ。

 

 東方に乱立する諸国において、何故英雄が数多存在するのか。それは彼ら彼女らに戦場という舞台があり、打ち倒すべき敵が存在するからである。その内に活躍し、名を挙げると言うことは、絶え間なく危機に晒される必要があるだろう。

 

 それは何というか、危険だろう。生命の、と言うよりは政治的な意味で。

 

 だとすれば、やはり冒険者らしく龍などの危険な魔物の討伐や、これまた冒険者らしくダンジョンやら遺跡やらの踏破を目指すべきだろうか。

 

 それもまた英雄だろう。寧ろ立身出世の物語としてはこちらの方が一般的だ。貴族でも騎士でもなく、魔術的理論を解さない者に残された道とはこれである。等級と共に社会的な評価も高まり、金等級ともなれば貴族のお抱えになる選択も出てくるし、騎士として身を立てる選択もある。

 

「しかし……」と俺は独りごちた。立身出世の物語ではあるだろうが、世に華々しく語られるにはどうにも足らない。その大小はあるにせよ、そんな物語は巷に溢れているのだ。

 

 元の世界の話を例に出そう。戦国時代の日本ではまさしく立身出世に下克上が相次いだ。その代表例にして頂点として語られるのは豊臣秀吉だろうが、彼だけが無名から成り上がったわけではない。秀吉に同じく諸説あるが、斎藤道三や高坂正信も有名な例として知られているだろう。

 

 しかし、そういった有名な例だけでなく、当時には数多の、そして碌に歴史に語られもしなかった成り上がり者達が居たはずだ。

 

 村の百姓から足軽大将にでもなれば、成程、それは確かに立身出世である。地元の村からしてみれば英雄かもしれない。だが、その名は秀吉を前にしては霞むだろう。霞むどころか消し飛ぶ勢いだ。比較するのさえおこがましい。

 

 だから俺は、ノアがつまらぬ場所で終わって欲しくない。ノアは比較して最上の英雄になって欲しい。つまりは歴史に名を残して欲しいのだ。

 

 後の世にノアという大英雄がいたと、吟遊詩人に語られ、戯曲の題材になり、絵画の主題となるような、そんな英雄に。

 

「我ながら、欲張りだね」

 

 美、美、至上の美と、口ずさみながら俺は群衆に背を向けた。

 

 大英雄になるには舞台が必要だ。しかし、その舞台をどうするのか。そんな事を考えながら帰路に就きかけて、

 

「あら、その早足はひょっとして涙を隠そうと? 残念ね。折角祝いの言葉を贈ろうと思ったのに」

「今忙しいからまた今度な」

「ちょっ、ま、待ちなさいよ」

 

 皮肉を無視して帰ろうとしたが、腕を掴まれて引き留められた。面倒臭く視線を向ければ、そこに立っていたのはここに居る意味のない公爵家のお嬢様、マルガレーテである。

 

 本日の服装は、冬用の黒いコートに毛皮のマフラーを巻いた冬の散策スタイルである。金髪を緩やかに下ろし、身に付けた白手袋と、何時もながら気品溢れる姿であるが、何時かのように丸縁のサングラスを掛けているのは不思議だった。

 

「そんなの掛けても身分を隠せるような雰囲気していないだろう。なに、愚民から目を守るための盾のつもり?」

「サングラスにそんな露悪的な感想を抱くのは貴方ぐらいのものよ。これは変装用。私って有名だから、ブレイク君と話して変な噂が立たないように、ね?」

「……いや、余裕で分かるけど。これでも心配しているんだぜ、俺は」

「あら、意外ね。本当に知らないの? これを掛けた者には、たとえ本人だと分かろうと声を掛けてはいけないという不文律があるのよ」

「なにその胡乱な文化……」

 

 常々思うことだが、現代の風習が変な形で持ち込まれてるな……。というかやっぱり気付かれているし。遠巻きにざわめきが広がって、多くの目がこちらに向けられている。

 

「まあ、そんな減らず口を叩く様子を見ると、やっぱり合格したようね。おめでとう」

「ありがとう。で良いのか? 君は確か、俺が合格しないことを心から願っていたはずだが」

「素直に感謝の言葉を受け止めなさいよ。そんな何ヶ月も前のことを持ち出して……」

 

「おめでとうで良いのよ」と彼女はそっぽを向いて言った。それだけ言いに来たのかと思えば、ふとパチンと指を鳴らした。

 

 直ちに現れたのはサングラスの偉丈夫、老紳士ローベンである「例の物を」とマルガレーテが言えば、彼は恭しく小箱を差し出し、俺に渡した。

 

 中にあったのは短剣であった。懐に収まるサイズの、戦闘用と言うよりは生活用のそれである。鞘と柄には見事な装飾が施されており、刃を抜いてみれば中々の品物と見受けられた。

 

「いや、こんな場所で抜かないでよ。危ない人ね……」

「確認する必要があったから仕方ないだろう。何せこれには魔術が掛けられている」

「あら、分かったかしら?」

 

 ふふん、と自慢げにマルガレーテは笑う。剣そのものの品質もそうだが、掛けられている魔術が素晴らしい。一目見ただけだが、その構築は一昼夜では編み出せない物。そして何よりも、見覚えがある構築だった。

 

 試しに振ってみれば「うわ危険人物っ!」それを期待していたくせに。嬉しそうな顔をしているぞ。

 

 刃は中空でふわりと曲がり、くねり、膨らんで様々な形を成す。この短剣には、何時ぞや俺が彼女に見せた遊びの魔術が掛けられていた。

 

 しかし、俺が思い付きで作ったそれとは違い、これは最初から変形を目的として作られている。その目的意識の違いもあって、精度の見事さたるや中々の物である。

 

 こちらの意思とのラグもなく、変形は滑らかに行われ、形成された物質の形状もまた、細部に渡るまで精緻。曲がりくねった変形の最中でも、剣としての機能を失わないでいた。

 

「意趣返し……と呼ぶには、見事すぎる品物だね。或いは宣戦布告かな?」

「どうして貴方は素直にありがとうと言えないのかしら。まあ、その意味合いがないと言えば嘘になるけれど!」

「嘘になるのかよ」

「だって悔しいもの。見せ付けられっぱなしだと、ね?」

 

 そうしてマルガレーテは楽しそうに笑った。更に彼女は杖を振って、短剣を花束に変える。遠隔操作機能もあるのかよ。凄いな。

 

「……だけど、これは紛れもなく感謝の気持ち。そしておめでとうの気持ち。ブレイク君、よく分かって?」

「成程、つまりは俺のお陰で成長できましたよと。俺のお陰で慢心することなく励めましたよと。俺のお陰で!」

「強調されると気持ちが薄れてくるわね。貴方には密やかさという概念はないのかしら?」

 

「でも、それが貴方らしいわね」マルガレーテは上機嫌に言う。どうやらライバル扱いされてしまったらしい。そんな扱いをされても勝負事に励む気は更々ないのだが。

 

 しかし、それを抜きにしてもこれは見事な贈り物である。将来マルガレーテが出世した暁には高値で売れそうだ。丁重に扱うとしよう。

 

 そうやって懐に短剣を仕舞った俺を見つめ、ふと彼女は「エヘンエヘン」と何かを催促するように咳をした。サングラスの隙間から、青色の瞳が期待するようにこちらを見つめてくる。

 

「それで、えー……。エヘンエヘン……。丁度私、暇なのだけれど? 今ならお呼ばれしてあげても良いのよ?」

「呼ぶって何にさね」

「もう、意地悪」

「そりゃあ意地が悪いという自負はあるが、それにしたっていきなり罵倒するなよ……」

「自負があるなら直しなさいよ……。そうじゃなくて……もう」

 

 仕方ない、といった風情でマルガレーテは俺に右手を差し出した。掌を上に向け、握手でも望んでいるような格好である。

 

「帝国学院合格の、パーティーに、私がお呼ばれしてあげても良いと、そう言っているのよ? 普通、こういう事は客の方から言わないのだけれど、貴方って気が利かなそうだから」

「いや、開かんが」

「……え?」

「いや、そりゃあホームパーティーぐらいはするが、後は先生と友人らで集まるだけで、そんな誰かを招くとかはないけど……?」

「え、ええー……?」

 

 マルガレーテは残念そうに、というか気恥ずかしそうに言った。「意地悪とかじゃなくって?」「じゃなくて」空手に終わった右手が、行き場がなさそうにふらふらしている。

 

 そりゃあ公爵家のお嬢様ともなれば、誕生日パーティーに加えて何事かの記念の度にパーティーを開きそうな物であるが、生憎家は成り上がり家系の商人である。

 

 三男坊の合格祝いに『めでてえめでてえ!』と家族全員でどんちゃん騒ぎをする気概はある物の、それで外部の人間を呼んだり、楽団に出席して貰うような文化はないのだ。

 

 これが一番上の兄とかなら顔繋ぎの意味合いを含めて開くこともあるのだろうが、俺は三男であるし、家の事には全く関わっていない。パーティーを外部へ向けて開く意味はこれっぽっちも無いのであった。

 

「文化の違いね……私、てっきりそうだと思って、お父様の名代を名乗る手筈も整えてきたのよ?」

「気合いが入りすぎだろ……というかそんな事されたら俺が困るだろ……公爵家の名代とか……」

「は、はあ? 別に気合いは入ってないわよ。お父様は私がやってって言えば何でもやってくれるだけ!」

「それはそれで問題だろ……」

 

 この国の中枢を担う公爵家の現状を憂うと共に、ところで何時まで右手を出したままにしているのだろうか。そう思った。

 

「……しかし、そうだ。マルガレーテは公爵令嬢だったな。思い出したよ」

「それ私以外の貴族に言ったらまずいことになるから止めなさいよ。本当に失礼だから」

「すまないすまない。しかし、一つ聞きたいことがあってね」

 

 マルガレーテは手を下げて首を傾げた。そう、彼女は公爵家のご令嬢であり、俺なんかよりもよっぽどこの国のことを知っているだろう。

 

 だからこそ、俺は一つ聞いてみた。

 

「もし今の帝国で、歴史に残るような大英雄が生まれるとすれば、それは何に起因するものだと思う?」

 

 マルガレーテは俺の真意が掴めぬように眉間に皺を寄せ、しかし「ううん」と悩み声を発した。

 

「それは……哲学的な話かしら。それとも学術? 或いは政治かしら」

「いや、難しく考えなくて良い。単なる与太、冗談だと思ってくれ。その上でこの帝国に、歴史に残る大英雄が生まれる土壌はどこにあると思う?」

「そう言うなら、そうね……」

 

「まずは皇帝陛下」とマルガレーテは義務的に言った。「歴史書に残るという意味ではそれが第一でしょう。たとえどのような業績を残そうとも」それは立場から発せられた言葉だろう。故にこの言葉に意味はない。

 

 次いでマルガレーテは著名な魔術師の名を次々と挙げた。「クラウスト・メイヴンに、アルシュケ・ワイエス……」と、あの試験で殺しかかってきた爺さんの名前が出てきたのは嫌だったが、それでも確かに有名ではあるらしい。

 

「しかし、学術の方面じゃなくてね。そして芸術方面でもない。古典に語られるような救国の英雄が現れる土壌だよ」

「ああ、成程。だから冗談なのね」

 

 マルガレーテは笑った。「今時、帝国にお呼びでもない英雄が現れる場所は何処か、なんて」確かに国難を解決する以前に、国難そのものを避けるべきだろう。だから冗談という体で言っている。

 

「三百年前に現れたという勇者様や英雄達に同じく、後の世に語られるに足る英雄の場所はあるかい」

「……では、お耳を拝借」

「うん? ああ、君にとっては冗談でも、周りが冗談にさせないか」

「そういう事よ。と言うかね、こんな場所でこんな会話をさせないで下さる? あまりにも唐突だし、ひょっとして私を困らせたいだけ?」

「いいや、あくまで冗談だ。そういうことにしておいてくれ」

「……そ」

 

 ともかくマルガレーテは「場所を変えるほどでは無いけれど、一応ね」と俺の手を引いて学院を出た。そうして辺りを歩きながら潜めて言った。

 

「まあ、ブレイク君が何を目的にしているかは知らないけれど、私の立場からは『我が帝国は国際的な平和を求めており、国際交流に努めています』という回答しか出せませんわよ」

「帝国の指針としてはそうか。まあ、国民感情も戦争や領土を求めているようではないしな」

 

 そういう回答だ。マルガレーテは帝国的立場に就かざるを得ない人間であり、そして雄弁よりも無言が望まれる立場だろう。

 

「で、冗談を言うなら?」

「冗談としては、やはり北方との戦争ね。これは歴史的な問題でもあるのだけれど、それを抜きにしても連邦内部で不穏な動きが多いとか」

「東方諸国はどうだい」

「あちらではどの国も帝国を引き込みたがっているようだけれど、それが牽制となって外交面では緊張が保たれているとか。介入する旨味もないでしょうし、戦役が開かれることはないでしょう」

「更なる東では?」

「あちらは逆に乱立国家群を取り込み始めているらしいけれど、北方事情は帝国と同じ。こちらとしても間を挟んだ帝国と対立する旨味は少ないわ」

「西」

「宗教的な連携が何時まで機能するか、という話になってくるでしょうね。神に選ばれし勇者を輩出したのは西の教国だし、国際社会におけるリーダーの立場を取りたがっている節がある。それに反発するのは帝国以上にその周辺国よ。火薬庫になり始めている」

「南」

「……それに詳しいのは貴方の方でしょう」

「そりゃあそうだ」

 

 南方は落ち着いたものである。三百年前の戦争にも碌に介入しなかったという話だ。モンロー主義を掲げているわけではないが、その地理的条件からしても、大陸中央部の戦争に介入する意味は殆どないだろう。

 

「そして……」帝国内部はどうかと言おうとして、マルガレーテの掣肘するような眼に俺は口を噤んだ。

 

 成程、その先はなんであろうとも冗談にはならないか。国家の内部を語るには、彼女は少々内に入り込みすぎている。寧ろ冗談という建前があったとしてもここまで語ってくれたことに感謝しなければならないだろう。

 

「しかし、やはり英雄には戦争が必要かい」

 

 東西南北の状況を並べ立て、さてどうするものかと俺は悩んだ。この世界は英雄による歴史を刻んでいるが、何時の時代も英雄には必ず政治が絡んでくる。歴史を残すのが政治体制なのだから、仕方がないと言えばそうなのだが。

 

 だが、やはり戦争はよろしくない。俺個人の好悪というのもあるが、ノアも人死にには耐えられなさそうな人間である。いや、もしかしたら俺がそう思っているだけで、実際には『えいっ』で片付けてしまうかもしれないが。

 

「あとは歴史じゃなくて英雄譚になってしまうけど、龍殺しは典型でしょう。そうでなくとも魔獣殺し。真贋疑わしきそれらは今日も帝国劇場に歌われているわ」

「成程。事実を元にして歌わせるのもありか。コマーシャルと同時に芸術として歴史に残るのも良いかもしれんね」

「……歌わせる?」

「冗談。しかし英雄譚と言えば、迷宮の踏破というのもあるね。西方諸国と北方連邦との境界線にある大迷宮は未だ踏破されていないとか」

 

 マルガレーテは何かを見破ろうとするかのように俺をじっと見つめていたが、やがて「そうね」と呟いた。

 

「古代文明の遺産とも呼ばれるそれらの踏破は、まさしく英雄的事業でしょう。帝国においても迷宮の踏破によって貴族となったクシャトレア家があるわ。同時に、今もその管理によって武門の名家とされている」

「ふうん。迷宮の踏破で貴族にか」

 

 その程度か、とは思ったが口には出さなかった。「あとは、そうね。聖人くらいじゃない?」マルガレーテが虚空に教典を開く真似をして言った。

 

「文化的な面でなくとも、そして殉教せずとも、世に奇跡を認めさせれば聖人よ。そして聖人に列される基準は案外適当なものなんだから」

「適当というと?」

「それこそ文化的聖人ね。将棋聖人にオセロ聖人に労働基準法聖人よ。翻って転生者というものは、その出自からして神に近いとされている」

「そいつらかぁ……」

 

 まあ確かに魔術的にも全く理解しがたい方法でこの世界に降り立っている以上、転生者という存在は奇跡と言えば奇跡なのだが、それにしたって労働基準法聖人はないだろう……。

 

 いや、功績は理解するけどね。児童労働の廃止に労働組合の結成と、無ければ無いで最悪だ。

 

 それでもこの世界には魔術という便利な物があるのだから、もっとこう、あるだろう! とは言いたい。具体的には何も思い付かないが。

 

「それで?」とマルガレーテは言った。「貴方は何を企んでいるの?」楽しそうに彼女は微笑む。

 

「私が冗談を言ったのだから、貴方も冗談を言いなさい」

「なに、歴史に名を残したく思ってね」

「それは冗談ではなく嘘でしょう。百歩譲ってブレイク君がそれを目指したとしても、戦争の話になる筈がない。何せ貴方の腕は、剣を取るそれではないのだから」

「よく分かる」

「ええ、分かっているわ」

 

「だから、あの人のためかしら」とマルガレーテは言った。「あの人?」その言葉に、彼女は唇を尖らせて言った。

 

「リインさんという人と一緒に、何かをしでかすつもりなのでしょう。貴方は帝国の外に向かうのね。それが貴方の夢なんでしょう」

「君は何を言っているんだ?」

「えっ、違うの?」

 

 マルガレーテは何を言っているんだ。あんな世界征服を望んでいるような頭蛮族に誰が好き好んで付いていくというのか。

 

 しかし、思い返せば確かにリインに思い当たりそうな話の運び方ではあった。英雄と戦争はそれ即ち歴史であり、そう考えれば、リインの言う世界征服こそが、もっとも華々しく名を高める事業かもしれない。

 

「そうか、世界征服か……」

「えっ、帝国の外じゃなくてそっち? 帝国の方にも来るの? ちょっとお父様に相談させて貰ってもよろしいかしら……」

「よろしくない。これは冗談ではなく嘘だからね。相談するのはリインだけにしておいてくれ」

「……じゃあ、貴方の冗談って何かしら?」

 

 マルガレーテの言葉に、俺は胸を張って答えた。

 

「まだ冗談の範疇にして欲しいが、素晴らしい人を見つけてね。だから舞台と敵を探しているんだ。その人が英雄になるためのね」

「はあ。ブレイク君がそこまで言うほどの?」

「俺がそこまで言うほどの」

「……ふうん」

 

 ちょっと考えるようにマルガレーテは顎先に指を添え、「それも冗談?」と言った。

 

「どうにもブレイク君らしくないわね。貴方は何事も面倒くさがって、特にリスクを忌避しているでしょう。だから私も冗談を話せたのよ。貴方がそれを冗談以上にしないと思っているから。それが英雄だなんて」

「価値観は変わるものだ。人に回心を促すのは何も神様だけじゃない。それこそ英雄との出会いだったりね」

「出会い、ねえ」

 

 マルガレーテは俺を見つめた。「だとすれば、私にとっては貴方こそが」そこまで言って彼女は目を逸らした。

 

「ん? なんだい、俺が君の英雄とでも言うつもりか? だとしたら早計が過ぎるな。まだ十三年も生きていないくせに」

「……貴方だってそうでしょう。というか、はあ? 誰が誰の英雄ですって? お笑いですわね、自意識過剰」

「なんだ。じゃあその過剰な自意識も冗談ということにしておいてくれ」

「ええ、全ては冗談ですもの」

 

 そう言って彼女は貴族らしく薄く笑い、「冗談、冗談」と歌うように言った。

 

 

 

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