芸術的で文化的な異世界生活を目指して   作:生しょうゆ

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第23話 素敵なステッキ

 

 

 

「よっ! 天才! 流石は俺達の息子!」

「そうね! 流石ね! 私たちの可愛いジョット!」

「めでてえ! めでてえ! こんなに出来が良いとか、親父とお袋が頑張った甲斐があったな!」

「そうだね兄ちゃん! 九年越しに頑張った甲斐があったね! 時期的に正月辺りに頑張ったね!」

「そうだな! 後継者もキッチリ仕込めたし、可愛がる子が欲しくてな!」

「さりげなく俺の出生の秘密を暴露するの止めてくれない?」

 

 そんな風にして、つつがなく家族パーティーは終わった。ちなみに俺の誕生日は10月10日である。10月10日……あっ、ふーん……。

 

 まあそんな恥ずかしい話は置いておいて、その際に入学祝いとして貰ったのが杖である。俺もようやく専用の杖を手にしたのだ。

 

 父が特注して取り寄せたというそれは、手首から中指の先までの長さであり、素材には金が使われている。豪華な装飾が施されているが、持ち運びに不便がない程度に抑えられており、黄金色に輝きながらも気品溢れる一品だ。クソ高そう。

 

『本当はもっと強くて便利で最強な杖にしようと思ったんだがなあ……』と父は残念そうに言っていたが、それで候補として見せてきたのがどれもゴテゴテして持ち運びにくそうだったからな。そんな普段使い出来ないような杖は要らんのだ。

 

 そりゃあ冒険者とかなら、必殺必中を心がけて大振りの魔道具を望むだろうが、俺は魔術の学徒であり、必殺も必中も必要ないのである。

 

 大事なのは授業で持ち歩くのに不便ではないかだ。杖なんてペンやノートの様なものである。大層な魔道具でなくても良く、扱いとしては筆記具に等しい。

 

「ま、それはそれとしてクソ高くて立派だから自慢しますがね。どうです? この黄金色の輝き……」

「合否の如何を物の自慢で片付けようとは、大した根性ですね、ジョット君」

 

 呆れ返ったようにリインが言い、その隣で「良い品だね」と伯爵が賞賛の言葉を口にする。そしてノアはキラキラとした目で俺の杖を見つめていた。

 

 時は三月。都合を合わせて仲間内での合格発表会である。伯爵の連絡先が分からないので、ぶらぶらと街を歩くしか出会う手段がなかったのだ。

 

 もっとも、先生はこの場にいない。何か遅れるとか何とか。というか先生が杖をくれるって話本気でどうなったのだろうか。まさか逃げやがったのだろうか。

 

 まあそれは置いておいて、それで何時ものようにカフェに集まって、一通り祝いの言葉を頂いた後、俺の杖の品評会などを開いている。良いもの貰っちゃったなこれ。

 

「金色……凄いです、ジョットさん……! キラキラして……輝いて……!」

「そうだろうそうだろう。ノア、どうだいこの見事さ。柄の部分から先端に掛けて真っ直ぐに伸びる鍛造の妙……!」

「わ、私も欲しいなあ……なんて……宝石とか……」

「意外と俗だよね君」

 

 まあ俺もそうだが。しかし今は金がないので勘弁な。代わりに触りたそうにしているので貸してあげると、「ひゃあ……!」と嬉しそうにべたべた触って得意げに杖を振ったりしている。可愛らしい。

 

 だけど「こ、こうっ……!」とか言って杖に魔力込めるのは止めてくれ。慌てて止めたわ。ノアの出力だと壊れそうだからな。

 

「あっ、す、すみません……つい……」

「魔術の勉強は折を見て教えるからまた後でね。というか先生は何時になったら来るんだ。まさか本気で逃げたとかじゃないよな……」

「彼の性格からして、その様な事はしないと思うがね。……まあ、ミスタ・フルンゼが居ないのならば、私が先に贈ろうか」

 

 そう言って伯爵は、何時も提げている大型の鞄の中から一つの小箱を取りだした。金属製の小箱は頑丈で、掌にずしりと重く感じられる。

 

「開けてみたまえ」と言われたので開いてみると、中に入っていたのは宝石である。爪ほどの大きさの真っ赤な玉が、銀製の石座に爪留めされており、そこから銀の鎖が伸びてネックレス状になっていた。

 

「魔石と似た性質を示す宝珠だよ。普段から使わぬ魔力を貯めておけば、有事の際に役立つだろうと思ってね」

「もう伯爵ってば! こんな高い物貰っても感謝の言葉しか出ませんよ! それ以外はジャンプしても何も出てきませんからね!」

「私としては是非にジャンプして欲しいものだが。無論、君が大変失礼なことに考えているような脅迫まがいの風習ではなく、飛翔という意味合いでだがね」

 

 早速首に提げてみた俺の姿を見、伯爵は満足げに紅茶を喫した。そしてまたノアが羨ましそうに見ている。仕方がないので貸してあげよう。

 

「わぁ……!」とまた嬉しそうにべたべたと触っているのが可愛らしい。だけど「こ、こうっ……!」とまた魔力を込めないでくれ。ノアの出力だと壊れそうだから。二回目な。

 

「あ、す、すみません……つい……」

「珍しいものを見たら試そうとするの止めようね。散歩中の犬じゃないんだから」

「い、犬……ですか……。私が……ジョットさんの犬……首輪を付けられて……えへへ……!」

「なんで嬉しそうにしているの君?」

 

 ノアの将来が心配になる一幕であった。首に提げた鎖をガシャガシャやらないでくれ。本気で犬じゃないんだから。

 

「てかなんか怪しげに赤く光り始めたんですけど大丈夫ですかこれ?」

「大丈夫だ。人体に害はない。恐らく」

「恐らくて」

「いやいや、絶対碌でもない物ですよこれ! こんな吸血鬼から贈られた真っ赤な宝石とか頭と血を乗っ取られますよジョット君!」

 

 と、そこでリインがノアの首から宝石を奪い取った。まあ確かに状況だけ見たらそれっぽいが、解析してもそれらしき反応もないし大丈夫でしょ。

 

「今すぐ私が邪念を払ってあげましょう。古来より退魔には刃が不可欠! と言うわけで一刀の下に両断ですよ!」

「俺は宝石大好きなので止めて下さい。加えて貰い物とくれば価値が二倍以上です」

「私としても心外だね。私は頭を乗っ取らないし血も啜らない。赤は好きだがね」

「何時も思いますけど貴方、吸血鬼である事は否定していませんよねええ? そこの所、そろそろ決着を付けるべきではないですかああ?」

 

 また始まったよ。リインは何時ものようにチャキチャキと刀を鳴らし始め、伯爵は優雅に紅茶を喫している。それに対し、ノアが驚いたように言った。

 

「えっ、このおじさん、鬼なんですか……? 村を襲ったゴブリンと同じ……? ゴブリンおじさん……?」

「私は断じて魔物ではないしゴブリンなどと言う醜悪な子鬼でもないし第一あれは鬼と付いているものの断じて鬼種ではない!」

「あっはい」

 

 珍しく伯爵が紅茶を吹き出さんばかりの勢いで言った。リインはニヤニヤ笑いを深め、ばしばしとノアの背中を叩く。

 

「ぎゃは! やりますねノア。このゴブリンおじさんが慌てるところを初めて見ましたよ!」

「だから、違う! いいかね? 子鬼という名称はそもそも、かつて鬼の王が軍勢を率いた際、偶々ゴブリンが尖兵として活用された事による蔑称であってだね……!」

「え、ええと……つまり、貴方はゴブリン王様……ですか?」

「違う!」

「ノア、それを言うならゴブリンキングだね。種族名としてそんなのがある」

「分かっているのに話に乗って人を侮辱するのは大変失礼だよジョット君!」

 

 伯爵が慌てるのが珍しくてつい言ってしまった。というかそんな必死になるのなら素直に吸血鬼なり何なり言ってしまえば良いのに。どうせこうして度々侵入されている以上、帝都では誰も伯爵の邪魔は出来ないのだから。

 

 まあ、吸血鬼には吸血鬼なりの事情があるのだろう。いや吸血鬼の割には銀もニンニクも日光も平気なのはおかしいけれど。

 

 そしてリインは大変愉快そうに笑っている。彼女、常日頃から伯爵に一泡吹かせられないか、祝福銀の十字架にニンニク盛り合わせパスタとか、試行錯誤を繰り返しているからな。ノアの言葉が痛快だったらしい。

 

「まあ、このゴブ男が何者だろうと、邪悪な贈り物をそのままにはしておけません。というわけでジョット君、私からもこれを!」

 

 そう言って渡されたのは……何というか、何だろうか。布袋に包まれた、掌に収まるほどの大きさの板状の何かである。袋の口は硬く縛られており、生半可な力では解けそうにない。

 

 力加減を間違えたのだろうか。そそかっしいゴリラだなあ。と思って開けようとすれば「いや開けないで下さいよ。効果がなくなるじゃないですか」と止められた。

 

「これはお守りですよ! 破邪の魔封の退魔のお守り! 身に付けるだけで邪悪は彼方へ! 私手作りの一品です」

「俺自身がその魔を操る魔術師なんですけどね」

「そこはまあ何とか工夫して下さいよ。別に邪悪な魔術師を目指しているわけじゃないんでしょう?」

「それはそうですが」

 

 それにしても、確かに良く良く見れば破邪の力が込められた品であった。手作り品故か、効果はそれなりとしか感じられないが、しかし貰い物とあっては嬉しいに尽きる。大事に仕舞っておこう。

 

 と、そこでノアが「え……」と困ったような顔を見せていた。リインのくれたお守りと、リイン当人とを交互に見つめて、ぱちぱちと目を瞬かせている。

 

「ゆ……リインさんも……ですか? え、ええと……ご、ごめんなさい……! 私、ジョットさんに贈り物とか、考えてなくて……」

「何を言っているんだ。君の存在そのものが飛びっ切りの贈り物さ」

「じょ、ジョットさん……!」

「何を臭いこと言っているんだテメエ」

「あっ、ようやく来た」

 

 呆れ顔で俺を見つめているのは、最近頭髪が盛り返してきたらしきジーニス先生である。海藻を食べ始めたのが上手く行ったらしい。全く興味が湧かない話だ。

 

 しかし、どうにも慌てて来たようで、普段は無駄にキッチリと決まっているスーツも何処か撚れている。ネクタイの留め方は如何にも適当で、動く度によれよれと揺れていた。

 

「しかし、臭い言わないで下さいよ。こいつは嘘偽りない本音ですよ。俺にとってのノアはまさしく箱舟と言った所です。将来という名の大洪水に、希望を閉じ込めて乗り出した大船! 今はまだ大海原を漂っていますが、何時かは地上に乗り出し、楽園を築き上げるのですよ」

「じょ、ジョットさん……! 意味はよく分かりませんが、褒められていることは分かります!」

「創世記なんてマイナーな話よく知ってるなお前」

「遠い昔に転生者が記した神話……だったかね? 同じような文句を口にする輩はたまに居るが」

 

 この世界ではキリスト教も形無しである。何せ文明の初期の段階から無神論と共産主義が広まっていたからな。

 

 その後も種々様々な思想が異世界に流入し、混沌の一途を辿って……はいない。何故ならば、この世界の法則と、彼方より帰来した転生者に転移者たちが語る法則は、全くかけ離れているためである。

 

 魔力が前提として存在し、神が実在するこの世界においては、キリスト教を由来とした宗教学も哲学も意味を成さない。発展の一助として活用されることはあるが、前提となる世界観がまるで違うので、その思考は決して芯を捉えることはないのだ。

 

 共産主義もまた、英雄の存在によって微妙なものとなる。人知を越えた英雄達の活躍こそがこの世界の歴史なれば、どうにも万民の平等といった言葉は空疎になる。

 

 思想としてそれを広げようとする輩もいるが、それだって為し得るのは凡人ではなく英雄だろう。この世界の歴史は時たま現れる英雄的存在によって彩られているのだ。

 

 まあそもそも、流入する知識があまりに煩雑なので、人々が情報の混沌に慣れているというのもあるだろう。初めから全部を与えられたとしても、それを理解できる段階にないのならば殆ど無意味である。

 

 と言うかようやく鉄器を作り始めた段階の人類に『純粋理性批判』とか持ち込まないで欲しい。あれ世界何十だか奇書の一つに数えられているんだぞ。

 

「で、先生は今日も花街にご出勤でしたか? スーツを着直すのは良いですが、ちゃんと姿見のあるところでやって下さいね」

「馬鹿言うな。今日は休暇だよ。急いでいたんだ。寝坊してな」

「弟子のお祝いの日に寝坊してくるとかほんと……」

「で、これ贈り物な。散々ねだっていた杖な。ほらよ」

「うわ雑」

 

 そう言って先生が渡してきたのはステッキである。先生が普段使いしているようなそれで、全体に銀が使われており、持ち手には装飾もない。ただ持ち手が付いているだけだ。

 

 しかし、素晴らしく素敵な一品である。伯爵が思わず「ほう!」と目を見開くほどの素敵なステッキである。いや、ダジャレではなく。いやダジャレでもあるが、というかこれは……。

 

「素敵なステッキですね! ……あ、いや、いやいやっ、い、今のはですね、思わずそう思っただけで、別に狙ったとかではなくてですね……!」

「うーん、かなり大爆笑だね、ノア。主にその後の反応が」

「え、えへへっ! ジョットさんに褒められ……褒め……褒めているんですかねこれ?」

「というか蝙蝠男もジョット君も、何を神妙な顔をして……」

「俺のプレゼントに感激していやがるのさ。これで遅刻も帳消しだな! 万歳万歳! よし酒持って来い! それと若い女も!」

「そういう品は貴方の行きつけさんで頼んで下さいよ、せんせえ?」

 

 ギャハギャハと先生は騒ぎ、「じゃあ河岸を変えようぜ! 良い店知ってんだ!」と会計を済ませて先導する。「何なんですかあの男」とリインは呆れ顔で続き、慌ててノアが後を追った。

 

 俺もその後に続き、道を行きながら、頂いた杖をじっと見つめる。これは……何というか……。

 

「面映ゆいかね?」

「伯爵」

 

 意外と高級な店に入っていく先生を横目に、伯爵はそう言った。

 

「何、散々俗物な部分を見せておきながらも、それが彼の真意と言うことだよ」

「……その割に、随分雑な渡し方でしたけどね」

「簡単な話だ。照れくさいのさ。弟子は師匠に似ると言うだろう? やはり彼は君の師匠なのさ」

「……はあん。中年男の照れ隠しとか、誰得って話ですが」

「おい失礼なこと言ってねえか。早く入れよ!」

「あー、今行きますよ。今!」

 

 カンカンと催促するように、先生は地面にステッキを打ち付ける。促され、俺達も後に続いた。

 

 

 

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